毛皮とこたつ
―本当に欲しいもの―
＜3＞
湿った吐息がかかったと思った瞬間、柔らかくあたたかな感触に包まれた。喬允は慌てて下腹に力を入れ、快楽の襲来に備える。そして視線を落とすと、奏が膝をついた四つん這いの姿勢で喬允の屹立を頬張っているのが見えた。
喉の奥に付くほど深く咥えたと思ったら、頬をすぼめて吸い上げつつ引き出す。それを数回繰り返しただけで、喬允の下半身は痺れんばかりの射精痛に襲われた。
しかしそんな喬允の情態を知ってか知らずか、奏は口の奉仕をやめようとしない。今度は顔を横にして近づけ、ハーモニカかフルートでも吹くような感じで竿に唇を押し付けて軽く吸う。
直接的な刺激は先刻の方が強かったが、顔を横にしたことで口淫に耽る奏の表情がよく見え、喬允の性的興奮は一気に上昇した。
どこかうっとり夢見がちな顔で、喬允の赤黒く充血したものを時についばみ、時に舌先でなぞる。
喬允の濃密な視線に気付いたのか、長い睫毛のあわいから煌めく瞳が見つめ返してきた。その官能にとろける眼差しの危うい魅力に喬允は呆気なく搦め捕られてしまう。
完全に息が上がった状態で、淫らな奉仕に没頭する奏を食い入るように眺めていたが、やがて奏が動くにつれてコートの裾が少しずつめくれ上がり、ほの白く輝く珠尻が露出するのを見た瞬間、猶予の時が終わったことを悟った。
あの見事な張りを見せる尻たぶを掴んで割り開き、谷間の奥でひくつく薔薇色の潤みに突き刺したい。そんな身も蓋もない直接的な欲望に囚われた喬允は、それを正直に告げた。
「奏、挿れたい。挿れさせてくれ……」
奏はぴくっと身じろいで顔を上げ、この上なく妖艶な笑みとともに頷いた。そして上半身を起こし、はだけた胸と胸をぴったり合わせて抱き着くと、喬允の手を取って自分の尻へ誘導した。
「後ろ、ほぐして」
喬允はすぐさま言われた通り、これから己の猛りを幾度も突き立てる奏の秘部を丁寧にとろかしてゆく。
ローションは必要なかった。二人分の先走った粘液を指先でたっぷりすくい取り、襞の細かな隙間にまで浸透させるように塗り付ける。そして異物の侵入を拒む固い窄まりをあやすように指を一本、二本と滑り込ませる。そのたびに奏の総身はぶるっとふるえ、緩んだ唇から蜜状の吐息がこぼれた。
喬允は指戯を続けながら、奏の唇をその吐息ごと吸い上げる。応えて差し込まれた奏の舌先を甘噛みし、唾液をとろとろと注ぎ込むと、奏は鼻で息をしつつ喉を鳴らして全て飲み干した。
「そろそろ……いいか？」
喬允の問いに頷く代わりに、奏はくいっと腰を持ち上げてコートの裾をまくった。喬允は尻たぶに五指を沈ませて強く掴み、左右に広げて潤んだ秘部を裂き開く。
「喬兄はそのまま……あとは俺が誘導するから……」
奏は片手を喬允の肩に置き、片手で喬允の太いものを掴んで、赤黒く膨れた宝冠部を自身の潤みに宛てがった。
くちゅ、とささやかな音をたてて粘膜が触れ合った瞬間、二人の下半身にさざ波のような微電流が走った。
「んあ……ああ、あ…つい……あつい……喬兄……」
奏は夢中で腰を揺らし、めくれ上がって敏感になった肉に喬允の切っ先をこすり付けた。ぬるっぬるっと滑るたびに、快感が上昇気流のように身体の中心を突き抜ける。
「か…なでっ………ぅ、くっ………」
喬允は従順に奏の腰を支えることに徹していたが、さすがにもう限界だった。尻をぐっと掴み直し、ガチガチに反り返った自身の上に落としてゆく。ぶちゅぶちゅっとぬかるみに棒を突き立てるような音を弾かせて、奏の中に喬允が収まってゆく。
「はぅっ、ぅ、ぁ、ぁぁっ………」
喬允の上で弓なりにのけぞり、髪を振り乱して嬌声を上げる奏はまるで、獰猛さと優雅さを兼ね備えた獣のようだった。
いや、獣じみているのは“外側”だけではない。挿れると同時に弾けて中で飛び散った喬允の種を、争って肉に染み込ませようと蠢く襞の貪欲さは、まさに飢えた獣。銀色の毛並みを閃かせて月に吠える孤狼だった。
「喬……兄、凄…い………んっ………ああ、また……おっきい………」
溜まりに溜まった欲望を一度ぶちまけた喬允だったが、むっちりした肉の絨毯に包まれあっという間に再び反り返った。
喬允はその硬さや角度を誇示するように腰を揺らし、奏の潤った中心を掻き回す。すると奥処からヌチャヌチャとあからさまな性交の音が漏れ、図らずも二人の性感を高めた。
「あっ……いい……奥まで響く………」
喬允の穂先がコリコリした深みを突くたびに、奏の身体がびくんびくんと跳ねる。そのダイレクトな反応が嬉しくて、夢中で腰を揺らしていた喬允だったが、気が付けば二度目の絶頂がもう目の前だった。
熱く溶け崩れた粘膜がもたらす快感は凄まじく、喬允は軽く頭を振って敗北の予感を振り払い、奏の尻を掴む五指に力を入れた。
「奏、今度は一緒にいくぞ」
今できる精いっぱいの冷静な声で告げると、奏は嬉しそうに「ん、一緒にいく…」と囁き返して、喬允の肩にしっかとしがみついた。喬允は掴んだ尻を上下に揺り動かし、それに合わせて自身の股間を突き上げる。初めは緩やかに。徐々に激しく。
「は、あっ、あ、あっ、ん」
奏は唾液とともに甘ったれた喘ぎをこぼし、喬允の雄々しい動きに翻弄されるばかり。灼熱の棒にこすり上げられる愉悦に加え、愛液でぬるぬるになった性器が喬允の美しく隆起した腹筋に挟まれ揉まれるのがたまらなくいい。
奏は甘美な陶酔のうねりに今にも呑み込まれんとしながら、自らも腰を振ってさらに深く激しい交わりを求めた。やがて―――
「ああっ、来る、来るっ…………ああああッ」
瞼裏で淡い光が弾けた瞬間、背筋に電流が走る。奏は己の先端から熱いものが噴き出るのと同時に、身体の芯で熱塊がドクッドクッと脈打つのを感じた。
「ああ……まだ出てる………」
奏はうわ言のように呟きながら、勢いよく注がれる喬允の精漿をできるだけ長い間体内に留めておこうと、括約筋をきゅっと締めた。
「かな…で……」
ようやく放出を終え、深い溜め息とともに奏の名を呼んだ喬允は、尻から手を離してコートの上から拘束するようにきつく抱き締め、
「たとえ俺よりお前に相応しい男が現れたとしても……そいつには渡さない」
喬允には珍しい真直ぐな言葉を、奏はくすぐったそうに受け入れた。
「……結局、今日じゅうに片付けできなかったなあ」
誰にともなく呟いた喬允に、奏はちょっとだけ皮肉を込めて、
「そりゃ、誰かさんが毛皮のコートにブチ切れたからだろ。おまけに、自分はつまらない人間だとか、お前には相応しくないとか。どんだけ繊細なんだよ。ガラスの十代でもないくせに」
「う……」
喬允は何とか反論しようとしたが、出てきたのは苦しげな呻きだけ。結局、
「す、すまん……」
小声で詫びを入れ、照れ隠しか背中を向けてしまった。奏は苦笑しつつ、逞しさとしなやかさが共存した広い背中にそっと唇を這わせ、
「当時は正直、面倒なものくれたなあと思ったけど、もらってよかった。喬兄がこんなに興奮してくれるなんて」
「……別に興奮なんてしてないぞ」
「裸に毛皮着せようなんて、正常な頭じゃ考え付かないよな」
「俺が着せたわけじゃ……」
「見たいって言ったの誰だっけ？」
「…………」
背中越しの“降参”を受け取った奏は、くすくす笑いながら四肢を喬允の身体に絡めた。融け合う素肌の感触を反芻しつつ、甘い沈黙に憩う。やがて、徐に喬允が口を開いた。
「とてもよく似合ってたぞ。まるで……月の女神みたいだった」
「へえ……ずいぶんロマンチックな表現だな。詩人になれるよ」
揶揄めいた口調はもちろん、照れ隠しだ。奏は赤く染まった頬を、喬允の背中にぎゅっと押し付けた。が、突然ぱっと顔を上げ、
「そうだ、喬兄も着てみろよ」
「は？」
「あの毛皮。喬兄もきっと似合うよ」
喬允は冗談じゃないと慌てて首を振り、
「俺が着たら、マタギみたいになるだけだって！」
「マタギ！ いいじゃんそれ！ マタギ萌え〜〜〜」
奏はけらけら笑って飛び起き、相変わらずプラチナの光沢を見せつけるコートを手に取った。そして喬允にずいと差し出す。
「はい。着てみて着てみて」
こういう時、奏には何を言って抵抗しても無駄だとこの数カ月で学習済みだった。喬允は肩を落として「はいはい」と頷き、渡されたコートにもそもそと腕を通した。
裸に毛皮という途轍もなく恥ずかしい格好だったが、さっきは奏に同じことをさせたのだから仕方ない。ここは男らしく（？）着てみせて、失笑だろうが憫笑だろうが爆笑だろうが堂々と受け入れてやろうじゃないかと胸を張った。
が、奏は一向に笑う気配を見せない。それどころか―――
「喬兄……ヤバい……」
「……は？」
「ヤバいくらい色っぽい、かっこいい……」
そう言う奏の瞳こそ、情慾に潤んでぞくりとするような色気があった。無意識なのか意識的になのか、半開きの唇を舌先でちらと舐め、
「硬く締まった胸筋と滑らかな毛皮の対比が……たまんないよ」
「お前……やっぱり俺を甘やかしすぎだぞ」
喬允はそそくさとコートを脱いで、ベッドの中に戻った。そして、蜜に濡れた花弁のような蠱惑の唇にそっと口づけた。唇を離してもなお、互いの吐息が感じられる距離に顔を近づけたまま、
「今度、コートをプレゼントするよ。これから寒くなるしな。さすがに毛皮は無理だけど、カシミヤぐらいなら……」
「ん〜、コートじゃなくて、他に欲しいものがあるんだ」
奏の方から物をねだるのは珍しかった。もともと物に執着のない人間なのは確かだったが、身軽にしているのは、いつでも簡単に荷物をまとめて出ていけるようにするためではないかと、ある時喬允は気付いてしまった。
いつ別れを告げられても、素早く喬允の前から姿を消せるように、意識的に物を増やさないようにしているのだろうと。
それから数日間、喬允は苦しんだが、その真偽を直接質すことはしなかった。地道に二人の時間を積み重ねてゆくことでしか、根本的な解決は無理だと分かっていたから。
そういった事情があったから、奏に欲しいものがあると言われた喬允は、ひとつ大きな壁を乗り越えたような、混沌とした不安から一歩抜け出たような晴れやかな気持ちになった。何が欲しいんだ？ と問う声も、つい浮かれてしまう。
「うん、えーとね、こたつが欲しい」
「こた…つ？」
意外すぎる答えに惚ける喬允とは対照的に、奏は熱烈に頷いて、
「こたつでぬくぬくしながら鍋やったり、熱燗をちびちび飲んだり、そのままうとうとしたり……最高の冬の過ごし方だろ？」
最初はなんだこたつかと思ったものの、奏の言葉が喚起する幸せな冬のイメージに、喬允もすっかりはまり込んでしまった。
「……いいな、それ」
ぼそりと答えながら、頭の中では二人でこたつに入って水炊きか鱈ちりをつついている光景がすでに展開していた。
「よし、さっそく明日、こたつを買いに行こう！」
「やったぁ」
子供みたいな歓声を上げて喜ぶ奏の背中を、よしよしとあやすように撫でる喬允。奏の本当の目的が、こたつという密な空間の中でエッチすることにあるとは、気付くはずもなかった。
（Fin）
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