５.

俺は優の顔をじっと見つめた。長い前髪の奥で、灰色がかった瞳がきらきら輝いている。不思議な奴だな、おそるおそる怯えて生きているようにも見えるのに、こんな一途な情熱も秘めているんだ。

俺には分かる、裏切られても傷つけられても、それでも信じることをやめようとしない人間の眼だ。何故なら、柚葉がそうだったから。

『優、お前に柚葉のこと教えてやるよ』
「柚葉さんのこと？」
『ああ。お前らには、上つらだけじゃなくてちゃんと仲良くなってもらいたいからな。ただ、生易しい話じゃねえぞ。どうする、聞くか？』
「聞く」

珍しく優が即答を返してきた。これはある種賭けでもある。話を聞いた優が、そんな奴とは友だちになれないと拒絶する可能性だってあるのだ。話したことを後悔するかもしれない。

でもその時はその時だ。柚葉のことをただの美青年だと思ったまま付き合っていると、そのうちきっとうまくいかなくなる。そうなった時、二人が受けるダメージは大きいのではないか。だったら今のうちに全てを話しておいた方がいい、俺はそう考えたのだ。

『最初、俺は柚葉を買ったんだ。それが出逢い』
「か、買ったってどういう―――」

案の定、優は耳慣れない単語に激しい戸惑いを示した。

『当時柚葉は、バイトでウリやってたんだ。つまり、男相手の売春』
「………」

また思考停止状態かよ。ったく、先が思い遣られるなあ。

『金が欲しかったわけじゃない。親から小遣いを使いきれないほどもらってたから。たぶん、親への意趣返しなんだろうな。柚葉は昔、親に売られたことがあるから』
「お、親に売られたって、女中奉公とか………」
『いつの時代の話だよ。細かい話は省いて、分かりやすく説明すると、柚葉の父親は当時小さな健康食品会社を経営してて、その資金繰りに行き詰まっていた。その時、親の古くからの知り合いだとかいう有名な彫刻家が、資金の提供を申し出てきたんだ。但し、その代わり柚葉をくれ、と』
「くれってどういうことだよっ」
『表向きは、引き取って養育する、そして時々モデルとして働いてもらう、ということだが、要は愛人だな。柚葉が中学に入ったばかりの頃だ』

優は唇をわなわなと震わせて、俺を一心に見つめる。何か言いたそうにしているが、たぶん言葉が出てこないのだろう。その気持ちは俺にも分かる。俺も、そうだったから。

何か言おうとしたけれど、目の前で静かに涙を流しながら語る柚葉に掛ける言葉など簡単に見つかるはずもなく、時折呻き声を上げるばかりだった。

『当時の柚葉は、少女とも少年とも見える両性具有的な美しさを持っていた。一度だけ写真見せてもらったことあるけど、そのへんの美少女アイドルなんかメじゃないぜ。まあ俺は今の柚の方が好きだけどな』
「あ、愛人ってことは、その………」
『おう、毎晩のように強要されてたらしいぜ。その変態彫刻家は、まだ何も知らない柚葉の身体を好きなように陵辱して、自分の歪んだ欲望を満たしていたんだ』
「くっそぉ……そういう変態野郎が芸術家づらしてさ、尊敬を集めてたりするんだ」

優はぎりぎりと唇を噛み締めて唸った。

『でもな、柚葉の憎悪はその彫刻家よりも寧ろ親の方へ向けられた。柚葉は自分が親に売られたことをちゃんと自覚していた。会社の犠牲にされたことも』

優はとうとう泣き出した。

「そんな……柚葉ちゃんが可哀想だよ。親っていうのは最後の砦なんだ。誰に裏切られても傷つけられても、世界中の人間が自分に背を向けても、味方でいてくれる。そういう存在なんだ。なのに―――」
『優、お前親に愛されてんだなあ』
「……たっちゃんは、違うの？」

こいつの真っ直ぐな問い掛けは、時に俺の胸を深く抉る。

『まあ、俺の母親に息子を愛してるか訊いたら、もちろん愛してるに決まってでしょっ、と即答するだろうけど、それはお前の言う愛情とはかなりかけ離れたもののような気がする』
「そっか……何か俺にはよく分からないけど」
『それでいいんだよ。でな、その後柚葉の親の会社は持ち直して、健康食品ブームにも乗って急成長を遂げた。もちろん柚葉も取り戻して、親子３人再び仲良く幸せに……なんてうまくいくはずねえよな。
家に呼び戻された柚葉は、これまでの償いも込めてだろう、かなり甘やかされた。欲しいものは何でも買ってもらえたし、どんな我がままも許された。でも、こんなことで償いになると思うか？』
「冗談じゃないっ、許せるものか」
『当然だ。柚葉は表立って親に反抗はしなかったものの、心はきっちり閉ざしてよそよそしく振る舞い続けた。高校生の時、街で男に声をかけられ誘われたことがきっかけで、売春を始めるようになったんだ』

優は痛みを堪えるように顔をしかめると、小さく頷いた。

「それが親への復讐だったんだ」
『そう、“柚葉には幸せになってもらいたい”が口癖の、親への復讐。自分の身体を辱めることでそれを果たそうとしたんだ』
「そうか……それで、たっちゃんは柚葉ちゃんをか、買ったの？」

馴染みのない単語をおそるおそる口にする優に、俺はあっさり頷いた。

『ああ。柚葉がうちの大学に入ってすぐ、だな。何か面白れーことないかなあ、が口癖だった間抜けな俺の耳に、柚葉の噂が飛び込んできた。
興味を引かれた俺は、何とか伝手を辿って柚葉と接触することに成功したんだ。そして高級ホテルの一室で逢った。が―――』

優は身を乗り出して先を促す。でも、これから先を聞いたらたぶんコケるぜぇ。

『なぁんにもできなかったんだ、俺。セックスはもちろん、手を握ることもできなくて、朝までずっと話してた』
「たっちゃん……」

笑わねえんだな、優。お前には、解るんだな。

『柚葉があんまり綺麗で、真っ直ぐで。それに、わざと蓮っ葉な場慣れした感じを出そうとしてるその奥に、怯えとか嫌悪感がありありと見えてなあ、痛々しくて。
俺、部屋に入るなり真っ赤になってわたわたしちまってよ。まるで中坊だよな』
「さっきの俺とおんなじじゃないか」
『ははっ、まったくだ』

優は暫し黙って考えていたが、

「きっと、そのあとたっちゃんは頑張ったんだろうね。柚葉ちゃんの心を開かせるために。一生懸命―――」
『まあな。猪突猛進って言葉がぴったりだな。突っ走って突っ走って……最後はこのザマだ。情けねー』

まあ今さらうだうだ言っても始まらない。俺はうんっと背伸びをして、

『次は優、お前の番だぞ。なんで顔隠してるんだ？　けっこう美形なのに。俺には劣るけど』
「えっ、な、なにを……」
『鏡見たことないのか？　それとも、悪い魔法使いに呪いをかけられて、自分は不細工だと思い込まされてるとか』

優は俺の顔を凝視した。どうやら、俺が冗談やからかいを言ってるのではないかと疑っているようだ。しかし神妙な顔で俯いたところを見ると、疑いは晴れたらしい。

「……きもちわるいって………」
『は？』
「小学生の時からずっと、気持ち悪い顔してるって言われてて……」
『誰に？』
「周りの……クラスメートとか、好きだった子にも言われたし」

決死の告白だったに違いない。顔を真っ赤にして消え入りそうな声で伝える。俺は柄にもなく義憤に駆られた。

『優、それはやっかみだ。お前ハーフだろ？　ガキの頃はきっと綺麗な子供だったんだろうな。子供ってのは異質の存在に対する敵意を剥き出しにするからな。皆と違うものは全部“気持ち悪い”とか“汚い”とか言って、排除しようとするんだ』
「で、でも―――」
『何を隠す必要があるんだ。親がくれた大事な顔だろ？　それを恥ずかしいだなんて、親に対して失礼だ』
「うう……たっちゃぁん………」

優は瞳をうるうるさせて俺に抱きつこうとする。やめろ、俺にそういう趣味はないっ、ていうか、いや、男だからじゃなくて、お前一応攻めキャラだろっ。

『しっかりしろ、優。お前バンドやってんだろ？　パートは何だ』
「ボーカル……」
『ヒサンだな。お前ステージでも、そんな風に申し訳なさそーに俯いてぼそぼそ唱うのか？』
「うん……だから俺と組んでくれる人なかなか見つからなくて」
『……だろうな。俯いて唱うのが許されるのは、フォークソングとデスメタルぐらいだ』

優は、「普通のロックやってるんだけど…」とこれまた申し訳なさそうに呟いて、かくん、と首を折った。

『お前には荒療治が必要だな。優、前髪切れ』
「でも……」
『でないと、いつまでたってもお前そのままだぞ』

優は深刻そうに眉根を寄せて考えていたが、

「うん、でももうちょっと待って。自分に自信が持てるようになったら、その時必ず……」

たかが前髪切るぐらいで、と俺は思ったが、優の悲愴な顔つきを見て考えを改めた。こいつにとってはきっと、悩んだ末のすげえ決意なんだろう。自分のモノサシを押し付けちゃイカンよな。

取り敢えず俺たちはここで別れることにした。優はバンドの練習があるらしいし、俺も柚葉の様子が気になる。また週明けに、と約束を交わして別れようとした時、

「なあたっちゃん、今も柚葉ちゃんと一緒にいるんだよね」
『あ？　もちろん。ずっと傍にいるぜぇ』

優は鋭く目を細めて俺を睨み、

「じゃあ色んなとこ覗いたりできるんだ。お風呂とか―――」

こ、こいつは何を言い出すんだっ。

『風呂なんてしょっちゅう一緒に入ってたっつうの！　言っとくけどなあ、ト、トイレとかはぜぇったいに覗いてないからなっ』
「ホントにぃ？」
『ったりまえだっ、ばかやろー』

優は俯いて押し殺したような笑いを漏らし、

「やぁった、初めてたっちゃんに勝ったぞー。んじゃ、またな。柚葉ちゃんによろしくー」

優はけらけらと楽しそうに笑いながら帰っていった。からかわれたと分かった俺は一人でムカムカしていたが、そういや優が笑ったの初めて見たなと気付いた。

まあいいか。あんな鬱々とした男・貞子みたいなままじゃあ、柚葉だって敬遠するだろうから。優が明るくなってくれるなら、俺は阿呆なエロキャラで通すよ。って、そのままか………。




その夜、柚葉は俺の写真の前に座って、静かに語りかけていた。

荷物の詰まったダンボールはそのまま、生活に必要な物だけ出してある。雑然とした空間だったが、柚葉の悲しみが染み込んだ低い声が、どこか秘密めいた夜を演出していた。

「たっちゃん……あのね、今日ヘンな子が来たよ。たっちゃんの友人だって……ふふ、絶対たっちゃんの友だちにはいないタイプなのに」

ありゃ、モロバレしてたか。まあ確かに、俺の周りにはいないタイプだよな。俺が付き合わないというより、向こうが敬遠する感じだろう。

「真っ赤になっておろおろして……でもね、初めて逢った時のたっちゃんもあんな感じだったんだよ。何だか思い出しちゃって……僕………」
『ゆず………』

はらはらとこぼれる涙に、俺はそっと手を添えた。拭うことはおろか、その湿り気や温もりを感じることもできない。

俺はもどかしさに悶えながらも、頬に触れた手を離すことができない。たとえ何も感じられなくてもいい。こうしているだけで、俺は―――

「たっちゃぁん……すきぃ………」

柚葉は熱を込めて囁きながら、ズボンのジッパーを下ろして右手を下着の中に入れた。そして半ば勃ち始めたペニスに指を絡めてやわやわと弄り始めた。

「ぁ……ん……たっちゃん……ぁぁ………」
『うわ、うわ、柚のひとりＨだ。しかも俺のこと考えながらしてくれてるっ。うう……』

俺は感動の余り咽び泣いた。そうしている間にも柚葉は邪魔なズボンを下着ごと脱ぎ捨てて、壁に寄りかかったまま膝を立てて脚を広げると、完全に勃ち上がった半身に両手を添えてくちゅくちゅと上下に扱き始めていた。

闇夜に昂然と咲く淫らな花。やがて先端からは透明な蜜がひと筋、またひと筋と溢れ、半身にぬめぬめと艶やかな輝きを与える。俺は柚葉の横に座って後ろから腕を回し、上から手を重ねて一緒に可愛がった。

「あぁん……たっちゃ……あ……ぁ……きてぇ………」
『柚葉、俺の可愛い柚葉。愛してる……』

俺は何もしてやれない代わりに、耳許でずっと囁き続けた。もちろんその声も届かないのだが、そんなことは構うものか。それに、きっと柚葉の魂は聞いていてくれる。俺はそう信じている。

柚葉は起き上がって膝立ちになると、溢れた蜜をすくってそのまま後ろの花びらに塗り込め、指を突き入れた。

「あっ……はぁん……あぁ………」

背中を弓なりに反らせ、半開きの唇から喘ぎをこぼす柚葉。

『ゆず……綺麗だ………』

俺は同じように膝立ちになって背後から抱き締めると、柚葉の首筋や耳たぶにキスを落とした。赤い花を咲かせることはできないが、それでも俺は一心不乱に口づけを繰り返した。

柚葉は指を２本に増やし、蕾の奥を掻き回す。じゅぷじゅぷと漏れる蜜音に誘われて、俺はその部分へ顔を近づけた。

『ゆず、すげえ…お前の花びら。肉厚で蜜が豊富な、南国の花みたいだ。襞が赤く熟れて、ひくひくゆってるぜ』
「たっちゃぁん……あぁっ……ああぁ……」

柚葉の限界が近いのは、蕾の蠢きを見ただけで分かる。俺はその部分に舌を這わせてからゆっくりと起き上がり、再び背後から抱き締めて今や真っ赤に膨れ上がった半身に手を添えた。

『ゆず、俺の手の中でイケよ。なあ……』
「あっ、ああっ、たっちゃぁぁん………」

柚葉はかすれた声で俺の名を叫ぶと、白い蜜をどくどくと放出した。そして俺の腕の中でぐったりと脱力して、そのまま床に横臥した。

『ゆず、気持ちよかったか？……またやろうな』

柚葉の頬は涙で光っていた。快楽の涙なのか悲しみの涙なのか、俺には分からない―――

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