Remember You をもう一度
―バレンタイン特別短編―
「わあ……もう桜が蕾を付け始めてる……」
大学からの帰り道、桜並木を見上げるとまだ小さい蕾が冬の風に揺れていた。また、桜の季節がやってくる。新たな出会いの季節が。
「あれから……一年かあ……」
柚葉は蕾を見上げたままぽつりと呟いた。そう、優が自分の許に戻ってきてくれたのは去年の春。桜が咲き始める頃だった。
「もうすぐ桜が咲く……もうすぐ君に会える……」
優が再会時のストリートライブで歌った『Remember You』の一節を口ずさみ、柚葉は再び歩き出した。のんびりと、冬と春の境界を彷徨うように。
急いで帰宅する必要はないのだ。どうせ優は今夜も遅いだろう。確か新曲のプロモーションで、インストアライブをやるとか言っていた。そのあとは打ち上げに直行のはずだから、帰宅は深夜になるはずだ。
「もうすぐ桜が咲く……もうすぐ君に会える、か……」
龍逸が天へ還ってからの三年間で、優を取り巻く環境はすっかり変わってしまった。
地道なライブ活動により徐々にファンが増え、ついにメジャーデビューを果たすと、順調に売れ行きを伸ばしていった。
オリコン初登場第1位、なんて派手さはないけれど、どこか懐かしいメロディと素直な歌詞は聴く人の心にじんわり浸透する力を持っており、数週間に渡ってランキング内に留まることもしばしばだった。
動きの激しいJ-POP界では珍しいアーティストということで、注目を集め始めていたのだ。
そんな中、一番変わっていないのは優本人だった。それは柚葉も認めるところで、優しい春風のような気質はそのまま、周囲の騒ぎをのほほんと傍観しているようなところがあった。
優くんは優くん。有名になったって変わらない―――そう分かってはいるのだが、やはり心穏やかではいられない。テレビで彼の姿を見たり、彼の歌声を耳にする機会が増えるにつれ、柚葉の心は不安に淀んでいった。
そして、そんな心の狭い自分を嫌悪する。優の成功を誰よりも喜んであげるべきなのに、と。
「………あああッ、もう！」
柚葉はぶんぶんと首を振って鈍色のモノローグを払い、家路を急いだ。マンションに着くと、小さな声で「ただいま…」と呟き鍵を開けた。すると、
「お帰り、柚ちゃん」
中から優が出迎えてくれた。柚葉はぽかんと口を開け、
「帰って……たの？」
「うん」
「でも……今日はライブで……打ち上げで……」
優は照れ臭そうに鼻の頭を掻いて、
「最近柚ちゃんの寝顔しか見てないから……。会いたくなったんだ」
そう言って、「なんか俺、働き盛りのお父さんみたいだ」と笑う。柚葉も笑顔を返そうとしたが、それより早く身体が動いた。
靴を乱暴に脱ぎ捨てて、勢いよく飛び付く。優は「わわっ」と声を上げたものの、柚葉の身体をその勢いごと受け止めた。背中に腕を回してぎゅっと抱き締めると、それに応えるように柚葉が「おかえり…」と囁いた。
「うん、ただいま…」
「優くん、会いたかった……」
「うん、俺も…」
短い言葉を交わし、二人は暫し互いの温もりに酔った。
背後で扉の開く音がして、石鹸の匂いがふわりと漂ってきた。柚葉はくるりと振り向きながら、明るく声を掛ける。
「あ、優くん、お風呂上がった？ 何か飲―――」
しかし途中で言葉を呑み込む。ふいと背けた顔が火照ってくるのが自分でも分かった。
「柚ちゃん？ どうした？」
不思議そうに首を傾げつつ、優が近寄ってくる。柚葉は「何でもないよ」と努めて平静を装って返し、背中を向けた。
風呂上りの優は上半身裸で、半乾きの髪を無造作に掻き上げる姿には男性的な色気があってどきどきしてしまう。
以前、龍逸と三人で一緒に住んでいた時に比べて格段に逞しく雄々しくなった優。実家に戻っている間、父親の工場を手伝っているうちに筋肉が付いたんだと言って笑っていたけれど、胸や腹、二の腕に付いているのは確かに実用的で嫌味のない筋肉だった。
微かな隆起や陰翳は美しく、スポーツ選手と並んでも見劣りしないだろう。あの胸に抱かれるのは自分だけなんだと思うと、嬉しくてくすぐったくて、そして少し不安になってしまう。本当に僕でいいのかな、と。
「柚………」
耳許で囁かれて、柚葉はぴくんと肩を揺らした。優はいつの間にか背中にぴったり身体を押し付けて、柚葉の肩を抱いていた。そのまま固まっていたら、柔らかな唇に耳たぶをはむっと挟まれた。
「ゃっ……だ………」
自分では見えないけれど、きっと耳は真っ赤に色付いていることだろう。耳だけじゃない、顔も、首筋も―――
「優くん、だめっ。あ、明日は朝から雑誌の取材があるんでしょ？」
「あ、う、うん……」
柚葉の剣幕に圧されたのか、優は大人しく身体を引いた。背中を包み込んでいた温もりの消失が悲しくて、柚葉は思わず眉をしかめる。こういう時、素直に甘えられない自分が怨めしい。本当は抱いて欲しくてたまらないのに。
「優くん、待っ―――」
頭が命ずるより早く心が動き、柚葉は咄嗟に手を伸ばそうとした。と同時にぐいと身体を引き寄せられ、優の胸の中に倒れ込む。
「優く―――」
「ごめん。やっぱ我慢できない」
頭上から、掠れた声が降ってくる。柚葉はこくんと喉を鳴らしてこみ上げる熱いものを呑み込み、胸に顔を押し付けたままわざと突き放したような口調で呟く。
「明日……寝坊しても知らないから」
優は喉の奥で笑って、「目覚まし５個用意しとくよ」と囁いた。
「ああ……指だめぇ……ゆびいやぁ………」
さっきまで熱い舌で掻き回されていた柚葉の後孔は、微かに膨れて赤く色付き、唾液でぬらぬらと光っていた。
舌を引き抜いた優はすぐさま指を突き入れ、ぬちゅぬちゅ音をたてながら奥を探った。さらに両手の人差し指と中指を入れてぐいと広げると、すっかり柔軟になった襞が捲くれ上がって肉色の花を咲かせた。
「柚ちゃん、咲いたよ。すごく可愛い……」
「ぃゃっ………ばかぁ………」
大きく広げられたせいで、内部の粘膜がひんやりした空気を感じる。それがどうしようもなく淫らで恥ずかしいことに思えて、柚葉は四つん這いで腰を突き出したままいやいやと首を振った。
「柚、欲しい？」
指で適確にポイントを攻めながら、優が秘めやかに問いかける。
「ん……あ、あぁ………」
優の指、時には激しく、時には愛撫するようにギターを弾く指。それが今、自分の秘部をまさぐっているのだと思うと、柚葉は途轍もない幸福感に襲われた。それは絶頂の先触れのように、爪先からじわじわと這い上がってくる。
「ゆう…くん……ほしい、ほし…い………」
きっと蜜壷の奥は、はしたないほど蠢いているだろう。しかし柚葉は羞恥を捨て、腰を上下に揺らして素直に欲望を訴えた。
さらに括約筋に力を入れて、蕩けた後孔をきゅっと締める。すると背後から「うっ」と濃厚な呻きが聞こえ、乱暴に指が引き抜かれた。
「柚ちゃん、危うく暴発するとこだったよ………」
そんな情けない言葉すら愛おしい。柚葉は自ら腰を高く上げ、獣じみた姿勢で交合を誘った。
次の瞬間、熱くぬめるものが強く押し当てられ、息つく暇もなく奥へ侵入してきた。みりみり音をたてて身体が裂かれる感覚に、掠れた悲鳴と涙がこぼれる。
しかし柚葉の中に全てを埋め込んだ優が柔肉になじませるようにゆったり腰を揺らすと、引き攣るような痛みは後退した。
「優くん……熱いね………」
奥まで侵入した夜気に内壁が冷やされたせいで、余計に優の熱さを感じるのだろう。その熱をもっともっと浸透させたいという欲求から、柚葉は後ろをすぼめた。すると優は再び呻き、
「ゆ、柚ちゃん……だから駄目だって。気持ちよすぎて出ちゃうよ………」
柚葉はふふっと笑い、
「いいよ、出して。いっぱい出して、ね……？」
鼓膜が蕩けるような誘い文句。優は弱々しい声で「君って人は……」と呟き、下腹部に力を込めた。そしてひと言「動くよ」と告げると、柚葉の返答を待たずに緩やかな注挿を始めた。
艶やかで張りのある尻たぶを五指でがっしり掴み、左右に広げて結合部を露わにする。そうして腰を前後に揺らすと、赤く充血した膜がぬちゅぬちゅ音をたてて押し込まれたり引きずり出されたりするさまがよく見えた。
陶器のように滑らかで白い尻と淫靡に爛れた花びらとの対比は蠱惑的で、優は眩暈にも似た欲望の高まりを覚えた。
もちろん湧き上がるのは欲望だけではない。太い陰物に貫かれながら、「きもちいい……」と舌足らずな口調で快感を訴える柚葉が愛しくてたまらない。
優は奥まで繋がった状態で一旦動くのをやめ、そのまま身体を倒して柚葉の背中を抱き締めた。
「優くぅん……あったかい………」
埋め込まれたモノの灼けつくような熱さとはまた違った温もりに背中を覆われ、柚葉は一瞬だが性的な快楽を忘れた。
「抱き締めてもらえるだけでしあわせ……」
素直な想いを口にして、うっとりと目を閉じる。すると耳許に柔らかな吐息がかかり、
「柚、ごめん……夜、あんまり一緒にいれなくて……独りぼっちにさせて……」
「優……くん……」
「淋しい思いをさせてごめん……」
微かに毛羽立った上質の低音。多くの女性を惹き付けてやまない彼独特の声。柚葉は鼓膜が蕩けるような錯覚に溺れながら、正直に答えた。
「さびしいけど……でもがまんするよ……」
「柚……」
「だから……たまには今夜みたく……早くかえってきてね」
「ん……」
優は頷く代わりにそっと耳を食んだ。そして手を下方へ滑らせ、柚葉の分身を片手で握り込む。
それは溢れる愛液でコーティングされ、溶けたキャンディのようになっていた。優は上下にゆったり扱きながら、
「柚ちゃん、ぬるぬるのぴちぴちだね」
「もぉ……優くんいじわる……」
柚葉はお返しとばかりにお尻を突き出して、優の股間に押し付けた。優は思わず掠れた吐息を漏らす。
「柚ちゃん、そろそろ限界……」
「ん、僕も……」
優は身体を起こして柚葉の腰をがっしり掴んだ。激しい突き上げの予感に、柚葉はシーツに指を埋めてぎゅっとしがみついた。
「行くよ」
優は短く告げると、これまでの穏やかさからは想像もつかない激しい動きで、柚葉の柔らかな身体を攻め始めた。
角度を付けて奥を抉るように突き刺し、勢いよく引きずり出す。その激しさは、抱くというより犯すという表現が相応しかった。
柚葉はただ、優の熱情に翻弄され艶かしい悲鳴を上げるだけ。それでも身体はちゃんと感じているようで、性器の先端からは濁った愛液がとぷとぷと滴った。
「優くぅん……イクぅッ………」
「ゆずっ……」
ほぼ同時に達した二人は、互いの名を呼び合いながら激しく狂おしい吐精を遂げた。柚葉は白く波打つシーツに向かって。優は手の中で悶える愛しい身体の奥に向かって。
もちろんこれは、甘い夜の始まりに過ぎなかった。
「んん……」
目を開けると、まだ薄暗かった。柚葉はそのまま閉じそうになる目をこじ開けて、サイドテーブルにずらりと並んだ目覚まし時計の針を確認した。
「まだ大丈夫……」
どうやらぎりぎり寝坊は免れたらしい。とはいえ、隣の優はまだ熟睡していた。すーすーと規則正しい寝息に耳を傾けていると、何だかこちらまで眠くなってしまう。
でも、ここで自分が眠ってしまったら寝坊は必至だと思い、柚葉はわざともぞもぞ動いて優の覚醒を促した。
「優く〜ん、起きろ〜。そろそろだぞぉ〜」
「ん……ぅ〜〜……ふぇ…ぇ………」
子供みたいにうにうにぐずりながらも、まだ目を開けようとしない優。柚葉はその上にぴょんと飛び乗って、鼻を思い切りつまんだ。そして応援団みたいに声を張り上げて、
「起、き、ろ！ 起、き、ろ！ 起、き、ろ！」
優はじたばたしつつ「うひゃあ」と情けない声を上げ、
「降参っ、柚ちゃん降参！ 起きます！」
柚葉は満足げに笑って頷き、柔らかな声で「おはよう」と言って甘えた仕草で抱き着いた。
優は背中に腕を回すとそのままくるりと反転して、上から唇を塞いだ。精一杯の自制で舌は差し込まず、しっとりとした唇の感触を写し取っただけで身体を離した。
「まだ時間があるから、あと少しこうしてていい？」
優の言葉に、内心の嬉しさを押し隠してちょんと唇を尖らせ、
「いいけど、二度寝したら許さないからね。今度は鼻と口を塞いでやるんだから」
「柚ちゃん、それじゃ死んじゃうよ……」
優は苦笑いと共に呟いて、柚葉の身体を腕の中に収めた。柚葉はくすくす笑いながら胸に顔を押し付けたが、やがて神妙な声で、
「あ、あのね、優くん。もうすぐ、その、バレンタインだよね」
「え？ あ、うん、そうだね」
「あの……2月14日のスケジュールってどうなってるの？ 少しでも一緒にいられるかなあ、って………」
そう言って優の顔を見上げると、いかにも申し訳なさそうに目を伏せるのが見えた。その表情だけで答えは明らかだった。
「ごめん……14日は夜に生の歌番があって……朝からそのリハーサルで一日拘束されることになると思う」
「あ、そ、そっか。ううん、いいんだ。ちょっと訊いてみただけだから。だいたい、バレンタインて女の子のイベントだもんね。僕らには関係ないか」
明るい声で返して、肩を竦めおどけてみせる。尤も、その声が引き攣っているのは隠しようがなかったが。
「柚ちゃん、ごめん……」
「ううん、いいよお。生放送、がんばってね」
柚葉はそう言って俯くと、優にばれないようそっと目尻を拭った。
2月14日、バレンタインデー当日。優は予定通り朝早く出て行った。柚葉は一応チョコレートを用意していたのだが、結局渡せず優を見送った。
よく考えてみれば、チョコレートなんてファンの子たちから山ほどもらうのだ。敢えて自分があげる必要などないだろう。
「ええっと……番組は7時からか……」
新聞の番組欄で、優が出演する番組を確認する。夜7時から3時間の生放送で、バレンタインデーにちなんだ『あなたの選ぶ恋うた特集』なる特別番組のようだ。
視聴者の選んだランキングを紹介しつつ、アーティストのバレンタイン話と歌を披露するのだろう。歌番組というよりバラエティー番組に近い。最近よくあるパターンだ。
ぬるい番組には違いないが、いわゆる人気アーティストが多く出演しているのを見れば、これに優が出ることがどれほど凄いことか分かる。
柚葉はほろ苦い溜息をついて、テーブルの上にぽつんと置かれたチョコレートを見つめた。
こうしていると、また不安が頭をもたげてくる。一年前に再会した時、優は「愛してる」と言ってくれた。その言葉が今でも柚葉の中で輝き続けているのは確かだが、時間的なすれ違いの多い生活の中で以前ほどの輝きを保てなくなっているのも事実だった。
優はもともと多弁な方ではない。好きだとか愛してるとかずっと一緒にいようとか、そういう言葉を掛けてくれることはほとんどない。
だから愛情が足りないなどとは柚葉も思わないが、なかなか会えない時や不安に陥っている時、たったひと言で救われることもあるというのは否定できない。
―――ゆず、好きだぁ。ずっと一緒にいようなっ
そういえばたっちゃんはしょっちゅう好きだ好きだって言ってくれたなあ―――ふと龍逸のことを思い出し、柚葉は慌てて頭を振った。こんな比べるようなことをするなんてと、ますます深い自己嫌悪に陥ってしまう。
そんな鬱々とした時間を耐えている間に、優が出演する番組が始まる時間になった。柚葉は簡単な夕食を拵えて、テレビの前に座った。
優以外の出演者には大して興味もなかったけれど、今朝、優が家を出る時、「今夜の放送見てね」と言われたこともあり、見逃さないよう最初からきちんと見ることにした。
彼がこんなことを言うのは珍しいことだった。いつもは「見なくていいよ」と言って照れ臭そうに笑うばかりなのに。
番組開始からちょうど2時間くらい経った頃だった。優が司会者の隣に呼ばれて座った。お決まりの質問が始まる。
『バレンタインデーの思い出は？』
『いえ、特にありません』
『またまた。学生の頃は相当モテたでしょう？ チョコは最高で幾つぐらいもらったことがありますか？』
『一度もないです。モテるどころか、女子から敬遠されてました。何考えてるか分からない、薄気味悪いヤツ、って』
「ぶっ……く、くくく………優くん正直すぎ」
話が膨らまず、司会者も困惑しているようだ。無理やり笑みを拵えて、『そういうミステリアスな男性って、逆に騒がれにくいんですよね』なんて巧いんだか苦しいんだか分からないフォローをしている。
そうするうちに時間が来たのか、明らかにほっとした表情で『では歌の準備をお願いします』と促した。優は軽く一礼してステージに向かう。
『では、後藤優さんで「Remember You」です。どうぞ』
「あ、あの歌を歌うんだ……」
てっきり新曲を歌うものだと思っていた。今回はバレンタイン特番ということで、個々のアーティストが思い出の恋の歌を披露するという趣旨だったが、アーティストたちはみな売り出し中の新曲を歌っていたのだ。優のように、一年も前に発売された曲を選ぶのは珍しかった。しかし―――
「うそ……この曲っ………」
イントロを聴いただけで分かった。これは優の『Remember You』ではない。この曲はSKID ROWの『I REMEMBER YOU』だ。
そう、龍逸との、そして優との思い出の曲。死んでしまった龍逸の姿が見えると言う優がどうしても信じられず、頑なに背中を向け続けた柚葉に優が歌った歌。
昨日を覚えているかい？
手をつないで歩いたね
「うん、覚えてる、覚えてるよ……」
僕らは辛い時を過ごしたけれど、
それは代償のようなもの
それからずっと僕らは約束を守り通した
僕は誓うよ
君を決して独りにはしないと
「優くん……」
歌に込められた想いの全てを、柚葉は画面を通して受け取った。いつの間にか涙が溢れ、拭うのも忘れて優の歌に聴き入っていた。
そして曲が終わり、優がギターを抱えたまま深く一礼すると、柚葉は我に返って目をごしごしこすった。
「優くん、ごめんね。そして、ありがとう……」
柚葉が感じている不安を、優はちゃんと察知していた。それを言葉で解消することもできただろう。しかし優はより自分らしいやり方で想いを伝えたのだ。
柚葉は甘い溜息をついた。そしてテーブルの上に置きっぱなしのチョコレートに目をやると、にっこり微笑んだ。
優が最高のプレゼントを贈ってくれたのだから、自分も最高の笑顔でこれを渡そう。歌は歌えないけれど、その代わりに言葉ではっきり告げるのだ。優くん愛してる、と。
「……できれば今日じゅうに帰ってきてね」
出番が終わりテレビ画面の隅っこにちんまり座っている優に、柚葉は甘えた口調で語りかけたのだった。
（Fin）
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