VELVET MOON
６＜しかし、月は強く優しい＞
「ゃっ…………イヤぁ……………」
「ん？ 游月は何が嫌なのですか？」
「ゆび……ゆび、いやなの………」
透麻は見惚れるほど美しい笑みを浮かべて、「これですか？」と訊ねる。そして游月の秘孔に埋め込んだままの指を、根元を基点にしてぐりぐり回してみせた。
游月は「んふっ」と鼻にかかった喘ぎを漏らしていやいやと首を振り、
「して、してよぉ…………ぇ、ぇっ…………」
「なんて可愛いおねだりでしょう」
感じ入ったように呟きつつ、指の先で敏感なふくらみをつい、と掠める。すると游月は細い腰をひくん、ひくん、と悩ましく跳ね上げて快感に阿る。さらにそんな浅ましさを恥じるかのように両手で顔を覆い、
「ふぇぇ………いじわる………透麻さん、まだ怒ってるんだ…………」
「心外ですね。さっきは十分に蕩かしてあげられなかったから、今こうして心を込めてほぐしてあげているのに。私の労わりは游月には通じないのですね」
「だって……だってぇ…………」
透麻がゆっくり指を抜くと、厚みととろみを帯びた花びらが蠢きつつふぅっと閉じていった。しかし游月がひくっと喉を震わせて嗚咽を飲み込むと、それに連動するかのようにクチュ、と甘い水音を弾かせる。
透麻は目を細めて、その淫らで可憐な音に聞き入った。もっと、もっと鳴かせてみたい―――愛情に比例して湧き上がる嗜虐の欲望。
「ああ……さっき注ぎ込んだものがしみ出てきましたよ。游月のお口がだらしなく緩んでいるせいですね。この美しい着物、私と游月の思い出の着物が汚れてしまった。何ということでしょう」
案の定、透麻の責めるような言葉に游月は哀れなほど敏感に反応した。脚を大きく開いて秘部を晒したまま、激しくしゃくり上げる。すると腫れ上がった花唇がぷるぷる震えてこすれ合い、濡れた喘ぎを漏らした。
「ああ、游月………いい声だ………」
うっとりと呟いて、その部分に指を這わせる。すると待ち構えていたかのようにぴたっと吸い付いて、うねうねと蠢いた。透麻は嫌らしく口許を緩め、
「素敵な声を聞かせてくれたから、望み通り犯して差し上げましょう。游月、四つん這いになりなさい」
游月は目をこしこしこすって、こくんと頷く。黒地に乳白色の胡蝶蘭が繚乱と咲き誇る着物を婀娜っぽく着崩した、その遊女然とした風姿とあどけない仕草の目眩く融合に、透麻は精神的オルガスムを覚えて低くうめいた。
游月はいったん恥ずかしそうに膝をすり合わせると、ちらと透麻を見上げて艶めく波動を送り、腰をくねらせてうつ伏せになった。
そして膝を立てて要求通り四つん這いになり、胡蝶蘭の枝垂れる裾をそっとつまんで焦らすように少しずつめくり上げていった。
「ああ……なんと見事な…………」
珠の光沢を帯びたヒップから滑らかな太もも、そしてきゅっと締まったふくらはぎ、全ての造形が美の何たるかを透麻に教え諭していた。
着物の黒との対比も眩しく、大輪の胡蝶蘭すら色褪せて見える。透麻は目を凝らして賞翫しながら近付き、
「さあ、どこを犯して欲しいのですか？ 私に分かるように教えてください」
すると游月は膝間を広げて腰を高く突き出し、蜜のこびり付いた谷間を透麻の目の前に差し出した。しかし透麻はまだ触れようとはせず、突き放すような声で、
「これでは挿れられません。もっと開いてください」
「は…い……」
游月は従順に答えて、両手を下から回して双丘を掴み、そのまま左右にぐいと割り開いてみせた。
白く艶めく谷間と、真っ赤に熟した粘つく肉との対照美に酔い惑わされた透麻は、吸い寄せられるように顔を近付けて舌を伸ばし、血色に潤んだ部分をねっとりと舐め上げた。
「ん………ふ…ぅ…………ァ、ン……………」
ちりちりとむず痒い快感が尾てい骨から這い上がり、背筋をなぞってゆく。要求すればするだけ焦らされるのは分かっていたけれど、それでも游月は催促せずにはいられなかった。
「おね…がい………早くぅ…………早く突いて……ね…………」
悩ましく湿った声で囁きながら、誘うようにさらに開いてみせる。すると待ち構えていた舌がするりと滑り込み、とろとろの内壁の中で嫌らしくうねった。
「やだぁぁ………突いて、突いてよぉ………ばかぁ…………」
游月はシーツに涙と呪詛をしみ込ませ、腰を小刻みに揺らしてどうにもならない欲望の高まりを訴える。
それに合わせてきゅっきゅっとすぼまる蜜壷の動きを舌でダイレクトに感じ取った透麻は、さすがに己れの限界を覚って潔く舌を引き抜いた。
「そんなにこれが欲しいのですか？」
游月はシーツに顔をうずめたまま、うんうんと頷く。透麻は唇を舐めて「いやらしい子だ」と呟き、着物の裾をさらに大きく捲り上げた。
露わになった腰の細さ儚さ。それを改めて実感した透麻は、愛しさ以上に陵辱の欲望が湧き上がるのを抑えることができず、飢えを晒したガチガチの陰茎を無造作に宛がうと、細い腰を自分の方へ力任せに引き寄せて一気に奥まで貫いた。
「ひッ………ぃぃぃ……………」
ズゥンと内臓を圧し上げる圧迫感の後、お尻の奥にじゅわっと疼きが広がる。しかしその甘痒い感覚を味わう間もなく、奥を穿つ透麻の容赦ない揺さぶり翻弄され、狂わされ、半開きの唇から濃厚な喘ぎをとろとろこぼした。
「きゃぅっ、ぅっ、ぅ……ふぅ………んぁ、ぁ…ん……ぁぁん………」
「ゆ…づきっ………」
侵入してきた異物の固さ、太さ、熱を触診するかのように、游月の柔らかい肉はうねりつつ透麻自身に絡み付く。
腰を引いて抜いても尚、膜状のものが巻き付いてきゅっと締め上げてきて、深く突き刺せば待ってましたとばかりに波打って先端まで慄えるほどの快感を刻み込む。
透麻は暴発を防ぐため、根元まで埋め込んだ状態でいったん動きを止めた。そしてほぅ、と深く息を吐く。
「と……まさぁ…ん…………奥、まで………ああ……………」
「感じますか……？」
「ん……お尻が熱くて………お腹が重ぉい………」
透麻は嬉しそうに目を細めて、奥の方を揺らしてみせた。するとたぷ、たぷ、と鈍くこもった音が游月の中から聞こえてきた。
「はぁ…ん、ぁっ、ぁっ…………」
くいっ、くいっ、と腰を上下に揺らして悶える游月に、「気持ちよさそうですね」といたずらっぽく囁く。そして「もっと気持ちよくしてあげましょう」と言い置いて、火照った結合部分から指をぬるりと挿し入れた。
「やっ……やぁだ………抜いて、抜いてよぉ…………」
「おや？ 抜いていいのですか？ では」
そう言って腰を引こうとする透麻。游月はぷるぷると首を振って、
「ち、ちがうのっ………抜いちゃやだぁ…………」
透麻はクス、と笑って腰を戻し、突き入れた指で奥を探った。そして游月の可愛いポイントを優しく撫でる。と、途端に柔壁がきゅぅぅっと締まり、游月は切ない悲鳴を上げた。
「いやッ、ダメ、そこダメぇっ………」
「だめ？ イイの間違いでしょう？ 嘘はいけませんねえ……」
そう言って再びツンツンつつく。游月は涙を振りまいて、
「やだッ、イクぅ………イッちゃうのぉ…………やだもんっ」
「游月はイきたくないのですか？」
「透麻さんと……いっしょがいいのっ。ばかぁ…………」
その可愛らしい望みを叶えるため、透麻は指を抜いて腰を抱え直した。そして、
「愛してます。一緒に達きましょう、游月」
その柔和な口調とは裏腹の荒々しい注挿で、極限までとろけた游月の蜜壷を攻めたてた。游月の望みが叶えられたのは、それからほんの数十秒後のことだった―――
「んん……と…まさん…………」
身も心もふわふわと昇天してしまいそうな心地よい温もりに包まれて、游月は目を覚ました。
幾度も絶頂を迎え、愛しい腕の中で意識を手放してからどのくらいの時間が経ったのだろう。外はもう真っ暗で、赤みを帯びた満月が皓々と輝いていた。
「無理して起き上がらないで。ほら、私に身体を預けていていいのですよ」
「ん……でも……ここにいていいのですか？」
老舗ホテルのスイートルーム。キングサイズのベッドはふかふかだったけれど、透麻の胸が与えてくれる安らぎには敵わない。
「はい。二階堂に部屋を取らせましたから。経費で落とせるかは分かりませんが、まあ私の知ったことではありませんね」
「ふふ……透麻さんてば…………」
游月は秘めやかな笑いをこぼして腕を差し伸べ、抱擁をねだる。透麻も同様に笑みを浮かべて、恋人のおねだりに応えた。
「んふ……きもちいい………高級なベッドの何倍も…………」
透麻は耳許にキスを落として、「それは私の台詞です」と囁いた。そして甘い声を少しだけ引き締めて、
「ねえ游月……まだ私のことを愛してくれますか………？」
「え…？」
余りに意外な問いに、游月は返す言葉を失う。透麻はさらに声を低めて不安げな表情で、
「理由が理由とはいえ、自分を制御できずにあなたに恐い思いをさせてしまいました………私は―――」
游月は首を伸ばして少し乱暴に唇を押し付け、そして明るい声で力強く答えた。
「優しくて仕事熱心で読書家で、お菓子作りとアイロン掛けがとても上手。ちょっと嫉妬深くて子供っぽいところもあって、たまにいじわるなえっちもするけれど、僕のことを誰よりも理解して愛してくれる………それが本当の透麻さんだって、僕は信じています」
「游月………」
今にも泣き出しそうな、すがるような眼差しを向ける透麻を、游月は腕を広げて胸に抱き締めた。天鵞絨（びろうど）の滑らかさ、温かさ、優しさを持つ胸に。
「そして、そんな透麻さんを僕は愛してる。僕の大事な大事な……旦那様だもの」
応える言葉が見つからず、透麻はただ闇雲に游月を抱き締めた。込み上げる感情に追いつかず言葉を見失う、游月と一緒に住むようになってから、そんな経験を何度味わってきただろう。
「……ありがとう…………」
在り来たりな感謝の言葉に万感の想いを乗せて、透麻は震える声で差し出した。
「二階堂編集長、ちょっとよろしいでしょうか」
「おう、なんだ？ 神谷」
デスクでかちゃかちゃキーボードを叩いていた二階堂は、いつも通りの軽快な口調で返し、隙のない目で見上げてくる。しかしその頬から顎にかけては、まだ白いガーゼが当てられていた。
本人はにやりと笑って「名誉の負傷だ」なんて言っていたが、誰にやられたのかは明かそうとしなかった。まあ、言われなくても推測できるが。
「たった今、現代日本文藝賞の運営委員会から連絡がありました。榊先生がノミネートを辞退されたそうです」
キーボードを叩く手が止まった。神谷女史は息を詰めて反応を窺う。やがて俯いた二階堂の肩が震え出した。
「編集…長……？」
「ぶっ……くくくく………そうか……………」
抑えた笑いは徐々に大きくなり、大口を開けて笑おうとした。が、傷に触ったのか「いでッ」とうめいて患部を押さえる。しかし笑いの発作はなかなか鎮まらない。
やがて、呆然と見つめる神谷女史にからかうような、労わるような視線を向け、
「そんなに落ち込むなよ。よくよく考えてみりゃあ、文学賞なんてあいつの作風には似合わねえ。だろ？」
「でも……榊先生の作品を広く知ってもらえるチャンスだったのに………」
二階堂は立ち上がって神谷女史の肩に手を置き、
「だから、俺たちが頑張るんだよ。賞に頼りきったプロモーションの仕方はもう古いぜ。今度はこっちの能力が試される番だ」
神谷女史は不思議な感覚に捉われた。まさか編集長は、こうなることを予測していた……？
「よし、神谷。今度出る長編の帯惹句は決まりだ。＜現代日本文藝賞ノミネートを辞退した、孤高の天才作家榊透麻の最新傑作長編！＞―――どうだ？」
神谷女史ははあ、と溜め息をついて、感心してるのか呆れているのか分からない口調で、
「ホント、編集長って転んでもタダでは起きないっていうか―――」
「あ？ 当たり前だろ。俺を誰だと思ってるんだ。孤高の天才編集者二階堂亜紀様だぞ！」
高らかに宣言して、編集部全体のテンションを急降下させたのだった。
（Fin）
＊読了ありがとうございました。
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