他人の絆
＜1＞
「んん〜〜、やっぱりこたつっていいねえ。寛ぐ〜〜」
「…………」
「こういう時、日本人に生まれてよかったって心底思うよ。な？ 喬兄」
「……俺は全く寛げないんだが」
ぼそっと控え目な抗議を呟くと、奏は首をねじって振り向いた。
「寛げない？」
「当たり前だろう。せめて隣に座ってくれ」
喬允は呆れたようにそう言って、手のひらで隣をぽんぽんと叩く。奏のリクエストに応じて、二人並んで入れる大きめのこたつを買ったというのに、今やすっかり奏の定位置は喬允の脚の間だった。
意識的にか無意識なのか、柔らかく無邪気な丸みを喬允の脚の付け根、つまりはちょっとした刺激ですぐ熱を帯びるあの不穏な場所にむにむにと押し付けてくるものだから、とにかくたまらない。
やめてくれと言えば感じているのを認めていることになるし、そのまま放置していればいずれ発火するのは目に見えている。
いや、これまで何度も発火してしまったのだから、今さら紳士ぶるのもどうかと思うのだが。
そんな喬允の煩悶に気付いているのかいないのか、奏は長い脚の間にちゃっかり座って背中を預け、確信犯的な無邪気さを装って見上げてくる。
「だって、背中がぽかぽかして気持ちいいし。楽ちんだし」
「俺は座椅子かっ」
「はいはい、分かりました。これならいい？」
奏はそう言うや否やもぞもぞと身体を反転させ、喬允の膝に乗って胸と胸を向かい合わせにぴったり合わせた。
「これが、こたつに入る恋人同士の最も正しい姿勢だって」
「そんなわけないだろ。というか、重い」
「この前見たドラマで、こういうシーンがあっただろ？ 男は優しく恋人の背中を撫でてさ」
「あれは相手が華奢な女優だったじゃないか」
「へ〜え。なら相手が華奢な女だったらいいんだ」
嫌味ったらしく声を引き伸ばして返しつつも、見上げてくる瞳は楽しげに揺らめいていた。喬允は苦笑を浮かべつつ、同居を始めたばかりの頃だったらこんな会話を気安くできなかったなと、ちょっとした感慨に耽った。
一緒に住み始めてもうすぐ一年。積み重ねてきた時間は確実に、脆弱だった足元に浸透してじわじわと密度を高めている。
ちょっとやそっとの衝撃では崩れないだろうが、もちろん油断は禁物だ。硬いものの方が、突然の一撃に弱いという側面もある。柔軟さと堅固さを兼ね備えるには、喬允も奏もまだまだ人生経験を積まねばなるまい。
「……まあ、抱き心地はこっちの方がいいだろうけどな」
そう言って腰に腕を回し、少し強めに五指を沈めるようにして尻を触ると、唐突な愛撫に驚いたのか背筋がぴくんと揺れた。
さらに喬允は言葉の正しさを確かめるように、腰から背中へ手のひらを滑らせる。奏の顔は喬允の首筋に埋められていたから表情は窺えないけれど、そのささやかな動きが皮膚の下を流れる微電流を呼び起こしたことは、赤く潤み始めた耳たぶを見れば瞭然だった。なのに、
「さすがに抱き心地は女の方がいいだろ」
なんて素っ気ないことを言ってくる。こういう天の邪鬼なところも可愛いんだよなと軽く浮かれつつ、抱き締める力をわずかに強めて無言のうちに奏の言葉を否定した。
喬允の“答え”が通じたのか、奏もそれ以上は何も言わず抱擁に身体を委ねる。そのまま熱っぽい沈黙が流れたが、やがて奏はのそりと身を起こしてぱたぱたと顔を扇ぎ、
「何か暑くなってきた。冷たいビール、半分こしない？」
「お、いいな。ちょうど喉が渇いてたんだ」
奏は素早く膝の上から下りてキッチンへ行き、缶ビール一本とグラスを持って戻ってきた。そして喬允の隣に腰をぴったり寄せて足を入れ、缶を開けてグラスに注ぐ。
「はい、どうぞ」
「ん、サンキュ」
喉の渇きに促されるまま一気にグラスの半分を流し込むと、隣で奏がうっとりと頬を上気させて見上げているのに気付いた。
「どうした、飲まないのか？」
「ん？ いや……上下に動くでかい喉仏が、いやらしくて格好いいなあって……」
「ば、馬鹿なこと言ってないで飲め！ ぬるくなるぞ」
「はいはい」
奏は軽くとりなすように応じて缶に口を付けた。その唇はまだやんわり綻んでいる。喬允は顔が赤くなったのをこたつとアルコールのせいにして、さっき奏がしたように手で扇いで「よけい暑くなってきたな」と白々しく呟いた。
喉仏に限らず、指の節や背骨の隆起、果てはくるぶしまで、喬允の細部を奏は実によく見ていた。そしてたまに、今回のようにさらっと褒めて、賛美に慣れていない喬允を大いに惑わせた。
嬉しさや気恥ずかしさはもちろん、奏が自分に向けている視線がどれほど真剣で濃密なものか思い知らされ、たまらない気持ちになる。自分よりずっと経験豊富で恋愛上手だと勝手に思い込んでいた奏の、一途で純真な本質がそこにはあった。
「わっ、喬兄。いきなりどしたんだよ」
荒っぽく肩を抱き寄せられ体勢を崩した奏は、子供みたいに目を見開いて喬允の様子を窺う。
「もっと……傍に来てくれ」
喬允はかすかにくぐもった声で乞う。もちろん奏は、これ以上傍には行けないよ、なんて無粋なことは言わない。とろりと蜜状の微笑みを唇に乗せ、腰をねじって喬允の胸にしなだれかかった。
さらなる体温の上昇を自覚しつつ、喬允はそのしなやかな流線形を描く身体を抱き締める。やがてどちらからともなく唇が近づき、最も深い口づけが可能な角度でぴったり重なった。
すぐさま舌を挿し込むと、舌先をじんわり甘噛みされた。絶妙な力加減がもたらす痺れるようなむず痒さに、反射的に唾液が溢れる。すると奏は舌をゆったり波打たせてそれをすくい、喉の奥で「んくっ」と鳴きながらすすり飲んだ。
口内にわずかに残存していたビールの苦味はあっという間に拭い去られ、満ちているのはただ甘い唾液ととろける舌ばかり。
喬允はお返しとばかりにしつこく舌を吸い上げたが、気が付けば腰に回した手で尻を揉んでいた。まるで、次のターゲットはここだと予告するかのように。
「はっ……すごい、感じた……」
ようやく口づけをほどくと、銀色の粘液が滴る唇をわななかせて奏が呟いた。喬允は舌を這わせてそれを舐め取り、
「濡れたか？」
揶揄めいた問い掛けに、奏はむっと唇を尖らせる。が次の瞬間、蜜花が綻ぶように笑い、
「ん……もうぐしょぐしょ」
そう言って、その場所を喬允の逞しい腰骨にこすり付ける。計算なのか無意識なのか分からない、鮮やかすぎる表情の変容、そして控え目ながら妙に艶めかしい媚態。
それらが見えない触手となって、喬允の欲望の核を巧みに撫でさする。その結果は目に見えていた。
「あっ、ちょ……そんな急にっ……」
奏が困惑するのも尤もだった。喬允の手はいきなり奏の熱塊を目指し、下着の中を容赦なくまさぐる。
目当てのものはすぐに見つかった。奏の申告通りぬるぬるに濡れそぼったそれを手で包み込むように握り、律動的に圧力を与えてやると、腰全体がビクビクッと痙攣するように跳ねた。
「すごいな。こんなに漏らしてたのか」
「だっ…て………あ、ああっ、ん、い、痛…いっ……もっと優しく……」
「痛いくらいが好きなくせに」
声に嗜虐の色を乗せて囁き、握る手に力を入れてそのまま上下に動かすと、奏はか細いけれど艶のある声で鳴いた。そして喬允の身体にしがみつき、肩口に歯を立てる。
ちりちりした痛みは、それをもたらした者への愛しさを引き出すばかりだったが、喬允は一応「こら痛いぞ」と抗議して、空いた手で頭をコツンとやった。
「喬兄が酷いことするから……」
荒い呼吸に掻き消されてしまいそうなほどの儚い声で言い訳して、奏はそろりと見上げてきた。濡れた瞳は官能への期待だけでなく、喬允に真直ぐ注がれる思慕も湛えている。
身も心も預けきっていると言わんばかりの眼差しを向けられ、喬允は喜びと愛しさに舞い上がった。
たまらない、本当にたまらないと思う。“愛情”という定義から大きくはみ出してしまう情のうねりに呑み込まれ、喬允は一瞬我を見失う。この身体を掻き抱き、噛み付いて、食い尽くしてしまいたい。強まるほど原始性を増す欲望が、理性の鎧を貫いて身体を駆け巡る。
なるほど、食べてしまいたいほど可愛いというのはこういう感情なのかと意識野の片隅で納得しつつ、喬允は逸る心身を静めるためわざと緩慢な動作で奏の下穿きを脱がせた。
「奏、上に乗れ」
性戯の際の命令口調が奏を高ぶらせることは先刻承知済み。案の定、奏の双眸は欲情の色を増し、瞬きにすら艶めかしさが宿った。
奏は喬允を跨いで上に乗り、両手をそっと肩に置いた。喬允はすぐさま脚の付け根に指を滑り込ませ、そのまま奥へ進めて谷間のぬめりを確かめた。
「なんだもう……ぬるぬるじゃないか」
これなら潤滑油は必要ないなと、言外に溢れた液体の多さを揶揄する。そしてまだ固く窄まった入り口を指先で弄ぶと、奏の全身がぶるっと震えた。
「は、はや…く、ほぐして……」
喬允は分かった、と答える代わりに襞を掻き分け中指を沈めた。半分くらい押し込むと、あとはそのまま吸い込まれてゆく。もちろんそれは錯覚なのだろうが、そんな感覚を誘発するほど、内膜の吸着は凄まじかったのだ。
根元ぎりぎりまで埋め込んだところで、奥を引っ掻くように指を屈伸させると、蜜壺全体がたまらないと言わんばかりに締め付けてきた。
さらに指を増やして、今度は抽挿の真似事をするようにぬぷぬぷと出し入れすると、喬允の上に乗った美しい獲物は切ない喘ぎをこぼして、そのしなやかな肢体を淫靡にしならせた。
「奏……上着、自分でまくり上げろ」
喬允の命令に奏はふわふわと頷き、覚束ない手付きで薄手のセーターを引き上げた。露わになった皙い胸はかすかに汗ばんで、それゆえ淫らな絖の光沢を湛え、その上で震えるルビー色の頂きをより扇情的に見せた。
喬允は喉仏が勝手に上下するのを感じながら、唇で挟み込んできつく吸い上げた。
「んうっ、んっ」
鼻に抜けるあどけない喘ぎに連動して、喬允の指を包む柔肉がきゅうっと竦み、さらにひくひくと蠢いた。
ここに己の欲望を突き刺した瞬間の目眩く快感、その一端を先取りした喬允は、下着の中で自身がぐっと反り返るのを感じた。
それは所有者を無視して早く犯らせろと喚いていたが、あと少し、もう少しだけ焦れったい快感に嬲られ悶える奏が見たかった。喬允は指を回してクリームのようにとろけた奥を撹拌しつつ、固く尖らせた舌先で淡く色づく乳暈をなぞった。
「い、いやだ、それっ、あ、ああっ」
「ん？ 何が嫌なんだ？」
乳首を軽く吸ったまま問いかけると、もはや性感の塊と化した突起に歯が当たり、そのたびに奏は甘ったれた声を上げた。
「なんだ、その声。気持ちいいんだろ？」
「ひっ、ぃ、しゃ、しゃべる、な……」
意地悪く引き延ばされた官能に涙混じりの訴えをしながらも、奏はセーターをまくり上げた手を下ろそうとはしない。ところどころ吸われ鬱血の花が咲く滑らかな胸を、喬允に与え続けている。
「お前はほんとに可愛いな、奏……」
我ながら途轍もなく甘い声だと呆れながらも、そんな声が出せる器官が自分の身体に備わっていたという事実が妙に嬉しい。喬允は指と舌と言葉で愛撫しつつ、奏の全てをとろとろに蕩かしていった。奏はついにすすり泣き出し、
「喬兄、も、いいから早くっ……」
「欲しいのか？」
奏は嗚咽の破片をひくっと吸い上げてから、何度も頷いた。そしてもつれる指ももどかしげに、喬允の不穏な熱を解放する。ようやく外気に触れたそれはむきむきと青筋立って、先走りとともに発情の臭気をまき散らした。
あまりの慎みのなさに喬允は眉をひそめずにはいられなかったが、対照的に奏は口許を綻ばせ、手のひらで慈しむように撫でた。思わず腰の浮き上がった喬允は慌てて制止する。
「や、めろっ……」
「どうして？」
「どうして、って……出るからに決まってんだろ。いいのか？ ここで出して」
「よくない」
奏は即答を返し、手を放した。そして再び喬允の両肩に置いた。先刻よりしっかり掴まっているのはもちろん、激しい突き上げを受け止めるためだ。
喬允は応えて奏の腰を支え、狭間の最奥部に自身の突端をぐいと押し付けた。そのまま掴んだ腰を落とすと、ほんの一瞬だが侵入を阻むように濡れた粘膜が窄まった。
本来こういう行為に使う場所ではないのだから、生体として当然の抵抗だった。が、次の瞬間そこはみりみりっと広がり、呆気ないほどつるりと先端を呑み込んだ。
最も大きく張り出した部分が入ってしまえば、もう入り口を傷つける心配はない。ということはつまり、あとは欲望のまま突いて攻めて抉っていいということだ。喬允は掴んだ腰をぐいと落とすと同時に、腹筋を使って股間を突き上げた。
濡れた肌と肌がぶつかる淫猥な音が弾け、奏の極まったような悲鳴が重なる。その淫靡な二重奏を鑑賞する余裕などあるはずもなく、喬允は間髪いれず腰をはね上げて貪るような抽挿に没頭した。
「あ、ああっ、あっ、ん、奥に、刺さるっ、すご、すご…いぃっ」
仰け反りながら貫かれる喜びと快感を謳う奏の身体を激しく揺さぶりながら、己の屹立をずぶずぶと突き立てれば、周到に濡らしほぐしたそこは驚くほど滑りがよく、熱くぬるんだ肉がとろっと絡みついて容赦なく締め付ける。
男を搾り取るようなその動きは獰猛なほど淫らで、深く沈めるたびに背中の筋がビリビリと痛いくらいに痺れた。
柔らかなアースカラーでまとめられたこたつ布団で隠された結合部は、尋常じゃないほど熱く蒸れて、今にも溶けてしまいそうだ。
こたつという日常の光景の中で繰り広げられる性の営みはあまりに生々しく、全身の血が逆流しそうなほどの性的興奮を呼び起こした。その影響はすぐさま喬允のものに現れる。
「んあっ、あ……すごっ……また、おおきくなった……あっ、ああん」
「はっ、くそ……気持ち……よすぎる」
正直な感慨が、二人の口から同時にこぼれる。喬允が、さらに体積の増したものをグプッ、グプッと押し込むと、両手の間にある奏の腰が艶めかしい痙攣を始めた。
「んっ、んー、い、イクぅっ」
奏が甘ったれた口調で絶頂を訴えた瞬間、喬允は手の中の腰をずん、と下に引いて股間に押し付け、射精時にしか味わえない筒肉全体のどよめくような蠢動を味わおうとした。しかし、
「クッ、う、くそっ……出る………」
溶鉱炉のように熱くクリームのようにぬめった内部が密着して、きゅうきゅうに締め付けてくる。その蠢きを味わおうなんて最初から無駄な足掻きだったと思い知った瞬間には、奏の奥めがけて粘っこい執拗な放埒をぶつけていた。
びゅっびゅっと一定の間隔をおいて吐き出されるそれは奏の中で対流し、喬允の竿をとっぷり濡らす。
「んっ、はっ……あ、まだ……まだ出てる……すごい………」
すでに放出を終えた奏は、時折ぶるっと身体を震わせながら、長々と時間をかけて注がれる喬允の熱精を受け止めた。やがて喬允は奏の身体を掻き抱き、その耳元で、
「まだ、絡みついてる」
「……喬兄のケダモノ」
つんと横を向いてぴしゃりと言い返しながらも、尻肉ごと締め付けるというささやかな媚態を見せる奏に、喬允は密かに白旗を挙げた。
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