誰がために桜は咲く
27.＜最終話＞
「ぁぁ……もう、ゆるしてぇ………」
散々喘がされたせいで声は嗄れ、ずっと持ち上げられ宙に浮いたままの脚は時折ぶるぶると懶げに震えた。
執拗に舐められ吸われ指で捏ねられた陰唇は充血し、むっちり腫れ上がって二階堂の視界に鮮やかな濡れ花を咲かせた。
潤滑油として使ったハーブオイルがさらに淫靡な光沢を与え、珠里が呼吸をするたびにぬちゅぬちゅ音を立てて蠢く。二階堂はそこに両手の人差し指を突っ込んで左右に広げ、捲れ返った粘膜に舌をぬるりと這わせた。すると珠里は掠れた悲鳴を上げて、下肢を緩やかに波打たせた。
「ずいぶんいい反応をするな。俺と離れていた間、何人の男と寝た？」
二階堂の挑戦的な問いに、珠里は涙声で噛み付く。
「寝るはずないだろっ。誰がそんな………ぁ、ぁぁっ、ん……やっ…ぁ………」
二階堂は奥の急所を指で責めながら、
「本当かよ。信じられねえな。ほら、今だって俺が真面目な話してるのに一人でよがりやがって」
「ばかっ、そ、それはあなたがぐりぐりするからっ………ゃぅっ……ふぁぁ…ん……」
「ほぅらまただ。奥までビクビク波打ってる。いやらしい孔だな。正直に言えよ。何人の男と寝た？」
珠里が他の男と寝るはずがないと分かった上で、ねちっこく問い詰める。そんな二階堂を珠里は涙とともに見上げ、ほんのり羞恥に潤んだ声で「ひとりだけ…」と答えた。
予想外の返答に二階堂は思わず言葉を詰まらせる。相手は誰だと声を荒げそうになったが、それに先んじて珠里がぽそりと続けた。
「……頭の中の二階堂さんと、何度も寝たよ。した後はいつも虚しくて哀しくなったけど、でも我慢できなくて………」
珠里にとっては相当の勇気を要する告白だったのか、二階堂の視線から逃れるように横を向く。二階堂はその頬に唇を強く押し付けてがっくり項垂れ、
「あああ〜〜〜、駄目だ。畜生、可愛すぎる」
「な、なんだよ突然っ……」
「うるせ。あんなこと言われてさらりと流せる男がいるか。もっとネチネチ苛めてやるつもりだったのに、いきなり限界だ。くそ」
二階堂は勝手な文句を垂れつつ、抱えていた脚をさらに高く持ち上げた。珠里の柔らかな身体は大きく二つ折りにされ、指による前戯で熟しきった秘孔が露わになった。
くちゅ、と濡れた音をたてて淫らな誘いをかけるそこに舌を這わせてから、二階堂はゆっくり身体を起こした。腰にずしりと重力を感じ、思わず苦笑い。よくもここまで我慢したと自画自賛しつつ、羽織っていたバスローブを脱ぎ捨てた。
想像通り、いや想像以上に容積を増して熱り立つ陰茎は、溢れる先走りでぬらぬらと光っていた。二階堂は余計な刺激を与えぬよう根元をそっと掴み、珠里の蜜花に先端を宛てがう。そして僅かに腰を落とすと、ぬめりを帯びた淫猥な肉の感触と熱に包まれ一瞬我を失いかけた。
二階堂は低く呻いて何とか理性を手繰り寄せ、凶暴な獣性を抑え込む。
「珠里、力抜けよ……」
珠里への労りの言葉を囁くと、灼けた楔をゆっくりと沈めていった。
「ぁ、ぁぁぁぁ………」
爛れた母音をこぼし、脚をひくひくと波打たせながら受け入れる珠里。久しぶりの巨大な異物に尻を裂かれ、溢れるのは苦痛の苦い涙。しかし二階堂の全てが蜜壺に収まる頃にはすでに、苦痛の彼方で性の悦びが鼓動を始めていた。
二階堂は珠里の反応を窺いながら、慎重に腰を動かした。下半身全体が今にも燃え上がりそうなほど煮え滾っていたが、珠里の身体を思い遣る気持ちの方が勝った。ゆっくりと、しかし確実に、快楽の源泉を穿つ。
「ああ…………いい、きもちいいよぅ………」
やがて珠里の口は素直な快感を謳い、溢れる涙も甘さを増していった。それに比例するように、二階堂の逸物を包み込む柔肉のうねりも激しくなる。愛しい男の形を写し取ろうとするかのようにぺったり絡み付き、隅々まで精査するようにいやらしく蠢いた。
二階堂はたまらず一旦動きを止め、深呼吸をして体内に溜まった不穏な熱を吐き出す。そして掠れた声で珠里に呼びかけた。
「珠里、ほら。こっち見てみろよ」
久しぶりの快感を追うので精一杯だった珠里は、二階堂の呼びかけにゆるゆると応じた。顎を引いて僅かに頭を上げると、目に飛び込んできた光景に思わず声を上げる。
「やぁ…だ………こんなっ………」
視界を淫らに染め上げるのは、生々しい結合部。二階堂のモノをずっぷり呑み込んだそこは、時折咀嚼するようにひくひくと蠕動した。
「どうだ、いい眺めだろ」
二階堂は愉しげにそう言って、わざとゆっくり腰を引いた。その動きに合わせて、珠里の中から赤黒い陰物がずるずると引き抜かれる。その周囲にねっとりとまとわりつく珠里の花びらを、二階堂は指の腹でこすった。
するとぴりぴりした電流のような刺激が尾てい骨から這い上がり、珠里は切ない悲鳴をまき散らした。しかし二階堂は構わず、今度は少し勢いをつけて腰を落とす。
花びらはぐちゅっと濃厚な汁音を弾かせて押し込まれ、と同時に尻の奥に溜まった先走りがとろとろと滴った。
二階堂はそのまま徐々に動きを早め、最終的な解放の瞬間へと巧みに導いてゆく。珠里はその動きに翻弄されながらも、結合部から目が離せないでいた。
二階堂の雄々しい部分が自分の中に押し込まれ引きずり出されるのを見ていると、交わっているという実感がよりリアルに迫ってくる。
「ああ……ぃぃっ………二階堂さぁん……もっと、もっと奥ぅ………」
より深い結合をねだって、腰をひくんひくんと撥ね上げる珠里。それは二階堂の激しい注挿に比べればささやかな動きだったが、奥床しさと淫らさが混ざり合った極上の媚態だった。
呆気なく煽られた二階堂は熱を帯びた声で珠里の名を呼び、望み通り最奥部を穿った。珠里は「ひぃっ」と引き攣った悲鳴を上げ、次の瞬間爪先で空を蹴りながらびゅくびゅくと白濁を飛ばした。
「ふ……ぅ……ん、んっ………」
下肢を緩やかに波打たせながら射精する珠里の奥で、二階堂も大きく弾けた。眉根を寄せ、喉の奥で低く唸りながらどくどくと精を注ぎ込む。
「ふわ……すごい……二階堂さん、いっぱい出てる………」
尻の奥にじゅわじゅわと広がる熱を感じつつ、珠里はうっとりと目を細めて呟いた。長い放出を終えた二階堂はふっと肩の力を抜き、唇をちらと舐めて、
「ああ、すげえ出た。お陰さまで」
「僕のお陰じゃなくて、単なる男の生理でしょ？」
「違う。お前だからだよ」
「……嘘つきっ。一年前と言ってることが逆じゃないか」
尖った声で言い返したものの、嬉しさは隠し切れない。珠里は思わず緩みそうになる唇に力を入れてへの字に曲げ、ぷいっと横を向いた。
二階堂は笑いを噛み殺しつつ、入れっぱなしの自身をずるずると引き抜く。するとその動きに合わせて、二階堂が注いだものまで一緒に出てきた。
白く密度の高い液体は、珠里の脚の付け根をなぞるように滑り落ち、そのまま腹から胸へぬるぬると滴ってゆく。
「や、やだぁ、二階堂さん……これ拭いて………」
「何でだよ。傷付くなあ」
「だって、だって……」
二階堂が出したものが気持ち悪いのではなく、とろみを帯びた液体が触手めいた動きで肌を舐める感触に快感を覚えてしまう自分が恥ずかしかったから。
「ぁ………ぃゃぁ…………」
そうするうちにも触手は胸の上、ぷっくり勃ち上がった乳首にとろりと降り掛かり、さらに首筋にまで到達した。全身を嬲られ犯されているような錯覚に、珠里は浅ましさを感じつつも切なく悶えた。
「珠里……感じてるんだろ？ ん？」
二階堂は陰湿な問いを繰り返しながら、白濁でコーティングされた乳首を指の腹でぬるりと撫でた。
珠里は思わず甘い声を上げそうになり、慌てて口を手で押さえていやいやと首を振った。しかし二階堂はやめるどころか含み笑いとともに見下ろし、肉の実をさらに強くつまんでくにゅくにゅと捏ね回す。
珠里は塞いだ手の隙間から「くふっ」とこもった喘ぎを漏らし、腰を悩ましげに揺らす。二階堂は尚も乳首を嬲りながら、口を押さえている珠里の手を引き剥がした。そしてゆっくり顔を近付け、
「我慢するなよ。感じてるんだろ？」
「う、うるさぁい………こんなイヤラシイことばっかしてぇ………二階堂さんなんか、二階堂さんなんか―――」
「大ッ嫌い、か？」
珠里ははっと目を見開いて、喘ぎと睦言に緩んだ口を閉ざした。献辞として著作の巻頭に掲げた言葉が、今さらながら重くのしかかってくる。珠里はおそるおそる口を開いて、
「二階堂さん……怒ってる？」
「ん？ 何がだ？」
「何がって………あんな、『大ッ嫌い』だなんて………」
自分の天の邪鬼ぶりにはほとほと呆れてしまう。あれほどお世話になったというのに、好きで好きでたまらないというのに、正反対のことをしかも献辞に書いてしまったのだから。でも―――
「でもね、あの時は……あれが精一杯だったんだ。精一杯の虚勢だったんだ……」
消え入りそうな声でそう告げて、震える瞳でじっと見詰める。そんな珠里の唇に、二階堂は優しいキスを落とした。そして深い想いに撓んだ声で、
「嬉しかった。編集者をやっていて本当によかったと思った」
「二階堂さん……」
「お前がどんな想いを込めてあの一文を巻頭に刻んだか、俺には解る。俺にしか解らねえよ」
珠里は涙で頬を濡らし、何度も何度も頷いた。そして両手を差し伸べて、
「二階堂さん、ほんとは……大好き。だからもっと、もっと抱いて」
「ああ、抱いてやる。身体がとろとろに蕩けて、意識がぶっ飛ぶまで抱いてやるよ」
物騒な言葉に溢れんばかりの愛情を込めて、二階堂はゆっくりと珠里の上に覆いかぶさったのだった。
―――ふふっ、やっぱり寝顔はかわいい……
遮光カーテンの隙間から射し込む薄いヴェールのような朝日の中で、二階堂がくうくうあどけない寝息をたてている。少し前に目が覚めてからこうして寝顔を眺めているのだが、一向に飽きない。ずっと見ていたい。でも、
「もうそろそろ起きないと……」
太陽はすでに天頂近くまで昇っていた。出勤時間が明確に決まっていない編集部だとしても、余りに遅い出社では顰蹙を買うだろう。
珠里は昨夜の名残りがあちこちに刻まれた身体をのっそりと起こして、カーテンを開けた。
「うわあ、今日もいい天気」
春らしい淡い色彩の青空に、霞のような薄雲が浮いている。白光弾ける春の景色に誘われるように窓を開けると、桜の花びらが風に乗って一枚舞い込んできた。珠里はそれを手の上に乗せ、じっと見詰める。
「桜は……何のために咲く？」
昨夜、咲き誇る桜の前で二階堂は言った。桜は誰かを悦ばせるために咲いているのではない、と。そして―――
―――人間だって同じだ。何かを残すために生きているわけじゃない。生きていることそのものに意味がある。だから何も残せなかったとしても、自分を貶める必要はない
耳の奥に沁み込んだ二階堂の言葉。改めて反芻してみると、胸の奥からわあっと温かな光が湧き上がってくる。なんて優しい言葉だろう。
―――お前が元気で笑顔でいてくれるだけで、それだけでいい。これが俺の偽りない気持ちだ
「ありがと、二階堂さん……」
珠里はそっと呟いて、手の中の花びらを胸に押し当てた。そして自分に誓いを立てる。いつか必ず、この悦びを作品に昇華させよう。生きていることそのものに意味があると、生を正面から肯定するような温かく希望に満ちた作品を書こう。
そして、一番最初のページにもう一度献辞を掲げるのだ。言葉はすでに決まっている。
『最愛のN氏に捧ぐ』
珠里はにっこり微笑んで、隣で眠っている最愛のN氏に柔らかな口づけを贈った。
（Fin）
＊最後までお読み下さいまして、ありがとうございました。おまけとして、透麻と游月が登場するプチ続編をお届けします。そちらもよろしくお願いいたします。
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