Innocent Future
２.
「ねえ那智、桐生くん何かあったの？ ここんとこずっと、まさに名前の通りのブリザード状態じゃない」
「さあね。こういう思春期というか、第二次性徴の出現期にはよくあることよ。ホルモンバランスが不安定なのね、きっと」
ふざけているのか真面目なのかよく分からないものの、表情だけは至極真剣に答える那智。友人もつられて「へえ」と頷く。
「理由は何にせよ、触らぬ神に、ってやつよ。ほっときましょ」
那智に言われるまでもなく、クラスメート達は腫れ物を扱うがごとく雪仁を避けていた。
それは生徒だけに限ったことではなく、教師までもがなるべく干渉しないようにと避けて通る始末。授業をサボろうが明らさまに教科書以外の本を読んでいようが、見て見ぬフリを貫き通した。
が、一人例外がいた。それは―――
「桐生ッ、お前は教科書開けっ。でないと無理やり補習授業を組むぞっ」
雪仁はじろりと教師を睨んで「うるせえ」と一蹴。しかし怯むことなく、
「俺の授業はつまらねえか？ ならどこをどうして欲しいのかちゃんと言え。ただ何となくダルいとかウザいとか、そういうのは認めんからなっ。このまま態度を改めないのなら、お前んちに押しかけて母ちゃんに直談判するぞ」
雪仁は舌打ちをして、取り敢えず教科書だけは机の上に出した。
「よしよし。じゃあ５３ページを開いて、端から読め」
「めんどくせー」
「何だとぉっ」
二人の攻防を、クラスメートは半分ハラハラ、半分わくわくしながら見守るのだった。
「せんせーい、森下先生っ」
「おう、なんだお前ら」
楽しそうにきゃらきゃら笑いながら駆け寄ってくる女子生徒らに、森下は人懐こい笑みを向けた。
「先生すごいねー。桐生くんにあそこまで対抗できる人って他にいないよお」
「そうか？ そういう自覚はねえけどなあ」
「だって他の先生はみんな、恐がって注意とかしないもん。すごいよねー」
彼女らは顔を見合わせて、「ねー」と同意を交わす。森下は「はは…」と乾いた苦笑を漏らして、
「まあなんつうか、ああいう俺様キャラには慣れてるというか、免疫があるというか」
「へえ、そうなんだあ。先生って見かけによらず苦労人なんだね」
そういって再び楽しそうに笑いながら去ってゆく生徒たちを、森下は「見かけによらずってどういう意味だよ」と不貞腐れつつ見送った。
確かに今、雪仁は不機嫌絶好調だった。教室内にいてもどこにいても、純に関する噂は否応なく耳に入ってくる。
保健室の行列はすでに名物になってるらしいとか、新聞部が彼の写真で稼ぎまくっているらしいとか、ファンクラブが複数できているらしいとか、彼と日向理事長を主役にした萌え小説を女子生徒が書いて、それがバカ売れしてるらしいとか………。
雪仁が危惧していた物騒な事件は、今のところ起きる気配はなかった。とはいえ、それは純への欲望の欠如がためではなく、純の周りにはいつも人がいるため、機会がないのが理由だということは瞭然としていた。
熱狂も一段落してきた頃、欲望に疼く身体を持て余した男たちがわれ先にと動き始めるだろうとは想像に難くない。安心などできるはずもなかった。
「ええーっ、純先生に手当てしてもらったの？ ずるーい」
雪仁のこめかみがぴく、とざわめく。声のした方を見ると、教室の真ん中で、クラスメートの男が包帯の巻かれた手を得意気に見せびらかしていた。
「中等部の保健室に誰もいなくて…って言ったらさ、不安だったでしょ？って手当てしてくれたんだ。綺麗なのはもちろん、すげー優しいし、何かほわ〜んといい匂いがするし、もうたまりませんって感じ」
「おおー、そのテがあったか。よしっ、俺も今度やるぞぉ」
「俺もっ」
「僕もっ」
「私も―――」
ざわめきがぴたりと止んだ。付き合いの長いクラスメート達は、ほとんど本能的に“ヤバい”と感じた。額に翳を落とし、目の据わった雪仁が不気味なほど静かに近付いてきたのだ。
「き、きりゅうくん………」
雪仁はぬっと手を伸ばして、純によって巻かれた包帯を力任せに引きちぎった。
「なっ……なななななななにする―――――ぎゃッ」
そして傷口を覆っていたガーゼも引き剥がした。ベリッと音がして、塞がりかけていた傷口から再び血が滲む。
「今なら保健医いるぜ。もう一度手当てしてもらえよ」
凄みのある低音で言い置くと、荒れた内心を窺わせる歩みで教室を出ていった。
あの人が悪いんだ―――雪仁は喉の奥で怨みをくすぶらせながら、彼のいる大学へ向かっていた。
一度二人きり差しで話がしたいと思っていたがなかなか機会に恵まれず、我慢の限界を超えた雪仁は自ら赴くことにしたのだ。
ちょうど昼休みの時間だったから、中庭には学生が溢れていた。長身で大人びた雪仁を中学生と見抜ける者がいるはずもなく、女子大生の熱い視線を受けつつ研究室棟へ真っ直ぐ向かった。
昼休み、ゼミの学生と仲良く討論しながらランチをとる、なんてことを彼がするはずもなく、この時間なら研究室で黙々と訳の分からぬドイツ語に向かっているはずだった。
ノックをして入室許可をもらうという行動は、遺伝子からアンインストールされているらしい。雪仁は無言のまま扉を開けてずかずかと中に入り、開口一番「あんたに言いたいことがある」と叩き付けた。
しかし突然の闖入者にも尭村は眉ひとつ動かさず、寧ろ愉しそうににやりと笑って「そろそろ来る頃だと思ってたぜ」と淡々と答えた。
「はッ、さすがだな。何でもお見通しってわけか」
「そんなに突っかかるな。まあそこに座れ。茶は出さねえぞ」
雪仁は「いるか」と吐き捨てて、パイプ椅子にどっかり腰を下ろした。
「で、なんだよ。手短に頼むぜ。俺はこの次、講義があるんだ」
「どうせ誰もまともに聞いてない独哲概論とかだろ？ いいじゃねーか。それより、俺が何を言いに来たかお見通しなんだろ」
尭村は頭の後ろで両手を組み、真っ直ぐ雪仁を見据えた。この眼、この透徹した眼差しを受けるたびに雪仁は、言いようのない敗北感のようなものを味わうのだ。きっとこの人には一生敵わない、と。
しかしそんなマイナス思考を振り切って、口を開いた。
「どうして許したんだ」
尭村はもちろん「何を？」とは問わない。分かりきったことを敢えて訊くような、小手先の会話術には依存しない。だから単刀直入に切り返す。
「何で俺の許可が必要なんだ？」
「何でって……」と口ごもる雪仁に、尭村は厳しい表情で畳み掛ける。
「あいつは俺の所有物でもペットでもない。対等な立場にある伴侶だ。もちろん話し合いはした。俺の不安や懸念も全て伝えたし、あいつもそういった危険性についてはちゃんと把握している」
「嘘だ、あの人がそんな………」
尭村は涼やかな目許をつい、と吊り上げて、
「嘘じゃねえよ。これはあいつと俺と日向しか知らないことだが、押しただけで理事長室に繋がるインターホンが、保健室に数箇所設置されている」
「知…らなかった………」
尭村はふっと息を吐いて、幾分和らいだ視線を雪仁に向けた。
「お前の不安も解る。正直俺だって、毎日心配で仕方がない。日向に頼らざるを得ないってのも不愉快だしな。
でもあいつが自分で考えた結果、このまま俺にばかり頼ってひとりでうじうじしていては駄目だと自分を奮い立たせて決めたことに、俺が文句を付けることはできねえ」
雪仁ははっと息を呑んで、
「まだ、あの人との別れを引きずっていると……？」
尭村は「まあな」と短く答えて、ふっと視線を外した。見事な自己抑制。雪仁は改めて、この人には敵わないと唇を噛み締める。
「で…も……やっぱり無謀だ。あの理事長だって、いつもいつも理事長室にいるとは限らない。高等部のぎらぎらした連中が、欲望を満足させるためどんな汚ねえ手を使うか、成仁兄だって知ってるはずだ」
雪仁の必死の訴えを、しかし尭村は冷たく受け流した。本の上に軽く頬杖をついて口許を歪め、
「はっきり言うぞ。お前は自分の欲望を他人に転嫁しているだけだ」
「なっ………」
「もっと分かり易く言ってやろうか？ お前が不安に思っていること、危惧していることは全て、お前がしたいと望んでいることだ」
違う、冗談じゃねえ、誰がそんなことを―――否定の言葉は喉の奥で掻き消えた。
雪仁は何も言い返せず、咎めを受ける罪人のように項垂れる。尭村は同じ姿勢のまま視線を外さず、雪仁の答えを待った。
「確かに………そうかもしれない。俺は恐かった、自分が。
あの人がすぐ近くに、あなたの目が届かないところに一人でいるという事実を何とか意識から追い出そうとしたけれど、考えないようにすればするほどくっきり浮かび上がってくる。そのうち、自分が取り返しのつかないことを仕出かすんじゃないかと…………」
雪仁は認めた。苦しげに頭を抱えながら。そしてまるで懺悔でもするかのように、胸の奥に溜め込んできたどろどろの感情を吐露する。
「よく……夢を見る。今でも。ガキの頃見た二人の行為だ。でも、涙をこぼして喘ぐあの人を組み敷くのは、夢の中では俺になってるんだ―――」
雪仁の声は力なく消失し、苦しげな息遣いだけが残った。尭村はその告白に関しては何も言わず、ただ「純が落ち込んでたぜ」とだけ言い置いた。
「落ち込んで……？」
「ああ。自分が保健医になってお前が喜んでくれると思ってたのに、冷たくあしらわれて」
雪仁は溜め息をつき、
「あの人の中では……今でも俺は可愛い雪仁くんなんだろうなあ…………ったく」
苛立たしげに、愛情込めて吐き棄てると、ゆっくり立ち上がった。その表情は、ここへ来た時より晴れやかだった。尭村に告白したことで、胸の痞えが幾分軽くなったのかもしれない。
「それじゃ、俺は帰る。いきなり押し掛けて悪かった」
「思ってもいないこと言うんじゃねえよ。舌が腐るぞ」
雪仁は肩を竦めて、大股で去っていった。
荷物や上着を置いたまま学校を飛び出てきたから、仕方なく一度戻ることにした。午後の授業に出る気は毛頭なかったから暫く暇潰しをして、人気の失せた放課後になって戻ったのだった。
教室の窓から射し込む、杏色の夕陽を暫しぼぅっと眺める。
「確かに……ひでえこと言っちまったよな…………」
一緒のとこに通えるんだよぉ、と言ってくれた時の笑顔を思い浮かべると、胸の奥がちり、と痛んだ。
その痛みを抱えたまま、雪仁はいったん校舎を出た。しかしくるりと踵を返して来た道を戻り、高等部の校舎へ向かった。
「もう…帰ってるよな………」
この時間ならきっと帰っているはずだ、そう思いつつもまだ保健室にいてくれることを期待してしまう。雪仁は、この前の態度を謝るだけだと自分に言い聞かせて足を速めた。
何故かひたひたと足音を忍ばせて、保健室に続く廊下を進む。すると、廊下に面した窓から灯りが漏れているのが見えた。「まだいたのか…」と故意に重々しく呟いて、浮き立つ気持ちを抑える。
しかし室内から話し声が聞こえてきたため、チッと小さく舌打ちして廊下から中を覗き込んだ。白衣を着た純が、男の手を取って傷の具合を確かめている。
恐らく大したことはなかったのだろう、安心させるように微笑んで立ち上がり、医療用の棚を開けて中を物色し始めた。その時、
「あ……んの野郎…………」
男はすかさず立ち上がり、純を背後から抱き締めた。驚いた純は身体を揺らして抵抗しようとしたが、腕ごとぎゅっと抱かれているため振り払うことができない。それいいことに、男は純の首筋に顔を寄せて吸い付こうとした。
が―――
「ぅわっ、な、なんだよお前ッ」
無言で飛び込んできた雪仁にもの凄い力で引き剥がされ、壁に叩き付けられた。しかし男はすぐに反撃を仕掛ける。
硬い拳を雪仁の頬目がけて繰り出したが、それは掠めただけで逆に腕を取られ、捩じ上げられてしまった。
「ぐ…っ……中等部のガキが………調子に乗ってんじゃねえぞっ………」
もはや悪足掻きとしか聞こえないが、男は目一杯皮肉な口調で凄んでみせた。
「うるせえ。俺は理事長から頼まれてんだよ。この人を守ってくれってな」
そして戸口まで引きずっていくと、
「今度こんなことしてみろ。保健室なんか必要ない身体にしてやるからな」
廊下の反対側まで吹っ飛ばした。そして戸を閉めて、純の方に振り向く。
「純さん、大丈夫でしたか―――」
最後まで言い終わらないうちに、純が目を大きく見開いて飛び付いてきた。
「雪仁くんっ、血、血が出てるよ。待ってね、今消毒を―――」
そういえば、頬が多少ぴりぴりする。きっとあの男がはめていたゴツイ指輪がかすったのだろう。あたふたと消毒液を用意する純の肩を、雪仁は苛立たしげに揺さぶった。
「純さんッ、こんな傷はどうでもいい。舐めときゃ治ります。それよりもあなたの安全の方が―――」
「だめっ、小さい傷だからって放っておいたら――――ひゃッ」
消毒しようと伸ばした手は、頬に辿り着く前に拘束された。そのまま引き寄せられ、雪仁の胸に倒れ込む。
「どうして……どうして分かってくれないんだあなたはッ…………」
今にも泣き出しそうな震える声が頭上から降ってきた。純は驚いて顔を上げる。
「ゆきひとく……………ん、んぅ………ふ……………」
半開きの無防備な唇をきつく塞がれ、あっという間に舌も絡め取られた。雪仁の激しさに翻弄されるがまま、純は舌を吸い上げられ、口腔を存分に犯された。
「あ………ふ…ぅ……ん…………」
唾液の糸を滴らせながら口を離すと、濡れた珊瑚色の唇がぷるんと揺れた。それを見た瞬間、身体の奥がカッと燃え上がる。雪仁は何かを考えるより先に純を抱き上げ、衝立の向こうに並んでいるベッドの上に投げ出した。そして両脇に手をついて覆いかぶさり、上から見下ろす。
「雪仁く―――」
「あなたが好きです」
短い告白に込められた圧倒的な重みに押さえ付けられて、純の呼吸は一瞬止まった。
“ぼく純たんのことしゅきー”と、会うたびにあどけない告白を捧げてくれた幼い雪仁のまぁるい笑顔と今の苦しげな表情には、痛ましいほどの差があった。
「あなたを……抱く夢を何度も見ました。涙をこぼして喘ぐあなたを、上から押さえ付けて………」
「雪仁くん……」
「保健医になったことに苛立ちを感じたのは、あなたの身に危険が及ぶ不安が拭えなかったからというのもある。でも何より……俺が、俺自身がいつか自分を抑え切れなくなってこういうことを仕出かすんじゃないか、そんな予感があったから―――」
純はすっと手を伸ばして雪仁の頬を撫でた。
「雪仁くん、どうしたらいいの……どうしたら前みたいな笑顔を見せてくれるの……？」
雪仁はその手を掴んでシーツに押し付け、にやりと笑い、
「抱かせてください、あなたが欲しい………あなたは保健医でしょう？ だったらこの痛みを取り除いてください」
そう言いながら自分の胸を指差す雪仁。もちろん、純を困らせてやりたくて言っただけだ。彼がどれほど尭村のことを愛しているか知っている。だから承諾するはずが―――
「うん、いいよ。抱いて………」
「なっ………」
瞠目したまま絶句する雪仁に、純はふわりと笑いかけて、
「それで、雪仁くんが楽になるのなら。笑顔を取り戻してくれるのなら」
明らさまな労わりを含んだ眼差しを向けられて、呆けていた雪仁もさすがに純の真意に気付いた。
「同情……ですね。俺が可哀想だから―――」
「そうだね。雪仁くんが欲しいのはそんなものじゃないって分かってるけれど、“それ”をあげることはできない。“それ”はあの人のものだから。でも、身体だけならあげられる」
「いいのですか？ あなたはそれで………」
純は屈託のない笑みを浮かべて、
「いいよ。だって、雪仁くんのそんな辛そうな顔見たくないから。少しでも楽になるのなら、そのためなら僕は喜んで―――」
雪仁はゆっくりと身体を起こし、純にも手を差し伸べて起こしてやった。そしてそのまま、ベッドの上でぎゅっと抱き締める。
「あなたには……敵わないな…………」
まさかここまではっきり同情だと言われるとは思ってもみなかった。余りの無邪気さに笑いが込み上げる。しかしそれは昏い自嘲ではなく、清々しい笑いだった。
「雪仁くんが、笑ったぁ……」
腕の中で、純も嬉しそうにくすくす笑う。雪仁は愛しさと切なさに駆り立てられて、抱き締める腕に力を込めた。辛くないと言えば嘘になるけど、この人を好きで良かったというのも偽らざる本音だった。
「来年が待ち遠しいです。あなたと同じ校舎に通えるなんて、わくわくしますね」
「うん。いつでも遊びに来てね………なんて言っちゃだめかあ。ここは保健室だもんね」
「大丈夫。週一で怪我しますから。それで純さんに手当てしてもらうんだ」
こら、と言って上目使いで睨んでくる純に笑顔を返して、雪仁は胸の裡で誓いを立てた。自分がこの学園にいる間は、絶対に、何があってもこの人を守ってみせる、と。
「すっかり学園の人気者ですよ。美貌だけじゃなく、あの優しさや無邪気さが人を惹き付けるのでしょうね」
「当たり前だ。あいつは綺麗なだけの人形じゃねえぞ」
尭村宅のリビング。長身の男二人が脚を優雅に組んで座っているため、部屋がいつもより狭く見える。
「彼の安全についてですが、ご心配なく。強力なナイトが現れましたからね。前代未聞ですよ、中等部の生徒が高等部の新聞部に無理やり記者会見を開かせるなんて。しかもそこで、あの人は俺の大事な人だから変な真似したら病院行きだぞ、って全校生徒相手に恫喝ですよ。誰かを思い出しましたよ」
日向ははあ、とわざとらしく溜め息をついて、
「嫌になるほど似てますねえ」
「はん。俺の方が―――」
「５億万倍いい男だ、でしょ？ ちなみに桐生君も同じこと言ってましたよ」
尭村は「あのクソガキ」と吐き棄てて、カップに残ったコーヒーを飲み干した。日向は肩を震わせて笑って、ゆっくり立ち上がった。
「では、私はそろそろお暇します」
するとぱたぱたと軽やかな足音と共に―――
「あ、勇人さん、もう帰っちゃうのですか？」
「ええ。ちょっと立ち寄らせてもらっただけですから。そんな淋しそうな顔しないでください。帰りづらくなってしまう」
「さっさと帰れ」
不貞腐れた口調で呟く尭村に日向は笑顔で手を差し出して、
「では、また会いましょう」
「何だよ、改まって」
ぶつぶつ言いつつも尭村も手を差し出し、そして二人はぎゅぅっと固い握手を交わしたのだった。
（Fin）
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