３.

「ひゃんっ、しゅ、秀？」

秀は無言のまま純を抱き上げた。それに反応して、尭村も険しい表情で立ち上がる。秀はゆっくり近付いた。二人は真正面から対峙した。

「あなたに、訊きたいことがあります」
「なんだ」
「今日のこの真似事、あなたは誕生日の余興としておふざけでやったのか、それとも真剣なのか」
「もちろん真剣だ」

秀は微動だにしない瞳で尭村を射抜いた。もちろん尭村も受けて立つ。百の言葉より雄弁な視線の交錯。思わず跪きたくなるような神聖な沈黙が、シャンパンの酒気で緩んだ空気を一掃した。

やがて秀はふっと息を吐き、

「分かりました。ならば、よろしくお願いします」

頭を下げると、腕の中の純を尭村に差し出した。尭村はそれを、大事そうに受け取る。自分の腕から離れてしまった愛しい重みに、秀は灼けつくような執着心を覚えたが面てには出さず、帰り仕度を始めた。

「日向会長、森下先輩、もう帰りましょう」
「そうですね」

日向は淡い笑みを張り付けたまま、森下を促して立ち上がった。

「い、いやっ、やだよぉっ。秀、やだぁ、行っちゃやだっ」
「純、お前には尭村さんが―――」
「尭村さんは恋人だもんっ。でも秀は大事な幼馴染で、友だちで、いつも傍にいてくれて……なのにどうして、どうしてそんなこと言うの？　離れるだなんて……。ぼくのこと……ぅっ、き、嫌いになっちゃったの？」

尭村の腕の中で泣きじゃくる純。苦しそうに肩を上下させつつも、

「今までいっぱい迷惑かけたけど………でも、ちゃんとするから。僕、がんばるから。だから行かないでっ。行かないでよぉ………」

秀は一瞬、鬼の形相でぎり、と歯を喰いしばった。しかしくるりと背を向けると、

「純、もう俺を楽にしてくれ……」

純へ向けてというより、自分へ言い聞かせるように呟いて、振り返ることなく去っていった。





尭村家からの帰り道。日向と森下は、一人で先を歩く秀の背中を黙って眺めていた。やがて日向は溜め息をつき、

「鋼鉄の理性ですね。全く、恐れ入る」

森下は厳しい表情で日向を睨んだ。

「おい、茶化すんじゃねえよ、日向―――」
「分かってます。そんなつもりではありません。本当に感心しているのです。でも、理性的な振る舞いはほどほどにしないと、本当に大事なものを失ってしまう。時には本能の赴くまま、獲物に喰らい付くことだって必要なのです。我々は聖人君子ではないのですから」

森下は天を仰ぎ、

「足して２で割りゃちょうどいいのによ……」

何と足すのですか、とはさすがに訊くことはなかった。





しんと静まり返ったリビングに、純の嗚咽だけが響いている。

「うっく………ぇ…っ、ふぇ………しゅうが、しゅうが行っちゃった……っく、ぼくがわるいの、ぼくが、迷惑ばっかりかけてるから………」

尭村は何も言えなかった。秀の気持ちを知り尽くしているとはいえ、本当のことを教えるわけにもいかない。
暫く苦しそうに上下する背中をさすっていたが、落ち着いてきた頃を見計らって、

「純、俺じゃ駄目なのか？　俺じゃ沖秀の代わりは務まらねえか？」
「代わりだなんて、尭村さん……」
「分かってる。そういう意味じゃねえよ。俺はお前の恋人だ。でも、沖秀がこれまで担ってきた役割も背負いたいんだ」
「あ………」
「あいつは、俺から見ても大した野郎だと思う。正直、敵わねえなと認めざるを得ない部分もある。お前が、あいつを頼りにするのはよく解る。でもな………」

尭村は一旦言葉を切ると、表情を一変させた。凶暴な顔付きで膝の上の純をソファの上に投げ出し、荒々しく組み敷いた。

「お前は俺だけのものなんだよ。あんな風に他の野郎にすがるのは、許せねえ」
「あっ……やっ、やめ………ぅ」

純の身体を両脚で挟み込み、手首を押さえ付けて上から唇を塞いだ。仄かにいちごの味が残る舌をきつく絡め取って、自分の舌をこすり付ける。そう、このいちごはさっき、秀の指が摘んで与えたものなのだ。

「は……ぅ……んっ、……ふ」

一心不乱に唾液を混ぜ合わせている間にも、尭村の手はドレスの胸当て部分を力任せに引き下ろして、桜色の突起を露わにした。
秀が与えたいちごの名残りを消し去ると、まだふっくらしている果実に吸い付いて、少し乱暴な愛撫を与えた。

「あっ、あぁん、やぁぁっ……あきむらさ………ぁぁ………」

前歯で挟んでコリコリとこすると、びくんびくん、と二度腰を跳ね上げた。

「なんだ？　こっちも欲しいのか」

尭村は幾重にもまとわりつくペチコートの中に手を入れて、その秘奥を探った。邪魔な下着を膝下までずり下ろし、じんわりと濡れ始めているペニスに指を絡めて扱く。

「ああっ、だめ、だめだよぅ……ここ……リビング………あぁ、ん」
「いるのは額賀だけだぜ。あいつはちゃんと心得ているから大丈夫だ」

何を心得ているかは不明だが、ともかくそういうことらしい。尭村はスカートを派手に捲り上げて脱げかけの下着を捨て去ると、その中心でぷるぷると震えているピンク色の半身に、我を忘れてむしゃぶりついた。

「あぁ………や…ぁぁ………」

深く咥え込んで舌を巻き付けたと思ったら、今度は先端の小さな割れ目にぷちゅぷちゅと何度も吸い付いて、蜜のような愛液を味わう。
純は涙を零しながらのけぞって、快感の激しさを訴えた。

「おねがい………もぅ、我慢でき…な………」

尭村は、純の蜜で光る唇を歪めて嗤うと、テーブルの上にある食べかけのケーキに手を伸ばした。そして生クリームを指ですくい、滴る蜜で濡れ始めている蕾にたっぷりと塗り込めてから、そのまま突き入れた。

「ひゃうっ………あっ、ん」

付け根まで入れた指を中で屈伸させると、たぷ、たぷ、と濃厚な音が漏れ聞こえてくる。と同時に、襞の隙間から白い液体がしみ出してきた。

「ああ……お前ん中、熱いんだな。クリームが溶けてきたぜ」

尭村は「旨そうだ」と物騒な声でひと言加えると、じゅる、っと音をたてて指を抜いて、純の脚を持ち上げた。

「こんな淫らな花は見たことねえ……」

かすれた呟きを漏らす尭村は、本気で感動しているようだ。白く広がるペチコートの花びら、その芯で紅く蠢く蜜壷は、乳白色の液体に塗れてバニラの甘い芳香を放っている。ずっと観賞していたいと願わずにはいられない、妖かしの花。

しかし下半身の膨張と疼きはすでに限界を超えていた。尭村は片手で器用に解放すると、ガチガチに勃ち上がって涎を垂らす陰茎を掴んで紅い潤みに突き刺した。

「はぅっ……ぅ……あ、あぁ………」

クリームとブレンドされた愛液のせいで、ひどく滑りがいい。尭村は、まずは奥の収縮を堪能するためにゆっくりと出し入れした。突き入れるたびに襞から滲み出る白い液体は濃厚な精液のようで、ひどく淫猥な眺めだった。

「あぁ、ああっ、イイ………もっと、あきむらさぁん、もっとぉ………」

穏やかな注挿がじれったいのか、純は自ら腰を打ち付けて深い結合を求める。そのたびにぐちゅっ、ぐちゅっと高密度の汁音が漏れて、二人の興奮をさらに高める。

「純……俺の誕生日だぜ。何か言うことはねえのか…………」
「はぅ、んっ、……あきむら、さん……おめで、と……ぁ、あぁん」
「それから……？」
「あっ、あぁっ、プレ、ゼント……あげる………ぼくの、すべてを………」
「いいのか？」
「うん………もらって………ぼくを、食べて………」

尭村は獣じみた唸り声を発すると、腰を激しく打ち付けながら最奥部を抉り始めた。

「きゃあぁぁぁっ、やぁっ、あっ、ああっ、あぁっ」
「くっそぉ、食っても食っても食い足りねえよ。純……覚悟しろよっ」
「ああっ、ああぁっ…………あああぁぁぁーーーーッ」

薄手のニーソックスを履いたままの純の脚がびくびくと宙を蹴り上げると同時に、花びらの中央から白い蜜が糸を引いて放たれた。もちろん尭村も、その奥の奥にたっぷりと、欲望の種たちを送り込んだ。

「はぁ……ぁ…ぁ………っふ」

放出の余韻にうっとりと微睡んでいた純は、一旦身体を離した尭村に乱暴に引っくり返されても、僅かな抵抗すらできなかった。

「純、食事はこれからだぜ。膝をついて四つん這いになれ」
「は…はい……」

半ば朦朧としたまま、言われた通り膝をつく。リビングは落ち着かないから、本当は尭村の部屋へ連れて行って欲しかったのだが、お誕生日なんだから言うこと聞いてあげなくちゃ、と自分に言い聞かせて。

誕生日じゃなくたっていつも言うなりなのだが。

尭村は、四つん這いになった純のペチコートをまくって、お尻を剥き出しにした。そして手をかけて蕾を露わにすると、行為の刻印である艶かしい充血の痕にざらりと舌を這わせた。

「や……ぁ…ん」

くすぐったいような快感に、思わず入口の襞が緩む。すると、さっき注ぎ込まれた欲望の精髄が、とろとろと溢れて内股を滴り落ちた。

「純、すげえいやらしい眺めだぜ。お前のここは紅くめくれて涎を垂らしているし、太ももに喰い込んだガーターベルトも倒錯的で、眩暈がしそうだ」

言いながら尭村は、目の前の綻びかけた蕾に指を２本挿し込んで、中の液体を掻き出した。

そして純を後ろ向きに抱き上げて膝の上に乗せ、項や首筋や肩に吸い付いて紅い花を咲かせる。尭村の熱い吐息と、ちりりと灯る痛みに純は思わず声を上げる。

「あっ、あ……ん………」

そうしている間にも、尭村の愛撫の手は徐々に激しさを増す。シルクの胸当てからぴょこんと飛び出したコリコリの突起を爪で引っ掻いたり、ぬめぬめと光りながら勃ち始めた半身に指を絡めたり、その奥の蕾をチュプチュプと掻き回したりと、巧みに刺激を次々と与え続けた。

複数の触手に嬲られているような錯覚に惑わされた純は次第に追い上げられ、まるで全身が性感帯になったかのように、どこを触られても痺れるような快感に襲われた。

「お……おねがい……も…ヘンになりそう………」

ただでさえ感じやすい身体は、執拗な愛撫でもうとろとろだった。尭村は満足げに笑うと、シャンパンの瓶を取って中身を口に含んだ。そしてそのまま、口移しで純に飲ませる。

「あ……ん、ふ………おいしい」

濡れた唇を震わせて、うっとりと呟く純。尭村はその耳をねっとりと舐め上げ、

「うまかったか？　じゃあ、本当の乾杯だ」

純の身体を抱え直し、さらに脚を胸につくくらいまで折り曲げる。そしてまだ少し中身の残っているシャンパンの瓶を純の秘孔にあてがうと、そのままゆっくり中へ押し込んだ。

「やあっ、やだやだやだぁっ、そ、そんなの入れちゃやっ」

必死に訴える純をあっさり無視して、勃ち上がった半身を握って優しく扱く。すると、純の唇は途端に緩み、「はぁん……んぁ……」と甘い喘ぎを零す。

「ほら純、ここまで入ったぜ」

尭村は嬉しそうにそう言うと、瓶をゆっくり回し始めた。

「ああっ、い、やっ………ああっ」
「嫌がってる割には、すげえひくひくしてるじゃねえか」

笑いを含んだ声でからかいながら、瓶で押し広げられた襞を指の腹でこすった。

「きゃあん、あっ、あっ……」

恥ずかしい快感に耐えるため、自分の指を噛んで首を振りながらも、艶かしく腰を跳ね上げる。その嬌態にうっとりと見入った尭村は、瓶を傾けて中身を注ぎ込んだ。

「や……だ、な、なに………」

身体の奥で何かが弾けるような感触に、純は思わず震えた。体験したことのない感覚だから、快感なのか悪感なのか分からない。
尭村はゆっくりと瓶を引き抜き、その代わりに、反り返った自身をずぶずぶと突き入れた。

「あっ、ああっ、あつい、あついよぉ………」
「ああ、熱いな……」

腰を突き上げるたびに、結合部からくぷくぷと音をたてて、小さな白い気泡がしみ出てくる。

「純……お前からのプレゼント、受け取ったぞ」

尭村は低く囁くと、純の奥に熱い迸りを叩き付けた。





ベッドの中で純は、尭村の胸にぴったりくっついて幸せそうな寝顔を浮かべていた。すやすやという表現が相応しい、深く安らかな眠り。尭村はもう１時間も、その寝顔をじっと眺めていた。

しかし何かを思い出したようにベッドサイドのテーブルに手を伸ばすと、引き出しから小さなビロード張りの箱を取り出した。蓋を開けると、中にはプラチナの細い指輪。尭村はそれを純の薬指にそっとはめて、暫し見つめた。が、

―――まだ早いな。俺が自分に自信を持てるようになったら。お前を必ず幸せにできる、と

指輪の上から軽く口付けると、するすると外して再び箱に仕舞った。

「ん……ぁきむらさぁん……もっと食べるぅ………」
「お前……どんな夢みてんだよ」

苦笑混じりに囁いて、微かに尖った唇にちゅっとキスを落とした。しかし、

「しゅう……どこぉ………」

尭村は思わず唇を噛み締める。二人の絆の深さは、誰に言われるまでもなく知っている。簡単に、思い切れるようなものでないということも。純にとっても、秀にとっても。

帰る間際に垣間見た、秀の鬼の形相が目に浮かぶ。たぶんあれが、奴の本性だ。

―――お前には、渡さねえ……

尭村も、秀に劣らぬほどの険しい表情で虚空を睨み付けた。





尭村の誕生日の翌日、秀は一人でクラスメートの家に向かっていた。インターホン越しに名前と来意を告げると、真っ赤な顔をした高階美紅（たかしな・みく）が勢いよく飛び出してきた。

「おっ、沖くん。あの……えと………」
「よお。突然悪いな」
「う、ううん、いいの。全然いいの。あ、あの……」

秀はふっと微笑を漏らし、

「高階、手紙ありがとう」

美紅はさらに赤くなって飛び上がり、

「よ、読んでくれたんだ。何かごめんね、いきなりあんな……何ていうか不躾な手紙で」
「いや、上手く言えねえけど、気持ちは伝わった。嬉しかった」
「あ……そんな風に言ってもらえるなんて……ありがと………」

そして涙を拭うと、「やっぱ書いてよかったぁ」と笑った。

「それで高階、本当に……いいのか？　書いてあったことを鵜呑みにしても」

＜私はずっとあなたのことが好きで、あなたのことばかり見ていました。でも、だからこそあなたが誰を好きなのか、そしてその人のことをどれほど深く想っているか分かってしまったの。
だから私は、この気持ちを秘めておこうと思っていました。でも最近、あなたが何だかとても辛そうで、苦しそうで、見てられない。
もし、その人のことを忘れなければならないのなら、そしてそのために誰かと付き合うことが必要なら、私を使ってください。
あなたの一番じゃなくてもいいです。あなたの辛さを少しでも和らげることができるなら……＞

「うん、もちろん。あれが私の本心だから……」

恥ずかしそうに俯く美紅に、秀はゆっくりと近付いた。そして、

「俺と付き合ってくれ、美紅……」

顔を覆った指の隙間から涙を溢れさせて頷く美紅を見下ろしつつ、秀は自分の卑劣さに軽い嘔吐感を催した。　（Fin）


＊読了ありがとうございました。尭村の誕生日記念なのに、主役は誰だよ、という感じです。しかも、次から始まる話のプロローグみたいになってしまったし。尭村、すまん……。

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