〜１万ヒット記念・短編〜
１.
自業自得―――自分の悪事の報いを自分で受けること（三省堂国語辞典より）
今の尭村に、この言葉ほど相応しいものはない。もちろん本人にはそんな自覚、小指の爪ほどもないのだが。
「えっ、尭村さん、お休みなんですか？」
「おう。ひっでえ声で“風邪ひいた”って留守電に入ってたんだ。そういや秋原も風邪だったんだろ？ 治ったのか？」
「はい。今日から復活したんですけど……どうしよう、僕のせいだ、たぶん………」
「あーらら、尭村も運が悪いな、って、なんでお前のせいなんだ？」
「いえ、あ……あの、それは………」
赤くなって言い淀む純。その可愛さに森下は一瞬頬を緩めたが、すぐにハッと我に返って、
「もしかしてあいつ……見舞いに行った時お前に悪さしたんだろ？ それでうつったんだな」
純はさらに頬を染めて、もじもじとしている。その仕草が答えだ。
「ったくあの男はぁ〜。かなり辛そうな声だったから少しは心配したんだぜ。あーあ、損したっ。自業自得だぁ、あのエロボケがっ」
日ごろから言いたくても言えず、胸の裡に収めている言葉だけに、妙に力が入ってしまった。清々しい朝の教室内に、“エロボケ”という叫びがこだまする。
クラスメートの注目を浴びながら森下はこそこそと席に戻り、顔を真っ赤にした純は猛ダッシュで自分の教室へ逃げ帰った。
―――その３日前
「え、純は欠席なのか」
「はぁい、風邪ひいたみたいですよ」
「ふーん、あいつでも風邪ひくのか」
「ぎゃははっ、尭村さん、そりゃないですよぉ」
直がげらげら笑っているところを見ると、それほど深刻な風邪ではないのだろう。尭村は少し安心した。
「この前、雨に当たったせいか。あの時は大丈夫だと思ったんだが……」
「いえ、なんか夏風邪みたいなの流行ってるらしいですよ。環姉ちゃんがずっと風邪で休んでたから、たぶんそれがうつったんじゃないかなあ。あいつ心配して、色々看病してたみたいだし」
「……あんだとぉ〜」
眉が吊り上って、額に険しい翳が差す。もともとが一部の隙もない超絶美形なだけに、こういったダークな表情をするとその迫力は３倍増しになって、周囲の空気までもきりきりと結晶させる。
直も思わず、「俺に凄まないでくださいよ〜」と懇願した。しかし尭村は聞いちゃいない。
「あの女〜、看病してもらった挙句、風邪をうつすなんて、恩を仇で返しやがって」
「あ、あきむらさん……それはちょっと違うような気が………」
中途半端な苦笑を浮かべる直に、尭村は口調を緩めて訊いた。
「で、お前らは見舞いとか行くのか？」
「純が、うつしたら悪いから来なくていいって言うんですよー。あんまり長引くようなら、顔見に行こうかなあって。俺も淋しいし」
尭村は頷いて、
「うつしたら悪い、か。あいつの言いそうなことだな。分かった。俺が見舞いに行くから、お前らは心配しなくていいぞ。それじゃあな」
と、挨拶もそこそこに走り去った。直は呆然と見送りながら、
「早い……。っていうか、尭村さん、今から見舞いに行くんだ。まだ授業あるのに……」
呆れたように呟くと、はーっと溜め息を漏らした。
手には、桐の箱に入った大粒のイチゴ。旬はすでに過ぎているが、今東京で手に入らないものはないのだ。
純はイチゴが大好きで、ストロベリー○○と名のつく春季限定のお菓子を買い漁っては、ひとつひとつ嬉しそうに味わっていた。
可愛らしいピンク色のお菓子をほおばって「おいしー」と微笑う純は、これまた身悶えするほど可愛らしくて、お菓子以上に美味しそうだった。
尭村はそのたびに純に口づけては、舌を絡めて仄かなイチゴ味を堪能した。それは確かに作り物の人工的な味だったけれど、本物のイチゴ以上に甘くて美味で、尭村の舌に甘美な春の思い出を刻み込んだ。
弓月家のドアチャイムを押して来意を告げると、すぐに母親の早紀が出てきた。
母親といっても、純の実母ではもちろんない。しかし彼女がどれほど純のことを大事にしているか、我が子のように慈しんでいるかは、それこそ“我が子のように”というありきたりな台詞が邪魔に思えるほど伝わってくる。
「わざわざ来てくださったのね。純も喜ぶわ」と心底嬉しそうに迎えてくれる早紀を見ていると、じわじわと自責の念が湧いてくる。勢いで口が滑ったとはいえ、嘗て「純はただの居候じゃねえか」という暴言を吐いてしまった自分が許せない。
しかし言ってしまったことは元に戻せないのだから、これから存分にその償いをしようと思う。実の家族以上に純のことを愛し、慈しむ。ずっとずっと、永遠に。
コン、コン、と礼儀正しく二度ノックをして、扉を開けた。と同時にふわりと鼻孔を掠める甘い芳香。純が初めて自分の部屋を訪れた時に、鼻をくんくんいわせて「尭村さんの匂いがする」と微笑んだ気持ちがよく分かる。
ここ、この部屋は純の匂いがする。いつまでも包まれていたいと願わずにはいられない、愛しい馥り。満開の花がまき散らす濃厚な香気ではなく、綻びかけた蕾からちらちらとこぼれる、控え目で淡い吐息の馥り。
「純、どうだ？ 具合は」
突然現れた尭村に驚いたのか、純は大きく二度瞬きをして、
「あきむらさん、だぁ……どして？」
「見舞いに来たんだよ。他に何かあるか？」
尭村は苦笑しながらベッドの傍に腰を下ろし、純の額にそっと手を翳した。微かに湿った皮膚は、掌よりずっと熱い。
「熱は？」
「そんなに高くありません。んと……３８度ちょうどくらいかなあ」
「それだけあれば辛いだろ。いつからだ？」
「ゆうべ、ちょっと変だなって思って。早めにお風呂入って寝たんです。それで今朝起きたらもうフラフラで」
まるで医者の問診に答えるかのように、律儀に説明する純。尭村は「そうか……」と低く呟くと、心配そうに眉をたわめた。純は少し言いにくそうに「あのぅ…」と声をかけて、
「尭村さん、来てくれたのはすっごく嬉しいんですけど、うつしちゃったら大変だから……あの……」
しかし尭村は最後まで言わせない。熱のせいで潤いを失った唇をそっと指でなぞり、
「大丈夫だ。いいか、純。風邪のウイルスってのはな、遺伝子の構造上、同性間では伝染りにくいものなんだ」
と、とんでもない珍説を真面目な口調で披露する。純は再び大きく瞬きをして、「ほんと？」と訊き返す。
「俺が嘘ついたことあったか？」
あったじゃん、たっくさん。しかし純は真剣な顔で首を振り、「だから環お姉ちゃんのがうつっちゃったのかあ……」などとしきりに感心している。
―――こういう素直なところも可愛いんだよな
尭村は内心のでれでれ笑いを心配そうな表情で隠して、優しく髪を梳いてやった。純は甘えた眼差しを送り、
「じゃあ……もう少しいてくれる？」
「もちろん。眠くなったら構わず寝ていいぞ。傍にいてやるから」
「ん……尭村さぁん、ありがと………」
熱のせいで、いつもよりさらに潤んでとろん、とした瞳に見つめられると、こっちの熱まで上昇してくる。尭村は、純のためというよりは、自分の熱を冷ますために、傍に用意されていた冷水にタオルを浸して純の額を拭いてやった。「気持ちいい…」という吐息混じりの言葉が、違ったモノに聞こえてしまう。
その時、ドアをノックする音と共に早紀の声が。尭村はホッと息を吐いて、タオルで自分の額を拭った。
「じゅんー、お薬よ。それから、尭村さんが持ってきてくださったイチゴもね。ちゃぁんとお薬飲んでからじゃないとダメよー」
早紀は諭すように言っているつもりだろうが、余りにのんびりした声なので、子供をあやすようにしか聞こえない。純も、「えー、薬ヤだあ」などと駄々をこねている。
「もぅ、そんな子供みたいなこと言って、先輩に笑われちゃうわよ。はい、ここに置いておくからね」
そして、尭村に邪気のない笑顔を向けると、部屋を出ていった。
「わー、イチゴだあ、うれしー」
「こら、薬飲んでからだぞ」
「嫌。この薬すっごく苦いんだもん」
確かに、緑色に濁った液体は飲みにくそうだ。量はひと口で飲める程度のものだが、これを口に入れるのはなかなか勇気がいるだろう。
とはいえ、純がこういう我がままを言うのは珍しいことだった。尭村は、自分が甘えられているんだと分かって、くすぐったいような喜びを覚えた。
「そうか。じゃあ俺が飲もう」
尭村はあっさりそう言って、液体を一気に口の中に入れた。そしてそのまま純の唇を塞ぐと、有無を言わせず流し込んだ。純は綿毛のような吐息をこぼしつつ、注がれたものを飲み干した。やがて尭村がゆっくり唇を離すと、おそるおそる見上げて心配そうに訊ねた。
「苦い、でしょ？」
「いや、甘い」
尭村は微笑って、自分の唇をちらと舐めた。そして、
「ちゃんと薬を飲んだいい子には、ほらご褒美だ」
イチゴを一粒つまんで、純の口に持っていく。しかし純は食べようとせず、潤んだ眼で訴えかけるように尭村を見つめている。尭村は複雑な笑みを浮かべて、
「ったくお前は……しょうがねえな」
自分の口に放り込んで２、３度咀嚼すると、再び唇を重ねて純の口腔に移した。
「ん……あきむらさん、もっと、もっと食べるぅ……」
「純……」
口移しで食べさせるうちに、熱のせいで白くかさかさだった純の唇が瑞々しい果汁で潤い、いつもの珊瑚色に戻ってきた。尭村は熱中する余り、気がつけば純の背中に腕を回して唇を、舌を吸っていた。イチゴは全て食べ尽くしてしまったというのに。
「あ……んっ、はぁ………あきむらさ……」
純も夢中で尭村にしがみつく。シャツをぎゅっと掴み、脚を腰に絡めて微かに上下させる。そんな純からのささやかな合図を汲み取った尭村は、「一番楽な姿勢はどれだ？」と耳許で囁いた。
純は真っ赤になって「あの……」と口ごもった後、小さな声で「うつ伏せ…」と答えた。
尭村は「分かった」と言って純の身体をくるりとひっくり返すと、パジャマのズボンだけを脱がせて膝を立たせた。そして勃ち上がり始めているペニスを下着の上から握って上下に擦り、後ろの蕾も布の上から少し強めに揉む。
「あぁっん……あっ、あきむらさ……いじわるぅ……」
布越しの刺激は何とももどかしくてじれったくて、淫らだと分かっていながらつい腰を振ってしまう。案の定、尭村に「いやらしい身体だ」とからかわれ、純は恥ずかしさの余り枕に顔をうずめる。その分高く上がったお尻に口を寄せて、尭村は下着の上から蕾を舌でなぞった。
「あぁん、あっ、ん……は、はずかし……からっ、やめ……」
しかし尭村はやめるどころか、純の熱い蜜を指ですくってその部分に塗り込め、下着ごと中に押し込んだ。
「やぁんっ……やめっ……やめてぇ」
「純……アソコが透けて見えてきたぜ」
そのままくちゅくちゅと入口を嬲っていたが、今度は下着を割れ目に食い込ませて上下に動かす。
「あぁっ、あっ、ん……や、ん……もぅやぁぁ」
「布が擦れて、気持ちいいだろ、ん？」
尭村は余裕綽々の台詞を吐いてはいるが、もちろん下半身は爆発寸前。食い込んだ下着の脇からちらちら見え隠れする蕾は、いつも以上に紅くめくれ返ってひくついて、容赦なく煽ってくるし。
尭村はもう一度頭を振って余計な妄想を払い落とすと、下着の横から指を差し込んで、そのまま火照った孔に突き入れた。
「はぅ…ん、んんっ、……っく……ああ、あきむらさぁん、もっと、もっと奥ぅ……」
腰を上下に揺らしながらねだる純。尭村は心の中で“少しは手加減してくれよ”とこぼしながら、指をぐりぐりと回した。
純の腰は跳ね上がり、尋常じゃない熱を帯びた内壁が、意志を持った生き物であるかのように、指にうねうねと絡みつく。
もっと奥にある秘密の場所。快楽の泉。そろそろそこに触れてやろう。でないとこっちがもたない。
「純、これで口を塞いでろ」
尭村はパジャマのズボンを投げた。純は素直にそれを口に当てる。
「ココだろ、純？ ココを弄ったら、お前……」
指先で奥の膨らみをツンツンと弾くと、純の腰が激しく上下した。顔を見れば、パジャマを噛み締めて嬌声を堪えている。
熱のせいか興奮のせいか、目の前のお尻はほんのり薔薇色に染まって、とっくに勃ち上がって下着からはみ出しているペニスはたらたらと涎をこぼしている。
「純……純……」
尭村は余りの淫らな光景に半ば呆然としつつ、純の急所を攻め続けた。
程なく純は、くぐもった鳴き声と共に尭村の手の中に放ち、そのままぐったりと倒れこんだ。尭村は手早く後始末をして、パジャマを直し、布団をかけてやった。
もちろん、すぐトイレに駆け込んでヌキまくったのは言うまでもないことだが。
それから、色んな意味で疲れ切った二人は、純のベッドで抱き合いながら深い眠りに落ち込んだ。
二人で寝るには狭いベッド。しかしそれは濃密で愛しい空間そのもので、尭村は身体ごと沈み込む快感に浸りながら、幸せな眠りを貪った。
―――背後からじわじわと漂ってくる、異様なオーラ。ほとんど殺気と呼んでもいいかもしれない。
尭村は幸福な倦怠感に酔いながら、ゆっくり身体を起こして振り返った。そこには、昔のスポ根漫画のように眼球に炎を宿した環が仁王立ちしていた。
「なんだ、お前か……」
尭村は面白くもなさそうに呟いて、再び寝る体勢に入った。
「あああああんたはぁ……ナニしてんのよ、ここで、ええっ？」
「ナニって、見りゃ分かんだろ。添い寝だよ、添い寝」
「そ、添い寝ですってぇ？ とっ、とにかく、純から離れなさいっっ」
環の叫びにつつかれたのか、純が「ふぅん…」と小さな溜め息を漏らしてゆるゆると目を開けた。
「純、よく寝てたな。具合はどうだ？」
「あ……あきむらさん、ずぅっと傍にいてくれたの？」
「約束しただろ？ 寝てても傍にいるって。でも、そろそろ帰んねえとな。俺は構わねえけど、お前んちに迷惑がかかる」
「ん……尭村さん、ありがと。ね、最後にぎゅっとして」
尭村はでれでれと目尻を下げて（環視点）純をぎゅっと抱きしめると、目の縁や鼻の頭にキスを落とした。純はくすぐったそうに笑いながら顔を逸らしたが、その拍子に環と目が合った。
「ぅわっ、た、たまきお姉ちゃん……いつからそこに……」
「大丈夫だ。ついさっきだから。アレは見られてない」
尭村はそう言って意味深な笑いを浮かべると、ベッドを抜け出てさらりと前髪を掻き上げ、羞恥で真っ赤の純と、怒りで真っ青の環を残して颯爽と部屋を出た。
背後から「いつか殺すっ」という怒声が聞こえたような気がしたが、まあそんなのは取るに足らないことだ。それよりも、明日の見舞いには何を持って来ようか、その方がずっと重大なことなのだから。
―――と、いうのが３日前の出来事。
純は、自分が尭村に風邪をうつしてしまったんだ、と申し訳なさでいっぱいになり、学校帰りお見舞いに行くことに決めた。
いくら遺伝子の構造上、同性間ではうつりにくいからといって、あれだけの濃厚な接触を繰り返せばこうなるのは当たり前だろう。
純は、風邪をうつされて尭村さん怒ってないかなあ、などと少しびくつきつつも、それでも看病らしきことができるのはちょっと嬉しいかも、と浮かれながら放課後を待った。
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