可愛い（？）犬の夏休み
＜前半＞
昴が所属するプロバスケットボールのJBリーグは、夏のオフシーズンに入った。
もちろんオフとはいえだらだら休んでいるわけではなく、十月の開幕に向けてみな自主トレに励む。昴も例外ではなく、夏休みに入ってもほぼ毎日トレーニング施設に通い、身体づくりに勤しんだ。
真琴はといえば、そんな昴を食事管理の面からサポートした。栄養学の本を読んで独学ながら勉強し、バランスのとれた美味しいメニューを毎日提供したのだ。
俺ってこんなに尽くすタイプだったっけ？ と自問しつつゴボウを笹がきにしていると、何だか妙にふわふわした気持ちになって、つい口許が緩んでしまう。真琴は慌てて頬をぐにぐに揉んで、顔を何とか元に戻すのだが、気がつけばまたにやついていた。
こんな感じで、恋人同士になって初めての夏は、猛暑をもたらす太陽にも勝るほどの、ひたすらあつあつあまあまな空気の中穏やかに過ぎていったのだが、八月に入ると途端に昴がぐずり出した。というのも、
「合宿……行きたくない……」
昴の所属チーム東京スカイファイターズの合同合宿が、間近に迫っていたのだ。
「たったの二週間だろ。プロなんだからしっかりやってこい」
「二週間も真琴と離れてるなんて耐えられない。リアルに死ぬ」
ソファの上で大きな身体をちんまり丸め、昴はぼそぼそと泣き言を言う。真琴はその頭をゴツンとやって、
「こら。死ぬなんて安易に口にするな」
すると昴は今にも泣き出しそうな悲愴な顔で見上げ、
「だってほんとだから。今から考えただけで、淋しくておかしくなりそうだ」
「お前……」
思わず脱力しそうになる真琴に、今度は恨めしげな視線を送って、
「仕方ないじゃないか。真琴が綺麗で可愛くて優しくて、おまけに俺のこと大事にしすぎるからいけないんだ」
「なっ、なんだよそれ！」
「こんな風に毎日一緒にいれて、美味しいご飯作ってくれて、夜はめちゃくちゃ色っぽくて、朝起きたら俺の腕ん中ですーすー寝てて……こんな幸せすぎる生活で俺のこと甘やかしておいて、そんで合宿はしっかりやってこいなんて無茶だ、残酷だ」
「…………」
昴のめちゃくちゃな言い分に真琴は返す言葉もなく、まさに開いた口が塞がらない状態で取り敢えず隣に座る。昴の打ちひしがれた横顔を眺めていると、なんだか本当に自分が悪いような気がしてきて、真琴は慌てて頭を振った。
いや確かに甘やかしすぎたのかもしれないけど、俺のせいか？ 俺が悪いのか？
「はああ〜〜、犬になりたい」
昴はソファの上で膝を抱えたまま、しみじみと呟いた。それがあまりに真剣な声だったため、真琴も真面目に聞いてしまった。
そのとんでもない内容に「はぁ？」と反応を返したのは、数秒後のことだった。しかし昴は構わず、自分の薔薇色の妄想世界に耽溺する。
「俺、犬になりたいなあ。そしたらさ、トレーニングにも合宿にも行かないで済むし。毎日真琴の傍にべったりくっついて寝そべって……」
うっとりと細められた目には、その“幸せ”な光景が映っているのだろうか。昴はここではないどこかを眺めつつ、延々と妄想語りを続ける。
「真琴の膝小僧とか頬とか耳たぶをぺろぺろ舐めて、そんでたまに粗相とかしたら、こら、なんて怒られたりして。そんで俺がしゅんとしたら、しょうがねえなあ昴は、なんつっておやつをくれるんだ。俺は途端に嬉しくなって尻尾ふりまくってじゃれついたら、真琴はくすぐったいぞ昴、なんて───」
「ストップ！ お前の阿呆な妄想に付き合ってる暇はねえんだよっ」
「無邪気な夢、って言ってほしいな」
「どっちも同じだっ。だいたい、犬になったらセックスできないだろが。いいのかよ」
真琴は皮肉っぽく問い質した。これで昴も犬になりたいなんて口にしなくなるはずだ。しかし、
「昼間は犬で、夜だけ人間に戻る」
「そんな都合のいいファンタジーあるかっ！」
「そもそもファンタジーっていうのは都合のいいものだろ？ 純真な心で一途にお願いすれば、神様も聞き届けてくれるかもしれない」
「どこか純真なんだ。だいたい神さんだって、どうせ叶えるならもっとマシな願いを叶えるはずだ」
真琴は半ばやけっぱちにそう言って、深〜いため息をついた。こんなことで言い合っていること自体、バカバカしくなってきたのだ。
一方昴は、ソファの上で膝を抱えたまま、まだ「でも…」とか「何とかならないかなあ」とぶつぶつ呟いている。真琴は努めて無視して夕飯作りに集中しようとした。
その時、あるアイデアが閃いた。
───よし。これで昴も、犬になりたいなんて言わなくなるはずだ
そして、ちょっと足りない調味料を買ってくると言い残して家を出ると、あるものを買うため真っ直ぐペットショップへ向かったのだった。
翌朝。今日は昴の自主トレがオフの日だったが、真琴はいつものように早起きして朝食作りに励んでいた。
すると寝起きの昴がキッチンにのっそり姿を現した。そして困惑げに自分の首にはめられた輪っかをつまみ、
「あの、真琴。これなに？」
しかし真琴は答えず、声をわずかに低めて、
「こら、スバル。キッチンに入ってきちゃ駄目だ」
そう言ってリビングの床に置かれた丸く平たいクッションを指差し、「お前の場所はあそこだろ。お座り」と厳しく命じた。
昴はわけが分からないとばかりにぱちぱちと瞬きを繰り返したものの、真琴の命令には素直だった。真琴は濡れた手を拭いてから、クッションの上にあぐらをかいて座った昴の頭を撫でてやる。
「よし。よくできたな、スバル」
「あの〜、真琴。これは一体……」
「首輪に決まってるだろ。革製の高級品だぞ。やっぱりお前には黒が似合うな、うん」
まだ状況が把握できないのか、昴はきょとんと目を見開いている。真琴はにやりと笑い、
「もう忘れちまったのかよ。お前昨日、犬になりたいって言ってたじゃねえか」
昴は一瞬ぽかんと口を開いたが、すぐ嬉しそうに顔を輝かせて「わん！」と元気よく答えた。
───み、見える……ないはずの尻尾を振っているのが……
真琴はぶるっと頭を振って、厳然と言いつけた。
「いいか、お前は犬なんだからキッチンに入るのは禁止。基本的な定位置はそのクッションの上だ」
昴はすぐに異議を唱える。
「ペットの仕事は飼い主を癒すことだ。真琴の傍にいないと意味がない」
「分かった分かった。でも俺が家事してる時は邪魔するなよ。そこで大人しく待機してること」
昴はしぶしぶながら頷いた。真琴は「よしよし」と上機嫌で頷いて、
「じゃあ、朝飯にするか」
そしてリビングのテーブルに、サクサクのクロワッサンでハムやチーズを挟んだサンドイッチにスクランブルエッグ、ヨーグルトソースで和えたサラダ、コーヒーなどを運んだ。しかし、全て一人分。
「これは俺の飯だからな。勝手に食うなよ」
真琴は厳しく言い置いて再びキッチンへ入り、大きなお皿を両手で運んだ。そしてそれを、昴の前のビニールシートが敷かれた床に置く。皿の上には、スクランブルエッグにサラダ、小さくちぎったパンなどがまとめてどかっと載せられている。
「ほら、食え」
「…………」
何かを訴えかけるような切実な眼差しで見上げる昴に、真琴は眉をひそめ、
「文句あんのか。犬が、飼い主と一緒にテーブルで食事するわけねえだろ」
真琴の言い分も尤もだと思ったのか、昴はあっさり頷いて皿を持ち上げ、ちゃんと「いただきます」と言ってから顔を近づけてがつがつと食べ始めた。
「真琴、おいしい」
そう言ってにっこり笑う昴を見た瞬間、真琴の胸がちくんと痛んだ。言うまでもない、良心の呵責だ。
ちょっとやりすぎかなとも思ったが、これも二度と『犬になりたい』なんてふざけたことを言わせないための愛のムチなのだと自分に言い聞かせ、平静を装った。皿の上のものを全て平らげた昴は、手に飛んだドレッシングをぺろぺろ舐めている。
───うっ、妙に可愛いじゃねえか
その無邪気な仕草や、寝起きでちょんちょんはねた髪などには、昴の端整な顔立ちや精悍な身体とは対照的な可愛さがあった。そしてそれら対極にあると思われる男らしさと愛らしさは、反発することなく溶け合って、新たな魅力を形成していた。
とどのつまり、真琴はわんこ昴がとてもとても愛おしくなったのだ。
「……おい、鼻の頭にもドレッシングが付いてるぞ」
真琴は近づいて、昴の鼻にちゅっと唇を押し付けた。それからウェットティッシュを取って、
「あ〜あ、顔も汚して……」
顔に付いたパンくずなどを拭ってやる。昴はされるがまま大人しくしていたが、真琴の世話焼きが終わるとがばと抱き着いて、耳をてろんと舐めた。
「うわっ、いきなり何すんだ！」
「何って、愛情表現だよ。犬の一番の愛情表現は顔を舐めることなんだから」
昴は抱擁の腕を緩めず、今度は反対の耳にも舌を這わせる。清々しい夏の朝にやるには、ちょっと行き過ぎたスキンシップだった。
「ひゃ、わ、わかったから、もういいからっ……スバル、お座り！」
真琴が叫ぶと同時に、昴はぱっと抱擁を解いてクッションの上に正座した。真琴ははぁ〜っと息をついてから、昴の頭を撫でた。
「よし、いい子だ」
昴は嬉しそうに目を細めて「わん！」と答えた。
結局その日、昴は真琴の傍にべったりくっついて離れなかった。自分を『生まれてすぐ捨てられたことがトラウマとなり、人（犬？）一倍甘えん坊で寂しがりやになってしまった犬』と勝手にキャラ設定したようで、何かにつけて真琴にじゃれ付いた。
真琴は、当初の目論見とはだいぶ違ってきたことをうっすら認めつつ、半ば諦めとともに昴の好きにさせた。
それでもスキンシップがエスカレートしてくると『お座り』を発動して、定位置に戻す。とはいえ効力が続くのは数分程度で、また同じことの繰り返しだった。
昼食も夕食も、真琴はテーブルで昴は床の上だったが、昴は恐るべき順応力でこのスタイルを受け入れてしまい、わざと顔を汚して真琴に拭いてもらうという要らん知恵までつけてしまった。
こんなはずではっ……と悔やんでも後の祭り。真琴の企みは、目的とは逆に、昴の“犬になりたい願望”に火をつけてさらに油を注いでさらにうちわで扇いでしまったようだ。
しかし夜になり寝る時間になって、いや、諦めるのはまだ早い、本当に重要なのはここからだと真琴は自分に活を入れた。
昴はまだ首輪を付けたままの犬モードで、ちゃっかり真琴のベッドに潜り込んできた。きっとあれこれちょっかいを出してくるだろうが、犬とＨなんてできないぞと厳然とはね付けてやろう。そうすれば、やっぱり『犬になりたい』なんて言うんじゃなかったと、深く反省するに違いない。
「……真琴」
ベッドが昴の重みを受けて軋み、耳元で甘く囁かれた。しかし真琴は背中を向けたまま、俺は眠るんだと言わんばかりに目を閉じた。すると背後からするりと腕が回され、あっという間に下着の中に入り込んできた。
「あっ……」
真琴は慌てて掴んで引き抜こうとしたが、筋肉のみっしり詰まった太い腕は、引いても揺らしてもびくともしない。そうするうちに、目当てのものをあっさり手中に収めてしまった。そして間髪いれず、指を細かく波打たせてうにゅうにゅと揉み、甘い刺激を与える。
「こ、こらっ」
真琴は叱りながらも、昴の大きな手に握り込まれた自身に熱い血が凝集するのを感じずにはいられなかった。つい今さっきまで柔らかかったはずのそれは、トクトクと速い脈動を刻みつつ形を変えてゆく。さらに、
「真琴、濡れてきた」
昴に指摘されるまでもなく、先端がじんわり潤み始めていることに気づいた。いやらしくぬめる先端のくぼみを親指で何度もこすられ、真琴はたまらず声を上げる。
「あっ、やっ……」
そして腰を前後に揺らすと、下着を下ろされ露わになった尻の谷間に熱く隆起したものが当たった。
「まこ、それ反則。俺だって必死に我慢してるんだから」
「んっ……ぅるさいっ」
「犬とはセックスできないだろ？ だからせめて真琴だけでも気持ちよくなってほしい」
昴はそんな殊勝なことを言いつつ、股間の熱塊をぐいぐい押し付けてくる。言葉が行動が違うだろっ、と突っ込みたかったが、喘ぎの形に緩んだ口には無理だった。
昴は性器を扱く手は止めず、空いていた片手を真琴の下から通してシャツの中に滑り込ませた。そして、芯をもってコリコリに尖った乳首を上からぎゅっと押し潰す。
「ああっ！ やっ、だ……」
嬲られる二つの器官は互いに響き合い、生み出される快感をより深くより淫らなものにしてゆく。耳元に感じる昴の荒れた呼吸にすら感じてしまい、真琴は全身を弾かれた弦にように震わせた。
「真琴……すごいよ。もうぐしょぐしょ」
言われなくても、腰に掛けた薄いタオルケットの下からぴちゃぴちゃと聞こえる水音で分かる。乳首も痛いほどしこって、絶妙の力加減でくにくに揉まれるたびに、うなじにぴりっとした電流めいた刺激が走る。
「も……やめ、ろって……」
こんな口先だけの制止を昴が聞き入れるはずはないのだが、なぜか胸を弄っていた手を引き抜いて戻した。わんこモードだから素直に命令を聞いたのかなと思いきや、その手で谷間をまさぐってきた。
「そこはだめだ、って……あ、ああっ……」
滴る先走りですでにぬるぬるの窄まりを、二本の指があやすように撫でる。そして次の瞬間、ぐぅぅっと入り口が広げられた。
「ひぅっ……ふっ、ぅぅん……」
指と一緒に潤滑油代わりの濃厚な体液が染み込んで、浅い部分を温かく潤してゆく。指は適度な強引さと適度な慎重さで根元まで押し込まれ、軽く屈伸させて奥のかすかな膨らみをこちょこちょとくすぐった。途端に、腰の奥がかあっと燃え上がる。
「ああっ、ん！ そこっ、や……ああ……っ……」
「ここ、気持ちいい？」
「いいっ、きもち、いぃ……」
真琴がはふはふ言いながら腰を揺らすと、昴の満足げな声が降ってきた。
「じゃあ、今からイカせてあげるから」
そして溶けたキャンディのように蜜まみれになった性器を少し強めに扱き、と同時に、蜜壺に沈めた指の先で、ずくずく熱をもって膨れた部分を優しく刺激した。
それらの動きは全て、真琴を絶頂へいざなうためのもの。しかし真琴はシーツをぎゅっと掴んで何度も首を振り、
「ひ、ひとりは……いやだっ……」
「挿れてほしい？」
かすかに毛羽立った声で焦らすように訊かれ、真琴は身体をぶるっと震わせた。そして小さく頷く。すると昴はぬるりと指を引き抜いて、
「でも俺、犬だし」
真琴はいつの間にか溢れていた甘い涙をぐいと拭って、仰向けになった。すると、覆いかぶさるように両手をついた昴がじっと見下ろしていた。裸の逞しい上半身に黒い革の首輪を付けた昴には、アスリートの健康的な魅力とはまた違う妖しい頽廃美があった。
真琴はそんな昴に見惚れつつ手を伸ばし、過程を楽しむかのようにゆっくりと首輪を外す。外し終わると同時に昴は下穿きを素早く脱ぎ捨て、真琴の両脚を抱えて広げた。
くちゅっと濡れた粘膜が広がる音に真琴が思わず赤面していると、そんな羞恥ごと理性を吹き飛ばすような快感に犯された。
「ああっ、すば…る……すご…い……おっき…い……あ、ああッ……ん！」
しっとり濡れてほどよくとろけた粘膜が、熱く脈打つ侵入者を嬉々として呑み込んでゆく。ちょっと視線を落とすと、あられもない結合部が視界に入った。
乳白色の艶を帯びた太ももの付け根に、赤黒い怒張が突き刺さっている。それがずずっ、ずずっと深く押し込まれるたびに太ももがびくびく震えるのが、言いようもなく淫猥だった。
やがて昴の全てが真琴の中に収まり、最も深いところで繋がることができた。すると昴はちらっと笑みを閃かせ、
「ほら、夜だけ人間になっただろ？」
「バカッ……」
結局昴の思い通りに転がされてしまったと気づいた真琴だったが、今さらどうすることもできない。
この従順で小賢しくて憎たらしいほど愛しい犬に飼い馴らされているのはもしかしたら自分の方なのかも、などと思いつつ、昴の雄々しい律動が生み出す麻薬のような目くるめく官能にどっぷり溺れていったのだった。
（Fin）
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