Loveless ―狂熱の時間―
6話
口の中はあっという間に黒崎のものでいっぱいになった。黒崎の舌と唾液。絶え間なく与えられるそれらを味わっている余裕は、今の二階堂にはなかった。
しかし余裕がないのは黒崎も同じようだ。彼らしくもない性急な手つきで二階堂のベルトを外し、ジッパーを下ろして下着の奥に手を突っ込んでくる。
熱い手のひらに張り詰めたそこをふわりと包まれ、軽く上下に揺すられただけで、膝の裏にびりっと強烈な電流が走った。
膝がかくんと折れて再び座り込みそうになったが、黒崎はこの反応を予期していたらしく、すかさず片手で背中を支えた。
「こんなに濡らして。ぐしょぐしょじゃないか」
低く笑み含んだ声が耳朶を打つ。その響きは確かに魅力的だった。黒崎は証拠だと言わんばかりに、二階堂のものを握ったまま親指でその先端を軽く叩いた。ぴちゃぴちゃと濡れた音が弾け、と同時に再び膝の裏にぞくりと快感が走る。
性感というのはどこからどこへ繋がっているのか分からないものだなと、頭のどこかで冷静な自分が感心している。しかし今、身体を支配しているのはどろどろに濃縮された性の衝動だ。冷静な自分は、瞬く間に遠のいていった。
「あ……ああ…………」
半開きの唇や、だらしなく下あごに張り付いた舌はまともな言葉を発することができない。その代わり腰の動きは雄弁で、物欲しげにゆらゆら揺れた。
黒崎はあやすように撫でると、いきなりその場にひざまずいて、二階堂のものをつるりと口に含んだ。
「ひッ…ぃ……」
二階堂はたまらず背中を反らしてのけぞり、全身をがくがくと震わせた。黒崎の口内で、自身がビクビクと跳ねるのが分かる。歯にぶつかって生じる痛みはひたすら甘くもどかしく、二階堂を暴力的な激しさで追い詰めていった。
「出……る…ッ……せん…せっ……」
両手は自然と黒崎の頭へ伸びたが、押し返すことはしなかった。五指を髪の中に滑り込ませ、もっとしてとねだるかのように撫でる。
「あ……も…ぅ……がまんでき……な………あっ、ああ！」
ここに出せと言わんばかりに、黒崎が口をすぼめて吸い上げた。二階堂は頭を壁に押し付けて身体を弓のようにしならせ、足元がふわっと浮き上がるような感覚を伴いつつ黒崎の口内に射精した。
「はっ……ふ……」
激しすぎる脈のせいで耳がおかしくなったのか、自分の吐息が遠くから聞こえる。それに混じってゴク、ゴク、と雄々しい嚥下音も聞こえるような気がしたが、それは視覚の惑わしかもしれない。眼下では、黒崎の大きな喉仏がせわしなく上下に動くのが見えていた。
溜まったものをひと通り放出し、これで少しは落ち着くかと思った。しかし黒崎が口を離しのそりと立ち上がっても、二階堂の昂ぶりは依然上を向いたままだった。それどころか───
「と…まらな……い……っ……あ……んっ……」
勢いこそないものの、先端の窪みから白濁した液体がたらたらと溢れ続ける。腰は淫猥なリズムを刻み、赤くのぼせた性器は腹の上でぴくぴく震えている。全て、二階堂の意思では制御できない動きだった。
自分の身体が、自分のものでなくなったような感覚。そんな乖離した心と身体を唯一繋いでいるのが、ねとりとした快感に他ならなかった。
「なん…だこれ……きもちいい……けど……きもちわる…い……」
確かに達ったはずなのに、官能のさざ波があとからあとから押し寄せてくる。長く引き伸ばされた絶頂感は、快感であると同時に苦痛でもあった。
「せん…せ……俺……おかしくなった……かも……」
吐息混じりに告げると、黒崎の長い指が愛おしむように唇をなぞった。そしてネクタイの結び目をほどき、シャツのボタンを外して肩から滑り落とすと、露わになった白い首筋に舌を這わせる。
腰を支えていた手はいつの間にか尻の谷間へ伸び、その奥でひくつく小さな窄まりに到達していた。黒崎は慣れた指使いで襞を掻き分け、ぐっと押し込んだ。
途端に背中がざわっと総毛立ち、二階堂はくずおれないよう黒崎にしがみついた。その甘えた仕草に黒崎は目を細め、
「可愛いところもあるじゃないか」
「誰のせいでっ……」
二階堂が噛み付くように言い返すと、黒崎の笑みはさらに深まり、酷薄で淫蕩な翳を帯びてゆく。根元まで押し込んだ指を揺さぶり、わざと音をたてて中を掻き回す。二階堂の奥からかすかに聞こえる、ぬちゃぬちゃとこもった音に黒崎は息を呑み、
「柔らかくて熱くて……吸い付いてくる。これまで何人の男を受け入れてきた？」
二階堂はもちろん答えない。そんなの覚えてないし、喉の奥からせり上がってくる懇願の言葉を押し戻すので精いっぱいだった。ぎゅっと唇を噛み締め、首を振る。その反応をどう解釈したのか、黒崎は剣呑に笑い、
「どうした、何をして欲しいのかちゃんと言いなさい」
先生お願い、抱いてください、とでも言わせたいのだろうが、冗談じゃない。二階堂は噛み締めていた唇を緩め、生理的な涙に濡れた瞳で刺し抜くように見返した。
「それは、あんたが言うべきことだ」
二階堂の言葉に、黒崎は虚を衝かれた様子だった。が、すぐに降参と言わんばかりに頭を振り、
「抱かせてくれ。限界だ」
そして二階堂の答えを待たずに、寝室へ連れ込んだのだった。
限界というのは、大袈裟な表現ではなかったようだ。寝室に入った黒崎は睦言を交わす余裕も見せず、素早く服を脱ぎ捨て二階堂を組み敷くと、いきなり挿入してきた。
予め指で広げられていたから傷こそ付かなかったものの、こっちだって一応心の準備が必要だ。二階堂は嫌味のひとつでもかましてやろうかと思ったのだが、悔しいことに唇からは爛れた喘ぎしか出てこなかった。
黒崎が問答無用で送り込んできたものの巨きさや形、硬さ、そして抉るような嫌らしい動きには、二階堂もただ溺れるしかなかった。
大きく広げられた脚の付け根に突き刺さった黒崎の逸物は、“慎み”や“余裕”などという言葉とは無縁の飢えをさらし、嬉々として二階堂の後孔を犯した。そして数分と経たないうちに、二階堂の中に己の種をぶちまけたのだ。
そして今、二階堂は仰向けになった黒崎の上にまたがって腰を振り、自らの欲望を掘り進めていた。
黒崎は腰に軽く手を添え、二階堂の動きを邪魔しない程度に助けてくれる。やはり慣れているようだ。お陰で二階堂も、自分の感じる場所を好きなように刺激することができた。
黒崎の隆々と張り出したカリの部分を入り口にわざと引っ掛けてみたり、根元までずっぷり押し込んだまま腰を回したり。言うなれば、黒崎の性器は最高の玩具だった。
「んっ……は……ぁ……きもち…い…い……」
快感に濡れた素直な言葉が、半開きの唇から勝手に溢れ出る。こう言うと男は総じて喜ぶことが分かっていたから、敢えて言わなかったりタイミングを計って言うことはあった。
しかし今夜に限っては、そういった不純物のない、純粋な愉悦の言葉だった。そしてやはり、それは黒崎を喜ばせた。
二階堂の中に収まっていたものはより一層伸び上がり、ぐっと反り返る。思わず「ああっ」と切ない声を上げ、気が付けば勝手に腰が揺れていた。
するとその動きに合わせて、黒崎も腰を跳ね上げる。その強靭な腹筋の上には、二階堂が散々放ったものが溜まり、白い膜を張ったようになっていた。
さらに結合部からは、内部から圧し出された黒崎の精液が、白い気泡を伴って溢れて出ている。もちろん二階堂は気にせず、むしろぬちゃぬちゃと粘っこい音をわざと立てるような腰使いを見せ付けた。
「すご…い……こんな淫乱な身体は初めてだ。これなら───」
これなら薬は必要なかった、とでも言いたいのだろう。今ごろ気付いたか、あんたも作家なら言葉でその気にさせるぐらいの芸当見せてみろと腹の底で毒づいて、二階堂は妖艶に笑ってみせた。
そしてなおも腰を揺らしながら、自身の性器を掴んで黒崎の眼前で上下にぐちゅぐちゅしごく。その途轍もない淫らさを、十分意識した上で。
すると突然、身体がふわりと浮いた。黒崎に持ち上げられたのだと分かった時にはすでにものは抜かれ、うつ伏せでシーツに押さえ付けられていた。
「何す…………あ、ああああーーーーッ………！！」
獣が交わる姿勢で一気に貫かれ、瞼裏にぱあっと火花が散った。経験したことのない重量感が、凶悪なほどの熱を伴って体内で暴れている。
「あ……ひ、ひっ……ぃ……」
みっともないとか悔しいとか、考える余裕もなかった。シーツに爪立ててしがみつき、ひぃひぃ言いながら涙をこぼす。しかし黒崎の動きは容赦なく、奥まで響かせてやると言わんばかりにバコバコと突きまくる。
「ああああーーー………」
二階堂はシーツの波間にうもれたまま、半開きの唇から唾液と喘ぎを垂れ流す。どうやら一度射精したようだが、すぐに新たな快感に上書きされてしまったようだ。
「ここだろう？ ほら、こんなに膨れて熱くなって……」
黒崎はさっきまでの激しい動きから一転、奥を探るように小さく腰を揺らした。
「あっ、そ、そこ……！」
黒崎の先端がある場所をかすめると、後頭部にびりっと電流が走った。
「いいっ、そこ、いい……っ！」
ここまで到達したのは、黒崎が初めてだった。かすかに膨れて、ずくずくと膿み熱を持った場所。しかし、思わぬ快楽に狂喜したのは二階堂ばかりではなかった。
「ああ……お前のここは本当にすごい。締め付けるだけでなく、吸盤のように密着してすすり上げてくる……」
黒崎は恍惚と呟くと、突き刺したまま身体を前に倒して二階堂の背中に覆いかぶさり、
「……亜紀、よく聞きなさい。『幻想小説』での連載、引き受けよう」
「え……？」
一瞬、快楽が遠のいて背景になった。二階堂は素早く理性を手繰り寄せ、黒崎の真意を探ろうとする。しかしその必要はなかった。黒崎の言葉に裏などなかった。文字通り受け取ればよかったのだ。
「構想はすでにできているから、明日からでも書き始められる。まあ、他社との兼ね合いもあるからすぐに明日から、というわけにはいかんが。しかしそうだな……初回分は一週間後には渡せるだろう」
「あ、ありがとう……ございます」
二階堂は業務的な声を出したつもりだったが、意に反し艶っぽくかすれていた。さすがにこの状態で、さらりと切り替えることはできなかった。後孔の奥深くで、黒崎の逸物はいまだどくどくと激しく脈打っているのだ。どうしてもそちらに意識が引きずられてしまう。
とはいえ、連載を取れた嬉しさはもちろん大きい。そんな二階堂の悩ましい精神状態を察しているのかいないのか、黒崎は腰の動きを止めぬまま話を続ける。
「私の担当は、君にやってもらう。そして、原稿は君がここまで取りにくる。それが条件だ」
「で、でも……俺みたいな新人…が……先生の………あっ、ああ…ん！」
先刻のように激しい突きではなかったが、熟した粘膜の側面を絡め取るような巧みな抽挿は、骨がとろけんばかりの快感を喚起した。二階堂の口はまともな言葉を放棄し、シーツの襞に蜜状の喘ぎを染み込ませる。
「俺みたいな新人が、何だね？ 最後までちゃんと言いなさい」
不愉快そうな声は、もちろんわざとだと分かっている。しかし二階堂は「すみません」と謝罪し、顔を上げて後ろを振り向き、自分を犯している男を濡れた瞳で見つめ、
「俺みたいな新人が、先生の担当なんてしてもいいので…………ひぃッ……ん、んんっ！」
二階堂の言葉を遮るように、再び黒崎が荒々しく打ち込んできた。腰ではなく尻の肉をわし掴みにして左右に広げ、その中心で乱れ咲く秘花の妖しさ生々しさを凝視しつつ、ずぶっずぶっとリアルな音を響かせて入れては引き抜く。
必然、二階堂の膝は浮き上がり、と同時に身体の深くまで突き刺さった黒崎自身の存在感も増大した。
「んあっ！ あ、ああ、いいっ、いいーーーっ」
「亜紀……っ！」
黒崎が名前を叫んだ瞬間、身体の芯にあった凶暴な熱塊がもの凄い勢いで弾けた。それは奥の行き止まりで跳ね返って滞留し、二階堂の中でぐんぐん嵩を増してゆく。“注ぐ”や“放つ”より、“叩き付ける”といった表現の方が相応しい荒々しい射精を、黒崎は延々と続けている。
ほぼ同時に達した二階堂は、やや薄くなり始めた精水をびゅくびゅく吐き出しながら、虚ろな目でシーツの波を眺めつつ、ぽつりと呟いた。この濃密な夜はまだまだ終わりそうにないな、と。
BACK TOP 裏部屋INDEX NEXT