その後の二人

購入したばかりのダブルベッドで、性戯の後の甘い倦怠に酔いながら、喬允は幸せな微睡みに浸っていた。

腕の中には、ついさっきまで艶美な嬌態と熱くうねる媚肉で喬允を狂わせていた奏の、見愡れるほど美しい寝顔があった。

眺めていると、思わず溜め息が漏れてしまう。端整でありながら妖艶でもある奏の容姿を見るにつけ、なんで自分みたいに平凡を絵に描いたような男がいいのだろうという単純な疑問が湧いてくる。もちろん考えても分からないから、いつも早々に問いを放棄してしまうのだが。

今も同じ。喬允は暫くの間、答えの出ない自問をくゆらせていたが、徐々に頭を支配し始めた睡魔もあってか、そのまま目を閉じ本格的な眠りに溶け込んでいった。

そうして夜は静かに、嫋やかに流れ、あと少しでしらじら明けようかという頃、交互に訪れる浅い眠りと深い眠りの波間で、喬允はふと違和感に捉えられた。何かが上にのしかかっているような、圧迫されるような―――

「か、奏っ？　お前、何してんだ」

違和感に促されてぱちっと目を開けると、群青色の闇をはね付けて煌めく奏の瞳と視線が合った。圧迫感を覚えたのは当然。奏は喬允を上から押さえ付け、シャツの襟元に手を掛けていたのだ。

「あ、起きちゃった？」
「起きちゃった？　じゃないだろ。何してるんだ、こんな時間に」

奏はにっこりと屈託のない笑みを浮かべ、

「喬兄の無防備な寝顔見てたら、なぁんかムラムラしちゃってさ。ぐっすり熟睡してたし、うまくやればこっそりヤッちゃえるかなって」

美しい笑顔とはあまりに対照的な猟奇的返答についてゆけず、喬允の思考は一時停止する。が、危険を察した本能が後押ししたのか、再び頭が動き出した。

「や…やっちゃえるってまさか……」

こわごわ見上げる喬允に、奏はさらに笑みを深めて、

「やっぱり男として生を受けた以上、好きな人の中に挿れたいって思うのは当然の欲望だろ？　違う？」

さらりとそう言って、顔を近づけてくる。完全に恐慌状態に陥った喬允は「違わないですけど！」となぜか敬語で叫び、

「で、でででも、俺がその、あんあん言って喘いだりしたら、気持ち悪くてさすがに萎えるだろ？」

奏はその光景を想像するようにいったん視線を宙に彷徨わせたが、やがてほんのり頬を染めて、

「かわいい……」
「かっ……」

絶句して固まる喬允をしばし眺めていた奏は、はあっと溜め息をついて喬允の上からどいた。そしていつもの定位置に戻って喬允の胸に顔をうずめ、

「やっぱり今すぐは無理かあ。ま、いいや。何年でも何十年でも待つから」
「……あのなあ、俺はその頃には、加齢臭バリバリのおっさんになってるぞ」
「ああ、大丈夫大丈夫。そういうジャンルもちゃんとあるから」
「ジャ、ジャンルってなんだよ！　人をキワモノ扱いするな！」
「キワモノじゃないよ。枯れ専ていう立派な―――」
「うるさいうるさい！　もう寝るぞ！」

言葉の勢いとともに反転して背中を向ける喬允に、奏はぴたっと寄り添い、

「何十年後の二人の未来を否定しないでくれてありがとう」
「…………」
「一緒にいるっていう前提を、否定しないでくれてありがとう、喬兄」
「別に……礼を言われる筋合いはないが」
「うん。でも……ありがとう」

背中越しに聞こえる感謝の言葉は、かすかに震えていた。喬允は再び反転して奏に向き直り、その身体を震えごと抱き締めたのだった。
（Fin）

BACK　　　　　　TOP　　　　　　孤独なライオンINDEX　　　　　　NOVEL INDEX