１.
「ああっ…ん、あん……やあっ、あっ、あきむらさんっ……もう………」
「もう？ もう、なんだ？」
「んんっ、も……いじわる………」
濡れた唇からこぼれる火照った言葉は、どれもこれも官能的で、尭村はいとも簡単に煽られてしまう。じっくりと嬲るように中を犯して、快感に悶える純の淫らな姿態を堪能しようと思ったのに、それどころではなくなってしまった。
「ああぁっ、ああっ、ああっん……ソコぉ、いやあぁん……」
「純……純……」
尭村は最近、純の身体にある種の脅威を感じるようになっていた。昨日より今日、そして今日より明日と、純の身体は輝きを増し、そこからたちのぼる色気はより濃厚により甘美に、尭村の理性を感覚を絡め取る。
抱けば抱くほどのめり込んでゆく自分をどうすることもできず、このまま溺れて死んでしまおうかと、快楽に痺れた頭で考えてしまうこともしばしばだった。
このままではいつかきっと、純をどこかに閉じ込めた挙句、その身体を喰い尽くしてしまうに違いない。
しかし、純の身体をここまで淫らに仕込んだのは他ならぬ尭村自身なのだ。
今だって、ほとんど兇器のような尭村のモノに激しく突き上げられながらも、片方の手はぎゅっとシーツにしがみつき、空いた手は自分の胸を触って、つんと勃ち上がった乳首をふっくらした乳輪ごとつまんでコリコリと擦っている。
まるで、処女と娼婦が共存しているかのように。これも尭村がやらせたことなのだ。
「空いてる手が勿体ねえだろ」などと言って、恥ずかしいからと嫌がった純に無理やり胸を弄らせた。
しかし最初はいやいやながらだった純も、徐々に快感を覚えてきたのか、今では気持ちよさそうに喘ぎながら、細い指をくねくねと動かして敏感な突起に刺激を与える。
それを見ているだけで尭村は、眩暈がしそうなほどの情欲に翻弄されるのだった。
「はぁっ、んんっ……あっ、あっ、あきむらさぁん……も…イクぅ……イッちゃうぅっ」
純の限界が近いことは、内壁の尋常じゃない蠢きで分かる。尭村は膝の裏に手を添えてさらに高く持ち上げると、猛り狂った肉棒を上から打ち込み始めた。
「純、純っ……俺が好きか？」
「やぁんっ、あんっ、あっ…あきむらさ……んんっ、すき……だいすきっ……あああぁっ」
熱い喘ぎと共に、すき、だいすきっ、と繰り返す純。それを聞くたびに熱いものが喉の奥からこみ上げてくる。そんな自分の女々しさに尭村は苛立ちを覚えながらも、濃厚な欲望を純の奥にどくどくと注ぎ込んだ。
「はあっ、はあ……っふ……ん、尭村さぁん………」
ほぼ同時に放った純は、とろけるような表情で尭村を見上げている。こういう甘えた表情を見せられた時尭村は、わざと口許を歪めて純を苛めてみせるのだ。そうしないと、愛しくて愛しくて本気で泣きそうになってしまうから。
尭村は、指先でそっと純の唇をなぞると、
「俺、煙草やめたんだぜ」
「やめ……たの？ どして？」
純は呼吸を整えながら訊ねた。尭村は、純の傍では決して吸わなかったが、中学２年の頃から一日平均ひと箱は消費する喫煙者だった。
純はひそかに、こんな若いうちから吸っていて、健康に影響はないのかなあと心配していたのだ。
ちなみに、車も中学の頃から乗っている。運転の仕方は、額賀に教わったらしい。
「やめた理由か？ 単純だ。煙草吸ってると口ん中が荒れて、味覚が鈍るっていうだろ？」
尭村はそう言うと、きょとんとしている純にニヤリと笑いかけ、腹の上に飛び散った白くとろりとした液体を指ですくって舐めた。
「お前が出した美味しいミルクを、ちゃんと味わいたいからな」
ようやく尭村が言わんとしていることを理解した純は、恥ずかしさの余り真っ赤に色づいた顔を両手で隠した。
「どうしたんだ？ 純。おら、顔見せろよ」
「いっ、いやいやいやっ、尭村さんのへんた―――」
「ほー、変態か。言ってくれるじゃねぇか」
顔を隠している手を掴んでシーツの上に押さえつけると、耳たぶまで赤く染まった純が、瞳を潤ませていやいやと首を振った。
―――かっ、かわいい……
あれだけ乱れておきながら、尭村のちょっとしたからかいに恥ずかしがって頬を染める純は再び尭村の煩悩を直撃し、まだ純の中に挿れたままだった陰茎はむくむくと復活を始めた。
「ふぇっ、あきむらさん？ って、あっ、ああんっ、も、やぁっ……」
こうして二人の甘い時間はエンドレスに続くのだ。
「な、なんだって？ 純っ」
情事の余韻にぼうっとしていた尭村の頭は、純が放った何気ない言葉で叩き起こされた。純は、尭村の剣幕にちょっと驚きながらも、
「はい、来週から水泳の授業が始まるから、水着を買わなくちゃ、って。今度直と一緒に買いに行くんですー」
そう言って、にこにこと笑った。
―――水泳……水着………
二つの単語が、頭の中でぐるぐると回ってラインダンスを踊っている。尭村は軽い眩暈を覚えながら、ベッドの上で裸の上半身をさらす純を改めて見つめた。
真っ白な肌は今さら言うまでもなく、浮き出た鎖骨が作るくぼみや、細い肩、腰にかけての優美なラインなど、目を惹きつける細部を挙げたらきりがない。
それに、胸を飾る可愛らしい突起。興奮の伝播が去ったせいで、今は穏やかな膨らみを帯びてぽよんぽよんとしている。思わず食べたくなるような、あどけないピンク色。
―――こっ、これを晒すのか……
尭村の眩暈は頭痛にまで発展した。しかしこの場では何も言わず、無理やり笑顔を拵えて純の額にキスを落とした。
「ねえねえ純、これはっ？ アンパンマーン！」
「ぎゃははっ、直それにしなよ。似合うって」
「えー、じゃこれっ。ブーメラーンっ」
「うっわー、すごいね、それ」
水着売り場ではしゃぎながら選んでいる二人を、秀は複雑な顔で眺めていた。そして堪らず、声をかける。
「おい純。お前、水泳の授業のこと尭村さんに言ったんだろ？」
「んー？ 言ったよー」
「それで、何も言われなかったのか？」
「え、何を？」
「い、いや……」
向こうで、鯖の鱗みたいに銀光りしているブーメランをぶんぶん振り回している直に、「本気で選ぶ気あるのー？」と笑いながら駆け寄ってゆく純を見ながら、不安を隠せない秀。純の水着なんて尭村が許すはずがない、きっと何とかしてくれると思っていたのに。
体育の授業で水泳が必修なのは１年生だけだったから、つまり純の水着が拝めるのも今年限り。そのせいか新聞部はもちろん、その他の有象無象もカメラを新調して、来たるべき時を待っていた。
噂によれば、撮影するのにベストな場所の争奪戦が既に繰り広げられているとか。それが尭村の耳に入っていないはずはないのに。
―――ったく、あの人はどうするつもりなんだ
最悪の場合には、当日、水着を隠すしかないなと、秀は自分に言い聞かせた。
―――そして当日、水泳授業の初日
空は晴れ渡り、シロップのような青空にクリームの雲がふわふわと浮いている。本格的な夏の到来にはまだ早いとあって、教室を吹き抜ける風には日本の夏特有の湿気もなく、心地よい爽やかさと緑の薫りだけを運んでくれる。
つまりは、絶好のプール日和というわけで。
ところが、朝から純は暗かった。一人で頭の上に暗雲をしょって、どよーんと淀んでいた。尭村さんと喧嘩でもしたのかなと、直も秀も気を遣ってそっとしておいた。が、
「じゅんー、次体育だよ、プールだよー。着替えに行こーぜっ」
元気全開で誘う直に、純はふるふると首を振って、
「……着替え行かない。僕、見学だもん」
「えっ、なんでなんで？ どっか具合悪いの？」
心配そうに顔を覗き込んでくる直に、うるうると潤んだ瞳で訴えかける純。
「だってだってぇ……尭村さんが………やめてってゆったのにー」
そう言いながら純は、シャツのボタンを二つほど外してそっと直に覗かせた。
「うっわー、すげっ。だめだこりゃ」
胸に散った紅い痕。その数といい生々しい色といい、付けた人間の情念が剥き出しになっていて、直も思わず顔を赤らめた。純は机の上に突っ伏して、
「もうもうもうっ、今日プールだって知ってるはずなのに、ぜんぜんやめてくれないんだもんっ。尭村さんのばかー、へんたいー」
秀は喚く純を見ながら、なるほどこういう手できたかと、半ば感心、半ば呆れて頷いた。
「じゅんー、やっほーい、すっげーきもちいいよぉっ」
直はばしゃばしゃと水飛沫をあげながら、日陰で膝を抱えて恨めしそうに見学している純に手を振る。直は、眺めているだけの純を可哀想に思う余り（？）、ちょっといたずらしてやろうと決めた。
「ねえねえ純、ちょっとこっち来てー」
「えっ、なにー、なんだよお」
とことことプールサイドに近づいてきた純に、直は思いっ切り水をかけた。
「ぶわっ、なっ、なにすんだよぉっ」
「気持ちよさのおすそ分けっ。俺ってやさしー」
けらけら笑う直をむーっと睨みつけた純は、傍にあった空バケツを掴んで水道まで走り、冷たい水をくんでそれを直の顔に浴びせた。
「うぎゃっ、つ、つめてーっ……っそお、これでどうだぁっ」
直は両手で何度も何度も水をすくって純にぶちまける。お返しとばかりに純はホースを持ち出して、再び冷水をかける。すると直を後ろを向いてバタ足をして―――
「沖っ、秋原っ、お前ら何やっとんじゃー！」
はっと気付けば、プールサイドは水浸し。体育教師は腕を組んで仁王立ちし、純は頭からびしょ濡れ状態。
「うう……す、すみません………」
純は頭を下げながら、
「直のせいだからねっ」
「わぁったわぁったっ、ごめんって。俺のタオルがさあ、グラウンドのベンチの所にかけてあるから、使っていいよっ」
「ああ、あの恥ずかしー柄のタオル」
なにおぅっ、と叫ぶ直を無視してすたすたとプールサイドを横切り、そのままグラウンドに出ようとする純を、秀が慌てて呼び止めた。
「ちょ、ちょっと待てっ、純。お前、その格好でどこ行く気だっ」
「どこって、グラウンド。直のタオル借りるの」
「ばかっ、やめろっ。おい、純っ」
秀の制止も聞かず、純はさっさと行ってしまった。
秀は頭を抱えて、後を追うかどうしようか考えていたが、周りの連中の理性の緩んだ顔や、明らさまに股間を押さえて隅でうずくまっている様子を目の当たりにすると、やっぱりこのままじゃまずいと思えて慌てて後を追った。
授業の合間の短い休み時間、森下は机に頬杖ついて、ぼーっと窓から外を眺めていた。が、何を思ったか突然目をごしごしと擦り出し、
―――み、見間違いじゃねえよな
学園一の美貌を誇る姫の姿を見間違うはずもないのだが、彼がそう思ってしまうのも無理はなかった。
グラウンドの周囲に傾斜をつけて設けられた観客席、そこに掛けられた色とりどりのタオルの間を、きょろきょろと何か探しながらうろついている純はびしょ濡れで、しかも―――
「うわっ、すげ……透けちゃってるぅ……涎モンだぁ………」
どこからともなく聞こえてくる囁き声。森下は周囲を見回した。他の男も気付き始めているらしく、窓にかじりついてかなり興奮した様子。
森下は恐る恐る後ろの席をうかがった。が、純の水着を阻止できた尭村は安心しきっているのか、机に突っ伏して爆睡中。
―――これはどうしたモンかな。秋原のためにも、尭村を起こすべきか。いや、秋原のためを考えるなら、起こさない方が……
と、悶々と考えている間にギャラリーは増えるばかり。堂々とカメラまで持ち出す不届きな輩まで現れては、森下としても黙っているわけにはいかない。尭村の肩をぐわしっと掴んで、
「おい、尭村。起きろ。ヤバいことになってんぞ」
「ぁあああ？ あんだよ、うるせぇ……」
「見ろよ。お前、あれいいのか？」
「なにが…………っだぁぁぁっ」
窓の外の光景を見た尭村は、意味不明な叫び声をあげて立ち上がると、
「あんのバカがぁっ」
光速ダッシュで教室を飛び出して行った。
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