act.15 【初めての男】
「イッサ、どうし……あ、あああ……や、め……ッ……！」
困惑混じりの問いかけは、悲嘆の混じった艶めかしい制止で上書きされた。螢は片手を支柱に上半身を起こそうとしたが、上手く力が入らないのか断念した。そして手を伸ばし、下腹部にぴったり密着した一颯の頭を押し戻そうとする。
しかしやはり力が入らず、もっとしてとねだるかのように一颯の髪を撫でるだけ。
「そ…んなことしなくていい、からっ……さっさとや…れっ……」
切れ切れの命令は一颯の耳に届いていたが、もちろん素通りさせた。出来の悪いイヌでも、従うべき命令と無視すべき命令の聞き分けぐらいはできる。
一颯は手で螢の性器に適度の刺激を与えながら、内股の薄い皮膚に舌を這わせて執拗に舐めた。さらに片方の手は尻の谷間深くに這い入らせ、これから熱く猛ったものを突き立てることになる部分の負担を少しでも和らげる準備のため、指で広げておこうとした。
すると、そんな一颯の意図を察した螢は、荒い息の合間から言葉を搾り出した。
「準備はいらな…い。男を受け入れやすいカラダになって……んだよ……」
「準備のためだけじゃない」
一颯はすぐさま言い返す。しかしこれだけでは螢には分からないだろうと思い、付け加えた。
「挿れるだけがセックスじゃない」
一颯は螢の両脚を掴み、胸に付くほど折り曲げた。自然と腰が浮き上がり、尻の割れ目が露わになる。そこに指を差し込んでぐいと左右に割り開けば、薄桃色の菊門が恥ずかしそうにひくついていた。
一颯は迷わずそこに舌を這わせ、表面をざらざらとこすり付けるようにして舐める。襞の悶えが舌を通じて伝わり、それは一颯の雄の部分を直截的に刺激した。
ぐっと硬起した股間がビリビリと痛む。もっともっとこの身体を味わって、ぐずぐずに蕩かしてしまいたい。しかしそろそろ限界のようだ。
いや、格好つけるのはやめよう。もう、限界だ。
一颯は顔を上げ、唾液で濡れてかすかに膨らんだような窄まりに指を押し込んだ。そして浅い部分を揉みほぐすと、なかからじんわり濡れてきた。分泌されるはずのない体液だ。
『男を受け入れやすいカラダ』とはこういうことかと納得しつつ、フェアリーが自然と身に着けたのであろう自己保存の能力に、切ないものを感じずにはいられなかった。
「ケイ……ここが濡れてきた」
第二関節まで挿れた中指にむっちりと絡み付く肉をあやしながら、耳元で囁く。すると螢は涙の暈がかかった瞳でじろと睨み返し、
「だから言ったろ。受け入れやすいカラダになってんだよ。いいからさっさと挿れろ」
「ケイ、泣いてるじゃないか」
「泣いてねえよ」
「目が潤んでる。こっちも潤んでいるが」
言いながら根元まで押し込んだ指を激しく揺り動かすと、タプタプとねばついた淫音が螢の中から響いて聞こえた。
「あっ、あ……！」
背中を反らせ、いやいやをするように頭を振る螢の嬌態に、一颯は全身の血液が逆流するような狂気じみた興奮を覚えた。
普段は理性に従属している本能がそそり立ち、理性を圧倒する。前を解放して、発情の臭気をまき散らす器官を取り出すと、それは所有者ですら見たこともないような巨きさと色艶で周囲の空気を淫靡に染め上げた。
一瞬、退いたはずの理性が頭をもたげる。こんなグロテスクなものを挿れていいのだろうかと。しかしふと視線を落とした先に、悩ましげな薔薇色に染まった螢の身体を見た。
シャツは捲くられぷくりと盛り上がった乳首が呼吸に合わせて揺れる。広げた脚の付け根で鴇色にのぼせた性器の先端から薄く濁った液体が滴る。喘ぎや嬌声などあらゆる甘い音が漏れるのを防ぐように唇を噛み締める。
ああ、無理だ。一颯は呟いた。これを目にして理性を保つくらいなら、いっそ去勢された方がいい。
「ケイ、挿れるぞ」
自分のものとは思えないほどざらついた声にぞっとしたが、もう躊躇はなかった。菊花のわずかな綻びに、己の先端を嵌め込むようにして押し付ける。グニュッとした感触と想像以上の熱さに息を呑む。そのまま引き込まれるように腰を進めると、なかの肉がしゃぶるようにまとわりついてきた。
反射的に呼吸を止め、下腹部に力を込める。それでも性器に響くビリビリとした疼痛は収まらず、一颯は早々に敗北を悟った。
「い、い……すごい、イッサ……こんな奥、まで……ああ……」
入ったものの重量や体積を味わうようにゆらゆら腰を揺らす螢の姿態は、蜜が滴りそうなほど甘く官能的だった。一颯は軽く頭を振ったが溜まった熱が散ることはなく、朦朧と霞み始めた視界の中でただ螢が、螢だけが暈然と輝いてる。
「う、あっ、あっ、あ、んっ」
あえかな、しかし艶のある喘ぎが、螢の口からこぼれていた。ほとんど無意識のうちに激しい腰使いで奥を穿っていた一颯だったが、我に返った時にはすでに絶頂がすぐ近くにあった。
折り曲げた膝を押さえ付け、上から杭でも打ち込むように勢いよく挿入すれば、ぶちゅぶちゅっとぬかるんだ音が弾けとろけた肉が絡みついてくる。さらにぐりぐりと腰を押し付け根元までねじ込むと、最も奥まった処に到達した穂先を舐めるように粘膜が包み込み、不規則な蠕動で締め付けた。
「ひ、ぃッ……！」
螢は押し殺した悲鳴を上げ、下肢全体に痙攣を走らせた。行き過ぎた快楽に涙腺が壊れたか、瞳は誤魔化しようのないほど濡れて、目尻から溢れた涙がシーツに染みを作っていた。
その普段からは想像もつかぬたおやかな風情が、一颯の情欲を煽り立てる。食らい付くような、内臓ごと押し上げるようなピストンで一気に絶頂へ駆け上がり、気付けば螢の中で射精していた。
熱くねばついた塊をびゅくびゅくと吐き出す排泄感に恍惚と微睡みつつ、火照った眼球をゆるりと下方へ動かすと、螢の半身が腹の上でぴちぴち跳ねているのが見えた。それは白濁した液体を飛ばしている。
螢も達してくれたのか、よかった。そんな殊勝な感慨は長続きせず、一颯は白い飛沫を指ですくって螢の乳首に塗り付けた。そして精液のぬめりを借りて愛撫する。ちょっとした悪戯心だったのだが、螢の反応は大きかった。
「ああっ、や、め……やめろ……！」
声を上げて一颯の手を払おうとするが力が入らず、そうするうちに乳首はコリコリに勃起して赤くなり、ひどく卑猥な色艶を見せ始めた。
「本当は、気持ちいいんだろう？」
指でつまんで上に軽く引っ張ると、「くぅ…ん」と仔犬のように鳴いた。その可愛さ。喘ぎを漏らすまいと喉を締めたのが、裏目に出てしまったようだ。
一颯は胸の愛撫を続けながら、挿れたままのものを軽く揺すってみた。すると奥が物欲しげにうねうねと蠢く。その瞬間、欲望を吐き出したはずの器官に新たな熱が凝集するのを感じた。
一颯はそれを引きずり出し、さざなみのような痙攣を繰り返す螢の身体をうつ伏せに引っくり返した。そして膝を立てて腰を突き出させる。
かすかに汗ばんだ尻と背中は、高級な釉薬を塗った陶器のように滑らかで美しく、凛としていた。獣の交合の姿勢を強いられても、螢の研磨された美しさは些かも損なわれなかった。
それが嬉しくて、少し悔しい。これから螢をどんなに抱いても、手の届かない存在であることは変わりない、そんな現実を突き付けられたようで。
ほろ苦い感傷を払うように、一颯は少し乱暴に螢の尻たぶを掴んだ。五指を跳ね返す弾力を味わいつつ左右に割り開けば、谷間の奥処に蜜花が咲く。それは紅い花弁を持ち、花芯からは白く濁った蜜を滴らせていた。
蜜の正体が、自身が放った精漿だと気付いた一颯は、突発的な狂喜の発作に襲われた。それは交わりの証であり、フェアリーとして互いを必要としていることの証でもあったからだ。
「ああ……」
深い充足感から溜め息が漏れたが、性欲はそれとは別だった。股間がずしりと重い。見れば体液に塗れたそれはそそり立ち、鼓動に合わせてビクビクと揺れていた。
一颯は己の先端を白蜜の溜まった窪みに宛がい、少しずつ腰を進めていった。濡れた入り口が丸く大きく広がり、一颯のものを呑み込んでゆく。襞の蠢きはまるで咀嚼しているかのようで、その淫らな空想に一颯は眩暈を覚えた。
「イッサ……！ な、んでイッたばっかでこんなにデカいんだよッ……」
「知らん」
「ふ…ざけんな……あ、あああっ……奥、刺さって………」
最奥部に到達した一颯は、螢の腰を掴んだ。骨格はしっかりして筋肉もそれなりに付いていると思っていたが、両手で掴んだ螢の腰は思いのほか細かった。
一度出しているせいで多少余裕が生まれた一颯は、自身の大きさを螢に味わわせるためゆっくりと出し入れした。数回繰り返すうちに一颯のそれは蛮刀のごとく反り返り、熟しきった螢の内壁を容赦なくこすり抉った。
一颯の動きに連動して、螢は背中の筋を浮き立たせて甘く悶える。その緩やかな曲線は艶めかしく、送られる快感を反芻するようにひくひくと上下する尻の、無邪気な丸みはいとけない。その相反する性質も一颯の情欲を駆り立てるものでしかなく、一颯に再び敗北の予感が訪れた。
「ケイ、ケイっ……」
螢の肌が恋しくなり、一颯は深く繋がった状態で上半身を前傾させた。そしてたおやかな背中に硬い胸を密着させると、しっとりとした感触の心地よさに溺れそうになる。一颯は深い溜め息をついて惑いを吐き出してから、手を伸ばして螢の股間をまさぐった。
それはしっかり反応して、腹にぺたりと張り付くほど勃っている。そっと握り込んで刺激を与えつつ、もう片方の手で乳首を弄ってやると、螢はシーツに顔を押し付けて襞間に喘ぎを染み込ませた。
乱れた髪の隙間から、紅くのぼせた耳たぶが覗いている。一颯はそこに軽く歯を立てると、耳の窪みをなぞるように舌を這わせとろり、とろりと舐め回した。
「は、ぅ……んっ……やめろ、イッサ……」
螢の『やめろ』は感じている証拠だと学習済みだ。さらに耳の後ろまで執拗に舐めてから耳たぶ全体を口に含んで吸うと、全身がぶるっと震えるのが伝わってきた。
「ケイ……顔を上げてくれ」
一颯の懇願を受けて、ケイはゆるゆると顔を上げた。そして官能にけぶる眼差しで一颯を見上げる。
「気持ちいいか……？」
十分に感じてくれているのは分かっていたが、ついおそるおそる訊ねてしまう。返ってきたのは不敵な笑みだ。実に螢らしい応え。やはり螢には一生敵わないとほろ苦い感情を噛み締めつつ、繋がった奥を刺激するため軽く抜き差しした。
「あ、あ、あ……っ……やめっ……」
慣れていない分、焦れったい戯れに弱いのも学習済み。一颯は腰を小刻みに揺すりながら、手の中の性器を軽く揉んだ。それは一途な鼓動を手のひらに伝えつつ、さらに硬度を増した。愛撫に素直に応えてくれる器官が、たまらなく愛おしい。
「ケイ、これがセックスだ。能力欲しさにケイを抱いていた男たちとの行為とは、根本的に違う」
囁きながら一颯は、浅い息を紡ぐ半開きの唇を指でなぞった。熱く濡れた感触に誘われるように口内に差し込むと、舌が巻き付いてきた。唇の端から、透明の唾液が溢れる。
「分かるな？ ケイ。だからあなたの初めての男は俺だ。初めて愛し合った男は俺だ」
言いながら一颯は、自分にとってもそうだと思った。これまで数え切れないほどの男女と関係を持ったが、愛情に基づく行為は一度もなかった。手っ取り早い娯楽、あるいは無味乾燥の性欲処理。相手に不自由はしなかったが、満たされることもなかったのだ。
「ケイ、あなたを愛している」
一颯は獣じみた行為の最中とは思えぬほど厳粛な声で告げ、口内を掻き回していた指を抜いて己の唇で塞いだ。すぐに螢から舌が差し出され、絡め取りつつ吸い上げる。二人分の唾液を滴らせながらのキスは性器の交わり以上に生々しく、何かが暴走を始め全身を巡るのを感じた。
一颯は舌の交わりをほどいて身体を起こし、ぬるぬると奥をこすることに専念していたもので螢のぬかるみを突き始めた。
パンパンと濡れた肌がぶつかる音に、あからさまな性交の音、すなわち押し込まれ引きずり出される粘膜の淫音が混ざる。一颯の呼吸は獣めいて太く荒く、時折喉の奥がぐるぐる鳴った。螢はその激しさに流されまいとシーツにしがみつき、一颯の突き上げにくぐもった嬌声を上げ続けた。
「ケイ……っ」
射精の前兆なのか奥がきゅぅっと窄まり、一颯の剛直を容赦なく締め上げる。思わず息を詰め、次の瞬間奥へ叩き付けるように放った。
自分の下腹が、いやらしい生き物のようにビクビクうねっている。長い放埓を終えた一颯は、螢もちゃんと達していることを確認してから身体を離した。そして螢の隣に寝転ぶと、そおっと腕を差し出した。螢はうつ伏せの顔をこちらに向けて、眉根を寄せる。
「何だよ」
「あ、いや、その。腕枕、を……」
眉間の皺をさらに深くした螢だったが、やがて一颯の方に移動して腕に頭を乗せた。
「ど、どうだ？ 寝心地は」
「正直、あんまりよくねえな」
「そうか……」
ついしゅんとしてしまう。すると押し殺した笑いが聞こえた。
「でもまあ、こうやってくっついてるのは悪くねえな。お前の身体、デカくてあったかい。布団要らずだ」
「だろう？」
喜び勇んで抱き締めると、「夏は暑苦しいだろうけど」と笑み含んだ声が。
「夏は抱き締めさせてくれないのか？」
「ああ。却下だ」
再びしゅんとなる一颯の胸に顔を押し付けて笑う螢は、とても幸せそうだった。
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