巡桜記
第七話
「なあ……良かったのか？ 阿修羅が父の仇であるのは間違いないんだろう？」
ハラの神妙な問いかけに、サク、否、桜輝は勾玉を翳して、
「これさえあれば、いつでも奴の居場所を突き止めることができる。これが奴の許へ導いてくれるからな。俺たちから逃れることはできん」
「そ、それはそうだけど……」
桜輝は突然立ち止まり、肩を小刻みに震わせた。ハラも慌てて立ち止まり、おそるおそるその顔を覗き込む。
「ククッ……不思議なものだな、血の縁（えにし）というものは。一度も会ったことがないというのに、何故か惹かれるものを感じた」
「サク―――」
ハラは驚きの余り瞠目する。彼が笑うのを初めて見たからだ。決して短い付き合いではなかったが、これまで一度たりともサクが笑うのを見たことがなかったのだ。
―――血の…縁……鬼となった兄………
ハラは、自分が桜蘭に嫉妬しているのを痛いほど自覚した。
「……まったく、今回こそ確実に寿命が縮まったぞ」
「ん……ごめん………」
しょんぼりと俯いた桜蘭の頬を両手でむにむにつねって、
「鬼斬りの太刀で首を刎ねられれば、いかに鬼でもその場で塵と化す。もし、あのまま桜輝が刀を振り下ろしていたら……」
振り下ろしていたら私は確実にその場で鬼に堕ち、あの二人を惨殺していただろう―――阿修羅は斯様な本音を呑み込んで、代わりに大きく息を吐いた。
「よいか桜蘭、今回は幸運だったと思え。これからは決して、あのような無謀な行動を起こすでないぞ」
しかし桜蘭は頷くどころか、小さく首を振って「やだ…」と答えた。
「なに？」
「やだ、やだよッ。あしゅが斬られるのを黙って見てるなんてやだッ。守られるだけなんてやだッ。苦しみも痛みも半分ずつなんだ。そうだろ？」
想いの全てを真っ直ぐぶつけてくる桜蘭に、返す言葉を失って立ち尽くす。そんな阿修羅に桜蘭はすがり付き、
「一緒に生きようって約束したはずだ。先に死んじゃうなんて、絶対に許さねえからなっ！」
千切れるほどの叫びを叩き付けて、そのままわんわん泣き出した。阿修羅はその身体を抱き上げて、赤子の夜泣きを鎮めるかのようにあやしつつ、
「こら、桜蘭。私が殺されると決め付けるな。これでも剣の腕には自信がある。いくら鬼斬りの太刀とて、振るっただけで鬼が倒せるわけではない。確実に首を刎ねなければならんのだからな。そんなヘマはしない」
「ふぇっ………ぇぇっ………なんだよ、その根拠のない自信は………」
阿修羅の腕の中でこしこし目をこすりつつ、涙混じりの悪態をつく桜蘭。阿修羅はくくっと笑い、
「根拠は、お前への愛情だ。愛する者を守りたいという意志が、人を強くするのだ」
「何だい、鬼のくせに」
「はは、そうだったな。相済まぬ」
阿修羅は笑みを深め、桜蘭の濡れた頬にちょんと口付けを落とした。桜蘭はくすぐったそうに身体をもぞもぞさせ、無言のまま反対の頬を指す。阿修羅は優しく目を細めてそこへ唇を押し当て、「お前の頬は塩辛いな」とからかった。
「悪かったなぁ」
足をばたばたさせて不貞腐れる桜蘭だったが、急に大人しくなったと思ったら徐に唇を指差し、
「こ、ここは甘いと思うぞ……」
阿修羅は込み上げる笑いを口許ににじませて、耳まで真っ赤に染まった桜蘭を見つめた。
「それは閨で味わわせてもらおう。お前が一人で平らげた落雁の分を返してもらわねばな」
「う……やっぱり覚えてたのかよ………」
「無論。食い物の怨みは恐いぞ」
穏やかな輝きを湛えていた黒瞳は、徐々に飢えを晒してぬめりを帯びる。鬼性の眼差しに射竦められた桜蘭は、背筋をぞわりと甘い戦慄が駆け上がるのを抑え切れず、腰を誘うようにくねらせて「好きなだけ喰えよ…」と囁いた。
阿修羅は喉を鳴らすと、そのまませかせかと閨房へ急いだ。すでに整えてあった床の上に桜蘭を座らせると、逸る思いを抑えてゆっくり着物を剥ぎ、
「さて、落雁とどちらが甘いか、舌で確かめてみるとするか」
裸の桜蘭を膝の上に抱き上げてその唇をねっとりと吸い上げた。まずは上唇を挟み込んではむはむと味わい、舌を挿し込んで熱い口腔を掻き回す。
我を忘れてその甘さを堪能したが、深い口付けに夢中になっているのは阿修羅ばかりではなかった。着物の衿にきゅっとしがみ付き、積極的に唇を差し出す桜蘭も目を閉じてのめり込み、時折腰を揺らしては阿修羅の股間にこすり付けた。
着物越しの接触ではあったが、その奥床しい媚態は阿修羅の一物を奮い立たせるに充分で、あっという間に角度を変えた。
しかし桜蘭は口付けに夢中でその変化に気付かず、「ふぅん…」と可愛い鼻息を漏らしては阿修羅の血流をさらに速めた。
クチュクチュと音をたてて絡めていた舌をようやくほどき、二つの唇は名残りを惜しみつつ離れた。阿修羅は燃え立つ下半身を意識しつつも余裕の笑みを拵え、
「やはり思った通り。落雁より甘くて美味だな、この唇は」
「ほんとに？」
「無論」
桜蘭は眉間に皺を寄せて暫し考えたが、「さっき食った落雁の砂糖が残ってるのかも」と膝を打ち、舌先をちょんと突き出して自分の唇をちろちろ舐めた。が、ううむと唸って、
「やっぱ甘くねえけどなあ……」
不思議そうに首をひねった。阿修羅は笑いをこらえつつ、
「お前は食われる立場なのだぞ。さあ、次はどこを食ってやろうか」
そう言って、桜蘭の耳に噛み付いた。さらに耳全体を口の中に収め、舌で耳孔の周辺をぬるぬるなぞる。
「ぁっ………やめっ………ん、んっ…………」
鼻にかかる喘ぎを零しつつ、むず痒い電流が四肢を巡る感触に耐える。
「ゃッ………あしゅぅ、くすぐった…………」
甘えた抗議をしながらも、再び腰を揺らしてこすり付ける。阿修羅はたまらず口を離し、着物の合わせ目から自身を取り出して桜蘭のモノと一緒に握り込んだ。
「あ、あしゅっ、何だよコレッ。いつの間にこんなでかくしてたんだよっ」
「他人事のように言うな。誰のせいだと思ってる」
阿修羅はちょっと怒ったように返して、ぴったり抱き合う二つのものをぐりぐりと揉み合せた。途端に桜蘭の先端からは、粘度の高い飴のような液体がとろり、とろりと溢れ出す。
それを見た阿修羅は桜蘭の身体をいったん抱き上げて床の上に座らせ、自分はその前に跪いた。そして濡れそぼる桜蘭自身を全て口内に収め、喉をすぼめて吸い上げた。
「ふわあああっ、ヤダ、それヤダぁ…………」
阿修羅の求めているものが何か分かってはいるけれど、だからこそ桜蘭は首を振って抗議した。
しかし阿修羅の指が後孔の襞を巧みに掻き分けねじ込まれると、前後から与えられる性感の浪にたちまち溺れ、自ら大きく広げた脚をぶるぶる震わせて解放の予兆に酔った。やがて―――
「あしゅっ、出るぅ………出ちゃうよぉ………」
涙混じりの喘ぎとほぼ同時に腹を緩く波打たせ、阿修羅の口腔に熱い甘露を迸らせた。桜蘭は溢れる涙を拭うのも忘れ、激しく上下する阿修羅の喉仏をぼぉっと眺める。
「んん………あ…しゅぅ…………」
阿修羅は後ろに指を埋め込んだまま口を離し、唇の端に付着した残滓を舐め取って満足そうに笑った。
吐精の余韻からようやく我に返った桜蘭は、顔をくしゃりと歪めて「飲んじまったのかよ…」と苦々しげに呟く。
「ああ。これで落雁の分は返してもらったぞ」
「ばかやろ……変態、エロ鬼ぃ…………んっ、ゃっ……ぁぁ………ん…………」
埋め込んだ指を中でくにゅくにゅ屈伸させると、悪態を吐いていた桜蘭の身体は悩ましげに波打った。
「今までのは食事。ここからが本当の交戯だ」
阿修羅は低い声で言い置いて桜蘭を押し倒し、片手で着物を脱ぎ捨てた。そして指を巧みに揺り動かして蜜花をとろりと綻ばせると、飢えた獣と化して久しい分身を宛がってゆっくり押し込んでいった。
肉厚で紅く潤んだ花びらを巻き込みつつ、徐々に桜蘭の聖域を侵してゆく。
「んっ………おっきい……よぉ………」
「苦しい…か？」
「ううん……へい…き………ぁぅッ………ぅ、ぅ……きもち……ィィ………」
「ずいぶんと………素直だな……ん？」
微かな苦痛と高まる快楽のせめぎ合いに眉根を寄せて耐える桜蘭を、阿修羅は目を細めて賞翫する。いつの間に、こんな艶っぽい表情を見せるようになったのか。
「そら……全部……入ったぞ………」
「うん……俺の中でとくとくゆってるよ………あしゅを感じる」
阿修羅は「私も桜蘭を感じるよ」と返すと、ゆったりと出し入れを始めた。ぬぷ、ぬぷ、と控え目ながらも淫猥な擦音が閨房に充満し、阿修羅の息遣いも早々に荒れてきた。
それに連動するように、腰の動きも早まってゆく。桜蘭も阿修羅の背中にしがみ付いて喘ぎながら、
「あしゅぅ………今度……お前の飲んでみたいな…………」
阿修羅は思わず腰を止めて、今の桜蘭の言葉を味わう。すると―――
「わ……わわわわ………あしゅっ、またでっかくなったぞっ。なんでだよっ」
「誰のせいだ。お前があんな可愛いことを言うからだろう。甘んじて受けろ」
阿修羅は半ばヤケ気味に叩き付けると、桜蘭の脚を高く抱え上げ、上からズブッ、ズブッ、と深く荒々しく打ち込んだ。桜蘭は「ヒィッ」と悲鳴を上げ、いやいやと首を振る。
「ひぃッ………ヒッ…ぃぁぁ………すごい、すごいよぉぉ…………」
黒く艶やかな茂みからにょっきりと屹立する阿修羅の陰茎が、引きずり出されまた押し込まれる。
桜蘭は首を振るのを止めて、その生々しい景色に釘付けになる。何て狂おしく、何て淫らな交合だろう―――
「あああああ………あしゅぅ………もっと……もっと奥ぅ………」
「クッ……おう…らんっ………」
阿修羅は愛しさと憎らしさを込めて、奥の肉壁をズルリとこすり上げた。その瞬間、桜蘭は甲高い嬌声を上げ、と同時に蜜壷全体が激しくうねる。
「イクッ、イクぅぅ…………あ、あああああーーーーーッ」
腰をぴちぴちと跳ね上げて白い潮を吹き上げる桜蘭。阿修羅もまた、股間をぎりぎりまでめり込ませて奥へ奥へと注ぎ込んでいた。相変わらず、自分でも呆れるほどの量。
桜蘭の中に収まりきらず溢れ出てしまうのではと懸念されたが、どうやら最後の一滴まで放出し終わったようだ。阿修羅は繋がったまま桜蘭を抱き上げ、
「どうだ？ 私のは甘いか？」
桜蘭は快楽の余波にゆらゆら揺られつつも、んべっと舌を出して、
「らくがんの方が甘いよーだ」
「そうか。まだまだ私の愛が足りないようだな。ではさっそくもう一度………」
「バカッ、少しは休ませろよっ」
桜蘭の抗議も虚しく、そのまま甘い戯れは明け方まで続いたのだった。
「………耀月か。何用ぞ」
頼りない灯火のもとで書を繰っていた賢有は、背後の闇に向かって厳しい問いを投げる。すると応えて闇がざわめき、
「朗報がある。今日、阿修羅を見かけた。すでに都に入っている」
賢有は声こそ上げぬものの、僅かに身じろぎした。いよいよ稀代の傑鬼、阿修羅と相見えることになると、己れを奮い立たせているのか。
暫しの沈黙ののち、
「……間違いはないな？」
闇に沈んだ耀月は陰気に笑い、
「間違えるはずがない。会ったのは久方ぶりだが、以前にも増して美しく、道行く者を惑わしていた。
が、ひとつ予想外なことが。もう一人鬼を連れていた。鬼齢二十年ほどの若鬼だが、なかなか愛らしい姿をしていた。あれは恐らく、二十年前に阿修羅に攫われたという、甲斐家の嫡男桜蘭に違いない。仲睦まじい様子だったな」
書を繰る手が一瞬止まる。が、すぐに何事もなかったかのように再開した。
「相分かった。では、こちらもそろそろ動くとしよう。ご苦労だった」
「労いはいいが、貴殿の望みが叶ったら、約束通り私を＜傀の咒＞から解放してくれるんだろうな」
「疑り深い鬼め。大阿闍梨賢有、たとえ相手が鬼であっても交わした盟（ちかい）は守る」
「そうか。ならばよい。では私はこれで」
闇のざわめきが鎮まり、寂かなる射干玉の夜が広がる。賢有は書を閉じ、心の漣を鎮めんと瞑想に入った。が、すぐにカッと目を見開き、
―――甲斐家の桜蘭……若輩の鬼か………これは使えそうだ………
邪悪な陰翳を刻んだ窃笑で口許を汚した。
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