VELVET MOON
５＜月も嬲られる＞
「先生っ、やめてくださ―――」
キングサイズのベッドに投げ出された游月は、慌てて起き上がろうとする。しかし着物のせいで身体が機敏に動かず、辻村に呆気なく押さえ付けられてしまう。
「先生、僕はそんなつもりでは―――」
「ん？ 私のファンなのだろう？ これからは、私の作品の挿絵は全て君に描かせてあげよう」
辻村はそう言って、満足げに目を細める。游月には何がなんだか分からないが、二階堂に騙されたことだけは分かった。
―――どうして、どうしてなの、二階堂さん………
透麻のために頼むよ、そう言った二階堂の声には、確かな真情がこもっていた。透麻に賞を獲らせたい、その熱意が受話器越しに伝わってきたからこそ、游月も自分を奮い立たせて申し出を受けたのだ。なのに―――
「ああっ、いやッ、なにを………」
「はは……君はこういうプレイがお好みのようだからねえ………」
いつの間に取り出したのか、太いロープで游月の両手を縛り、アイアン製のベッドヘッドに括りつけた。そしてすかさず着物の裾を大きく捲り上げる。
「なんと……淫らな………」
ごくりと明らさまに喉を鳴らして、剥き出しにされた素足を賞翫する。白い脚は黒地の着物によく映えて、ぬめぬめと淫靡な光沢を放っていた。
「男を狂わす魔性の黒百合、か………」
確かに、大胆に捲られた着物やその中央から伸びるしなやかな脚は、百合の擬態にも見える。
その連想に煽られた辻村は、游月の股間に手を伸ばして力任せに下着をずり下ろし、蜜を啜ろうと顔を寄せた。
「やだっ、離せ、離せぇっ………」
游月は足をばたつかせて必死に抵抗する。しかし辻村は慣れているのか全く動じず、足を脇に挟んで押さえ付け、抵抗を封じた。
そして萎縮したままのピンクの半身を握り込んで刺激を与えるが、それが一向に変化しないと見ると、太ももを押さえ付けて直接かぶりついた。
「やっ……やめてぇ…………」
巧みな舌の動きに翻弄されて、游月のペニスは生理的な反応を示す。気持ち悪くて鳥肌が立つ、それは事実なのに、その部分だけは刺激に従順なのかむくむくと起き上がっていった。
「勃っても可愛いねえ……こんなにつやつやして」
うっとりと囁きながら、真っ赤に腫れ上がった先端を指で挟んでくにくにと揉みしだく。すると微かな割れ目から透明の珠がぷぅっと生まれ出た。
辻村は「おお、おお」と嬉しそうに声を上げると、そこに肉厚な唇を押し付けてちゅ、ちゅ、と吸い上げた。
「ぅ……ぅ……も、やぁ………ゆるしてぇ…………」
涙声での哀願は、辻村の腹底に溜まった欲望の煮凝りをざわざわと掻き乱した。舌の上で蕩ける游月の蜜を味わいつつ、脚を持ち上げて嫋やかな身体を二つ折りにする。
そして脚の間に身体を進めて覆いかぶさり、全てを拒絶するように必死に首を振る游月の頭を押さえ付けて乱暴に唇を吸った。
「素晴らしい……素晴らしい華だ、君は。可憐にして妖艶、気高き娼婦。私はこれまで男も女も、素人も玄人も存分に味わってきたが、ここまで突き上げるような欲望に囚われたのは久しぶりだ………」
自らの言葉に酔い痴れながら、衿元から覗く鎖骨や首筋に舌を這わせる。さらにきつく吸って、雪の肌に妖かしの花を咲かせた。
「私の目は誤魔化せんぞ。これまで幾人もの男を受け入れてきたのだろう……？」
耳許でじっとりと囁き、手を伸ばす。谷間の奥深く、唾液の滴りを受けて濡れ惑う花びらに指を這わせ、
「ほぅら、吸い付いてきた。思った通りだ、淫乱な花………」
「ぃ、ぃゃぁぁ………」
確かにそうだ。自分はこれまでカメラの前で恥ずかしげもなく男と交わり、しかもそれを性欲処理の道具として売って金を稼いできた。
でも、いやだからこそ、もう二度と愛のない交わりはしないと誓った。それがどれほど惨めで、自分を傷付け貶める行為であるか身をもって思い知らされたから。身体を繋げることの重みを―――
―――游月、愛してます。あなたはもう私だけのもの………
記憶の中の透麻が儚げに微笑んで、そのままふぅっと消えてゆく―――
「やだッ、絶対にいやあああーーーッ」
游月は縛られた手をがくがくと揺らし、声を嗄らして叫んだ。
「こ、こら、止めんかっ。手がちぎれてしまうぞ」
辻村の言葉通り、ロープが喰い込んだ手首は赤く擦りむけ、じっとりと血がにじみ出してきた。それでも游月は構わず暴れる。
業を煮やした辻村は游月を押さえ付けながら器用に前を寛げ、そそり勃つ自身を掴んで威嚇するように見せ付けた。そして先走りに塗れた切っ先の照準を合わせて、強引に挿入しようとした。
「助けてぇッ、透麻さぁん！」
「游月ッ」
扉の向こうから響く愛しい人の声。救いを求める頭が分泌した幻聴かもしれない、そう絶望しかけた瞬間、扉が凄い勢いで弾け飛んで肩をいからせた透麻が現れ、さらにパシャパシャとフラッシュのような閃光が視界を埋めた。
「な、なんだ貴様はッ」
下半身を晒してうろたえる辻村は高名な文学者ではなく、強姦の現場を押さえられた惨めな老人だった。
「と……ま…さん………」
涙の煙幕の向こうで、透麻が辻村の襟元を掴んで引きずっているのがうっすら見えた。そしてその向こうにいるのは―――
「にかいどう…さん………」
游月の心は安心と驚愕と悲しみで飽和状態になり、何故二人がここにいるのか考えることもできなかった。
「すまんっ、游月ちゃん」
同じホテルの別室で、透麻と游月は無言のまま、二階堂の釈明を聞いた。
「俺は、あの辻村という害悪を何とか文壇から追っ払いたかった。スカスカの頭で、最近はまともなものも書けねえくせに、権力を握って離さない。そして有望な若い作家が現れると、汚ねえ手を使って潰しにかかる。あいつのせいで、どれだけの才能が生殺しにされたか………」
いつも世の中を笑い飛ばしている快楽主義者の翳はなく、二階堂の顔には本物の義憤が揺らめいていた。
「あいつが色事について貪欲なのは知っていた。いつかスキャンダルを掴んで失脚させてやると思っていたところに、たまたま社で見かけた游月ちゃんにあいつが目を付けたのを知ったんだ。
これを利用しないテはない。俺は辻村と連絡を取り、游月ちゃんとの密会をセッティングした。彼は先生の大ファンだから、ぜひ目を掛けてやってください、とな」
游月は涙がにじむのを抑えられなかった。掠れた声で、
「透麻さんの……ためだって言われたから……だから僕は…………」
「それは嘘じゃねえ。みんな透麻の作品を推しているのに、あいつはロクに読みもしねえでこれは駄目だ、と決め付けていたんだ。若く勢いのある芽は早々に摘んでおこう、ってな。だから―――」
二階堂は酷薄そうに目を細めてちらと唇を舐め、
「さっきの現場の写真と、部屋に仕込んでおいた盗聴器をネタに強請った。選考委員長も文藝クラブの会長も辞任するとさ。めでたしめでたし、だろ？」
「そん…な………」
游月はきゅっと唇を噛んで俯く。もちろん納得はできないが、これで透麻が受賞できるのなら、確かにめでたしめでたしなのかもしれない。そのためなら、あのくらいのことは我慢すべきなのだろう。
古い友人でもあり、透麻の才能を見抜いて透麻のために策を凝らした二階堂に、自分のような人間が文句を言う権利など―――
その時、ずっと黙っていた透麻が一歩、二歩と歩み出た。と、次の瞬間、二階堂の身体が吹っ飛んだ。凄い勢いで壁にぶち当たり、その場にずるずると座り込む。
游月は喉の奥で悲鳴を上げ、目の前の透麻をぼぅっと眺めた。たった今二階堂の頬にめり込ませた拳は、まだ足りないと言わんばかりにぶるぶる震えていた。
「は、は………お前のコレを喰らったのは久しぶりだが……ちっとも衰えてねえな」
二階堂は血塗れの口許を拭ってにやりと笑い、ゆっくり立ち上がった。そして扉に手を掛けつつ、
「まあ、これでお前の受賞は間違いなしだ。おめでとさん、榊先生」
気の早い祝辞を残して出て行った。
「透…麻さん………」
優しくて寛い背中は、今は全てを拒絶するかのように硬く張っていた。游月はおそるおそる声を掛ける。すると透麻はゆっくり振り向いた。そして、
「あっ………ま、待って………痛…っ…………」
游月の腕を強く掴んで、奥の部屋へ半ば引きずるように連れてゆく。そこは寝室で、大きなベッドの上に投げ出された游月は、乱れた裾を直すのも忘れてすがるように透麻を見上げた。
「あんなことをして……私が喜ぶとでも……………」
身体を拘束されているわけではないのに、圧倒的な怒りに押さえ付けられた游月は身じろぎひとつできず、浅い呼吸を繰り返して透麻を見詰めるしかできない。それでも必死に舌を動かして、
「僕……解ってもらおうと………同性同士だけれど……でも真剣に愛し合っているんだ、って……そうすれば―――」
大粒の涙が頬を伝う。しかし游月は泣いていることに気付いていないかのように、拭うこともせず訴えを続ける。
「そうすればきっと………あの人も透麻さんのことを見直すに違いない、って………」
「浅はかですね」
余りに冷たい返答に、游月は顔を覆って泣き始めた。しかし透麻は宥めることもせず、乱暴に押し倒して震える身体を上から押さえ付けた。
そして温かい涙も一途な哀願も一瞬で凍らせてしまう絶対零度の笑みを浮かべ、
「ああ、懐かしいですねえ、この着物。撮影の時に着ていたものですね。確かこれを着たまま、カメラの前で私に犯されたのでしたね」
二人で住み始めてから、透麻は決してＡＶに出演していた頃の話を持ち出すことはしなかった。仕事とはいえ、複数の男と関係を持ったことを游月が恥じ、自分を責め、透麻に対してもある種の負い目を感じていると知っていたから。
早く忘れさせてあげたい、それが透麻の偽らざる本音だったのだ。
しかし―――
「どんなシチュエーションでしたっけ？ 体位は？ 四つん這いになって裾をめくり上げ、後ろから貫かれた、それともこうして身体を二つ折りにして、上から打ち込まれた？」
からかうような口調、容赦ない言葉で游月の心を切り刻みつつ、脚を持ち上げて後孔を晒す。
さらに自身の前を解放して、今は愛しさよりも情欲よりも怒りに支配され、勃然と反り返る雄を取り出した。
「ゆ……ゆるして…………」
ひくんと喉を震わせ、力なく許しを乞う游月を冷たく見下ろして、溢れる先走りを固く閉じた蕾に塗り付ける。
そして指を二本まとめて突き入れて、柔らかな内壁を擦り取るようにがつがつと掻き回した。
「ぁ……ぅ、ぅぅ…………」
充分ほぐされたとは言い難かったが、他ならぬ透麻に与えられた刺激に游月の肉は従順で、あっという間にクチャリと蕩けた。
しかし今の透麻には、そんな素直さすら苦しく憎らしい。指を抜いて脚を大きく開かせると、何の労わりも、名を呼ぶこともせず、生きた凶器で綻び始めた蕾を散らせた。
「ひ…ぃ…ん………んぁ、ぁ………ぁぁっ、ゃぁぁ……………」
充分に濡らしていなかったせいか、透麻のモノに絡み付く花びらはいつもより吸着性が強い。しかし二人の愛液が分泌されるにつれて、徐々に滑りが良くなってきた。
乱れた前髪の向こうから組み敷いた獲物を睨み据え、透麻は腰を激しく打ち付ける。
「ぅぁっ……ァ……ぁぁ…ん………んっ…………」
「おやおや、犯されているのにそんな気持ち良さそうな声を出して。やはり游月は快楽の虜囚、相手が誰でも感じるのですね」
「ぃ…ゃぁぁ………ちが…う…………」
涙でけぶる瞳に、透麻からの陵辱を受ける自身の秘部が映った。黒い茂みから雄々しく突き出た陰茎が、容赦なく打ち込まれては引き抜かれる。その固さ太さに透麻の怒りが表れていた。
やがて透麻はぐるぐると喉を鳴らして、游月の最奥部に熱い迸りを文字通り叩き付けた。
「ぁ………ぁぁ…………」
ほつれた前髪を振り乱し、腰を揺らして奥へ注ぎ込む透麻の姿は、昏い魔の翳を帯びていた。游月はいつものように注がれたものの熱さや重量を味わう余裕もなく、ただぶるぶると震えて豹変した恋人を見つめた。
その視線に気付いた透麻は、ゆっくり顔を上げてぞっとするほど透き通った黒瞳を向け、
「……震えてますね、游月。恐いですか？ でも、これが本当の私なのです。嫉妬深くて執着心が強く、暴力的。ただあなたには……こんな私を見せたくはなかった…………」
そう言って、力なく項垂れる。いつの間にか、游月の震えは収まっていた。きゅっと目をこすって涙を拭い、必死に両手を差し伸べて、
「ごめ…なさい……ぼく、僕が悪いの………」
游月は全て打ち明けることにした。透麻に呆れられ、嫌われてしまうかもしれないけれど、その時は全て受け入れよう、と。
「透麻さんのためとはいえ、黙ってあんなことをすべきじゃないと分かってました。でも…でも……罪滅ぼしをしなければならないと…………」
透麻は游月の身体を抱き起こした。そして「罪滅ぼしとはどういう意味ですか」と問う。温かな腕の中で游月は小さくちぢこまり、
「僕……透麻さんが……受賞しなければいい、って、そう思ってしまったの。もし受賞したらもっとうんと有名になって、それで僕の手の届かないところへ行ってしまうんじゃないかって………」
「游月……」
「本当に恋人の幸せを想っているのなら、率先して応援するのが当然なのに、僕は…僕は自分の勝手な不安を優先させて…………ごめんなさい」
透麻は抱き締める腕に力を込めて、優しく囁いた。
「だから罪滅ぼしなのですね」
「はい。こんな僕でも、透麻さんのために何かできるなら、と…………」
游月は顔を上げて透麻の目を真っ直ぐ見て、もう一度謝った。さっきまできりきりと凍結していた黒い瞳は、いつも游月を優しく包み込む柔らかな輝きを取り戻していた。
「いいのですよ。それより、正直に言ってくれてありがとう。そして―――」
苦しそうに眉根を寄せて言葉を切ったが、すぐに続けて、
「あなたを……傷付けることを言ってしまいました…………申し訳ありませ―――」
透麻の苦い謝罪は、游月の甘い唇で封じられた。ちゅぷ、と弾ける音と共に口を離して、
「いいの……僕がお金のために愛してもない人とセックスしてたのは事実だから。でもね、だからこそそれがどんなに惨めで悲しいことか分かる。身体を繋げることがどれほど重いことなのかも………だから、」
嫋やかな腕を伸ばして透麻の首に巻き付け、
「だからもう一回抱いて。おねがぁい………」
答えるより先に身体が動いた。透麻は募る愛しさに翻弄されつつ、着物を淫らに着崩した游月を再び押し倒した。
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