Congratulation to A＜Bitter version＞

僕は雷が嫌いだ。空を裂く稲光には根源的な恐怖を感じ、神の怒りを彷彿とさせる雷鳴にはひたすら怯えてしまう。

そう、神様はきっとお怒りなんだ。彼の優しさに付け込んで振り回してしまった、僕の狡さを、弱さを。

激しい雷雨のさ中に犯してしまった、密かな過ちを―――




「ひゃっ……」

ぱらぱらと雑誌を繰る尭村の傍に寄り添って、安心しきった表情でうつらうつらしていた純は突然小さな悲鳴を上げ、ぱちっと目を開けた。そして蒼褪めた顔でおそるおそる窓の外を見上げる。

「どうした？　恐い夢でも見たか」

尭村は雑誌を投げ捨てて純の身体を抱き寄せ、あやすように背中を撫でた。その何気ないけれど温かな労わりに癒され、純はほぅっと安堵の息をつく。

しかしそれも束の間、再び空がゴロゴロ…と鳴るとびくんと肩を竦めて、尭村の胸にぎゅっとしがみ付いた。

「ああ、雷か」

純は抱き付いたまま、うんうんと頷く。尭村はその背中や頭を撫でながら空を見上げ、

「急に空が暗くなってきたな。これはドカンと来るかもしれねえな」

その言葉を裏付けるかのように、みたび遠雷が鳴った。さっきより響きは大きく重く、確実に雷雲が近付きつつあることが分かる。

「やだ……かみなり……やだぁ………」

ようやく訪れた二人きりの休日。貴仁も額賀もいない家で尭村と二人、何をするでもなくのんびり穏やかに過ごす極上の時間が台無しになってしまう。

純は怨めしげに灰色の空を見上げた。ついさっきまでは、澄み渡った青空に真っ白なクリームみたいな雲がぽわぽわと浮いていただけだったのに………

「家ん中にいりゃ、雷なんて恐くねえぞ」
「いやっ………こわいもん………」

尭村は「ふーん」と気のない返事をして、「雷の神様にへそを取られるからか？」と真面目な顔で訊いてきた。

「へ……そ？　って、このお腹にあるおへそ？」
「当たり前だ。お前のへそはつむじにあるのか？」

純は「ないもん」とそっぽを向いてむくれたが、すぐ尭村に向き直って、

「おへそを取って、どうするの？」
「さあな。ガキの頃親父に訊いたら、佃煮にでもするんだろって言ってたな」
「つくだに………」

純は俯いて自分の腹、おへその辺りをじぃっと見つめた。佃煮ということは、醤油、みりん、砂糖で味付けして………

「ぶっ……く、くくくく…………」

堪え切れぬ笑いの衝動に肩を震わせる尭村を見て、純はようやくからかわれていたことに気付いた。頬を赤く染めて両手でぽかぽかと胸を叩き、必死に抗議する。

「もおもおもおッ、ひとが本気で恐がってるのにっ。尭村さんなんか―――」

その時、純の懸命の抗議を遮るかのように空が一瞬光った。

「純っ、ほら、へそ隠せ。来るぞ！」
「はっ、はい！」

尭村の号令につられて慌ててお腹を押さえる純。しかしはたと気付き、

「またからかったッ！　もう―――」

その時、これまでの遠雷とは比較にならぬ轟音が空を揺らした。

「キャアアッ」

純は喉の奥から切実な悲鳴を絞り出し、両手で耳を塞いだ。しかしその余波は空気を振動させ、純の鼓膜を容赦なく揺さぶる。

さらにバチ、と窓に何かがぶつかる音がした。と思ったらバチバチバチ…と叩き付けるような音を伴って、大粒の雨が一斉に降り出した。

「すご……い………」

自然が見せる変化の荒々しさに驚き、一瞬恐怖を忘れた純は呆然と窓の外を眺めた。

と、すっかり暗くなった空に閃光が走る。そしてほとんど間を置かず、大地を割くかのような雷鳴が轟いた。

「純、こっち来い」

さすがに尭村ももうからかおうとはせず、蒼褪めて震える純を腕の中に収めて宥めてやろうとした。が―――

「あっ………」

純は小さく声を上げる。今一瞬、自分に手を差し伸べる尭村の姿が別の男性と重なった。


―――神社は神さまのおうちだから。神さまが守ってくれるよ


「あ……あ…………」


―――俺はどこにも行かない。お前の傍にいる。ずっといる


「そう……だ………」


―――分からねえのか、こんなに愛しているのに


本当は分かっていた。何故こんなにも雷鳴が痛いのか。バチバチと叩き付ける雨音が苦しいのか。

ちょうどこんな雷雨のさ中だった、彼に初めて抱かれたのは。長年の想いが結晶した、美しくも切ない告白を捧げられたのは。そして―――

「ぼくは……ああ………」

彼の優しさに寄りかかって自分の弱さをそのまま押し付け、好き勝手に振り回し、その挙句、我がままを押し通した。自分の傍にいてくれと。尭村を愛していながら、そんな自分をそのまま受け入れてくれと―――

「ごめん…ね……………秀……………」

目尻から苦い自責の涙がひとつこぼれ落ちたその時、肩に鈍い痛みが走った。

「なにがごめんなんだ？　え？」
「あ、尭村さ―――」
「今、誰を想っていた？　言え」

空間ごと凍結させるような、絶対零度の命令。気が付けば、純の奥歯はカチカチ鳴っていた。もちろん、雷への恐怖がためではない。純は必死の形相で首を振る。しかし尭村は恐ろしいほど静かな凶笑を浮かべ、

「言え」

そして華奢な肩を握り潰さんばかりの力で揺さぶった。言葉も、表情も、肩を掴む手もぞっとするほど冷たい。

全ての感覚と共に意志まで凍り付いてしまった純は、操り人形のようにかくかくと頷いて、

「しゅう……が………」
「秀がどうした」
「かみなりが……恐かったら……神社に来るんだよ、って………」

尭村はついと片眉を吊り上げたが、表情を変えず問いを重ねる。

「その言葉通り、お前は神社に行った。そうだな？」
「はい……神社に行った…の……かみなりと雨が……すごくて………」
「そこに沖秀も来た」

何もかも知っているかのような、確信的な口調。純の背筋にぞわりと戦慄が走る。いけない、否定しなければ……このままでは…………

「そこに沖秀も来た。純、嘘をついても俺には分かる。それは承知のはずだ」
「はい、しゅうも……秀も来たの。ぼくを心配して………」
「そこでお前は……奴に抱かれた。今日のような激しい雷雨の中―――」
「ち、ちがっ―――」

その時、閃光が走るとほぼ同時に空気がバリバリッと鳴った。まるで、純の拙い嘘を叩き潰すかのように。純は掠れた悲鳴を上げて頭を抱え込み、「ごめんなさい、ごめんなさい…」と繰り返した。

そんな憐れな姿を値踏みするかのような冴えた目で見つめ、尭村は変わらぬ口調で再び問うた。

「そこで、神社の拝殿の中でお前は沖秀に抱かれた。そうだな？」

純はゆるゆると顔を上げ、涙の菲膜越しにすがるような眼差しを送った。肯定してはいけないと分かってはいたけれど、それと同時に、嘘をつき通すことも自分にはできないと知っていた。

「は、はい………ああ………ゆるして…………」

はらはらと涙を流して懇願する儚い風情は、見る者の心の柔らかい部分に甘い疼きを灯す。しかし今の尭村には、そんな温い感傷は無縁のものだった。分析するような冷たい口調で、

「だからお前は雷を恐れる。俺を裏切り、奴を傷付けてしまったという自責の念に駆り立てられ……」

純は力なく頷き、ソファの背もたれにぐったりと身体を預けた。尭村はぎり、と奥歯を噛み締め、初めて感情らしい感情を露わにする。

分かっていた。去年の夏、薔子の妊娠騒動のさ中、純は自分から身を引くと決意して秀に全てを委ねた。神社で身体を重ねたのも、その頃のことなのだろう。

今さら何を言っても始まらない。してしまったことは取り返しがつかない。過去の不実で純を責めるのは余りに酷だ。しかし、しかし―――

「あ、あきむらさ―――」

尭村は無言で立ち上がり、純に背中を向けて窓辺へ向かった。そして部屋とテラスの間の大きな窓を全開にする。すると、湿った冷気と共に狂ったように地面を叩き付ける雨音が空間を支配した。

自然が見せる狂乱もものともせず、尭村はくるりと反転して真っ直ぐ純のもとへ。そして腕を掴んで無理やり立ち上がらせた。

「尭村さんっ、どこへ………」

訊くまでもなかった。腕を掴んだまま半ば引きずるようにしてテラスへ。屋根もなく大きく庭に張り出したテラスに出た二人は、あっという間にずぶ濡れになった。

純が怯えた眼差しを送ろうとしたその時、手摺りに身体を押し付けられ激しく唇を吸われた。

「んっ……ぅ、ぅぅ……ぁ………」

熱い舌に喉の奥まで陵辱されるかのような、暴虐のキス。純は明瞭な恐怖に捉えられ、腕を突っぱねて何とか逃れようとした。しかしびくともせず、それどころか―――

「ぅっ………ぅぁ………ゃぁっ…………」

前を緩められ、侵入してきた手にじかに性器を掴まれる。まだ柔らかくふんわりとした果実をぎゅっと握り込まれ、純は痛みの余り気が遠くなりかけた。

しかし皮肉なことに、天空を揺るがす雷鳴に頬を張られ意識を呼び戻された。純は痛ましい悲鳴を上げ、拘束から逃れようともがく。

「イヤアアアーーーッ、こわい、こわいッ！」
「うるせえ！　黙ってろっ」
「いやぁっ、戻る、部屋に戻るっ！」

間断なく鳴り響く雷鳴に、純は恐慌をきたして泣き叫ぶ。しかし尭村は片手で押さえ付けたまま、下穿きを全て脱がせて下半身を剥き出しにした。

「ゆるして……ゆるしてぇ…………」
「恐いか？　純」

胸にすがり付き、尭村の問いに必死に頷く。すると尭村は濡れた前髪を掻き上げて冷たく笑い、

「雷鳴と俺に棄てられるの、どっちが恐い？」

純は痛々しいほど大きく見開いた目で尭村を見上げ、こくんと喉を鳴らした。やがて蒼褪めた唇を震わせて、

「あ……あなたに棄てられるの、こわい………」
「なら純、大人しく犯されろ」

命令に従う以外に、純に何ができただろうか。そのまま身体を抱えられ、テラスのテーブルの上に座らされる。尭村は「待ってろ」と言い置いていったん室内に入り、すぐに戻ってきた。そして下半身を晒したまま大人しく座っていた純を掻き抱き、唇を塞いで舌を吸い上げる。

強引なキスではあったけれど、先刻のような恐怖を感じることはなかった。純もいつの間にか自ら舌を差し出し、さらに脚を尭村の腰に巻き付けて結合をねだるかのようにぎゅっと締め付けた。

「あ………ふ…ぅ…………」

唇をゆったり離すと、濡れたピンクの舌先が誘うようにちろと蠢いた。尭村は「エロい顔しやがって」と精一杯の皮肉を叩き付け、純の身体をテーブルの上に押し倒す。そして迷わず股間に顔をうずめ、やんわり膨らみつつあったペニスを咥えた。

「ああっ」

雨を浴びて冷え切っていた局部は、突然の熱くぬめる感触を受けて血流を速める。その奔流に煽られるかのように、純は腰や下肢をひくひくと揺らした。

十分な大きさ硬さになったことを口内で確認した尭村は、いったん引き抜いて先端を抉るようにこすりつつ、さっき部屋から持ってきたオイルの瓶を空けた。その中身を惜しげもなく純の股間に垂らし、指を滑らせて蕾に塗り込める。

降り注ぐ雨のせいでオイルはあっという間に流れてしまうが、それでも花びらは柔らかくほぐれ、指二本を難なく呑み込んだ。

さらに間髪入れず奥でぐにゅぐにゅと屈伸させると、純は雨水を弾かせて腰を跳ね上げた。

「純……どうだ？　まだ雷が恐いか？」
「あ……ああ………こ…わい……こわい…………」

テーブルにかりかりと爪を立てつつ虚ろな口調で答える純を、尭村は険しい視線で貫いた。

しかし純の本心は違っていた。半ば条件反射で恐いと答えたが、実際、すでに意識の中で雷鳴は遠のき、尭村が与える甘くじれったい疼きに、心身が染め上げられようとしていたのだ。

「俺といる時に感じていいのは、快楽と悦びだけだ」

尭村は自分に言い聞かせるかのように低く呟いて、前を開けて自身をその熱気ごと解放した。

冷たい雨すら沸騰させてしまいそうなほど煮え滾った一物を、たった今指を抜いたばかりでくぷくぷと喘いでいる淫らな孔に押し当てる。そして捲れ返った花びらを巻き込みながら一番太い部分を埋め込むと、あとは勢いに任せて一気に奥まで貫いた。

「んあああああーーーーーッ、あッ、あああッ」

純は背中を反らせ、爪先で雨粒を蹴り上げる。白くしなやかな脚に間断なく降り注ぐ雨は細やかな飛沫を上げ、輪郭を暈然と霞ませた。その詩趣溢れる美しさ、儚さ。

「純っ……動くぞ………」

尭村は純の脚をさらに高く持ち上げて身体を二つ折りにし、太ももを押さえ付けた。そして角度を付けて奥のふくらみを時には掠め、時には優しく突付く。

怒っているはずなのに、これはお仕置きのはずなのに、何故か尭村は自分の快楽を優先させようとはせず、純の身体を蕩かすことに執着した。

「ああっ、あっ、あっ、イイ………キモチ…イイ…………」

尭村が与える圧倒的な快楽に、純は酔い、溺れ、狂った。頭上で鳴り響く雷も視界を切り裂く閃光も、もはや感覚を素通りするばかり。

「純、もっと、もっと狂え、狂っちまえっ………」

身体をくねらせて喘ぐ純を切なげに見据えて、尭村は隠していた本音を漏らした。

「もう、雷が鳴っても奴のことを思い出すなっ」

間断なく襲い掛かる快楽の波濤で意識は甘く爛れていた純だったが、この尭村の言葉だけはしっかりと刻み込んだ。


―――ああ、そうか……あきむらさん、あなたは………


次の瞬間、純を狂わせる秘密の奥座を熱い楔が激しく抉った。純は艶めかしい悲鳴を上げて下肢を痙攣させ、雨粒を跳ね飛ばす勢いで精液を放った。

白くとろみのある液体が純の首筋を舐め、そのまま雨水と混ざってとろとろ流れてゆく。尭村は、純が射精を終えたのを確認してからようやく自身の解放を許した。

「ぅっ………ぅ、ぐ…………」

がくがくと腰を揺らし、鍛えられた腹筋を波打たせて純の奥へ注ぎ込む。収まりきらない種たちがぐじゅぐじゅと溢れ出てきたが、それでも構わず次々と送り込んだ。

「あ、あきむら…さぁん………」

繋がったまま手を差し伸べ、甘えた声で呼びかける。尭村は身体をさらに前傾させてその唇を優しく吸い、

「どうだ……まだ恐いか？」

純はそれには直接答えず、蠱惑の笑みを浮かべて、

「この雷雲が去ってしまうまで……ずっと抱いて、いっぱい犯して………」
「覚悟…しとけよ………」

濡れた前髪の向こうからぎらつく瞳で見据え、尭村は再び貪るような注挿に没頭し始めたのだった。




「ああ……なんてきれい………凛と澄んだ青空…………」

テラスで濡れた身体のまま抱き合い、二人は空を見仰いでいた。激しい雷雨をもたらした雲はいずこへか去り、雨に洗い流された空気も青葉も眩いばかりに輝いている。

「おへそ、取られなかったぁ………」

純はシャツの裾を捲り上げて笑った。下半身は剥き出しのままで、太ももの内側にはまだ精の残滓がこびり付いている。

純の望み通り、尭村はあれからもずっと攻め続け、雷が遠のき雨が小降りになっても愛しい身体を離そうとはしなかった。

そして全ての雲が払われ、青空が広がり始めてようやく劣情の触手を収めたのだった。

文字通りとろとろに蕩けてしまった純は、尭村の胸にぐったりと背中を預けて生まれたての青空を眺める。尭村もその重みを愛しく思いながら同様に空を仰いでいたが、純の身体が冷えてきたのを感じるとぎゅっと抱き締めた。そして首筋に顔をうずめ、

「純……まだ雷は恐いか？」
「ううん………もうこわくない………」

尭村は抱き締める腕にさらに力を込め、

「これからは……もし雷雨に遭ったら、雨の中俺に犯されたことを思い出せ。身体中を駆け巡る快感を思い出せ。分かったな？」

そして少し逡巡した挙句、ぽつりと付け足した。

「もう、奴のことは思い出すな」
「はい。もう……思い出しません。これからは、あなたのことだけを………」


―――神社は神さまのおうちだから………

―――俺はどこにも行かない。お前の傍に………


その時純は、記憶に刻まれた言葉が徐々に薄らいでゆくのをはっきりと感じた。（Fin）

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