１７.

「ああ………」

優の口から漏れる賛嘆の溜め息。俺はにやりと笑って、

『どうだ、綺麗だろ』
「うん、ホントに……。同じ男とは思えないくらい。いや…男とか女とか、そんな区別どうでもいい。柚ちゃんは柚ちゃんだ。俺たちの大事な……」
『俺たち、じゃない。もうお前のものだ』
「違う、俺たちだ」

優は、裸になった柚葉の上に覆いかぶさってその額にそっとキスを落とした。大事で大事でたまらない、という風に。俺は思わず胸が熱くなった。

『分かった。俺たちのだな。お前の頑固さには敵わない』

俺も同じように、柚葉の額に軽く口付ける。

『柚、愛してるよ……』

優は嬉しそうに頷くと、ゆっくり服を脱いだ。逞しいとは言えないものの、細く締まった身体はバランスもよく、それなりに筋肉もついていて、なかなか美しい身体だと素直に思えた。

『お前、着痩せするタイプだな』
「そ、そうかな……」

俺は下半身に目を落として、

『お、準備万端だな。けっこうデカい。ソコも着痩せするんだな』

真っ赤になって優が抗議しようとした時、

「ん……んぁ………ぁ……っちゃん、きてぇ………」

柚葉が腰をくねらせて悶えた。優はごくりと唾を飲み込む。

『ほら優、お姫様がお呼びだぞ。おでこじゃなくて、恋人のキスをしろよ』

優はぎこちない仕草で柚葉の頭を持ち上げ、上から唇を塞いだ。

「ん……ぁ…ふ、ぅ……」

ぴちゃ、と音をたてて唇を離すと、柚葉の舌が名残りを惜しむようにちらちらと蠢いた。

「う……キスだけでイキそう………」
『我慢しろっ。次は、耳を舐めて、優しく噛んでもいいぞ。それから胸だ。ほら、可愛い乳首が勃ってるだろ？　そこを指でつまんでクリクリしたり、舌で舐めながら押し潰したり……』

優は言われた通り、胸に吸い付いて乳首を嬲った。

「あっ、あぁん、やぁ………たっちゃぁん………」

俺の名前を呼びながら、優の頭を撫でる。

「柚ちゃん、ごめんね……たっちゃんじゃなくて………」
『優、気にするな。次は―――』

俺は思わず言葉を呑み込んだ。柚葉が顔をくしゃくしゃにして泣いていたのだ。

『ゆず―――』
「どうして……どうしてなの……。どうしてたっちゃんじゃないの………」

いやいやと首を振って、優の頭を押しのけようとする。優は抵抗することなく身体を起こした。

「ごめんね……柚ちゃんが嫌ならしないよ」
「優くんは……これでいいの？　僕なんかと寝たりして」
「そんなっ、僕なんか、とか言わないでよ……俺は柚ちゃんが―――」

優が言うより先に、柚葉が身体を起こした。はあはあと荒い息が、ひどく艶かしい。

「優くんが言ってたね……たっちゃんは死んでない、って」

ああ、さっきの俺たちの会話をちゃんと聞いてたのか。

「うん……言った。でも、たっちゃんに怒られた………」

悲しげに項垂れる優に柚葉は手を差し伸べる。

「だったら……二人で愛して。僕を……」

俺も優も驚いて顔を見合わせたが、柚葉の想いに応えようと無言で頷きを交わした。




「あっ……ん…んぁ…………ぁ……」

座ったまま大きく脚を広げた柚葉の股間に顔を埋めて、優が一心不乱に吸い上げている。じゅるじゅるとねばっこい汁音が漏れ聞こえて、ひどく淫猥な気持ちにさせられる。

柚葉はすでに一回、優の手の中に放っていたが、衰える気配もなく、すぐに勃ち上がって蜜状の愛液を溢れされた。

優は戸惑いを見せたのは始めだけで、あとは俺が教えなくても柚葉の身体を蕩かすことができた。

「ん……ぁ……ゆうくん……もっと……吸ってぇ………」

優はそれに応えて、深く咥え込んで舌を濃厚に絡めた。

「ああッ、ん……あぁ……たっちゃん、どこぉ………」
「……柚ちゃんの…うしろにいるよ。胸を……触って………」
「あぁ……たっちゃぁん…………」

柚葉は俺の手の上に自分の手を重ねた。そして硬く尖った乳首を指でつまんでクリクリとこする。

『ゆず……』
「ああっ、ん、たっちゃ……ずっと、いっしょ………」

柚、俺の可愛い柚。それは駄目なんだ。ずっと一緒には……いれない……。

「たっちゃん、すきぃ……あぁ………」
『柚、ゆずっ』

俺は後ろからぎゅっと抱き締めた。できることなら離したくない。身体を失ったせいだろうか、突き上げるような情欲というものはなかった。代わりに、魂全体を震わすほどの深い深い愛情が湧き上がって、俺たちを包み込んだ。

でも、でも……俺は死んだんだ。

「たっちゃん……」

名前を呼ばれて、俺は顔を上げた。優がぼろぼろと涙をこぼして俺を見つめている。同情とかそんなもんじゃない。ただ、辛くて痛くて悲しいという顔をしていた。俺はにっこりと微笑みかけた。

『お前に逢えてよかったよ、優』

これは、俺の嘘偽りない気持ち。神様も、けっこう粋なことするもんだ。

『さあ、柚葉とひとつになるんだ。お前の身体で愛してやってくれ』

優は頷いて、柚葉を抱き締めた。

「柚ちゃん、ひとつになろう」
「ゆうくん……」

優は心を込めて深く口付ける。そして柚葉の身体を押し倒すと、脚を広げて蕾を露わにした。

「きれいだね、ココ……」
「や、やだぁ……あんまり見ないで………」

脚を閉じようとするが、もちろん許さない。俺はそこに唇を寄せて、花びらに舌を這わせた。

「俺も、していい？」
『もちろんだ』

恥ずかしさのせいか快楽の予感のせいか、ひくひくと蠢く可愛い蕾を、優はねっとりと舐め上げた。

「んあっ、あぅ……ぅ、ふぅ……ん……」

鼻にかかった甘い喘ぎに煽られてか、優は舌をそのまま中へ押し込んだ。

「ああッ、やあ……ぁ………も、きて……ゆうくん………」

舌を抜いた優は、素早くローションを垂らしてゆっくり指を挿入する。

「んふっ……ぅ………」

『優、もっと奥まで入れて大丈夫だ。そして中で掻き回して、快感を呼ぶポイントを探る』

優はおそるおそる指を進め、指をぐりぐりと回す。すると、「はぁん…」という艶かしい吐息と共に、たぷたぷと濃厚な汁音が漏れてきた。

「ぅ……すげえやらしい音………」

感じ入ったように掠れ声でうめく優。だんだんと指の動きも激しさを増す。そしてある一点を突いた時、柚葉が嬌声を上げて腰を浮かせた。

「柚ちゃん、ここなんだ……」

根元まで差し込んだ２本の指で蕾はぐちゅぐちゅに蕩かされ、勃ち上がった紅色の半身からはとめどなく透明の雫が滴る。

「いやあっ、ああっ、あっ、イイ……あぁ、もっとしてぇ………」

優は見つけた場所を抉るように指を動かしていたが、

「だめだ……も、もたないよ……我慢できない………」

見れば、優のモノも柚葉に負けないくらいガチガチに勃ち上がって涎を垂らしていた。

『指を抜いて、ゆっくり挿入してみろ。最初はキツイかもしれないが、すぐになじんでくるから』

優は荒い息を隠そうともせず、指を抜いて自分の陰茎を掴み、誘うようにひくつく柚葉の蕾にあてがった。そしてそのままずぶずぶと腰を進める。

「ひゃぁん……ぁぁ……イイ、よぉ………」
「う……あ………」

思い切り顔をしかめて、快感に耐える優。

『どうだ？』
「す…げ……たまんないよ、これ……」
『よし、もう大丈夫そうだな。動いてみろ』

優は柚葉の脚を抱えて持ち上げ、ゆっくり腰を振る。

「あ……ああぁ……もっと、もっとぉ………」

優のリズムに合わせて柚葉が腰を振る。粘膜が蹂躙されるぐちょぐちょという音がひっきりなしに零れて、結合部分は愛液でぬるぬる光っている。

「く……ぅぅ……ゆず、ちゃん………」

徐々に早まる注挿に、柚葉はシーツに爪立てて悶え喘ぐ。

「ああっ、ああっ、ん、イク……っちゃん、たっちゃ………」

俺の名を呼んでから柚葉ははっと我に返り、涙を浮かべて謝った。

「ごめ……優くんごめんねぇ………」

しかし優は首を振って穏やかに笑い、

「いいんだよ、たっちゃん、でいいから………柚ちゃんは、何も考えずに気持ちよくなって………」
「優くん……」
「いくよ、柚ちゃん……」

その言葉を合図に、柚葉の腰を抱え直してさらに高く持ち上げると、奥を抉り取るように激しく突き上げた。

「きゃああッ、ああっ、ああっ、あっ、出…ちゃう、出ちゃうよぉっ」

優が、こんな野性的な表情をするとは思わなかった。長めの髪を振り乱して柚葉を突き上げる彼は、情欲に支配された雄そのものだった。さっき見せた穏やかな微笑みからは想像もつかない。

「ああっ、ソコぉ……だめ………っ、あああああーーーーッ」

優の背中に絡みつけられた柚葉の脚が、二度、三度と宙を蹴った。と同時に、白く濃い液体が先端から迸り出て、柚葉の胸にとろりと掛かる。

「っ、くうぅ……」

そして優も、腰をびくびくと小刻みに震わせて、柚葉の奥に自らの欲望を注ぎ込んだ。




『……で、どう言い訳をしようってんだ、お前は』
「う…言い訳はしません。すいません……」

正座をして肩をすぼめ、がっくりと項垂れる優の前で、俺は腕を組んで仁王立ちしていた。傍では気を失った柚葉が、ぐったりと四肢を投げ出して横たわっている。

優はあの後、内に秘めていた性衝動に火がついてしまったのか、呆れるほどの絶倫ぶりを発揮して柚葉を犯し続け、結局、「ひぃ…」という儚い悲鳴と共に失神させてしまったのだ。

『久し振りのセックスで、身体も慣れてないんだぜ。それなのにお前は……』
「すいません、すいません……。こんな、こんなことはもう二度と……」
『本当だな？　自分の欲望を押し付けるだけのセックスは―――』
「しませんっ。柚ちゃんのこともっともっと大事にします。本当に―――」
「……優くん、謝ることないよ。たっちゃんなんてもっともっとクレイジーだったんだから」

柚っ、お前寝てたんじゃないのか。それに、いきなりそんなことを……。

「僕が失神してもやめないで、ずっとヤリ続けるんだよ。目が覚めたら足腰フラフラで、二日間寝込んだこともあったもん」
『あ、あれはっ、失神してもお前が可愛い顔して煽りまくるからっ―――』
「もう死んじゃうからやめて、って頼んでも、にやにや笑ってじゃあ一緒に死のうぜ、ってますます激しく……」
『死ぬほど気持ちいいってことだろ？　やめるわけねえじゃんか―――』

俺ははた、と気付いた。自分へ向けられる視線の冷たさに。

『う……ゆ、優………』
「“人のふり見て我がふり直せ”――昔、よくばあちゃんに言われたよ。柚ちゃん、ホントにごめん。誰かみたいに自分本位な行為は慎まないと……。気をつけます」
「うん、誰かみたいに口だけにならないようにね」
『ううぅ……ゆじゅ〜、お前までそんな冷たいことを……』

柚葉と優は顔を見合わせてくすくすと笑った。あーいいですよ、どーせ俺はエロ変態絶倫セックスマシンですよ、って。

「たっちゃんてば、すっげえ不貞腐れた顔してるよ」
「なんか想像できるよ。けっこう可愛いでしょ」
「うん。ま、柚ちゃんには敵わないけどね」

柚葉は仄かに赤くなりながらふふ、と笑った。しかしふっと表情を引き締めて、

「ね…僕をどうやって助けてくれたの？」
「あ………」
『優、全てを話した方がいいんじゃないか』

優は頷いて、これまでのこと、高橋と田端の悪行や、それを暴くために俺たちがやってきたこと、そして沙耶伽嬢についても包み隠さず説明した。

「そう…だったんだ……だから彼女には近付くな、ってメールくれたんだね。僕、誤解してた。彼女との仲がうまくいかなくなるから、僕には引っ込んでて欲しいんだって思って……」

申し訳なさそうに項垂れると、ほんのり頬を染めて打ち明ける。

「それで、なんだか悔しくて、訪ねてきた彼女を家に上げちゃったんだ。まさか僕が出したお茶に薬を入れられるなんて……」
『そういうことか……』

優は柚葉以上に顔を赤くして、必死に弁解する。

「そ、そんなこと思うわけないじゃんかっ。それに……彼女のことはもう俺の中で決着がついたんだ。本当に好きだったのかも、今となっては分らないよ。いずれにしても、俺の大事な人たちを傷付けようとした彼女を、許すわけにはいかない」
「優くん……」
「俺が、俺が好きなのはっ………」

決死の告白は、しかし途中で止まってしまった。優は悲壮な顔つきのまま、ただ柚葉を見つめる。

『優、俺に気兼ねするこたないんだぞ。お前なら……』

優はふっと表情を和らげると、小さく首を振った。

「ね、柚ちゃん。俺がんばって強くなるから。少しでもたっちゃんに近づけるように。それで、自分で納得できるようになったら、俺の気持ちを伝えようと思う。その時まで……頼りないけど傍にいてもいいかな」

柚葉はじっと目を閉じて、優の想いを反芻した。やがて目を開けてにっこり笑うと、

「うん。その時まで僕とたっちゃんが優くんを守ってあげる。ヘンな女が寄り付かないようにね」
『ぎゃははっ、そうだな。女に弄ばれるタイプだもんな、お前は』
「うう……ゆじゅちゃ〜ん、俺ってそんなに頼りない？」
「もお、危なっかしくて見てらんない」

がっくり肩を落とす優を、俺は笑いながら宥めた。そこへ柚葉はつつつ…と近寄って膝の上に手を付き、首を伸ばして優の唇にちゅっと口付けた。

「………ゆ、ゆずちゃんっっ」
「嘘だよ、優くん。信じてる。だって、たっちゃんが認めた人だもん」

返す言葉が見つからないらしく、ただ目を潤ませて柚葉を見つめる優を、俺は肘で小突いた。

『ほら優、お返しのキスしろよ。俺の分まで、心を込めて』
「うん…」

ぎこちない仕草で柚葉の頬を撫で、ゆっくり唇を重ねる優を見た瞬間、俺の身体はこれまでにない浮遊感に襲われた。もしかしたら……

―――これで、お別れかもしれないな……

不思議と未練はなかった。明鏡止水の境地、といったら大袈裟だろうか。穏やかで温かな光が内側から湧いてくるような、とても……幸せな…………


　　ピーンポーン


玄関の…呼び鈴……？　
なんだ……誰だ………俺はもう……天へ……………

「いやああああッ」

柚葉の喉が千切れんばかりの悲鳴に、俺は我に返った。

『どうしたっ、柚っ』
「柚ちゃんっ」
「な…なんで……なんで今さら成瀬がッ」

成瀬……それは幼い柚葉を親から買って愛人にした、彫刻家の名前だった。
俺はまだ、あの世へいくわけにはいかない―――

BACK　　　　　　TOP　　　　　　NEXT