雪華鬼―耀月縁起―
第十二話
「よう…げつ……ごめん…ね………でも、僕のきもちは変わらない………ずっと、ずっと耀月だけを………愛してる…………」
「………芙蓉っ……………」
名を呼ばれるとほぼ同時に、煮え立つ精が注がれるのを感じた。痛みが先行したせいで芙蓉の絶頂はまだ遠かったが、お尻の奥を震わせる鼓動や、下腹部全体に拡がる熱流は心地よく、目を細めて陶然と反芻した。
「ああ………耀月を感じる………」
精と一緒に荒れ狂う感情を放出した耀月は、盛り上がっていた肩をかくんと落として深く項垂れた。
「芙蓉様………申し訳あ―――」
消え入りそうな謝罪の言葉は、しかし芙蓉の指でせき止められた。耀月の唇を指で押さえたまま、春霞のようにはんなりと微笑んで、
「謝らないで。僕……嬉しいの。耀月がこんな風に想いをぶつけてくれて………」
耀月は唇を押さえている手をそっと握り、指先に口付けた。芙蓉は、唇の仄かな温もりに酔いながら、
「でもひとつだけ約束して。僕のため、如月家のためと言って、自分を偽るようなことはしないって。耀月のあんな苦しそうな顔………見たくないよ」
芙蓉が捧げてくれる愛情は、こんなに大きなものだったのか。これでもう十分だなどと決め付け、勝手に卑小化していた自分の愚かさに、耀月はひたすら恥じ入るばかりだった。
芙蓉は如月家の当主として全てを負う覚悟をもって、耀月への愛情を貫こうとしていたのだ。
「お約束いたします。私はもう………愛することを恐れません」
「ん……二人なら大丈夫。乗り越えられるよ、きっと………」
晴れやかな表情でそう言う芙蓉に頷きを返し、耀月は挿入したままの己れ自身を引き抜こうと腰を浮かせた。しかし芙蓉の脚が腰に絡み付き、押し戻される。
「芙蓉…様？」
「抜いちゃだめ………僕はまだなんだよ。ね、きもちよくして………」
性欲の泉を底から揺さぶるような艶めく誘いと共に、蜜壺全体をきゅぅっと収縮させる。その効果は覿面で、柔らかな肉の褥に微睡みかけていた耀月の陰物は、見事に覚醒して猛く脈打ち始めた。
芙蓉は嬉しそうに微笑んで、自ら腰をくねくねと跳ね上げて耀月の股間に打ち付けた。その淫らな動きと結合部から漏れ聞こえる水音が、耀月の性感中枢にとどめの一撃を食らわせた。
耀月は芙蓉の背中に腕を回し、勢いよく抱き起こして自身の上に座らせた。もちろん、繋がったまま。ずちゅっと生々しい汁音がして、先刻注ぎ込んだものが飛沫を上げて溢れ出た。
予期せず深いところを抉られた芙蓉は、耀月の上で背中を反らせて悲鳴を上げ、下肢をぶるんと震わせた。
「ぁ……ぁぁ……よ…げつぅ………すごいぃ………奥、もっとおくぅ………」
芙蓉は耀月の胸に手を付いて、半ば無意識のうちに腰を振った。すると耀月は芙蓉の膝を下から抱え上げ、荒い呼吸の奥から「掴まれっ」と命じた。
芙蓉は言われた通り素早く腕を首に巻き付け、ぎゅっとしがみ付く。耀月は抱え上げた芙蓉の躰を激しく上下に揺さぶりながら、己れの腰をがくがくと突き上げた。
芙蓉は「ヒィッ」と喉を反らして叫び、脳天まで貫かれるような未知の刺激に恐怖を示した。しかし躰はそれを紛れもない快楽であると認識していることは、性器の先端からとめどなく流れる愛液が物語っている。
精液混じりのそれはとぷとぷ溢れ、竿を伝って柔らかな茂みに降り掛かり、灼ける結合部にまで達した。汁塗れになったそこはこすれ合い、ぶつかり合うたびにぬちゃ、ぐちゅ、と淫猥な音を奏でる。
やがて幾度目かの注挿で芙蓉は限界を迎え、折り曲げた脚で宙を蹴りつつ勢いよく射精した。その飛沫を胸で受け止めた耀月は、満ち足りた悦びを味わいながら己れ自身を解放した。
「ふ……ぁ……ぁ…ん…………」
芙蓉は耀月の首にしがみ付いたまま懶惰な溜息を漏らし、解放された熱と注入された熱の余波に皮膚を波打たせた。
耀月はといえば、芙蓉の尻たぶを強く掴んだまま、腰を小刻みに揺らして執拗に精を送り込んでいる。
「きも…ち……いい………ようげつぅ…………」
「芙蓉っ………」
感極まったかすれ声で名を呼び、芙蓉の華奢な躰にすがり付く耀月。そう、ずっと守っているつもりだったが、もしかしたら守られているのは自分の方かもしれない。
そんな想いに胸を熱くしながら、耀月はゆるゆると抱擁を解いた。そして今度こそ、芙蓉の躰を持ち上げて自身を引き抜いた。
「やぁ………ん」
芙蓉は切ない惜別の声を上げ、怨めしげに耀月を見上げる。しかし何を思ったのか躰をすり寄せ、蠱惑の笑みを浮かべて、
「ね、耀月………もっと僕に命令して。さっきみたいに………」
「何を仰って―――」
「さっき僕に命じたでしょう？ 掴まれ、って。すごく嬉しかったの。だから、ねえ………」
濃厚な性の匂いを放つ白い躰をとろりとくねらせて、上目使いで懇願する。男の理性を狂乱させる、魔性の蜜花、酔芙蓉。
「僕に命じて。どんな格好でもするから。耀月の言うこと何でも聞くから。耀月に命令されたいの」
耀月は頭を振って、頭蓋にこもった不穏な熱を払った。そうしないと、脳髄が蕩けて流れ出てしまいそうだったから。しかしそんな耀月の仕草を拒絶と取った芙蓉は、頬を膨らませてくるりと背中を向けた。
「耀月のいじわるっ。もういいもん、絶対耀月の言うことなんか聞かな―――」
ふわりと躰が浮いたと思ったら、布団の上に仰向けに寝かされた。芙蓉は慌てて膝と膝をすり合わせ濡れた股間を隠し、大きく瞬きして耀月を見上げた。
「こんな絶好の機会を、誰が逃すものですか」
そう言って薄笑いを浮かべる耀月は、獲物を追い詰めた猛禽のごとく冷ややかで美しく、芙蓉は我を忘れて恍惚と見入った。
すると耀月はぴったり合わされた膝をこじ開け、芙蓉の手を取って股間へ導いた。そして戸惑う芙蓉に「自分で慰めてご覧なさい」と命令する。
口調は穏やかだったが、その声は明らさまな情慾で沸き返っていた。芙蓉は口をへの字に曲げて小さく首を振り、
「そんな……わかんないもん」
「自分でしたことあるでしょう？」
再び怯えたように首を振る芙蓉に覆いかぶさり、
「嘘をつくようないけない子は、後でお仕置きだ。知ってますよ、私の着物を抱いて、腰をこすり付けていたこと……」
芙蓉は「ぃゃっ」と悲鳴を上げて、両手で顔を覆った。羞恥の紅に染まった耳たぶをやわやわと食み、耀月は「いやらしい子だ…」と蔑むように囁いた。
事実、襲名披露の前は客人への招待状や送迎のための手車の手配、特別に誂えた装束の確認などの雑事に忙殺され、耀月は夜遅くまで寝所に戻ることができなかった。
そのため芙蓉が寝入った後、そっと起こさぬよう布団に潜り込む生活が数日続いていたのだ。
そして予定より早めに戻れた夜、いつものように静かに寝所を覗くと、布団の中で芙蓉が耀月の着物を抱き、声を押し殺して腰を揺らしていた。徐々にその動きは早まり、終に「耀月ぅ」と切なく喘いで果てた。
その全てをこっそり見ていた耀月は、嬉しさと愛おしさで半ば酩酊状態になり、頭を冷やすため暫し中庭を歩き回ったのだった。
しかし、その痴態を見られていたと知った芙蓉の羞恥は大きく、顔を覆った両手を離そうとしない。耀月はさらに耳許で、
「何でも言うことを聞くと言ったのは、どの口だったかな？」
芙蓉はぴくんと震え、顔を覆う手をそろそろと下ろした。
「そう…いい子。ではその手を下へ伸ばして………もっと脚を開きなさい」
耀月の命令に従い、膝を立てたまま脚を大きく開く。そしてその中心で珊瑚色に潤む性器にそろりと指を絡めた。
「あとは、自分の好きなように可愛がってあげなさい。そう、あの夜のように……」
芙蓉はまだ羞恥の色を見せているものの、耀月の命令に従って己れを慰めるという淫行に次第にのめり込んでいった。
「んぁ……ぁぁ………ィィ……もっと、もっとしてぇ………」
頭の中では耀月の指に弄られているのか、もっと、もっとしてと悶えつつ、絡めた指をくにゅくにゅ動かす。薄い包皮から飛び出た亀頭は、あっという間に赤く膨れて蜜を滴らせた。
「片方の手が疎かになってますよ………」
耀月の指摘に「はい」と素直な返事を返し、空いている手で乳首をつまむ。すでに固くしこっていたそこを強く挟んで潰すと、疼痛の花火が弾けた。
芙蓉は思わず「きゃふっ」と鳴いて腰を揺らめかす。すると荒い息遣いと共に、ごくりと生唾を呑み込む鈍い音が聞こえた。
ああ、耀月は今、自分に欲情しているんだ、そう思うと余計に高ぶって、己れを嬲る手にも熱がこもる。恥ずかしくてずっと目を閉じていたけれど、躰の隅々まで注がれる灼け付くような視線は、何より生々しく感じられた。
「んふっ………ふぁ……ぁ、ぁぁ…ん………ようげつぅ………」
蜜に濡れた指を絡め、くちゅくちゅ水音を弾かせて性器を扱く。指に挟まれた乳首は真っ赤に腫れて、荒い呼吸に合わせてぷるんと揺れた。
「よ…げつぅ……欲しいの………おねがぁい………おねが…………きゃんッ」
突然腰が持ち上げられ、異物が尻の谷間に押し当てられた。それはじゅっと音をたてそうなほど熱く、何が起きたのか確かめる間もなく芙蓉の肉をぐにゅぐにゅと掻き分けて侵入してきた。
「芙蓉……芙蓉っ………」
名を呼びながら全てを収めた耀月は、深く息をついて肩を落とし、
「自分が仕掛けた落とし穴に、自ら嵌まってしまいました…。降参です。やはりあなたには敵わない」
「ふふ、耀月ってば……。ね、動いて。今度は言葉ではなく耀月の躰で、僕を快楽の虜囚にして……」
耀月は返事を返すのももどかしく、上からガツガツと打ち込んで、芙蓉の望み通りその躰を快楽の鎖で縛り上げたのだった。
「んん……よう…げつぅ………」
翌朝目覚めると、隣に耀月の姿はなかった。自分とは違い、日々の雑事に追われて忙しい身であることは分かっていたから、仕方ないと言い聞かせて淋しさを堪える。
それでも温もりへの恋しさは抑えられず、布団の中にそっと手を伸ばす。すると仄かな温かさが指先に伝わって、確かに耀月がここにいたことを教えてくれた。
芙蓉はほっと安堵の息を吐き、姿の見えぬ恋人に「おはよう」と微笑みかける。そしてゆっくり躰を起こすと、枕許に着物がきちんと畳んで置いてあるのに気付いた。その上には、置き手紙が。
―――お早うございます。御隠居様に呼ばれましたので、行って参ります。今朝は特に冷えますから、布団の中でぐずぐずせず、すぐに着替えてください。打ち掛けもきちんと羽織るのですよ
「もぉ………いつまでたっても子供扱いなんだからっ」
芙蓉は頬を膨らませて抗議したものの、すぐに嬉しそうに口許を緩めて、耀月らしい流麗な文字で書かれた手紙を胸に抱き締めた。
何気ない心遣い、何気ない日常。この幸せが、いつまでもずっとずっと続きますように………
そんな芙蓉の願いも虚しく、ずっと寄り添っていた二人の道は引き裂かれようとしていたのだった―――
「耀月です。参上いたしました」
「うむ。そこに座れ」
耀月は膝を付いたまま軽く一礼し、そのまま床の上を滑るように進んで春苑の正面に正座した。
先代の如月家当主であり、芙蓉がその座に付いたことで今は隠居者となった身ではあったが、炯々たる眼光も真直ぐ伸びた背筋も、往時の勢いを忍ばせる。
室内に充満する空気の粒子が、寸分の乱れもなく整然と並んでいるかのような緊張感が肌に伝わり、耀月も意識せず居住いを改めた。こうして彼と相対峙するのは久方ぶりだったのだ。
「こうしてお前と対面するのも久しぶりだな」
春苑も同じ感慨を抱いたのか、珍しく感傷的な言葉を口にした。しかしその声には感傷による緩みも甘さもなく、無機質なひとつの事実を述べたに過ぎなかった。耀月も「左様でございますね」と短く返すにとどめた。
「お前はあの時、今後も如月家のために滅私奉公を貫く所存だと言った。覚えているか？」
「もちろん、覚えております」
即答を返す耀月に頷きを返し、「それならよい」と言ってあっさり話題を変えた。
「昨日の襲名披露の舞台で、儂は芙蓉の舞を久しぶりに観た」
その通りだった。芙蓉に対し己れの持つ全ての技能を伝授した春苑は、それ以来芙蓉の稽古も舞台も、一切観ようとはしなかった。
観れば何か評したくなるのは分かっていたし、芙蓉も師の目を気にして、己れの芸に没頭できなくなることが危惧されたからだ。
もはや春苑に教えられることは何もなく、あとは芙蓉が己れ自身との飽くなき対話、葛藤を経て芸を磨くより他ない。自己統御という険しい道行きにおいては、誰も手を差し伸べることはできないのだ。
「………あの舞は、衝撃だった」
力なく、ぽつりと本音を呟く如月の隠居に、耀月は誇らしげに胸を張って微笑みを向けた。
確かに、あの芙蓉の舞は衝撃だったろう。躰の内側から暈然と光を放ち、伝説の舞姫と一体化して婉然と舞う芙蓉。まさに憑依舞の真骨頂ともいえよう。
「お察しいたします。毎日のようにお稽古を観ている私でさえ、驚きと涙を抑えることができなかったのですから」
次の瞬間、春苑は双眸に灼光を宿し眼前の耀月を射抜いた。浮世に惑う衆生を喝破する不動明王の如き形相。そして、
「今のままでは芙蓉は勝てん。絶対に勝てん」
残酷とも言える明瞭さで、芙蓉の負けを宣告したのだった。
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