花火の如く
＜4＞
百花繚乱の夜空に背を向けて、真直ぐ自宅を目指す。ほとんど言葉を交わすことはなかったが、いやだからこそ、身体の奥で静かに燃える欲望の燠火を、寄り添いつつ互いに感じ合うことができた。
そうして帰宅した二人の足は、どちらが誘うまでもなく自然と寝室へ向かった。冷房はつけたままだったから、室内はほどよい涼しさで空気もさらりとしていた。
奏はベッドサイドの照明をともして、蜂蜜色の官能的な陰翳の中でとろりと微笑んだ。その笑みに誘われるまま喬允は近づき、奏の唇を荒々しく塞いだ。
先刻の口淫で口紅はほとんど剥がれ落ち、唇は奏本来の色と質感に戻っていた。喬允はその柔らかさ、瑞々しさを味わいながら、やはり自然のままの奏が一番だなと感慨に耽った。
鼻で呼吸しつつ舌を激しく絡め合い、唾液を交換している間に二人の体温は上昇を続け、血流は勢いを増す。長く濃厚な口づけを終えて唇を離した時には、劣情の熱が全身を支配していた。
喬允は奏の衿元に両手を掛け、まるで秘密の扉をこじ開けるかのように力を込めて左右に割った。そうして露わになった雪花の肌を音を立ててついばみ、血色の淡花を散らす。
さらに鎖骨の窪みを舐め、肩の尖りにやんわり歯を立てながら、奏の髪を飾る花を無雑作に掴んでベッドの上に投げ捨てた。そして乱暴な行為の埋め合わせをするかのように、同じ場所に指を滑り込ませ、優しく髪を梳いた。
「やっぱり……花なんか似合わない？」
淋しげな微笑みとともに、行為の真意を問う奏に、喬允は「いや…」と小さく首を振り、
「花に花を飾る必要はないからな」
途端に奏の頬は赤く色づき、喬允の視界に新たな花を咲かせた。そして「ずいぶんキザなこと言うんだな」と憎まれ口を叩きながらも、甘えるように喬允の腰に腕を巻き付ける。
そんな奏がたまらなく可愛くてつい口許が綻ぶが、“可愛い”という感情は“虐めたい”という欲望と表裏一体であることを、喬允はこの数カ月で知るに到った。
その欲望を満たすため、喬允は奏の背後に回した手で帯をほどく。しゅるしゅると秘めやかな衣ずれの音が、快楽の夜の始まりを告げる先触れにも聞こえて、喬允は静かに昂揚した。
そのまま着乱れた状態の奏を抱き上げてベッドの上に寝かせ、うつ伏せにして膝を立たせた。そして見えない何かに急かされるように荒々しく裾をまくり上げると、視界に現れたもののあまりの淫らさに一瞬言葉を失った。無意識のうちにごくりと喉が鳴る。
「奏……お前、これ……」
喬允はかすれ声で囁きながら、奏の秘部を辛うじて覆い隠しているささやかな布地をさらりと撫でた。奏が着けている下着は必要最小限の布しか使われておらず、白い双丘は剥き出しのまま、淡い闇の中で淫夢のごとく生々しい光沢を見せていた。
「うん……普通の下着だと、腰の辺りがもたつくからこれにしろって……」
機能性を主張しながらも、さすがに羞恥が拭えないのか弁解口調になる奏。四つん這いのまま後ろを振り返り、やんわり潤んだ瞳で恥ずかしそうに見つめられては、喬允の嗜虐欲もより一層高まるというもの。喬允はちらと唇を舐め、
「嘘つけ。こういう嫌らしい下着を着けてみたかったんだろ？」
「ち、違うって！ 浴衣の時は下着もちゃんと―――――ん、ゃっ……ぁ………」
奏の反論は、途中で悩ましげな変容を遂げた。理由は明白。喬允が谷間を広げて、薄いシルクの上から舌を這わせたからだ。
「いやだっ、そんな………ぁ、ぁぁっ………」
谷間の奥で静かに陵辱を待つ菊花も、布で隠されていた。喬允は舌の感覚でその場所を見つけ、微かな凹凸を舌先でなぞる。するとそこは布に密着したまま、悶えるようにひくひくと蠢いた。
さらに割り広げると、細い布地が紐のようになって谷間に食い込んだ。そのせいで、あの淫らな窄まりもちらちら見え隠れする。それは剥き出しの陰部よりずっと淫猥だった。
喬允はローションで濡らした指を布の下に滑り込ませて、そのままゆっくりと孔に呑み込ませた。そして挿れたままくちゅりくちゅりと指を回し、奥の粘膜にも潤滑油を塗り付ける。奏はシーツに顔を押し付け、尻の奥をねっとりと掻き回される感覚、快感とも不快とも異なるむず痒さに耐えていた。
やがて頃合を見て、喬允は指を引き抜いた。蜜壺にはまだ硬さが残っていたが、注挿を重ねるごとに少しずつ柔らかくほぐれてゆくということを、喬允は経験から学んでいたのだ。その粘膜がとろける過程が、さらなる快感と征服感を喚起するということも。
喬允は自身の前をはだけて闇中に屹立する太竿を無雑作に掴み、下着の脇から差し込んだ。そしてそのままぐいぐいと押し付け、ついにぬぷっと音を立てて尖端を沈めた。
「喬兄っ……下着、取って………苦し…から………」
悲鳴混じりの懇願も当然か。下着に覆われた奏の股間は今にもはちきれんばかりに張り詰めて、ビクビクと震えていた。
喬允は懇願に応えて前に手を回したが、下着をずらして解放することはせず、布の上から奏の分身を掴んでぐにぐにと揉んだ。と同時にズゥン、と腰を進め、一気に最奥部まで貫く。
「ああああーーーーッ」
奏は悲嘆めいた叫びとともにのけぞり、シーツにしがみついて何度も首を振る。
「いやだッ、いやッ、苦し……いかせ…て………」
しかし喬允は構わず、奏の腰を両手で抱え込み、まるで杭でも打ち込むような容赦ないストロークを繰り出す。予想通り、最初は固く締まっていた筒肉は徐々に熟し、熱くうねりながら絡み付いてきた。
挿入の角度がいつもと違うせいで当たる場所も異なり、それが双方に快楽の高まりをもたらした。奏はたまらずシーツから手を離し、股間に伸ばして自身を解放しようとした。しかし喬允の手に素早く拘束され、望みは果たせぬまま虚しく空を掴む。
「やだ…っ……離せ、離せよっ………」
涙声の抗議も、喬允の劣情を煽るばかり。喬允は楔を押し込んだまま、奥を撹拌するように腰を上下に振った。すると奏の中からトプントプンと重く粘ついた淫音が漏れ、交合の生々しさを際立たせた。
「あ、あっ……こんなの………ずるいっ……ちくしょ………」
甘く爛れた声で喬允への非難を呟く奏だったが、それはあっという間に感極まった喘ぎに変わっていった。
「ああ……そこっ、いい……きもちいい……もっと、もっと突いてっ………」
「奏っ……」
喬允は奏の望みを叶えると同時に己の欲望も満たすため、腰の振り幅をさらに大きくし、突き上げるタイミングに合わせて奏の尻をぐいと引き寄せた。
必然、交わりの密度は限界を超え、奏は声帯が壊れそうなほどの悲鳴を上げて下肢をぶるぶる震わせる。その瞬間、喬允はこれまでの激しさが幻かと思えるほどぴたりと静止した。
いや、よく見ればかすかに腰が動いているのが分かる。奏の尻が潰れるほど強く股間を押し付け、ひたすらその中に注ぎ込んでいるのだ。
時間をかけてたっぷり放出した喬允は、手の中で奏の腰が悩ましげにひくひく揺れているのを感じた。それが射精の余韻であることは確かめなくても分かったが、念のため手を伸ばして前をまさぐると、生暖かい液体がとろりと指先に付着した。
「やっぱり脱がなくても達けたな」
喬允は満足げに指摘しつつ、刺さったままの陰茎をずるりと引き抜いた。そしてずっと膝立ちだった奏を労るように、そっと身体を横たえてやる。
「さすが淫乱女王様、って言いたいんだろ？」
奏は面白くもなさそうに言い返して、身体をころんと反転させ仰向けになった。浴衣はほとんど原形を留めておらず、薔薇咲き乱れる布が裸の四肢にまとわりつくさまは頽廃美の極致で、堕落しきった娼婦のようでもあり、また陵辱された花の女神にも見えた。
喬允はその姿態を貪るように眺めつつ、再び血流が騒ぎ出すのを感じていた。そんな喬允の情態に気付いていないのか、奏は不興顔のまま自ら下着を脱ごうとする。
しかしそれに先んじて喬允が手を伸ばし、するする滑らせて脱がせた。そして素早く奏の足を掴んで大きく開くと、収まりきらなかった喬允の種液をとろとろ垂れ流して喘いでいる陰花に、再び剛柱を突き立てた。
「ぅぁッ……あ、あっ、ん………」
まさかいきなり挿れられるとは思っていなかった奏は、驚きと鈍い痛みと甘美な疼きに襲われ、一瞬恐慌をきたした。しかしそれらの感覚はすぐに快感へと収斂され、こすられ掻き回されることに慣れた筒肉は悦びに悶えた。
「ん、ふ……ぅっ……ん、んっ……」
圧倒的な闇を跳ね返すほどの凛然たる藍染めを着乱して、ひたすら注挿に没頭する喬允の雄姿に見愡れながら、奏は快楽の頂へと昇ってゆく。喬允も絶頂が近いのか、一回のストロークにさらなる重みが加わった。
交わりは深まり、喬允が腰を落とすたびに奏の脳裏に火花が散る。奏はぎゅっと目をつぶり、その刹那の輝きを追う。それは花火よりさらに儚く脆弱だったが、花火より美しく愛しかった。
『刹那と永遠は背中合わせ』という喬允の言葉を噛み締めつつ、奏は刹那の快楽に永遠の愛を見た。
それは、願望が見せる錯覚だと分かってはいたのだが。
それから二人は、汗やら何やらその他もろもろの体液でどろどろになった浴衣を脱ぎ、風呂場へ直行した。
そして、奏の要望というかほとんど脅迫めいたゴリ押し（「ベッドでは喬兄の好きにさせてあげたんだから、風呂場では俺の言うことを聞け」）から、互いに身体を洗いっこ。と言えば微笑ましい情景が浮かぶが、向かい合わせで陰部を繋げたままの状態でやれば、それはもう立派な変態プレイだ。
喬允の膝の上にまたがって、首から胸、腹を丁寧にこする。そんな奏の後孔には、言うまでもなく喬允の太竿がずっぷり突き刺さっており、奏が身体を揺らすたびに背筋が痺れるような快感が走った。
頼むから勘弁してくれ、“普通に”身体を洗わせてくれと喬允は悲痛な声で懇願したが、そもそも陰茎はしっかり反応してカチカチに勃起しているのだから言葉に真実味はなかった。
奏はもちろん無視して楽しげに続け、洗い終わると今度は繋がったまま身体を反転させて背中を向け、喬允に背中を洗うよう指示した。
この女王様には何を言っても無駄だと悟った喬允は言う通りにしたのだが、洗ううちに腰が自然と揺れ、しまいにはスポンジを放り投げて奏の尻をわし掴み、激しい突き上げに没頭してしまったのは、果たして奏の目論見通りだったのか。
ともかく、二人が情交の痕を落として何とか体裁を整え、就寝のためベッドに入ったのは夜明け間近だった。
「信じらんない！ 何よこれぇ」
翌日、浴衣を引き取りにしたユージはその体格からは想像もつかない甲高い声で驚きの非難の叫びを響かせた。
「す、すみません、すみません。ちゃんと洗濯して返しますから」
喬允は平謝りで、何とか宥めようとする。ユージの怒りも尤もだった。汗だけならともかく、大量の精液を吸って一晩放置された布地はバリバリのベタベタで、酷い有様だったのだ。ひたすら謝る喬允の隣で奏は平然と、
「洗濯ってムリだよ。ここまで汚れたら家では洗えない」
「分かってる！ だからクリーニングに―――」
「クリーニング店に持っていって、何の汚れなのか店の人に説明しなくちゃね」
奏の指摘に思い切り固まる喬允。頭の中でその光景を思い描くと同時に、額からどっと汗が吹き出した。奏はけらけら笑い、
「浴衣着たままセックスなんてするもんじゃないね〜」
「他人事みたいに言うな！ だいたい昨夜はお前が―――」
「お、なになに？ 俺のせいにするんだ。浴衣を脱ぐ間もなく抱き上げてベッドの上に落として、そのまま四つん這いにさせて有無を言わせず後ろからヤリまくったのは誰―――」
「いちいち説明しなくていい！ 元はと言えば、公園でお前がキスを仕掛けてくるからだな……」
「仕掛けたのは俺じゃないし。俺の可憐な浴衣姿に喬兄が欲情したのが発端だろ？」
「だだだれが欲情したって―――」
喧嘩なのかじゃれ合いなのか分からないやり取りを傍で聞いているうちに、ユージは何だかバカバカしくなってきた。持参した時の1.5割増しで重くなった浴衣をそっとつまみ上げると、“ま、奏ちゃんが幸せそうだからいっか”と呟いて、苦笑混じりの溜め息をついたのだった。
（Fin）
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