２.
「さあ、純。そこに座って。今、湿布を貼ってあげますからね」
学園祭の喧騒から遠く離れた保健室には、静かな時間が流れていた。日向が戸棚を開け、薬やハサミを用意する音がカチャカチャと聞こえてくるばかり。
「保健医はいねえのか」
「宗一郎は、今日は学会なんです」
「代わりの保健医は？」
「たぶん、教師の誰かが兼任しているのでしょう。安心してください。この程度の手当てなら私でも充分できますから」
尭村は「ずいぶんいい加減だな」と呆れたように吐き捨てたが、内心は悦んでいた。そりゃ好都合だな、と。
「では、ソックスを脱ぎましょうね。はい、足を出して。私の膝の上に乗せてください。遠慮しなくていいんですよ」
「は、はい…」
ためらいを見せつつも、素直に従おうとする純。しかし、
「日向……調子に乗るなよ。どけっ。俺が脱がせる」
「手当てするのは私です」
「この程度なら俺でもできる―――って、ああぁっ、脚に触んなっ」
「触らないと手当てできないでしょう？ はい、脱ぎ脱ぎしましょうね」
「てめえはエロいんだよッ」
突然、ぼすっという鈍い音がした。純が、拳を椅子のスプリングにめりこませた音。額に影を落として、
「………自分で脱ぎます」
思わぬ迫力に気圧された二人は、素直に頷いた。
純は麗に教わった通り、くるくると丸めながら器用に脱いでゆく。露わになった脚は、思わず頬ずりしたくなるほどのたおやかさで。
「ああ、何て綺麗な脚なんでしょう。神が与え賜うた造形美ですね」
大袈裟な修辞も、日向の口から出れば真実味を帯びてくるから不思議だ。うっとりと目を細めて、矯めつ眇めつ眺める。
「……日向、それ以上いやらしい目で見つめたら、本気でキレるぞ」
日向はちらと肩を竦めてから、湿布を手に取った。手当てを始めてしまえば、妙な眼差しを送ることもなくてきぱきとこなして、あっという間に終えた。
「勇人さん、ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ」
尭村はそろそろ苛立ち始めていた。早く二人きりになりたい。真意を覚られないよう、なるべく口調を和らげて、
「日向、お前生徒会の仕事はいいのか？」
「あ、そうですね。そろそろ戻らないと―――」
その時、保健室の引き戸がそろそろと開いて、３人の男が入ってきた。「失礼します」と礼儀正しく挨拶をし、ゆっくり近付いてくる。
「あ、あなた達は……」
３人は深く頭を下げ、「さっきは済みませんでした」と謝った。
「あなたを守るつもりが、怪我をさせてしまって……」
図らずも純を突き飛ばしてしまった長身の男が、申し訳なさそうに肩をすぼめて再度頭を下げた。純は慌てて、
「そ、そんな。怪我なんて大したことないし。大丈夫だから、ねっ？」
ぐいと身を乗り出して、俯いた男の顔を下から見上げる純。至近距離から見詰められて、男の端整な顔に血色が灯った。
「おい、お前らは何なんだよ」
明らかに不機嫌マックスな尭村の低音。日向もまた、尭村に負けぬほど険しい皺を眉間に刻んで、３人を睨んでいる。
「ここの中等部３年に在籍する者です」
「はッ、中坊かよ。学校見学が済んだらさっさと帰れ」
“今のうちに帰った方が身のためだぞ”という明らかな脅しを滲ませて、尭村は戸口へ顎をしゃくる。しかし、
「俺の目的は学校見学ではなく、あなたに会うことなんです。秋原先輩、俺のこと……覚えてませんか？」
「えっ？ えと……」
純は目を大きく見開いて、男の顔を見詰める。彼は目を逸らさず、真剣な表情で見返してきた。
「一度、俺の家で会ったことがあります」
その言葉に、尭村のこめかみがぴくりと震える。純はと言えば、まだ分からず、うんうん唸って必死に思い出そうとしている。男は少し淋しそうに小さく溜め息をついて、
「俺……相澤です。って言っても分からないか………」
しかし純の顔がぱあっと明るくなった。
「ああ、分かったっ。相澤先生の息子さんだっ」
「はい。思い出してもらえて嬉しいです」
「ごめんね、なかなか思い出せなくて。春に会った時とずいぶん雰囲気変わったね。髪も伸びて、なんか男っぽくなったって感じ」
そう、彼は純の担任教師である相澤の息子だった。現在は蒼薇学園中等部の３年生。尭村と日向は半分納得、半分は不審を滲ませてじっと見つめる。
「で、相澤のガキが純に何の用なんだ？」
尭村という男の履歴は中等部にも浸透しているはずなのに、相澤は臆することなく正面から見返す。
しかし何も言わず、再び純の方を向いて優しく目を細める。あったかい笑顔だなあ、と純は思わず見入った。
「あなたにひと言お礼が言いたくて。覚えてますか？ あなたが家に来た時、俺に言ってくれたこと―――」
高等部に入って暫く経った頃、直と出かけついでに相澤の家に遊びに行ったことがあった。その日は休日で、先生に悪いよ、とためらう純を直が無理やり引っ張って連れて行かれたのだ。
結局は奥さんともども歓迎されて、夕食までごちそうになって帰ってきたのだが。その時純は、彼に会っていたのだ。
「あの時親父が愚痴をこぼしていたでしょう？ 俺が蒼薇の高等部には行かないと言い張って困ってると」
「うん、覚えてるよ。相澤先生、すごく悲しそうだった……」
「俺はホントにガキで、親父が教師をしている学校には行きたくないって駄々こねてたんです。そしたらあなたがにっこり笑って、俺に“おいでよ”って言ってくれたんです。きっと楽しいよ、一緒に行こう、って」
思い出した。その時確か彼は、真っ赤になってふいと横を向いてしまったのだ。だから、余計なことを言ってしまったかも、と純は少し落ち込んだのだった。
「あの時は何も言えなかったけれど、本当は嬉しかったんです。ああいう風に誘ってもらえて。なんか強張ってた気持ちがすっと楽になって、意地張ってるのがバカバカしくなって……。
それで少し考えて、やっぱり高校も蒼薇へ行こうと決めてそう伝えたら、親父もすごく喜んでくれて」
「わ、良かった、よかったぁ……」
純も嬉しくて、思わずぐいと身を乗り出す。そのせいで裾が上がってさらに脚が露わになり、男たちの熱い視線を集めたが、もちろん本人は気付くはずもなく。
相澤はゆっくりと唾液を嚥下して熱を押し込め、
「あの時は本当にありがとうございました。それをあなたに…伝えたかったんです」
「そっかあ。わざわざありがとね。僕もうれしい」
頬をほんのり染めてにこにこ笑う純。相澤は、これ以上ここにいてはいけないと感じた。腹の底から湧き上がる熱を抑え切れなくなるだろう、と。
「では、俺たちはこれで。ああ、あとこいつら、大下と吉田っつうんですけど、あなたのファンなんで名前だけでも覚えてやってくれますか？」
「ふ、ふぁん？」
改めて紹介され、しかも純に見詰められたせいで、二人は耳まで赤くなって俯いた。相澤はちらと苦笑を漏らしたが、すぐに表情を引き締めて、
「それから秋原先輩、その格好はやめた方がいいと思います。俺が恋人なら、絶対そんな格好はさせませんけどね」
なかなか気骨のある男だ、と日向は感心した。尭村をここまで明らさまに挑発するとは。それとも身の程知らずなだけなのか。
相澤は顔を上げて尭村を見据えた。きっと反論してくるに違いないと思ったから。しかし尭村は唇を閉じたまま、冷たく見返してくるだけだった。
相澤はふっと息を吐き、他の二人を促して辞去しようとした。その時、
「来年……楽しみにしてるぜ」
どす黒い嗤いを含んだ声が、相澤の背中に投げ付けられた。
何か言い返そうと思ったが、不覚にも喉の奥が震えてしまい、言葉を絞り出すことができなかった。
「私は生徒会室に戻りますが、あなたたちはどうするのですか？」
「……もう少しここにいる」
尭村の答えに微かに眉を歪め、
「尭村、お手柔らかにね」
謎の忠告を残して日向は保健室を出ていった。
尭村は廊下に誰もいないのを確かめると、＜保健医不在、用のある者は職員室へ＞という札を入口に下げて戸を閉め、中から鍵を掛けた。もちろんカーテンも全て閉める。
そして薄暗くなった保健室の真ん中で、身の置き場に困ったようにもじもじしている純を無言で抱き上げて、ベッドの上に座らせた。
「あ、あきむらさん、あの………」
尭村は明らかに怒っている。それもかなり。自分の前に立ってこちらを見下ろしている恋人に、純は上目使いで問うような視線を送った。
「純……なんで黙っていた。こんな格好させられることを」
「は、はい。あの、誰にも言わないって約束させられたので……」
実は、麗から念書まで取られていたのだ。特に尭村には絶対に言わない、と。
「俺に言わなかったことはまあいい。お前にだってクラスメートとの付き合いがあるだろうからな。しかしこんな格好をしたら自分がどんな目に遭うか、周りの男たちがどうなるか、その位考えがつくはずだ。そうなった時、お前は一人で対処しきれるのか？」
返す言葉もない。純は縮こまってスカートの裾をきゅっと掴み、カタカタ震えるだけだった。
が、ようやく喉を振り絞って「僕が軽率でした…ごめんなさい」と謝った。
「お前は…謝ればそれで済まされると思ってるからな。ったく、何だよそのカッコは。みっともねえ」
呆れたような声でそう言われて、改めて自分のしていることを思い知らされ、羞恥に身を灼かれるような思いだった。もしかしたら、これで完全に嫌われてしまったかもしれない。どうしよう、どうしよう……
気が付いた時には、腕を伸ばして尭村の腰にしがみついていた。
「ごめんなさい、ごめんなさいっ。もうしません。だからゆるして、嫌わないでぇ………」
この時、純は顔を上げて尭村の表情を見てみれば良かったのだ。この、舌なめずりせんばかりの、情欲で妖しく淀んだ表情を。そうしたら、嫌われたかも、なんて考えには至らなかったはずだ。
「あきむらさっ……んぅ、っふ……ぁ………ふ…………」
いきなり唇に噛み付かれて、純は苦しげに喘ぐしかできなかった。余りの激しさに、頭が朦朧としてくる。視界に霞みがかかり始めた時、ようやく解放された。が、そのまま力任せに押し倒される。そして―――
「あっ、やだやだっ」
スカートの中に手を突っ込んだと思ったら、あっという間にするすると下着を脱がされた。見事な早業。職人芸。
「あきむらさん……ぱ、ぱんつ返して………」
首筋まで赤く染めて懇願する純の目の前で、遠くのソファ目がけて下着を投げ捨てる尭村。そしてエプロンごとスカートをまくり上げる。
さすがに純は手で押さえて抵抗しようとしたが、呆気なく手首を掴まれてシーツに押さえ付けられてしまう。
「ご主人様に手籠めにされるメイド、か。なかなかそそるシチュエーションだな」
完全なエロおやじモードに入った尭村は、にやにや笑いながらまだ小さいペニスをつついてふにふにと弄ぶ。
「やっ、やっ……尭村さん、ここ保健室………」
「知ってる」
「誰かに見られたら……」
「鍵が掛かってる。心配するな」
「シーツ、汚しちゃう」
「後で引っぱがしておく。……他に言うことは？」
「えと、えと……………あっ、やああぁん」
何とか尭村を押し留めなければと頭を巡らせようとした途端、下半身に甘い疼きが走った。尭村の口に咥えられた柔らかいペニスは、巧みな刺激によりむくむくと膨張を始める。
声を出してはいけないような気がして、純はシーツに爪立ててこらえた。が、
「んっ……ん、ふぅぅん…………んんっ」
鼻に抜ける喘ぎは、湿った嬌声とはまた違った色香を帯びて尭村の興奮中枢を刺激した。口の中で脈打つものを一旦解放すると、自分でも驚くほど呼吸が荒くなっていた。
「お前はよくもまあ……こうやって次から次へと煽ってくれるよな………」
白いペチコートからすらりと伸びた脚を掴んで大きく開かせると、純はシーツを掴んでいやいやと首を振った。まさに手籠めにされるメイド、といった風情。
尭村は張り詰めた前を寛げて、興奮しきった雄を解放してやる。そしてすでに溢れていた先走りをすくってまだ硬い蕾の上に垂らし、やわやわと襞を揉みほぐしながら指を挿入した。
「あっ…はぁん………」
腰をくねくねとよじって、与えられた快感の度合いを伝える純。指を２本に増やしてぐりぐりと掻き回してやると、さっきより激しく腰を跳ね上げて自ら指を深く咥え込んだ。
「純……ご主人様、って言ってみろよ」
「い、いや……」
「言えって」
「やっ……ゆわないっ………ばかぁ………」
羞恥の余りとうとう泣き出した純。小さくしゃくり上げると、指を呑み込んだ下の口もくちゅくちゅと喘ぐ。
「やっぱり下の口の方が素直だ」
“ご主人様”と言わせるのは次回の楽しみに取っておこうと胸の内で呟いて、尭村はコンドームを取り出した。
片手で器用に袋を千切り、ほぼ垂直に勃ち上がった自身にかぶせる。そしてすっかり綻んだ蕾の入口をぬるぬると犯すと、次の瞬間一気に奥まで貫いた。
「ひゃうッ、うっ、うぁ……ぁ………はぁっ…あっ、あっ………」
「はッ……お前も興奮してるんじゃねえか……こんなに……奥まで悶えて……」
その言葉通り、突き入れた先端にまで内壁の激しい蠢きが伝わってくる。ゴムという障害物があるにもかかわらず。
「純、来いッ。掴まれっ」
尭村は純の身体を抱き起こして、はめ込んだまま自分の上に座らせた。角度が変わったせいで擦られる部分も微妙に変わり、体重がかかるため結合もより深くなる。純はたまらず、背中を反らせて嬌声を上げた。
「きゃあああん、ああ、はぁっ、ん……イクぅ……」
「いい声だ……ゾクゾクする」
尭村の肩に掴まった純は、無意識のうちに腰を上下に振る。尭村は尻たぶをわし掴みにしてその動きを助けてやる。
掌に伝わる肉の柔らかさ、弾力性、温かさが愛しくて、憎らしくて、本気で齧り付きたくなった。食べてしまいたいほど可愛いとは、こういうことなのか。
「あっ、あっ、駄目…だめぇ………汚しちゃう、服よごしちゃうよぉ……」
「いいじゃねえか、別に汚したって―――」
「だめだもんっ、この服はみんなが……いっしょけんめ作ってくれたのぉ………だめぇ………」
「……分かったよ」
尭村は予め用意しておいたガーゼを取って、純の濡れたペニスを包み込んだ。ガーゼや脱脂綿の類は、保健室には腐るほどある。そしてリズミカルに突き上げながら、二度、三度と扱いた。
すると「くふぅん…」という可愛い鳴き声と共に、ガーゼの中に温かい液体が染み出してきた。
「うっ……」
尭村もまた、低くうめいて沸騰した液体を放出する。そして、膝の上で熱くとろけてしなだれ掛かる身体に腕を回して、きつく抱き締めた。
「……どうだ？ 汚さなかっただろ？」
「んっ……ありがと………」
首筋に顔をうずめて、恥ずかしそうにお礼を言う純がどうにもこうにも可愛くて、抜くのも忘れて唇に吸い付いた。そして薔薇色の頬にぷちゅっと口付け、耳たぶに柔らかく歯を立てる。
「……甘い匂いがする、お前の身体」
「んっ……さっきまでカフェで出すお菓子作ってたから……カップケーキとか、クッキーとか………」
「旨そうだな」
純は不思議そうに首を傾げて、
「尭村さん、甘いもの苦手じゃなかったの？」
「いや、大好物だ。甘くて、ふっくらしてて、柔らかくて、舌の上でとろける………お前の身体」
「もお……それはカフェでは出してません」
「当たり前だ」
尭村は純の腰をそっと持ち上げて挿れっぱなしの自身を抜くと、中にたまった白濁ごとコンドームを投げ捨てた。
しかしそれは、情事の終わりを意味するものではなかった。寧ろ、２ラウンド目の始まりの合図で―――
「あっ、やめ……も………」
尭村は純の柔らかなペニスに再びを手を伸ばしてやわやわと扱きながら、
「純、相澤のガキには気を付けるんだぞ……」
「気を付けるって、どうゆうこと………ぁ……やっ、ん………」
「簡単に懐くな、ってことだ」
純はぷっくりとふくれて、
「僕は先輩だもんっ。懐かれる側なのっ」
「ほう。こーんな格好していても、先輩としてのプライドはあるわけだ」
尭村は楽しそうにからかいながら、指を濡れた襞の奥にぐりぐりと埋め込んだ。
「あっ、ああぁん………あきむらさ……また……するの………？」
「安心しろ。ストックはこんなにあるからな」
尭村は色とりどりのコンドームを取り出してベッドの上に並べて、そして満足げに目を細めた。
「クラス委員、話がある。ちょっと来い」
半ば覚悟はしていたものの、凄みのある低音で呼び出されるとさすがに足が竦む。麗は周囲の不安げな眼差しに送り出されつつ、尭村の後に付いていった。
「俺の言いたいことは分かるよな？」
「は、はい……。あの、小指だけはご勘弁を……」
捨て身のギャグだったが、返ってきたのは冷たい沈黙。掌に嫌な汗がじんわり染み出る。
「いいか、俺は物分りのいい男だから、過ぎたことに対してうだうだ言うつもりはねえ。ただ、落とし前はつけてもらわねえとな」
「ひえっ、やっぱり小指を……」
「要るか、んなもん。そうだな、あの衣裳。お前らが作ったんだってな。あれで勘弁してやるか」
「えっ、あのメイド服、ですか……？」
何に使うのですか？ と訊こうとしてやめた。余りにマヌケな問いだと思ったから。麗は一も二もなく頷いて、「ニーソックスもお付けしますぅ」とへこへこ頭を下げた。
そして学園祭終了後、家に届けることを約束して尭村と別れると、はあ、と溜め息をついて、
「尭村さん……変態だけどやっぱカッコいいわ………」
微妙な感慨を漏らしつつ遠ざかる背中を見送った。（Fin）
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