BitterSweet
―あの頃に戻れたら―
４.
「柚葉ッ」
さっきまでべそべそ泣いていたとは思えぬほど野性的な翳をまとい、髪を振り乱して柚葉に襲い掛かる。シャツの合わせに手を掛けてぶちぶちとボタンを飛ばして引きちぎり、もう何度も目にしたにもかかわらず見るたびに敬虔な感動すら引き起こす真っ白な胸を外気に晒した。
するとそれまで淡く漂っていた柚葉の香りがより濃厚になり、鼻孔が痺れるような快感に溺れた。
「たっちゃ………ぁ、ぁん………んふっ…………」
眩暈がするほど激しいキス。ためらうことなく侵入してきた舌は、いやらしくうねりながら可愛い獲物を追い駆ける。そしてあっという間に捕獲し、吸い上げ、甘い舌を存分に味わい尽くす。
そうしながらも手は下半身へ伸び、下着ごとずり下ろして細く白い腰を露わにした。
「ふぅ……ン………ん、んんっ…………」
舌をこすり合わせ、唾液を交換し、執拗に口腔を攻められつつも、柚葉は腰をゆったりとくねらせて龍逸の劣情をさらに煽る。濡れた音を弾かせて唇を離した龍逸は、すかさず全て脱がせて柚葉を生まれたままの姿にした。
「たっちゃんも脱ぐの………ね？」
欲望の熱で言葉が蒸発してしまったのか、龍逸は息を荒げて頷きを返すと、無造作に全てを脱ぎ捨てて柚葉に覆いかぶさった。
そして双玉をぐにゅぐにゅと揉みしだきながら、愛してやまぬ柚葉の細部―――耳たぶ、首筋、鎖骨、肩に歯をたてて痕を刻み込んでゆく。
しかしそれは、痛みすら伴うほどに苛酷な下半身の催促から気を逸らすための行為でもあった。柚葉もそれに気付いていたから、手を伸ばし柔らかな髪に指を滑り込ませて頭を撫で、
「たっちゃん、ローション……ある？」
「あ、ああ……ある」
柚葉の額に口付けを落としてから身体を起こし、ベッドの脇にあるサイドボードを探って新品のローションを取り出した。
まさかコレを使う時が、こんなに早く訪れようとは―――龍逸は甘くてしょっぱい感慨に浸りそうになったが、下半身の疼きに呆気なく掻き消されて慌てて柚葉の許に戻る。
逸る余り震える手でふたを開け、中身をとろとろと手のひらに注ぐ。そしてそのまま柚葉のペニスに滑らせて、ゆっくり上下に動かしてやる。
柚葉は気持ちよさそうに喘いで腰をびくびくと跳ね上げたが、すぐに首を振って「ちがうのっ」と拗ねてみせた。
「もお、違うでしょっ。そこじゃなくて―――」
「え？ 気持ちよくない？」
「気持ちはいいけど……でも、そこじゃなくて―――」
何と表現してよいのかためらう柚葉。余りストレートな物言いは恥ずかしいし………
「ここ……ねえ、ここに使って………」
脚を大きくＭ字に開いて腰を僅かに浮かせ、その中心でまだ固くすぼまりつつも奥床しい誘いをかける秘孔を、龍逸の視界に晒した。
「で、でも……いきなりそんな………」
「たっちゃん、辛いんでしょ？ 我慢してるんでしょ？ たっちゃんが辛いと僕も悲しいよ。ね、気持ちよくなって………」
龍逸は何とか呼吸を整えてローションをその部分に垂らし、指の腹でぬるぬると撫で付けた。
「ふぁっ………ぁ、ぁ…………」
柚葉はきゅっとシーツにしがみつき、敏感な部分への愛撫に耐えた。
これまで何人もの男に穢された場所。お世辞にも初心な場所とは言えなかったが、龍逸の指が触れ、そっと撫でられるたびに、まるで初めてのような甘い電流が走る。照れ臭くて、恥ずかしくて、切なくて、そして嬉しい。
身体も分かっているのだ、これが、愛する男との初めての営みであるということを。
「ゆず……すげえ可愛いよ、お前のココ。ピンク色で、ちっちゃくて………」
「んっ……やぁ…ん……あんまり見ないで……恥ずかしいから………」
「見てるだけでイキそうだ………いいのかな、こんな可愛いトコロに俺の……散々遊びまくったグロテスクなモノ突っ込んで………」
そんな殊勝なことを言いつつも、濡らした指を襞を掻き分けながらゆっくり押し込んだ。
「す…げえ……お前ん中……熱い。熱くて……柔らかくて………」
うっとりと呟きながら、もう１本、２本と指を加える。そして鉤状に曲げて奥を抉るように掻き回した。クチャクチャと漏れ出る濡れた鳴き声に耳を傾け、
「いやらしい音がするぞ、ゆず……」
ねっとりと囁く。柚葉は涙をまき散らしながらいやいやと首を振って、
「も……いいからぁ……ちょうだい、たっちゃんの大きいのちょうだぁい……」
「もっと、ココをほぐさねえと………」
とはいえ、柚葉の花びらは綻んですでにとろとろだった。３本の指にねっとりと絡み付いて、別の意志を持った生き物のようにひくひくと蠢いている。
余りの淫らさに龍逸は半ば朦朧としていたが、羞恥に頬を染めつつ甘く悶える柚葉の姿態をもっと眺めていたくて、指による陵辱を止められないでいた。しかし――――
「ちょうだいってばぁ………バカぁ…………」
柚葉の可愛らしい非難と共に、指を包み込んでいる柔肉がきゅぅっと締まった。龍逸は低く呻いて、慌てて指を抜く。
もし気を抜いていたら、そのまま達ってしまうところだった。いくら薬が効いているからといって、指を締め付けられただけで射精してしまうのは余りにみっともない。
「ゆず……ひとつになろう………」
龍逸は肩を上下させつつも真情込めて囁くと、ずっと放置状態だった自身を掴んだ。
それは嘗てないほど張り詰めて、太い血管がもりもりと浮き上がっている。もちろん先走りでどろどろで、これならローションなんて必要なかったなと逆上せた頭で考えた。
まずは先端を、ぐじゅぐじゅにとろけた秘部に宛がう。そして膝を抱えて持ち上げ、腰をゆっくりと進めてゆく…はずだった。が――――
「やぁっ、ぁっ、ぁっ、ァ………………あああああーーーーーッ」
くびれの部分まで押し込んだ時点で、すでに風前の灯火だった理性が吹っ飛んだ。あとは本能の赴くまま、一気に貫く。
「あ……あつい………熱ぅい…………」
挿れた瞬間、中で弾けたのが分かった。お尻の奥に叩き付けるようにして注がれたものが、ゆっくりとその熱を沁み渡らせてゆく。
しかしそれを味わっている余裕はなかった。柚葉の奥で射精した龍逸は、息つく間もなく激しい注挿を始めた。
「んふっ……んっ、んあっ、あっ、ああっ…………」
柚葉はシーツを掴んでいた手を離して龍逸の首に巻き付け、自らも腰を浮かせて積極的に受け入れた。あっという間に二人のタイミングは重なり、結合はより深くより濃厚に。
ごぶっ、ごぶっという生々しい音と共に大量の白濁が溢れ出て、柚葉の腹に滴り、生温かい池ができた。
「たっちゃ……もっと、もっとちょうだい………」
龍逸の中で次々と醸造される精たちが愛おしくて、その全てが欲しいという強い願いに捉われる。柚葉は力を入れてきゅぅっとお尻をすぼめ、柔肉で龍逸自身を締め付けた。
すると頭上から「うっ…」という低い呻きが聞こえ、再び奥に熱い迸りを感じた。龍逸は柚葉の膝を抱えたまま、腰をがくがくと小刻みに揺らして最後の１滴まで搾り出している。
望みが叶った柚葉は嬉しそうに微笑んで、興奮のため盛り上がった逞しい肩のラインをそっとなぞった。
「ゆず……ごめん、俺ばっかり………それに、なんつうかちっともロマンチックじゃなくて………」
柚葉は耳をぐいと引っ張って、
「こら。まだそんなこと言ってるの？ ロマンなんて要らないもん。ごめんなんて言わないで。こうしてひとつになれただけで、すごくすごく嬉しいのに」
そう言って腹に溜まった龍逸の精に指を浸し、うっとりと目を細めつつ丁寧に舐めた。
「たっちゃんの………おいしい………」
「ゆずぅ……」
柚葉の愛情をひしひしと感じた龍逸は、込み上げる熱いものを必死に抑え込んだ。今は泣いている場合ではない。それよりも――――
「やッ………たっちゃ……それだめぇ………」
龍逸は腰を引いてひとまず自身を抜き、まだ放っていない柚葉の濡れた半身に唇を寄せた。
つやつやした亀頭に吸い付いて、舌先で先端の小さな孔をちろちろと虐める。途端に生温かい甘露が溢れ出して、龍逸の口腔を満たした。
「いやッ、いやぁ………」
口内への射精に抵抗がある柚葉は、何とか龍逸の頭を押し戻そうと手を伸ばす。しかしすでにこの刺激に追い上げられてしまったのか力が入らず、まるでもっともっとと催促するかのように龍逸の髪を撫でるしかできない。
そうするうちに指が２本まとめて埋め込まれ、ぐちゃぐちゃと音をたてて荒く掻き回された。柚葉は涙を振りまいて切ない悲鳴を上げ、ついに―――
「あっ、あっ、あ……イイ………イクぅぅ…………」
爪先までぴんと張り詰めた脚で２度、３度と空を蹴りながら、龍逸の口腔にたっぷりの精を吐き出した。快感で白くぼやけた頭の中に、ごくんごくんと嚥下する生々しい音がやけに響く。
「ゆずの……すげえ旨かった」
「も……バカ………」
柚葉はゆっくり起き上がって龍逸に抱き付き、
「今度はたっちゃんのコレでイカせて。ね……？」
龍逸は鼻息も荒く何度も頷き、
「もっちろん。いいかゆず。今夜は全体位制覇に挑戦だッ。二人で新たな性の金字塔を打ち立てるぞっ」
大真面目で宣言する。柚葉は溜め息をついて、少し後悔した。
―――やっぱり、ロマンを放棄したのは間違いだったかなあ……
少年のように無邪気な表情で、指折り数えて嬉しそうに体位を復唱する龍逸を横目でちらと眺めつつ、まあいいかと自分を宥める。こういうおバカなところすら愛しいと思えてしまう自分に、少し呆れながら。
「んん………」
―――遠く、どこか遠くでチリチリと何かが鳴っている。まだ夢の世界から完全に帰還していないからか、朝日の柔らかなヴェールに覆われているからか、どこか現実感に乏しい音。
しかし柚葉はその音に誘われて、徐々に意識が浮上してゆくのを感じた。
「あ……まぶし………」
朝日の眩しさの次に感じたのは、心地よい疲労感、甘い倦怠感。ベッドに沈み込む身体は鉛のように重いのに、目覚め自体は爽快で清々しく、幸せな一日の始まりを予感させた。
「目覚まし……止めなきゃ………」
起き出そうともぞもぞ身体を動かすと、ぎゅっと拘束された。しかし、頭上からはくーくーとあどけない寝息が聞こえている。
「もお……たっちゃんてば………」
眠りの沼に沈み込んでいても、腕の中の大事なものを離すものかと抱き締める。そんな無意識の愛情表現を見せられるたびに、柚葉の胸は悦びの飽和状態に陥って訳もなく叫び出したくなるのだ。
柚葉は温かな腕の中でほぅっと深く息をつき、龍逸の胸に唇を押し付ける。そしてんしょ、んしょ、と重い身体を叱咤して起き上がり、必死に起床時間を伝える目覚ましを止めた。
「たっちゃん、起きて。朝だよぅ」
もちろん、この程度の呼びかけで目を覚ますことはないとは先刻承知済み。柚葉は心の中でたっちゃんごめんねと詫びて、両手で龍逸の鼻と口を塞いだ。
だんだん顔が赤くなり、と思ったら今度は青くなって、やがて――――
「んっ……んが……がっ………ぅぅ……ぅ……………ぶはあッ、死ぬっ、死ぬぅぅぅ〜〜〜」
ぜえぜえ喘鳴を漏らしつつ、龍逸、爽やかなお目覚め。
「ううう〜〜、死ぬかと思った………」
「おはよ。たっちゃん」
惨劇寸前の乱暴な起こし方をした張本人とは思えぬほどにこやかに、愛らしい笑顔で挨拶する柚葉。龍逸もでれでれ笑顔でぎゅっと抱き締め、挨拶を返す。
「おはよぅ〜〜、ゆずぅぅ」
しかし時計を見ると眉根を寄せ、
「まだこんな時間じゃないか。もっとごろごろイチャイチャしてようぜ。なっ？」
「だぁめ。今起きて仕度しないと一限に間に合わないよ」
指摘されて現実に戻った龍逸だったが、ふるふる首を振って、
「今日はいいじゃん。特別な夜を過ごした後なんだからさ〜〜」
「いけませんっ。これ落としたら進級が危ないんでしょ？ たっちゃんと同じ学年になんかなりたくないもん」
「ええ〜〜？ 俺は嬉しいけどなあ。１年長く一緒のキャンパスに通えるんだぜ」
柚葉の絶対零度の視線に恐れをなして、言ったそばから「失言でした…」と肩をすぼめて謝る龍逸。しかしすぐに浮上して、
「じゃあさ、一緒に行こうぜ。なっ？ なっ？」
「ええ〜？ どうして僕が土曜の一限なんて……」
「ゆずと離れたくないんだよぉ」
しようのない人、と溜め息をつきながらも、胸の奥がほんわり温かくなってくる。一緒にいたい、離れたくない、そんな思いをストレートにぶつけてくれるのが嬉しくてたまらない。
でもちょっぴり恥ずかしいから、つい“仕方ないなあ”という顔付きで渋々受け入れる振りなどをしてしまうのだ。
「じゃあすぐに着替えよ。ご飯は食べるひまないから、授業が終わった後ね」
龍逸は嬉しそうに頷いて、素直に起き出す。が、「ああっ」と大きな声で叫んで、
「大事なこと忘れてたッ。ゆずゆず、おはようのキスを―――」
柚葉は冷たい声で「却下」と答えて、さっさとシャワー室へ向かった。背後から龍逸のべそべそした声が聞こえてきたが無視して。
今キスをしたら、そのままずっと抱き合っていたいという欲求に負けてしまうと分かっていたから。
大教室での講義だったから、後ろの隅の席でイチャイチャしているうちに１時間半があっという間に過ぎた。そして遅い朝食をとろうと学食へ向かう途中、３人の女性に呼び止められた。昨夜、龍逸に一服盛った女性たちだった。
「お、お前ら、何だよっ」
龍逸は警戒心剥き出しで身構える。しかし柚葉はそんな龍逸をそっと制した。彼女たちの表情を見て分かったからだ。龍逸に謝りに来たのだ、と。
「ゆうべはごめんなさい。どうかしてたと思う。あんなことするなんて……」
柚葉の予想通り、一人が頭を下げて真摯な謝罪をした。するとそれに追随するように残りの二人も頭を下げた。
「あたしたち悔しくて……。なんで男なのよ、って。でも、ゆうべの一条君見てなんか分かっちゃった。なんで男なの、っていう問い自体がオカシイんだって」
「正直びっくりしたよ。あれを我慢するなんてさ。だから何ていうか……幸せになって、なんてカッコいいことはまだ言えないけど、でも、その………」
面と向かって謝罪するという行為が照れ臭いのだろう、赤い顔でもじもじする３人に龍逸はすっと歩み寄って、
「ありがとう、すげえ嬉しいよ」
「たっちゃん……」
「だからさ、もうあんなことするなよ。お前らの、未来の恋人が悲しむぞ」
３人はさらに赤くなってうんうん頷いた。柚葉は、目の前の寛い背中をじっと見詰める。昨日より今日、今日より明日と、この背中はますます強く逞しく、そして大きくなってゆく。
自分は何も迷わず、ただこの背中に付いて行けばいいのだ。どこまでも、いつまでも―――
「それでね、昨日のお詫びの意味を込めて、これをたっちゃんにあげるわ。良かったら使ってね」
そう言って差し出されたのは、薄いピンク色の錠剤。まさかコー○ックではないだろう。龍逸の瞳がきらりと光った。
「こ、これはまさかっ……」
「そ。ゆうべの残り。どうぞお好きなように使って。じゃあね」
素晴らしい置き土産を残して、３人は去っていった。錠剤を手にゆっくり振り向いた龍逸の顔は―――
「………たっちゃん、ナニ考えてるのっ！」
猥褻物陳列罪で捕まりそうなほど、エロエロに緩んでいた。
「い、いやぁ〜〜、あいつらもなかなか気が利くよなあ。はっはっは……」
「まさかそれを僕に……」
「どうしよっかなあ〜。っつうか、これは俺がもらったものだから好きに使っていいんだよなっ」
柚葉は湯気が出そうなほど顔を真っ赤に膨らませて、思い切り叫んだ。
「それを僕に使ったら、絶交だからねッ！」
その後――――
「ゆずぅ〜〜、コーヒー淹れたぞぉ」
「はーい。じゃ、まずたっちゃんが飲んで」
「おいおい、まだ信じてくれてないのかよ。絶対に入れてませんて」
「うん。じゃあこれで最後。これを飲んでくれたら信じるから。ほらほら」
「え、えと………あっ、ちょっとこのコーヒー濃すぎたかな。もう一回淹れ直してくるから―――」
「ふーん………やっぱりね………」
龍逸の毒味生活は、その後暫く続いたのだった。（Fin）
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