雪華鬼―耀月縁起―
第十話
充分温まった二人は、洗い場に出て互いの躰を磨き合った。柔らかな手拭いで肌をこすった後、香油を擦り込んで肌理を整える。
耀月は初め、躰を磨いてあげるという芙蓉の申し出を断った。そんなことさせられませんと言って。しかし、二人きりの時には主従関係を持ち出さないという約束を交わしたことを指摘され、渋々ながら受け入れたのだった。
「耀月、気持ちいい？」
「はい。こういう境地を夢見心地というのでしょうね。今死んでも悔いはありません」
芙蓉は「もぉ」と口を尖らせたが、すぐに緩やかな曲線に戻った。耀月がこんな冗談を口にするのは珍しいことで、抑え切れぬ悦びや高揚感が伝わってくる。
「次は、私がお背中を流して差し上げます」
そう言うと、耀月は少し強引に芙蓉の腰を抱き寄せた。そして優しく背中を磨き、ぬるめの湯で流して香油を丁寧に擦り込む。
「んっ………」
耀月に肌を磨いてもらうのは、もちろんこれが初めてではない。指が触れた部分がぽぅっと熱を帯びて疼き出す感覚も、もはや慣れっこになっていた。けれど―――
「ぁ……ン………」
お尻の奥が何かを求めるようにくにゅくにゅと蠢いてしまうのは、初めてのことだった。
何を求めているのかは分かっている。それは耀月の熱くて固い………
「芙蓉様、いつからそんな淫らなお躰になられたのですか……？」
突然、耳許でねっとりと囁かれ、芙蓉はその指摘を裏付けるかのように腰を淫らに揺らして喘いだ。
「ついさっきまでは小さくで愛らしかったここが、ほら、もうこんなに大きくなって……」
耀月は前に手を回し、ぴちぴちに勃ち上がって鴇色に逆上せた芙蓉の分身を握り込んだ。そして手を下方に滑らせて、薄い包皮を剥く。
するとつるんとしてなめらかな光沢の亀頭が現れ、割れ目から蜜珠を溢れさせた。耀月は愛おしげに目を細め、
「大きくなっても可愛いですね。いい子いい子してあげましょう」
親指の腹で円を描くように撫でると、くぷくぷ喘ぎつつさらなる宝珠がこぼれ落ちた。
「も……ヤダぁ………」
芙蓉は啜り泣きを漏らしながら、耀月の手を引き剥がそうと爪を立てる。しかし耀月は構わず、巧みに力を加減して芙蓉を追い詰めていった。さらに、
「ひッ………ィャッ、だめ、だめぇ………」
香油と愛液に塗れてすでに半ば蕩けかけた花びらを掻き分け、指を二本まとめて呑み込ませた。芙蓉の抗議とは裏腹に、柔肉は快楽への期待に激しく波打つ。
耀月は二本の幸せな指を、奥を拡げるように激しく揺り動かした。粘膜の厚みを感じさせるタプッ、タプッと重くこもった音が届くと、耀月はたまらず喉を鳴らした。ここに突き刺した時の目眩く快楽が、生々しく蘇ってきたのだ。
「よ……げつぅ……おねが…い………おしりが……ヘンになりそう………」
拙い表現ながらも、欲望を素直に伝える芙蓉に愛しさが募る。まだ奥をやわやわと嬲りながら、
「ここ？ ここがヘンになりそう？」
「んっ……ソコぉ……むずむずして、じゅわじゅわしてるのぅ………」
下肢を震わせながら訴える芙蓉に口付けを落とし、耀月は潔く指を抜いた。そして、そのまま芙蓉の躰をうつ伏せに押し倒し、膝をつかせて尻を高く持ち上げる。
若竹を編んだ柔らかい茣蓙の上で四つん這いになった芙蓉は、期待を込めてさらに背中を反らせ、蕩ける秘孔を見せ付けた。
しかし期待に反し、耀月はすぐに挿れようとはしない。しっとりみずみずしい艶を見せる双丘をわしっと掴んで割り開き、目を細めて賞翫する。
「朝は白く、宵に色付く酔芙蓉………何と美しい………」
酔芙蓉の妖しさに当てられたのか、茫洋と呟いて顔を寄せ、舌で強めにこすり上げた。
「やッ………やめ……ようげ…つ……ぅ、ふぅン…………」
ざらざらした舌の表面が敏感な粘膜と擦れ合い、未知の性感を喚起する。それは浮遊感にも似て、一瞬だったが芙蓉の意識を儚く霞ませた。
舌はさらにくにゅくにゅ蠢きながら、明確な意志を持って花びらを掻き分け、奥へ侵入してくる。
「おね……がぁい………ァ、ァッ………いれ…てぇ………ようげつぅ……奥までいじめて………」
媚薬めいた喘ぎの効果は抜群だった。柔肉がいやらしく波打つのをもっと味わうつもりだったのに、耳から流れ込む媚薬に急かされて、耀月はくちゅっと音をたてて舌を抜いた。
そしてぎらぎらと天を衝く竿を掴んで先端を押し当て、ずずっ、ずずっ、と腰を進めて徐々に呑み込ませていった。すると芙蓉は無意識なのか、快楽を求める意志表示なのか、くいっ、くいっと腰を上下に揺らしてさらに奥へと誘い込む。
その嬌態を目にした耀月は、降参とばかりに頭を振った。そして優美な曲線を描く芙蓉の腰をがしっと掴み、自身の股間に引き寄せると同時に自らも腰を突き上げた。
「キャアアアッ、あ、ああッ………イイッ、イクぅ………」
耀月の砲身は四度ともたず、三度目で呆気なく弾けた。僅かに先んじて放っていた芙蓉は、解放がもたらす悦びと快感に微睡みながらも、耀月の律動を感じようと心身を研ぎ澄ませた。
フッ、フッ、という力強い呼吸に連動して、びゅく、びゅく、と熱い精が注ぎ込まれる。それを幾度か繰り返したところで、耀月の種は尽きた。もちろん、すぐに生成され先端まで漲るのは経験から知っている。
「芙蓉様………ああ、よかった」
芙蓉の性器が濡れて縮んでいるのを確かめた耀月は、ほっと安堵の息をついた。芙蓉を置き去りにして自分ばかりが達ってしまったのでは、面目がたたない。
「耀月ぅ、抱っこ………」
芙蓉のおねだりを受けた耀月は、慌てて自身を引き抜いた。そしてそおっと抱き上げる。
「お躰が冷えてしまったでしょう？ すぐ湯に浸かりましょう」
「ううん、ちっとも。お尻の奥に耀月の熱い精がたっぷり入ってるから……」
だから寒くないよ、そう言って婉然と笑う芙蓉を見た耀月は、風前の灯火だった理性が完全に掻き消されてしまったのを実感したのだった。
それから二人は閨に場所を移し、床の中で幾度も交わった。今宵は冷えるからとしっかり布団を掛け、互いの体温で温まった密な空間の中で繰り返される性戯には、まさに秘め事という形容が相応しかった。
芙蓉を上から組み敷いたまま、耀月は荒々しく腰を打ち付ける。それに合わせて大きく盛り上がった布団の山が激しく上下し、奥からはぬちゃぬちゃとこもった淫音が漏れ聞こえた。
既に幾度も悲鳴を上げ、喉を酷使している芙蓉は、婀娜っぽく掠れた喘ぎをこぼしながらも積極的に脚を開き、時折腰を浮かせては誘い込んだ。そんな無意識の健気な振る舞いがさらに耀月の獣慾を煽り、注挿の勢いに拍車をかける。
やがて芙蓉のか細い悲鳴と同時に、耀月の動きが止まった。布団は緩やかな起伏を描いたままぴたりと止まる。いや、それは止まったかに見えたが、小刻みに揺れていた。
芙蓉は苦しげな喘ぎから一転、うっとりと目を細めて放出する快感、注入される悦びに酔い痴れた。綻んだ唇は「もっと、もっとちょうだい…」と貪欲に求める。
それに応えるため耀月は最後の一滴まで搾り出し、そして抜く間もなく交戯を再開させたのだった。
こうして半ば強引ながらも春苑の公認を得た耀月は、これまでにも増して芙蓉の世話に熱を入れるようになった。
どこへ行くにも傍に寄り添い、舞台を見守り、時には芙蓉の求めに応じて演技についての評を述べることもあった。
既に春苑は一線を退いており、芙蓉の舞台に足を運ぶこともなくなっていた。その代わりに、耀月が客観的な“観賞する目”となって、改善すべき点などを率直に進言したのだった。
十年以上常に一流の舞台を観てきた耀月の眼識は高く、うるさい批評家や好事家にも匹敵する審美眼を備えていたのだ。
二人の絆は太く強固で、どんな運命の干渉にも隠然たる思惑にも揺るがないと思われた。そう、何があっても二人で乗り越えてゆけると………
そして、芙蓉の襲名披露の日が訪れようとしていた―――
「ああ、また雪が……」
「本当だ。道理で冷えると思ったら……」
耀月は襖を閉めようと腰を浮かせた。しかし絡み付く芙蓉の腕に引き戻される。
「芙蓉様？」
「もう少し……この景色を眺めさせて。いいでしょう？」
闇夜にひらりひらりと舞い降りる白銀の結晶は余りに美しく儚げで、胸が締め付けられそうになる。なのに何故か目を離すことができない。惹き付けられる。
「この雪花こそ、恋に破れた者の嘆きなのだ。謐かに、切々と、音もなく積もる情念。いずれは融けて滅えゆく儚い涙………」
芙蓉はほぅ、と小さな息を吐いた。そして耀月を見上げ、
「お祖父様はよくそう言って、雪の如く舞えと僕に命じたの。ふふっ、まだ十にも満たない子供に、嫉妬の余り静かに狂乱する白拍子を雪に見立てて演じろと。もちろん僕には、どうして良いか分からなかった。雪なんて、ただ白くて冷たいばっかりなのに、って」
耀月は神妙な頷きを返し、芙蓉の躰を腕の中にすっぽり包み込んだ。湯上がりの躰は火照りを帯びて、夜着越しの温もりは蕩けそうなほど心地よい。
芙蓉も同じ想いだったのか、気持ち良さそうに目を閉じて耀月の胸に頬擦りした。そしてそのまま、ぽつりと呟く。
「でもね、今なら少しだけ分かる。雪の結晶は様々な想いを、嘆きを孕んでいるのだと」
「左様でございますね。雪の夜は何故こんなにも静かなのか。それは闇に充満する声なき声を、魂の嘆きを吸収して降り積もるからでございましょう」
夜は孤独を増長させる。恋人を喪った者、裏切られた者は独りの重みに耐え切れず、静かに我が身を嘆く。それらは全て雪の結晶に取り込まれ、降り積もり、世界を覆い尽くすのだ。
それは余りに物悲しく、凄絶な美を湛えた光景だった。芙蓉はその幻影を払うように小さく首を振り、耀月にきゅっとしがみ付く。
「巫舞の極意は華、幽愁、そして気高き狂気……。そのどれが欠けてもいけないとお祖父様は仰った。でも……」
芙蓉はこくんと喉を鳴らし、震える声で本音を漏らした。
「恋人に裏切られ般若と化した白拍子の狂気なんて、僕には分からないもの……」
鬼神楽の主座をかけた競舞で、芙蓉と不動流の家元が演じる＜雪華狂亂の舞＞がまさにその白拍子だった。
領主の息子と恋仲になった白拍子は、いつか一緒になろうという男の言葉を信じて待っていた。
しかし男は商家の美しい娘を娶ることとなり、白拍子はその婚礼の儀で二人の門出を祝福する舞を披露せねばならなくなった。白拍子と男が嘗て恋仲であったこと知っていた娘が、そのように仕向けたのだ。
降りしきる雪の中、白拍子は涙をこらえて二人のために舞を披露する。娘は勝ち誇った笑みを浮かべ、夫となる男、白拍子の嘗ての恋人に甘えては、彼が誰のものであるか見せ付ける。
やがて白拍子の心の隙間に魔物が入り込み、彼女は徐々に変容してゆくのだ。嫉妬に狂う鬼へと―――
果たして自分に、そこまで凄惨な狂気を演じ切ることができるのだろうか。芙蓉ははっきり言葉に出さずとも、そんな不安に苛まれていたのだ。
耀月にもその不安は理解できた。まだ幼い芙蓉に、煮え滾る情念に翻弄される人間の性が演じられるのだろうかと。しかし敢えて明朗な声で、
「そのようなものは、経験した者にしか分からないでしょう。如月様だって、恋人に裏切られた女性の気持ちに共鳴できていたわけではありません。だからこそ想像力を働かせ、分からない部分を補うことが重要なのです」
「うん……そうだね。僕なりの白拍子を演じることが大事なんだ」
「その通りでございます。それに、その前に襲名披露という一大事が控えているのですから。今はそちらに集中していただかないと」
襲名披露の際に舞うのは、芙蓉が最も得意とする＜桜挿頭（さくらかざし）の舞＞だった。
これは逆賊として捕えられた恋人の助命を乞うため、帝の前で華麗に舞ったという伝説の舞姫を演じたもので、前奏と後奏の二部構成になっている。
前奏では恋人の助命を懇願する舞が演じられ、後奏では恩赦を与えてくれた帝への感謝と、恋人への揺るぎない愛情を表現する。
＜桜挿頭の舞＞を一度観た者は、芙蓉が演じる舞姫の愛らしさと健気さに心打たれ、酔夢の境地に微睡むという。もちろん芙蓉も自信があったから、襲名披露に関しては余り不安を抱いていなかった。
「ふふ、大丈夫。見ててね、耀月。僕……耀月のために舞うから」
「芙蓉様……」
「これまでずっと傍にいて僕を支えてくれた、そしてこれから先も変わらぬ愛情を捧げてくれる耀月への、僕からの………感謝の贈り物なの」
「そん…な……感謝などと………」
あとは言葉にならず、身内を駆け巡る感動に突き動かされるように、力の限り芙蓉を抱き締めたのだった。
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