Trick or Sweet
「純、寒くないか？」
「うん、へいき…………や、やっぱりちょっと寒いかも………」
純は頬を赤らめて訂正し、雅人の腰に腕を回す。そしてきゅっとしがみ付いた。パレードからの帰り道。ドラキュラのマントにすっぽりくるまれた二人の身体は、隙間なくぴったり密着して互いの体温を交換し合う。
「俺はまだいいけど、お前はミニスカートだもんな。脚、冷たいだろ。少し急ぐぞ。風邪ひいちまう」
心配そうに声を撓め、歩みを速める雅人。純も慌てて歩調を合わせたが、本当はもっとゆっくり歩きたかった。身体を寄せ合って同じ道を歩く。嬉しくて楽しくて、何より貴重なひととき。
「楽しかったなあ。日本にいる時はハロウィンなんて全く意識してなかったし、こんな仮装してパレードなんて初めてだ」
「うん、そだね。僕も初めてだったよ」
「来年も参加しような。今度はどんな衣装にするか……」
「今度は僕がドラキュラやるっ」
すかさずドラキュラに立候補する純。よほどこのコスチュームが気に入ったらしい。しかし雅人はチッチッと指を振り、
「お前の衣装はもう決まってる。今度は小悪魔だ。黒い蝙蝠羽に、矢印シッポだろ。そんで、ちょっとハードな皮素材でできたミニスカート―――」
「もうスカートはいやっ。女の子のカッコもいやっ」
「ええ〜、キュートな小悪魔になって、俺を惑わせてくれよ」
「雅人のエロおやじっ」
エロおやじっ、だなどと叫びつつも、雅人の腰に巻き付けた腕を離そうとはしない純。スカートはいやっ、ドラキュラやるっ、ときゃんきゃん叫んでは、ぎゅぅっと抱きついた。
雅人はそんな純を目を細めて見下ろしながら、時折頭のてっぺんにキスを落とす。そして、
「衣装なんて、ほんとは何でもいいんだ。一緒にいられればな……」
たったひとつの本音を呟いた。
約束通り、マダムがお菓子を届けてくれたようだ。部屋のドアノブに、綺麗な紙包みが掛かっていた。
「わ、ウイスキーボンボンだよ。おいしそー」
プレゼントを待ち切れない子供みたいに包みをその場で開け、嬉しそうにはしゃぐ純に思わず苦笑い。「お菓子は部屋の中でっ」と母親みたいなことを言って腕を引く。
「うわっ、寒いな。暖房暖房」
雅人は慌ててストーブに火を入れた。部屋全体が暖まるまでには時間がかかりそうだ。
しかし純は気にせず、ボンボンを口の中に放り込んで「おいしー」とご満悦。雅人は「仕方ねえな」と二度目の苦笑を漏らし、夜露で湿ったマントを脱いだ。
そして何か温かい飲み物でも拵えようとキッチンに向かおうとしたが、純がくちゅん、と小さなくしゃみをするのを聞いて、慌てて毛布を持ち出してきた。
「ほら、部屋が暖まるまでこれにくるまっとけ」
しかし純は「やだもん」とそっぽを向いて、
「雅人があっためてくれるもの」
「だぁめだっ。ちゃんと言うことをききなさい」
「やっ」
広げられた毛布をさらりとかわして、雅人に抱きついた。そして、上目使いでじっと見つめる。ウイスキーボンボンのアルコールが回ってきたのか、頬は薔薇色に潤み、瞳には濡れたような輝きがともる。
たったこれだけのささやかな変化に、どうしようもなく翻弄されてしまうのだ。雅人は戸惑いを隠すため少しきつめの口調で、
「お前……酔ってんじゃねえか。この酔っ払い魔女っ子。いくつ食ったんだ？ こら」
「まだ三つだもんっ」
「お子様にはそれで十分だ」
そういって両腕を広げ、純の身体をすっぽり包み込んだ。
「……どうだ？ 寒くないか？」
「ん……あったかぁい………」
うっとりと呟いて、意識的なのか無意識なのか腰をこすり付ける。布地越しに触れ合う部分が、あっという間に熱を帯びて疼き出した。
その熱さに誘われるように、雅人は手を伸ばしてスカートの中をまさぐり、膝小僧をそっと撫でた。
「ああ…やっぱり脚が冷たいな……」
雅人は純を立たせたまま、その前に膝立ちになって腰を屈めた。そして黒いペチコートで裾がふわりと広がった魔女っ子スカートの中に潜り込み―――
「ふぁ……ぁン………や…だァ…………」
夜気の侵蝕ですっかり冷えきった膝に唇を押し当て、ささやかな温もりを浸透させる。そうしながらも、少しずつ上へ移動する。より皮膚の薄い、より敏感な領域へ。
「まさ…と……だめっ………あ、あ…………」
夜気に晒されていた膝はあんなに冷たかったのに、上へ進むにつれて素肌は温かく、艶かしく蕩けてゆく。太ももの内側、蒼い血管の走る薄い皮膚に舌を這わせると、下肢全体がぷるんと震えた。
ボディソープの甘い残り香や滑らかな舌触りに誘われて、やわやわと歯を立てつつ下着に手を掛ける。そしてするすると引きずり下ろすと、快感半分羞恥半分で控え目に勃ち上がったピンク色の性器が現れた。
すかさず口に含み、舌を絡めてはぬちゅぬちゅと吸い上げる。
「んっ………ゃっ…ぁ…ぁ………」
突然の刺激に、身体ごとふわりと浮かび上がるかのような錯覚に襲われた。次の瞬間力が抜け、腰がかくんと落ちてしまう。それでも何とか脚に力を入れて身体を支えた。
「まさとっ………やめ……てぇ………」
涙ながらに訴えつつ視線を下へ落とすと、盛り上がったスカートがもぞもぞ動くのが見えた。しかも耳を澄ませば、くちゅくちゅと粘液の絡み合う音が奥から聞こえてくる。
スカートに隠れて見えない分、感覚が鋭敏になるのか想像力が掻き立てられるのか、いつもより興奮して余計に感じてしまう。そうするうちに、後ろの孔に指らしき細い異物がつぷりと挿し込まれた。
純はびくんと跳ね上がり、条件反射的にきゅぅっと窄めてしまう。するとその反応に煽られたのか、さらに指が増やされて激しく掻き回された。
「ふぁ……ぁ………も、だめ…ぇ………立っ…て……られ…な………」
身体全体が小刻みに震え、性器の先端から恥ずかしいほど大量の愛液が溢れ出す。この体勢を保つのは限界だと覚ったのか、雅人はようやく立ったままの愛撫から純を解放した。
すかさず立ち上がって震える身体を抱き上げ、傍らのソファに横たえる。そして脚を掴んで大きく開かせると、たった今指で陵辱したばかりの秘部がくちゅりと濡れた音をたてて綻んだ。
すでに部屋は暖まっていたが、それ以上に身体の奥から這い上がる熱で体温が上昇したのか、雅人は無雑作にタイを緩めて胸元を広げ、こもった熱を放出させる。
その何気ない仕草、逞しい首筋に濃厚な色気を感じた純は、鳩尾の奥が灼かれるような疼きを覚えて腰をくねらせた。
「はや…くぅ………雅人、きて………」
はしたないとは思いつつも、この疼きを早く散らして欲しくてつい催促してしまう。自ら脚を持ち上げて腰を浮かせ、雅人の視界に淫らな蜜花を咲かせた。
余りに艶やかな誘惑に眩暈すら覚え、我を失いかけた雅人だったが、何とか持ち直して張り詰めた前を解放し、乱暴にならぬようゆっくり純の中へ沈めていった。
「んっ……ふ、ふぁ…ぁ…ぁ……ィィ………きもち…いいの………」
徐々に侵入してくる雅人の熱さ、巨きさが愛しくてたまらない。それを蜜壺全体で味わいながら、愛する人とひとつになる悦びに魂ごと溺れた。
「まさ…とも……きもち…いい……？」
「ああ……気持ちいいよ………」
「幸…せ…？」
「当たり前だろっ………幸せすぎて……おかしくなりそうだ………」
純はふふっと秘めやかに微笑んで、腕を雅人の背中に回した。それを合図に雅人はゆったりと腰を使い始め、熟れた柔肉に快楽の漣を刻み込んでゆく。
「んっ、んぁ、ぁっ、ぁぁっ………」
純は唾液と共に熱い吐息を漏らし、雅人の腰に絡めた脚をさらにぎゅっと締め付けて腰を浮かす。ついさっきまでは凍えるほど寒かったのに、今は絡み合う四肢が蕩けてひとつになってしまいそうなほど熱い。
本当に、このまま溶け合ってしまえたらどんなに幸せだろう。そうすれば、胸の内で燻る不安や憂慮に悩まされることなどなくなるだろうに。
「まさと……ずっと、いっしょ…………」
最愛の人へ捧げる誓いにしては、余りに弱々しい呟き。もっと堂々と、声高らかに誓言したいのに。
ずっと一緒にいる、何があっても離れないと―――
「もっ…と……まさとぅ……もっとしてぇ………」
じんわり汗ばんで猛く盛り上がる背中にしがみ付き、せめて今だけは身体を駆け巡る快楽に没頭しようと自ら腰を振る。雅人はそれに応えるように奥を抉り、やがて二人はほぼ同時に埒を明けた。
「ぅっ………ぅ、ぅ…………」
雅人は股間を押し付け腹筋を波打たせて注ぎ込み、純はびくんびくんと腰を跳ね上げつつ自身の胸に白い飛沫を降りかける。
「まさ…と……抜いちゃ……いや…………」
とろんとした危うい眼差しを向け、可愛い我がままで雅人を翻弄する。もちろんその効果は絶大で、雅人は「抜かねえよッ」とかなり切羽詰まった声で返し、繋がったまま純の身体を抱き上げた。
「ふぁ…んっ……」
終熄しつつあった電流が再び肌を舐め、もどかしいような、むず痒いような快感の襲来に声を上げて悶える。身体の奥も表面も何もかもが熱くてたまらず、純は半ば無意識のうちに服を脱ごうとしていた。
「脱ぐなよ、似合うのに」
「やぁ…だ……熱い、熱いの……脱ぐぅ……」
雅人の上に乗ってしっかり繋がれたまま、魔女っ子ドレスを脱ごうともぞもぞ腰をくねらせる。するとねっとりと絡み付いた花びらがくちゅくちゅ音をたててこすれ、予期せぬ刺激につい嬌声を上げてしまう。
「ゃっ……ァ、ン………」
雅人は少し荒っぽく腰を抱き寄せて、
「お前っ………そんな声出すんじゃねえよっ………」
「だぁって……お尻がきもちいいんだもの………」
「だからそういう可愛いこと言うなっ」
純は真っ赤になってむくれつつも、何とかドレスを脱ごうと奮闘する。雅人は「分かったからじっとしてろ」と言って、背中のファスナーを一気に下ろしてやった。
「ほら、脱がせてやるからばんざーいしろ」
純が言われた通り両手を上げると、雅人はドレスを上に引き抜いてするりと脱がせた。が、何故かドレスを持ったまま硬直する。上げていた手を下ろした純はちょんと首を傾げ、固まってしまった雅人を見上げる。
「雅人？ どしたの？」
「い、いや……その………」
冷静になれば、予測できるはずだった。この状態でドレスを脱いだらどんな格好になるか。
すぐ目の前で、雅人のモノをしっかり呑み込んだまま身体をすり寄せてくる純は、黒いハイソックスに肘までの黒い長手袋、そして首にはぴったりフィットしたリボンチョーカーという、何とも背徳的な、頽廃的な艶姿を晒していた。
もちろんそれ以外は、眩しいほどの白い裸身。ところどころ薔薇色に潤んだ乳白色の素肌と、微かに毛羽立つ黒いベルベットの光沢が見せる対比は余りに生々しく、目眩く魔女の宴、サバトの始まりを予感させる。雅人はごくりと喉を鳴らし、
「……お前、本物の魔女っ子だったのか」
「ほえ？ なぁに？」
「いや……何でもねえよ。つうか純、こんな格好を俺に見せて、どうなっても知らないからな」
どういうこと？ と聞き返そうとした唇は、言葉ではなく蜜状の喘ぎを滴らせた。雅人がゆったりと腰を突き上げ始めたのだ。純は上半身をとろりとくねらせ、雅人の胸にもたれかかる。
「まさとぉ………とりっくおあとりーと………」
括約筋をきゅっと締めて、甘えた声で囁く。雅人は図らずも低く呻き、
「な…んだよ、それ………」
「ハロウィンだよぉ。お菓子くれなきゃいたずらしちゃうもん」
そう言って、再び後ろをきゅっと窄める。熱く蕩ける柔肉に甘いいたずらを仕掛けられ、雅人は些か情けない声で「わかった、降参」と返した。そしてマダムがくれたボンボンを手に取り、純の口の中へ。
純は幸せそうに味わいながら、「雅人にもあげるぅ」と唇を突き出す。雅人は間髪容れず吸い付いて舌を挿し込み、ほろ苦いカカオと芳醇なウイスキーの混じり合う口腔を存分に味わった。
最後にふっくらとした舌をぬぷぬぷと吸い上げて唇を離すと、純は吐息を漏らしてうっとりと見上げ、
「甘くて……おいしいでしょ？」
「ああ……でも、こっちの方が甘い」
雅人はそう言って腰を揺らし、埋め込んだままの自身で奥を撹拌した。溜まった先走りがたぷんたぷんと騒ぐ音が微かに聞こえる。
「ん……じゃあ、こっちも食べて………」
「もちろん。行くぞ」
雅人が再び突き上げを始めると、純もじわじわ湧き上がる快楽に唆されるまま、お尻を上下に揺らして交合をより深く濃密なものにした。
「はぅ…ン、あ、あぁん………」
純は尚もお尻をくねくね揺らしながら、雅人のシャツを大きく肌蹴た。そして汗ばんだ首筋に顔をうずめ、硬い腹筋にペニスをこすり付ける。愛液と汗が混じってぬるりと滑るたびに、また新たな蜜が溢れて腹を濡らす。
「ああ………まさと、まさと………ずっと………ずっ…と………」
やはり、ここで止まってしまう。泣きたいほど好きなのに、叫び出したいほど愛してるのに―――
「純、ずっと一緒だ。何があっても」
ああ、この人の真直ぐな言葉に、何度救われただろうか。純は涙で喉を詰まらせながら、こくんと頷いた。
雅人はその細い頸に噛み付いて所有の刻印を捺すと、腰の動きを早めて再び絶頂へと昇り詰めていったのだった。
あれから幾度も身体を繋げ、ようやくシャワーを浴びて人心地ついた二人は、ベッドの中で抱き合いつつ取り留めのない言葉を交わしていた。
二人分の体温でぬくまった布団に潜り、ぴったり身体を寄せ合って過ごす至上のひととき。心地よくてうつらうつら微睡んでしまうけれど、眠ってしまうのが何だか勿体ない。そんな幸せな葛藤に悶えながら、純はそっと口を開いた。
「雅人、さっきはありがと……」
突然お礼を言われ、雅人は大きく瞬きして「何がだ？」と返す。
「帰り道で、ママに誓ってくれたでしょ？ 僕を……幸せにするから、って。きっと、ママはすごく喜んでくれただろうなあって」
雅人は微笑みを返し、
「届いてるといいな」
「うん、届いてるよ。僕には分かるんだ」
純はそう言い置くと、いったん口を噤んだ。そして何か迷っているのか暫し考え込んでいたが、やがて意を決して口を開き、
「ハロウィンて、死んだ人間の魂が戻ってくる日なんだよね？」
「ん？ ああ、そういう伝承もあるらしい」
「ならきっと、雅紀くんも来てくれてるよ」
突然純の口から飛び出た弟の名に、雅人は身体を強張らせた。しかしすぐに小さく首を振って、
「いや……それは余りに都合のいい幻想だ。あいつは俺のことを―――」
「雅紀くんにとって雅人は、自慢のお兄さんだった。とても愛していた。だから巻き込んではいけないと思って、自分から遠ざかったんだよ」
確信的な口調で語る純を、雅人は怪訝な顔付きで見つめる。純はふふっと秘めやかに笑って、
「雅人は優しいから、助けを求めればきっと自分を犠牲にしてでも手を差し伸べようとしてくれる。それが分かっているからこそ、敢えて離れたんだ。そうすることが……雅紀くんの愛情表現だった」
「そんな……愛情表現は間違っている」
雅人の言葉に、何故か純は淋しそうに微笑んだ。
「そう……かもしれないね。でも僕には、雅紀くんの気持ちがよく解るんだ。そういう道を選んでしまう雅紀くんの気持ちが―――」
雅人はがばと起き上がり、純の上に覆いかぶさってきつく見据えた。
「俺を巻き込まないよう自分から身を引いて、自分だけ耐える………いいか、それだけは絶対にするな。許さねえぞ」
「まさと……」
「約束しろ、純。どんな困難に遭遇しても、決して一人で背負わず共に乗り越えてゆくと。俺を……置き去りにはしないと」
はい、約束します―――そう言ってにっこり笑うつもりだった。なのに何故だろう、言葉が出てこない。胸が閊えて苦しい。
「やく…そく………」
まだ見ぬ未来、重苦しい予感めいたものに襲われ、純は約束を口にすることなく手を伸ばして、雅人の温もりにすがったのだった。
（Fin）
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