Blue Rose is...

２.

包みを抱えたままリビングに戻ると、ちょうど透麻が書斎から出て来たところだった。

「おや？　その包みはどうしたのですか？」
「あ、はい。たった今、隣に引っ越してきたという人がお近づきのしるしだ、って」

透麻は「ああ」と頷いて、

「そういえば、この数日間バタバタとうるさかったですね。ずっと空き部屋だったのがようやく埋まったのか。それにしても、今どきこうしてちゃんと引越の挨拶に来るなんて、珍しく礼儀正しい人だ」
「そう…ですね」

透麻が感心したようにそう言うから、游月も隣人に対して否定的なことは言えなくなってしまった。

それに、何か嫌なことをされたわけでもなく、ただ何となく目付きが変だなんて主観的な印象に過ぎないのだから、敢えて伝える必要もないだろう。

「中身は何でしょうね。開けてみましょう」

透麻の促しに応えて、包装紙を剥がして箱を開けた。中から出てきたのは―――

「わ……なんて綺麗………」

小さな宝石箱の中に、薔薇の花がぎっしり詰め込まれたアレンジメント。しかもその薔薇は―――

「青い……薔薇。こんな色の薔薇があるなんて、僕は知りませんでした」

游月の夢見心地な感慨を受け、透麻はふっと柔らかく笑い、

「残念ながら、青い薔薇というのは自然界には存在しないのです」
「えっ？　じゃあ、これは造花―――」
「いえ、これはプリザーブドフラワーですね」
「プ、プリ？」

眉根を寄せて首をひねる游月。透麻の唇から出た聞き慣れぬ言葉を喉の奥で反復する。

「私も詳しくは知らないのですが、プリザーブドフラワーというのは生花に特殊な加工を施したもので、永遠に咲き続ける花だということです」
「永遠に……」
「はい。もちろん水も必要ないわけですから、こうして様々なアレンジが可能だとか。そして色を変えることもできる」

游月は複雑な表情を浮かべている。恐らく、永遠に咲き続ける花について思いを巡らせているのだろう。透麻はその髪を優しく撫で、

「永遠に咲き続ける青い薔薇……。面白いですね、青い薔薇というのは“不可能”を意味するシンボル的存在なのですよ」
「自然界には存在しないから？」
「そうです。とはいえ、青が存在しないのは薔薇だけではないのです。私が聞いた話では、遺伝子上、黄色と青は共存できない。つまり黄色がある花には青がなく、青がある花には黄色がないということです」

游月は花の種類を思い出してみる。そういえば………

「確かに、菊やガーベラ、チューリップには青がないですね」
「そう、青い百合もありませんね」

游月は感心したように深い溜め息をつく。そういえば、そんなことを考えてみたこともなかった。植物の世界って何て不思議なんだろう。

游月が興味を持ったことを察したのか、透麻はさらに青い薔薇にまつわる話を始めた。

「遺伝子を操作して青い薔薇を作り出そうという試みは世界中で行われているようですが、今のところ成功した例はないそうです。まさに青い薔薇は不可能、神秘の象徴。青い薔薇にまつわる神話や伝説も、昔から数多く語られています」
「例えば？」

身を乗り出して訊ねる游月に、透麻はある神話を教えた。

「花の女神フローラは、愛するニンフが死んでしまったことを嘆き、ニンフを永遠に咲き続ける薔薇の花に変え、花弁に様々な色を与えました。しかしその時、冷たい死を暗示する青色だけは避けた。だから薔薇には青がないのだ、と」
「……なんだか、青色が可哀想」

游月の素直な感想に、思わず笑みがこぼれる。微かに皺が刻まれた眉間にちょん、とキスを落とし、

「しかしこんな伝説もあります。美しい王女が求婚者たちに対し、青い薔薇を見つけてきた者と結婚すると難題を投げかけた。白い薔薇を青く染めたり陶器で薔薇を作ったり、みな何とかして王女に受け入れてもらおうと努力したが駄目でした。しかし密かに王女が恋していた詩人が、真っ白な薔薇を王女に差し出した。すると―――」

まるで手の中に白い薔薇があるかのように、透麻は游月の目の前に両手を差し出した。游月は少し考えてからその手を握り、

「これこそが青い薔薇です。私にとっての青い薔薇です―――王女はそう答えたのではないですか？」

透麻は優しく目を細めて頷いた。

「その通りです。ゆえに青い薔薇は“絶対の愛”を表わすとも言われるのですよ」
「絶対の愛………」

游月は改めて、テーブルの上の青い薔薇を見つめた。さっき見た時にはただ綺麗という感想しか湧かなかったけれど、今こうして見ると何か狂おしいものを感じてしまう。

存在してはならない禁断の花。永遠に咲き続ける絶対の愛―――

「なぜ……あの人はこんなものを………」
「游月？　何か言いましたか？」

俯いて低い声で呟いた游月の顔を、心配そうに覗き込む透麻。游月はぱっと顔を上げて、

「あ、あの……そう、透麻さんはホント、色んなことに詳しいんだな、って」

透麻はくすりと笑って肩を竦め、

「実はね、私の幻のデビュー作が青い薔薇をテーマにした連作短編集だったのです。それを書く際に色々と文献を調べたものですから」
「えっ？　僕そんなの読んだことないです。幻って………」

透麻はほんの少し照れ臭そうに鼻を掻いて、

「デビュー前、マニアックな幻想文学専門の小さな出版社から自費出版で出したものです。復刻を勧められているのですが、若書きなもので恥ずかしくて」
「えー、読みたいっ。１冊くらい残ってないのですか？」
「処分してしまいました」

游月はぷぅっと膨れて怨めしげに透麻を見上げると、

「いいもん、どこかの古書店にはあるはずだから。絶対に探してやるっ」
「はは。難しいと思いますよ。あの本を所有しているなんて、よほどのマニアだ」

透麻はそう言って、青い薔薇の宝石箱にそっと触れた。




「と…まさん……も、のぼせちゃう、からぁ………」

浴槽の縁にしがみ付いたまま、游月は切ない声を上げる。その耳許でククッとこもった笑いを漏らし、

「のぼせちゃう？　ああ、確かにここはもう熱々でとろとろですね………」

そう言いながら、游月のとろける肉に包まれた幸せな指を揺り動かす。游月は湯の中で腰を跳ね上げて、湯気でしっとりと濡れた唇から切実なおねだりを繰り返す。

「おねがい……ベッド……ベッドの上で………」
「ベッドの上で？　どうして欲しいのですか？」
「………して……いっぱい………あぁん…………してほしいのぅ………」

透麻は徐々に荒く毛羽立ってきたバリトンで「何を？」としつこく訊ねる。游月は輝く珊瑚の唇を震わせて、

「ぼくの……お尻、いっぱいいじめて………ぐちゃぐちゃに………犯してぇ………」

ごくん、と生々しい音が背後から聞こえてきた。逞しい喉仏がいやらしく上下するさまが、目に見えるようだ。

「覚悟なさい、游月………」

完全に余裕を失った透麻は、せかせかと游月を抱き上げて浴室を後にした。




月明かり注ぐベッドの上。透麻の命令に従って顔にお尻を向ける姿勢で上に跨った游月は、指で舌で秘唇をいいように弄ばれていた。

熱い湯に浸かっていたせいで赤みを帯びてむっちりとふやけたソコは、いつもにも増して敏感なセンサーと化し、透麻の吐息が掛かっただけでひくひくと痙攣した。

透麻はうっとりと目を細めて舌を這わせ、襞をこすり取るかのように強く舐め上げる。舌の熱さとざらざらした感触に游月はあられもなく悶え、反り返った性器の先端からとぷとぷと愛液を垂れ流した。
透麻はいったん口を離し、

「おや？　お腹の辺りに何か温かいものが垂れてきたようですが。游月、何だか分かりますか？」
「んっ………らない、しらないもん…………」

透麻は「舐めてみれば分かるかな」と言って、腹に滴る透明の蜜を指ですくい、游月の花びらに塗り付けてから舌を這わせて味わった。

「ああ……游月の味がします………」

游月はいやいやと首を振って、

「ばかぁ……透麻さんのいじわる、えっち、へんた…………やあッ、いやああッ…ぁん………ん、んふっ…………」
「何ですか？　游月。もう一度言ってごらんなさい」

透麻は詰問しつつ両手の中指と人差し指を突き入れて、肉壁に馴染ませるように揉みほぐしながら広げていった。

「ご、ごめ…なさぁ…い………んっく…………」
「透麻さんの……何ですか？　游月」

透麻はさらに問い詰めながらぐちゃぐちゃと掻き回し、捲れ返って妖しくぬめる膜を舌先で嬲りながら奥へ押し込んでいった。

「んぁっ、ぁっ……ぁぁ…ん…………」

きゅぅっと収縮した蜜壷の奥で、淫らな触手と化した舌がうねうねと蠢く。決定的な快楽とはまた違った甘痒い刺激に全身を犯され、游月は透麻の上に跨ったままぶるぶる震えてすすり泣いた。

ぐちゅん、と唾液を弾かせて舌を抜いた透麻は、爛熟の極みにある花びらに唇を押し付け、

「ああ……すごい、奥までよく見えます。物欲しそうにひくひく波打って………」

しかし游月に抗議する余裕はなかった。この狂おしい刺激から一刻も早く逃れたいと、身体を前に倒して透麻の猛る一物を口に含む。

「うっ………ゆ…づき…………」

透麻は慌てて下腹に力を入れ、騒ぐ種たちの暴走をせき止めた。しかし游月は容赦なく、深く咥え込んで根元を扱きつつ、喉をきゅっと締めた。と同時に口の中のものがびちびちと跳ね、苦くて甘い先走りが口腔に溢れた。

「分かり……ましたから………。望み通り……犯してあげます」

透麻は弱々しい声で“降参”の意を告げると、埋め込んでいた指を抜いた。と同時に游月も顔を上げる。

口の中から出てきた透麻の一物はさっきよりさらに容積を増し、太い血管が浮き上がっていた。游月はまじまじと見つめて、

「やぁだ……こんなおっきいの入らないもん………」

透麻はこもった笑いを漏らして「では、試してみましょう」と言い置き、向かい合わせに跨るよう命じた。游月は言われた通り透麻の方を向き、その肩に手を掛ける。

透麻は細い腰に腕を回して双丘をわしっと掴み、左右に割り広げて奥の熱い潤みを外気に晒した。

「さあ、ゆっくり腰を落として……」

早く、早く貫かれたいという欲望と、あの太く硬いモノにめちゃくちゃにされてしまうのだという恐怖のせめぎ合いに翻弄されつつも、透麻の導きに委ねて腰を落としてゆく。

やがて游月の濡れた陰部に、透麻の先端がくちゅ、と音をたてて吸い付いた。と思ったら次の瞬間、重く鈍い痛みが股間に灯った。

「あ……ああああ…………」

分かっている、こんなものではないはずだ。きっと、先端をちょっと含ませたに過ぎないのだろう。さすがに尋常じゃない勃ち方だと自覚しているのか、透麻も慎重だった。

「ゆ……づき、いけそうですか……？」

透麻の肩に掴まったまま、游月は小さく頷く。するとぐじゅぐじゅと熟れた果実が潰れるような汁音と共に、透麻の全てが游月の中に収まっていった。

「ああああああーーーーッ、あッ、あぅッ、あ、ああ…………イイ、イイのぉ………」

全身を痙攣させながら、貫かれた悦びを訴える游月。

「ほぅら、入らないなんて言いながら、こんなにおいしそうに呑み込んでいるではありませんか………」

透麻は見許でねっとり囁いて、猛々しい異物を呑み込んできちきちに広がった游月の花唇を指腹でこすった。

游月は嬌声を上げて悶え、腰を上下に揺らす。すると透麻の硬い腹に挟まれた性器がこすられ、新たな快感が生まれた。游月はたまらず喉を反らせて、

「ああッ、もっと、もっと奥ぅ………」
「いけない子だ、游月……腰が揺れてますよ、なんて淫乱なのでしょう」

そう言いながらも透麻は腰をがくがくと突き上げ、游月のおねだりに応える。濡れた肌と肌がぶつかり合う音、粘膜が引きずり出されまた押し込まれるずちゅ、ずちゅ、という音、そして二人の荒い息遣いが淫猥なポリフォニーを奏でる。

「ああっ、ああっ、あ、ああ………きもち…いい…………」

游月は半開きの唇から涎と喘ぎを滴らせ、透麻の突き上げに全てを委ねる。快楽に溺れる余り、涙の膜で茫漠と霞んだ瞳をゆらゆら彷徨わせると、窓辺に飾られた青い薔薇が視界に入った。ブルーで統一されたこの寝室に合うだろうと、飾ることにしたのだ。

「あお…い……薔…薇………ぁっ、ぁぁっ…………」

窓越しの月明かりを浴びた薔薇は時には青、時には白銀色の複雑な輝きを帯びて、絶対的な存在感を放っていた。

この世にあってはならぬ、妖かしの華。永遠に咲き続ける絶対の愛、すなわち、不可能な愛……？


『人が人を愛することは、不可能なのかもしれない』


「ゃっ……ゃぁぁ…………」

游月は必死に頭を振った。青い薔薇と小説に託した透麻の言葉が重なって、快楽に蕩ける頭の中に捻じ入ってくる。


―――絶対も永遠も要らない。ただ、ただ僕はっ……


「透麻さぁん……好きっ…………」
「游月ッ」

透麻が叫ぶと同時に、游月の中で熱い塊が弾けた。游月は喉を嗄らして悲鳴を上げ、迸る熱の全てを受け止めた。

どくん、どくん、と脈打ちながら注がれる透麻の精を、下腹部全体で味わう。自分も同時に射精していたと気付いたのは、透麻の指が腹に掛かった白濁をすくって舐めているのを目にしたからだ。

「游月……泣いて……いるのですか？」

游月の目尻が光ったように見えた。透麻は心配そうに顔を覗き込もうとする。しかし游月は答えることなく逞しい首に縋り付き、

「もっと……もっとして……いっぱい愛して。一回じゃ足りない………」

游月はようやく気付いた。透麻が書いた哀しい純愛小説に、自分がどれほど傷付いたのかということを。

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