可愛い（？）犬のクリスマス
2.
その夜。帰宅した昴は、脱いだ靴をきちんと揃えてから真琴に勢いよく抱き着いた。
「ただいまっ」
「ん、お帰り。お疲れさま」
「真琴、見ててくれた？」
「もちろん。凄く……かっこよかったぞ」
照れもあって普段はなかなか口にできない褒め言葉だったが、今日は自然と出てきた。昴は嬉しさを全身で表現するように、力を込めてぎゅうぎゅうに抱き締める。
「ほらほら、部屋に入れって。腹減ってるだろ？」
甘える子を宥めるような真琴の優しい口調に、昴はでろんと顔を緩めて素直に従った。
──こいつ、さっき試合で大活躍して黄色い声援を浴びまくってた精悍なアスリートと、ほんとに同一人物なのか？
なんてことを思いつつも、もちろん同じ昴だと分かっている。分かっていながら独りごちてしまうのは、ちょっとした優越感に浸るためだ。甘ったれなわんこ昴を知っているのは、世界広しといえども自分一人だけなのだ、と。
「うわ、ご馳走だ。ローストチキンすげえ。旨そう。うわあ、ナスのグラタンにミートボール入りスープ。明太子のディップもある。俺の好きなものばっかだ」
「ま、まあ、クリスマスだからな」
確かに、昴の好物オンパレードだ。特別意識したわけではなかったが、自然とこんなメニューになってしまった。こういう時、自分の甘さに痛感せずにはいられない。のだが、
「手ぇ洗って着替えてくる！」
無邪気に喜ぶ昴を見ていると、もうどうでもよくなってくる。真琴は「ま、いっか」と呟いて、いそいそとテーブルをセッティングする。そして戻ってきた昴と向かい合って座り、楽しいクリスマスディナーへ。
いつもにも増して健啖ぶりを発揮し、わしわしと一生懸命食べる昴が可愛くて仕方ない。食べるのも忘れてつい見入ってしまう。
「真琴、ぜんぜん食べてないじゃないか」
昴が心配そうに眉をたわめて指摘する。真琴は慌てて取り繕い、皿に取り分けたチキンを口に運んだ。味付けといい焼き加減といい、我ながら完璧だ。
「ん、旨い」
「だろだろ？」
「って、俺が作ったんだぞ、こら」
「あ、そうだった」
昴は笑い、真琴もつられて笑う。二人とも言葉にこそしなかったが、自分たちは今世界で一番幸せなのだと確信していた。
食事が終わると、リビングに移動してデザートタイム。白いふわふわのクリームといちごが乗ったクリスマスケーキを取り分けて、真琴は昴の隣に腰を下ろした。
「さすがにケーキまでは手が回らなかった。ほんとは手作りしたかったんだけどな。市販のでごめんな」
すると昴はぶんぶん首を振って、
「ごめんなんてそんな……。俺の方こそ、今日ぐらいは手伝うつもりだったんだけど。なんか、いつも食べる専門でごめん」
「はは。お前は外で頑張ってきたじゃないか。ほんとに今日の試合は凄かったぞ。実況のアナウンサーも絶叫してたし。解説の元選手は、こういう成績とは関係ない試合でも手を抜かないプロ意識が凄いって褒めてた」
「真琴へのプレゼントなのに、手を抜くはずないじゃないか」
「そ、そうか……」
昴の気持ちは時に真っ直ぐすぎて、真琴はうまく受け止められないことがある。それは、これまで真剣に人を愛することなく、上澄みだけを混ぜ合わせるような恋愛を重ねてきたという苦い自覚があるからだろう。意識せぬまま目を逸らし、
「あんな凄いプレゼントもらったのに、お返しが食事だけっていうのもなあ」
すると昴はぐいと身を乗り出して、
「じゃあ、ご褒美くれる？」
「おう。っつったって、何が欲しいって訊いたらどうせ、真琴、って答えるんだろ？」
「ううん。ケーキがいい」
意外すぎる答えに真琴は目を瞬かせ、昴の顔を覗き込んだ。昴の瞳はご褒美を待つ犬のように期待できらきら輝いていたが、ただ従順なだけではない不穏な熱のようなものも宿していた。
それが何に由来するのか、何を求めているのか察知した真琴は、ケーキを飾るいちごを唇に挟み、昴に向かって差し出した。
「んっ……」
昴はすかさず唇で受け止め、二、三度咀嚼してから甘酸っぱい果汁を口移しで真琴に返す。それと一緒に侵入してきた舌ごと、真琴はうっとりと味わった。
「は…ふ…ぅん、ん……」
愛らしいいちご味をまとった昴の舌は、その味にはふさわしくない貪欲な動きで真琴の口内を蹂躙した。舌の根元をぬるぬるとこすり、口蓋の裏をいやらしくなぞり、最後に放置していた舌を巻き込むように吸い上げる。
その頃にはいちご味もほとんど消え、二人分の唾液がぬめった音をたてつつ真琴の口内や喉を潤した。
「……まこ、今度はクリームいい？」
「え？ お、おう……」
濃厚な口づけの余韻でまだうなじの辺りが火照っていたが、真琴はふわふわと頷いてクリームを舌の上に乗せようとした。
が、なぜか昴はケーキの皿を取り上げ、真琴の身体をソファの上に押し倒した。そして訳が分からずぽぉっと見上げる真琴に、形は無邪気だがどこか隠微な翳のある笑みを向け、
「クリームは、真琴の下の口で味わう」
耳を疑うようなことをさらりと口にして、それが冗談なのか本気なのか確かめる間もなく真琴の下穿きをずり下ろした。
「ちょっ……おい！」
慌てて足をばたつかせたが、その程度の抵抗は織り込み済みなのか、昴は平然と脱がせあっという間に真琴の下半身を生まれたままの姿にしてしまった。そして真っ白なクリームを指ですくい、あられもなく広げられた脚の付け根に塗り込んでゆく。
「ばっ、ばか！ 昴！ お前何てこと……あっ、あん！」
小言の形に開いた唇から、甘い綿菓子のような喘ぎがこぼれた。クリームをまとった昴の指は残酷なほど優しく的確に、真琴の谷間奥深くをまさぐってゆく。
「凄い。クリームがあっという間に溶けた。やっぱり真琴ん中って熱いんだな」
そう呟く昴の声は、不穏な高揚でざらりと毛羽立っていた。
「昴っ、やめ……あぅっ！」
骨太で長い指が、一気に根元までぬるっと入り込んできた。太くゴツゴツとした関節に中からぐっと押し広げられ、甘い痺れが腰いっぱいにじゅわっと広がる。真琴はびくんとのけぞり、背中を預けている大きなクッションに爪立てて喘いだ。
いつもなら、このまま昴の勢いと前戯に流されて全てを許してしまうところだが、股間からほのかに漂う甘いヴァニラの香りに真琴は一瞬だが我に返った。食べ物であるクリームをあんなところに塗られて、しかもそのまま中をまさぐられるなんて……。
「す、昴っ、もう……やめろって……」
「いやだ。やめない」
昴は即答を返し、三本の指をズボズボと抜き差しした。これから与えられる快楽の先触れめいた刺激に悶えつつも、真琴はひゅっと息を吸い込み、伝家の宝刀を発動しようとした。が、
「昴、待───」
唇をきつく吸われ、発動する間もなく封じ込められてしまう。言葉どころか呼吸も許さないと言わんばかりの吸い上げに、真琴は為す術もなくただ唇と舌を与える。
ようやく口づけという名の拘束を解いた昴は、吸われすぎて充血しかすかに腫れた唇をなおもついばみながら、
「『待て』と『お座り』は言わせない」
不敵に笑み含んだ声で宣告をして、再び真琴の唇を塞いだ。そして疾うに熟して久しい真琴の秘部をくちゅくちゅと少し弄んでから指を抜き、白い液体と化したクリームが滴る菊花に、張り詰めた己の先端をぐっと押し付けた。しかしすぐには挿れず、上下に滑らせて濡れた襞をこすり上げる。
「んーーっ、ん、んっ！」
そこから脳天まで繋がる神経の糸をビンッと弾かれたかのような官能的な波動が駆け巡ったが、口を塞がれたままの真琴は喉の奥でくぐもった喘ぎを響かせるしかできない。
昴はようやく腰を進め、膨張して相当な面積を持つ亀頭をぐいっと押し込んだが、まだ用心深く真琴の口を覆ったままだった。
下腹部から漣のように広がる愉悦と、自由に呼吸できない息苦しさに、真琴の目尻から生理的な涙がこぼれる。しかし昴は構わず、狭い器官に己の高ぶりをずぶずぶと押し込んでいった。
「……まこ、全部入ったよ」
唇を離した昴は、その事実を知らしめるように深いところで軽く抜き差ししてみせた。そして目の縁をうっすら上気させ、
「まこの中、甘くて美味しい」
ようやく口が自由になったのに、真琴はまともな言葉を発することもできずただ艶めかしく喘ぐしかできない。
「あぁ…ん、あっ、あ、ん……」
「う…わ、ヤラシイ声……たまんないよ。限界だ」
言葉通り、昴は内なる情欲に駆り立てられるかのような激しい抽挿を始めた。といっても、ただ闇雲にガツガツ打ち付けるのではなく、角度を変え緩急をつけてぬぷぬぷと出し入れし、己の大きさや形を筒肉に刻み込む。
真琴ははふはふ言いながら、官能に濡れた瞳をふわふわと彷徨わせた。すると視界の下方、大きく広げた脚の中心で淫らがましく噛み合ったその部分が目に入り、あまりの卑猥な光景に反射的に目をつむった。
しかし昴の赤黒い怒張や、二人の肌をねっとりと繋ぐ粘液の糸が脳裏に灼きついて離れない。
おまけに、視覚を閉ざしたことで、染み出したクリームが太ももを伝う愛撫にも似た触覚や、粘膜がぬちゃぬちゃとまぐわう音、そして何より、昴の反り返った陰茎に中をずるずるとこすられる感覚がさらに鮮明になり、真琴を暴力的な勢いで追い上げていった。
「昴っ……も、イク…ぅっ……」
びくんびくんと腰を跳ね上げ、宙に浮いたままの爪先がきゅぅっと丸まる。すると、頭上から低い呻きが降ってきた。
「すごい、奥まで締まるっ……」
「あ、ああッ、いい、奥いいっ……昴ぅ……！」
「まこっ……」
互いの名前が絶頂へと飛ぶための原動力であるかのように叫んで、二人は同時に精を迸らせた。
真琴は自分の胸に勢いよく飛ばし、昴は真琴の最奥部に当たるよう狙い澄ましてたっぷりと注ぎ込む。全て出し終えた昴は腰をゆるゆると動かし、みっちり種の詰まった粘液を真琴の内壁にこすりつける。
「ん、も……昴、動くな……」
「なんで？」
「なんで、って……気持ちいいから」
素直に答えた真琴に、昴はくすっと笑ってあやすような口づけを贈る。そして、
「ケーキの甘さ、堪能したよ。ごちそうさまでした」
もちろん、真琴に頭をコツンとやられたのは言うまでもない。
「はああ〜、あと一週間で新年かあ。早いよなあ」
クリスマスディナーの後、場所を寝室に移して再び愛し合った二人は、今は温かい布団の中で抱き合っていた。真琴のありきたりな感慨に、昴は律儀に頷く。
「うん。クリスマスが終わると、一気にお正月モードになるよな」
正月、と聞いて、真琴は避けて通れない質問の存在を思い出した。なるべく自然に訊こうとしたが、昴の繊細な部分に踏み込まざるを得ないという緊張感から、やはり強張ってしまう。
「あ、そういえば、その、昴は正月はどうするんだ？ 実家には──」
しかし昴は、そんな真琴の内心に気づいているのかいないのか、さらりと答えた。
「帰らないよ。試合が三日から始まるし」
「そうか。そうだな」
実家に帰らないもっと切実な理由があるのは分かっているが、そういった負の部分を感じさせない昴に、真琴は素直に感心した。
「真琴は実家に帰るんだろ？ お盆休みも戻らなかったし」
実はまだ決めかねていたし、家からは正月ぐらい帰ってこいとせっつかれていたのだが、真琴は即答を返した。
「いや。帰らないよ」
「えっ？ それじゃあ……」
「ああ。正月は一緒に過ごそう。二人で初詣でというわけにはいかないけど、お雑煮食って家でごろごろしてたら、正月休みなんてあっという間だ」
「やったぁ！」
子供みたいに無邪気に喜ぶ昴に、真琴の口元も自然と綻ぶ。なんのかんの言っても、やっぱりこいつはまだまだ幼いんだよな……。
「ということは、真琴の中で年越しができるんだね」
「おう。俺ん中で年を越せる………って、なんだそれ！？」
真琴の険しい突っ込みも気にならないのか、昴は喜色満面で真琴に抱き着いた。
「凄え嬉しい。来年はいい年になりそうだ」
「ちょっ、待て！ 俺ん中で年越しってどういう意味だよッ」
真琴はじたばたと抵抗しながら、その時になればきっとずるずると許してしまうに違いないと、敗北の予感を噛み締めたのだった。
（Fin）
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