可愛い（？）犬の夏休み
後半
じゃあ行ってくる、と言って大きなスポーツバッグを担いだ背中は、いつもより二回りほど縮んで見えた。真琴の胸はしくんと痛んだが表情や態度には出さず、おう、頑張ってこい、と返して背中をぽんと叩き、送り出したのだった。
昴が向かったのは、東京スカイファイターズの夏合宿。さすがに参加しないわけにはいかないと分かっているようで、昨夜はぐずぐずとだが準備をした。
そして、会えない二週間分ヤるから、という凄まじい前置きをして、ほんとに二週間分の量があるのではというほどの大量の熱い精を何回にもわたって真琴の中に注ぎ込み、それでもまだ足りないと言わんばかりにぎゅうぎゅう抱き締めては、「行きたくない、離れたくない……」と今さらの泣き言。
真琴は叱ろうにも身体はへろへろ、声帯はガラガラで、何とか持ち上げた手で昴の頭をぱふっと叩くのが精いっぱいだった。
とまあそんな感じで、十代の体力と性欲の凄さ、潜在能力（？）にただ圧倒され、昨夜は激励どころではなかったのだが、真琴もまだ二十代。翌朝には回復し、合宿所への道中で食べる弁当をこしらえて笑顔で送り出すことができたのだ。
「さぁて。甘ったれのデカわんこも行っちまったことだし。この時間を有効に利用しないとな」
真琴は自分を鼓舞するように晴れやかな声で言ったが、そこに作為の跡があることをちゃんと自覚していた。続けてぽろりとこぼれた呟きの方が、本心を反映していることも。
「二週間、か……」
昴が合宿に参加して、一週間が経過した。あれだけ淋しい淋しいと言って嫌々参加したのだから、きっと夜になれば毎日のように電話してきて、早く帰りたいだの会いたいだの泣き言オンパレードに違いないと、真琴は勝手に思い込んでいた。
そのため、夜は携帯を充電フルにして片時も離さず持っていたのだが、その画面に昴の名が表示されることは一度もなかった。そう、着信はおろかメールすら来ないのだ。
もしかしたら回線が死んでるのかも、なんてわずかな可能性に思いを馳せた瞬間、知人からの着信で元気よく鳴り出す携帯を、恨めしげに睨んだこともあった。
きっと、同室のチームメイトに気を遣って電話できないんだろうという推測は、だったら宿泊所をちょっと抜け出して外からかければいいだろっ、という突っ込みですかさず上書きされる。
ともかくそんな悶々とした状態で一週間を過ごした真琴は、ついに我慢できずパソコンを開いた。そして、東京スカイファイターズの公式サイトにアクセスする。
「あ、これだ。スタッフのブログ……」
合宿の様子などが書き込まれているかもしれないが、そこで昴の近況をチェックするのは抵抗があった。一般のファンみたいなことはしたくない、するものかというヘンなプライドがあったのだ。
しかし、この暑さで体調を崩してしまった可能性もある。昴の好みに味つけし、なおかつ栄養バランスを考えて作られた真琴の料理に慣れた舌が、合宿所の食事を受け付けず食が細って夏負け……なんて可能性も考えられる。だとしたら、真琴に連絡できないのも仕方がない。
「あ、更新されてる」
最新の日付けを読もうとした真琴は、掲載されている写真に思わず目を留めた。そこには、甘い笑顔を浮かべてファンにサインする昴の姿が映っていた。脇には、プレゼントと思しきカラフルな包みをたくさん抱えている。
「な、なんだ。元気そうじゃねえか……」
記事にざっと目を通すと、合宿の見学者が大幅に増加、過去最高記録を更新、なんて浮かれた文字が躍っている。昴効果は絶大のようだ。
ひとつ下の記事には、シュートを放った瞬間の昴の写真が掲載されていた。そして紅白戦での活躍の様子が、詳細に記されている。観客からの大きな歓声に、笑顔で応えていた、とも。
「大した人気だよな」
真琴は吐き捨てるように呟いてから、そんな自分にはっとした。昴が元気で合宿に参加していることも、観客の人気を集めていることも、手放しで喜ぶべきことだ。なのになぜこんな暗く沈んだ声が出てしまうのか。
「最悪だ、俺……」
自分がいないと何もできない昴、淋しがりやな子供の昴、そんな幻影をまだ追いかけていたのだ。
「成長しねえなあ……」
以前、昴が学校で目も合わせようとしないとむくれたことがあった。学校でもわんこよろしく尻尾を振って、じゃれついてくるに違いないという勝手な思い込みが外れたからだ。昴は、真琴に迷惑をかけないため己を律していたというのに。
「あいつはもう、ガキじゃないんだよな」
写真の昴はどこからどう見ても、プレイもファンサービスも一流のアスリートだ。でも、
「この部屋にいる時だけは、甘ったれなわんこでいてくれよ」
真琴は本音を吐き出して、パソコンをそっと閉じた。
翌日、真琴は昴の部屋に向かった。窓を開けて風を通し、ついでに掃除もするつもりだった。昴が合宿で頑張っていることを知り、自分も何かしたいと思ったからだ。
まずは冷蔵庫の中をチェック。思った通り、スポーツドリンクの類いしか入っていない。夏休みに入ってずっと真琴の部屋に入り浸っているのだから、当然と言えば当然だ。
次は掃除。といっても部屋はきちんと整頓されているし、そもそも主が不在なのだから汚れようがない。軽く掃除機をかけて終わり。
「あ、布団干すか」
真夏の太陽を有効利用しない手はない。ベッドの上に畳まれた布団を抱え、ベランダに出ようとした。その時、どさどさと音がして布団の中から本が落ちてきた。拾い上げて確かめてみると──
「なっ、なんだよこれ！ 『恋人をイカせる100の秘法』って！ うわっ、こっちは『愛の四十八手 - 現代のカーマ・スートラ』かよ！」
真琴は叫ぶと同時に、ベッドの上に座り込んだ。やがて肩を震わせ、
「ぶっ、くく、くくく……あいつっ……」
いつだったか、セックスの時ぐらいは優位に立ちたいんだと、切実な顔つきで言われたことがあった。昴はそれを遂行すべく、こんな本まで読んで勉強していたのだ。
「あははっ、しょーがねえな、ほんっとに……」
笑いながらベッドの上に寝転んだ真琴は、すぐに自分の過ちを悟った。
「ああ……」
真琴の重みを受け止めてマットレスが跳ね、こもっていた昴の匂いがふわりとたちのぼる。それはささやかな愛撫のごとく、真琴の鼻をくすぐった。
「すば…るっ……」
早くここから下りて部屋を出なければと心は急かすのだが、身体の方は一向に言うことを聞かない。久しぶりの匂いは、記憶に刻まれているものよりかすかに甘く、そして淫らな熱がこもっていた。いや、それは錯覚だろう。淫らなのはむしろ──
「昴っ……触っ…て……」
真琴はベッドの上で四つん這いになり、ジーンズの前を大胆に寛げた。そしてすっかりのぼせ上がったものをじかに握ると、腰が勝手にびくっと跳ねた。
──こんなの駄目だ……でもっ……
もう止まらないのは自分でも分かっていた。昴の匂いを肺腑いっぱいに吸い込み、自分の手に昴の大きな手の感触を重ねる。そして上下に扱けば、真琴、気持ちいい？ という昴の甘い声が耳の奥に蘇る。
「あっ、ああっ、いい……」
疚しさは極上の媚薬。いけないと思えば思うほど、身体は高ぶってゆく。手の中のものはすでに限界まで張り詰めて、蜜状の液体を滴らせていた。
「昴…っ！」
真琴はシーツの波間に切ない声を染み込ませ、腰を低く落とした。必然的に股間の熱塊はシーツに触れる。その瞬間、酸のような官能がぴりっと背筋に走った。
「あっ、ん！ 昴っ、イクぅぅ……」
根元を指先で扱きながら、腰を振ってシーツにこすり付ける。痛いような刺激にあっという間に堰が切れ、気が付けば下肢全体が痙攣していた。
「あ……はは、出し、ちゃった……」
しばし惚けていたが、のろのろと身体を起こしてシーツに広がる染みを目にした瞬間、一気に我に返った。
「何……やってんだよ、俺……」
自慰には微量の背徳感が付きものだが、今回のは特別だった。昴は暑い中練習に励んでいるというのに、こんなところでシーツを汚して……。
「洗濯……しないとな」
気だるさの残る身体を叱咤して起き上がり、汚れたシーツを剥がした。下のマットレスにまで染みていないのが救いだった。そして洗濯機に放り込むと、火照った身体と頭を冷やすため冷水のシャワーを浴びたのだが、ずくずくと疼く自責の念を静めることはできなかった。
結局、昴からの連絡は一度もないまま、東京スカイファイターズの夏合宿は終了した。昴の帰宅予定日。真琴は朝から買い出しに出かけ、空っぽの冷蔵庫に食材を詰め込んだ。
昴の不在中は、いけないと思いつつも何も作る気になれず、コンビニのおにぎりやひどい時は栄養補助食品で済ませたりしていたのだ。
そして昼過ぎから夕食作りに精を出し、いったんシャワーを浴びてひと息つくと、すでに日は落ちていた。そろそろ昴が帰ってくる時間だ。妙にそわそわ落ち着かない自分を持て余しつつ鍋を揺すっていると、玄関のチャイムが鳴った。
真琴はすぐさま火を消して玄関まで走ったが、まるで帰りを待ち焦がれていたかのように思われるのは何だか癪だったから、数秒の間を空けてから鍵を開けた。
「おう、お帰り───」
出迎えの言葉も言い終わらぬうちに飛び込んできた昴は、素早く扉を閉めると靴を脱ぎ捨て、そして長い両腕で文字通り真琴を拘束した。
「すばっ……」
物理的な圧迫感と心理的な驚きに言葉を奪われた真琴は、ともかく久しぶりの温もりと匂いに浸ることにした。手加減なしの抱擁に身体はみしみし鳴っていたけれど、黙って受け入れた。
「真琴っ、真琴っ……」
昴は熱に浮かされたように真琴の名を繰り返しながら、頭のてっぺんからおでこ、まぶた、耳、鼻、頬に口づけを落とし、さらに顔を押し付けてすんすん鼻を鳴らして匂いを嗅ぐ。まるで、五感全てで真琴の存在を確かめようとするかのように。
やがて抱擁がわずかに緩み、真琴がほっと息をつくと、頭上から恐縮しきった声が降ってきた。
「……靴、ごめんなさい」
「は？」
「後でちゃんと揃えるから」
確かに、脱ぎ捨てた靴が玄関でひっくり返っている。真琴は思わず頬を緩めたが、声は引き締めて「今回だけだぞ」と返し、昴の背中に腕を回して抱き返した。そしてあらためて「お帰り」と告げる。昴はこくんと頷き、
「会いたかった、淋しかった。ほんとに死ぬかと思った……」
この大きな身体が発したとは思えぬほど弱々しい囁きには、真情が溢れていた。しかし真琴は、それを素直に受け入れることができなかった。なぜなら、
「そ、その割にはお前、一度も連絡寄越さなかったじゃねえか。何のかんの言って、合宿は楽しくて充実してたんだろ？ だから───」
僻み根性丸出しな言葉に慌てて口を閉ざした真琴だったが、一度発した言葉を取り消すことはできない。気まずさから軽い口調を装い、
「チームスタッフのブログ見たぞ。ファンに笑顔でサインなんて、スターぶりが板についてきたな」
すると昴は真顔で見つめ、
「真琴が、ファンには笑顔で親切に対応しろって言ったから」
「えっ？ 俺？ ……あ、ああ。そうか、そうだな」
ファンサービスが苦手だとぼやく昴に、プロなんだからそれも仕事のひとつだと諭したことがあった。
「真琴の言い付けはちゃんと守ってるよ」
そう言って誇らしげに笑う昴が眩しくて、真琴は目を細めて見上げた。そして「えらいぞ」と言って頭を撫でると、昴はとろけそうな笑みを浮かべて再び抱擁の腕を強めた。が、なぜかすぐに緩めて眉をひそめ、
「真琴……痩せた？」
「あ、ああ。少し、な」
「俺がいない間、ちゃんと食事取ってた？」
答えは分かってると言わんばかりの問いに、嘘やごまかしで応じることはできなかった。
「いや、あんまりまともなもの食ってない。自分一人のために料理するのも面倒だったから」
真琴は正直に答えると、出ていった時と変わらず逞しい肩や胸を優しく叩き、
「お前はちゃんと食ってたみたいだな。よかった」
それは心からの言葉だった。昴は俺の料理じゃないと駄目なんだ───そんな甘い幻想より、体調を崩すことなく元気に戻ってきてくれたことの方がずっと嬉しい。しごく当たり前のことなのに、今になってようやく分かった。けれど、
「うん、頑張って食べたよ。苦しかったけど」
昴の意外な言葉に、真琴は首を傾げる。
「苦しかった？」
「苦しかったよ。ああいう合宿所の飯ってさ、やたら脂っこくて塩辛いんだよ。若い男にはとにかくガッツリ系のもの食わせとけばいいって思ってるんだろうな。真琴の絶妙な味付けに慣れちゃってたから、平らげるのに苦労した。無理やり詰め込んだ感じ」
「なんでそこまでして……」
「だって食べないで痩せて帰ってきたら、真琴が心配するだろ？」
昴はさらりとそう言って、笑った。真琴も笑い返したが、それは自嘲の形に歪んでいた。
「は、は……お前、ほんとに……」
「真琴……？」
「お前の方が、俺なんかよりずっとずっと大人だ……」
今なら分かる。もし電話で話したりしたら、淋しいとか会いたいとか泣き言を言って真琴に心配をかけてしまう。だから一切連絡をしてこなかったのだ。けれど、
「でも、一回くらい電話してきたっていいだろっ。合宿の様子をチームのブログでチェックするなんて、一般のファンみたいじゃないか！ お、俺はお前の……特別でありたいんだから……」
大人気ないとしか言いようのない言葉だったが、本心なのだから仕方がない。案の定、昴はくすっと笑って、
「真琴、可愛い」
「う、うるせ。どうせ子供じみてるよっ」
赤い顔をしてぷいっと横を向けば、大きな手で頬を包み込まれ正面に向き直された。
「まこ、淋しかった？」
ここでその呼び方は反則だっ、と思いつつ、涙腺はしっかり反応してしまう。真琴は潤んだ瞳で見つめ返し、
「さびし…かった……」
「俺の声、聞きたかった？」
「聞きたかった……」
「愚痴とか泣き言とかグダグダぶつけちゃうと思うけど、いい？」
「ん、いい……」
「分かった。これからはちゃんと連絡する。淋しい思いさせてごめんなさい」
そう言ってぺこりと頭を下げる昴が愛しくて、真琴は目いっぱい背伸びして自分から口づけた。それは艶めかしい呼び水となり、二人の身体に火をつけた。
「んぅっ、ん、んっ……」
歯列を割って、昴の熱い舌が滑り込んできた。まともな会話はこれで終わりだと言わんばかりに真琴の口内を執拗に犯し、舌を吸い上げる。
真琴が久しぶりの唾液の甘さに酔ううちに、ジーンズも下着も下ろされ、微妙な角度を保った薄桃色の器官が剥き出しにされていた。
「あ、ふぁっ……すば……や、やめっ……ああん！」
こんな玄関先で恥ずかしいという理性の囁きは、昴のいつもより荒っぽい愛撫で吹き飛ばされた。二週間分の情欲に火照った手のひらに包み込まれた真琴の性器は悶え、濁った涙を流す。次から次へと溢れるそれは、昴の大きな手をしとどに濡らした。
「まこ……挿れたい、早く挿れたい……」
直截的な単語を呪文のように繰り返しつつ、昴は濡れた手を谷間の奥へ滑らせた。そして細かな皺の寄った窄まりへ、指先をぐぅっと押し込む。真琴は「んっ…」と鼻にかかった喘ぎを漏らし、
「お前っ……あからさま過ぎるんだよ。もうちょっと含みを持たせた言い方があるだろっ……」
真琴の抗議を受け、昴は巧みに言い換えた。
「とろとろになった真琴のあそこを奥まで暴いてぐちゃぐちゃになるまでこすり上げて、真琴をひぃひぃ言わせた挙げ句、中で思いっきり射精したい」
耳に直接流し込むように囁きながら、指をぬるぬると行き来させる。気がつけば真琴は昴の首っ玉にかじりついて、無防備な丸みをさらす尻を小刻みに震わせていた。
「ば、ばかっ……そうじゃなくて……」
生々しい表現に、身体の方が先に反応してしまったようだ。尻の奥がきゅぅっと竦み、昴の指を甘く締め付ける。
「うわ、すごい……指が……食われる」
昴は感じ入ったようにそう言って、真琴の中に指を入れたまま、空いた方の手で真琴の片脚を持ち上げ、傍らのキャビネットの上に乗せた。
必然、脚を大きく開き局部を露わにする姿勢となった真琴だったが、すでに羞恥よりも結合の欲求の方が勝っていた。
「すば…る、早…く……」
「ん、分かってる……はは、勃ち過ぎて痛い」
それは冗談でもないようだった。ずり下ろした下着の奥から現れたそれは血管を浮き上がらせ、早く犯らせろと喚くかのようにビクビク揺れている。そっと手をかざしただけで、発する熱にじりじり灼かれそうだ。
「さすがに今日は、出さずに我慢したからな」
これは聞き捨てならない台詞だった。真琴は荒い呼吸の奥から尖った声を出す。
「今日は、って。じゃあ他の日はどうしてたんだよ」
「シャワー室で、真琴の裸とか喘ぎ声とか思い出しながら出した。ほんとは溜めておきたかったけど、一日出さないと腹が痛くなっちゃうんだよ」
十代の性欲の凄さにあらためて圧倒された真琴は、感心半分呆れ半分でぽかんと口を開けた。するとそこに熱い唇が重なり、舌がとろりと入り込んでくる。そして、
「あ…ん、んっ、ぅぅっ……」
指二本分だけ綻んだそこが、下からぐっと持ち上げられた。久しぶりの圧迫感に慄いたのも束の間、ぬちっと秘めやかな音を立てて広がり、押し付けられた昴の先端を舐めるようにひくついた。
「んっ、は、はっ……」
口の中は、昴の舌と唾液でいっぱいだった。まるで、これからの交わりを先取りするかのような濃密な口づけにくらくらしたが、本物の交合がもたらす恍惚と快感はその比ではなかった。知り尽くしているはずの体感が、二週間という空隙で薄められてしまったのかと思うと少し淋しい気もする。しかし、
「あっ、あっ、昴ぅ……おっき…い……」
中からゆっくり広げられて、愛しい男の形と鼓動を刻み込まれる悦び。それをいつもより新鮮な気持ちで味わえるのだと思えば、そう悪くもない。
ずるりずるりと中をこすられるぞくぞくするような快感も久しぶりで、真琴は壁に背中を預け昴の首にぶら下がった状態で、「いい、いいっ」と喘ぎながら腰を揺らした。昴も熱い息を漏らし、
「やばっ……すごい、気持ちい…いっ……ああ、くっそ！」
「あ、あっ……！」
悪態をつきながら強く突き上げられ、腰の奥にずぅんと重く甘い痺れがともった。次の瞬間、同じ場所が温かく濡れるのを感じ、真琴はほぅっと溜め息をついた。
それは、昴の放ったもので内側から満たされる嬉しさからついた溜め息だったが、当の昴は違う風に受け取ったようだ。
「ごめん、俺ばっかり……」
「えっ？ あ、謝んなよ、ばかやろ」
「でも……」
「気持ちよかったんだろ？ このために今日は出さずに我慢してたんだろ？ だったらいいじゃねえか。それに……」
真琴はまだ入ったままの昴自身を尻肉ごと締め付けて、
「まさかこれでお仕舞いじゃないだろ？」
昴の反応は早かった。真琴の中からぬるっと引き抜いて、その身体を抱き上げる。たった今注ぎ込んだ液体が重力に従って真琴の中から滴り、床に白い雫を散らしたが、「後で綺麗にするからっ」と言ってそのままリビングへ。
真琴を膝の上に抱いてソファに座り、シャツをするっと脱がせて全裸にすると、唇に噛み付いて舌をすすった。さらに硬い手のひらを胸に押し付けて、ぷっくり尖った乳首を揉み潰す。絶頂の手前であらゆる部分が敏感になっている真琴には、痛いほどの刺激だった。
「んっ！ やっ、あっ、昴……」
真琴は昴の肩に両手を付いて突っ張り、息を荒げつつ何とか告げた。
「お前も……脱げよっ……」
昴は素直に頷いて、Ｔシャツを脱ぎ捨てた。二週間ぶりに見る身体は相変わらず完璧な男性美を備え、上質の筋肉で覆われた胸から腹は滑らかな光沢を放っている。しかし、
「お前……焼けたな」
胸の上にぺたっと手を置いて、真琴は呟いた。自分の生っ白い肌と比較して分かる程度なのだから、それほど大きな変化ではないだろうが。
「あ、うん。砂浜をランニングとかしたから。跡がつくとみっともないから、上は脱いでたんだ」
真琴は、自然と眉根が寄るのを抑えられなかった。昴の首にかぷっと噛み付いてから、
「見学者とかファンに、見せたのか？」
「え？ 見せたって何を───」
「お前の裸だよ！ 上を脱いで走ってるとこ、見られたのかっ？」
真琴の勢いに圧されるように、昴はぶんぶん首を振った。
「ランニングは朝早くしてたから、たぶん見られてない、と思う」
「そか。ならいい。いいか、その……み、見せるんじゃないぞ。これは俺の……なんだから」
俺ってこんなに独占欲強かったっけ？ と呆れつつも、嫌なもんは嫌なんだから仕方ないと居直る。そんなごちゃごちゃした心理状態のままこそっと見上げると、切れ長の涼やかな目を子供みたいにきらきら輝かせた昴が、がばっと抱き着いてきた。
「まこっ、めちゃくちゃ嬉しいっ……」
「な、何がだよ」
もちろん真琴は分かっているが、照れ隠しからとぼけてみせる。昴は気にせずぎゅうぎゅう抱き締め、
「全部、真琴のだから……」
「当たり前だ。この身体は、俺が作ったメシで出来てるんだからな」
「うんっ」
嬉しそうに肯定する昴の頭を撫でてから、真琴は誘うように腰を揺らした。すると、大きさも色合いも異なる二つの性器がこすれ合って、チュクチュクと蜜音を弾かせた。
「まこ、挿れていい？」
真琴は答える代わりに腰を浮かせ、昴の猛るものを受け入れた。そして、すっかり熟して久しい筒肉でしっとり締め上げては、自らも淫らに溶け堕ちていったのだった。
「ねっ、ね、真琴は俺のいない間、何回ぐらい自分で処理した？」
行為の後の甘いピロートークには相応しくないテンションで聞いてくる昴を、真琴は「そんなことどうでもいいだろ」と軽くいなした。しかし昴は簡単には引き下がらない。
「一度もしてないはずないよね。イク時は、ちゃんと俺のこと思ってくれた？」
口調は冗談めかしているが、瞳は真剣そのもの。しかもその奥にかすかな不安が揺らめいているのを見つけてしまっては、真琴も正直に答えぬわけにはいかなかった。
「お前の……ベッドの上でした。お前の匂いがしたから、たまらなくなって……」
果たしてどんな反応が返ってくるだろうかと、真琴は身構えた。しかし、
「ベッドの上で？！ ってことはつまり、シーツに真琴のが染み込んで───」
「ばっかやろ！ ちゃんと洗ったよ！」
「洗った？！ な、なんで洗っちゃうんだよっ」
「なんでってそりゃ……」
「真琴のエッチな汁がいっぱい染み込んだお宝シーツなのにっ……」
どうやら本気で落胆しているらしい昴に真琴は掛ける言葉を失い、やっぱこいつにはまだまだ躾けが必要だと独りごちたのだった。
（Fin）
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