二話＜朧月＞
「晢夜くんは、普段の食事はどうしているのですか？」
「僕は…コンビニとかで適当に済ませることが多いです。食べないで寝てしまうこともあるし」
「それはいけませんね。この仕事はけっこう体力を消耗するでしょう？ ちゃんとスタミナを付けないと」
透麻の車に乗り込んだ二人は、適当に車を走らせながらぽつりぽつりと言葉を交わしていた。決して会話が弾んでいるとはいえないものの、言葉の合間の沈黙も心地よく、打ち解けた空気が車内を支配していた。
「体力を使うのは寧ろ透麻さんの方でしょう？ 僕はそんなに……」
「それはまあ、そうでしょうが」
「すごくいい身体してますよね。嫌味じゃない程度の筋肉。特別に鍛えているのですか？」
「いえいえ。この仕事に鍛えられているようなもので。あとはたくさん食べてたくさん寝ること。これだけですね」
「そっかあ……」
無邪気に頷く晢夜は、仕事中よりも幼く見えた。透麻は思わず目を細めて、その横顔に見入る。通り過ぎる車のライトに照らされた輪郭は暈然と輝いて、別次元の造形美そのものだった。触れた瞬間儚く散る、月下の花。
「透麻さん……？ どうしたんですか、ぼうっとして」
「ああ、いや、失礼しました。そうだ、食事に行きましょうなんて誘ったのはいいけれど、私は専ら自炊なのでお店をよく知らないのです。晢夜くんのお勧めがあれば、ぜひ」
「僕もそういうの疎くて……。行きつけのローソンならあるけど」
「私も、行きつけのダイエーならあります」
晢夜はぷっと吹き出して、
「どこでもいいですよ。量は食べないけど好き嫌いはないし。目についたところに入りましょう」
透麻は無言で頷いて車を走らせた。初めて見た晢夜の笑顔、演技ではない本物の笑顔に魅せられて、喉の奥に疼きが灯る。それが何なのかよく分からないまま、ひたすら夜の街を走り続けた。
結局、駐車場があって食事のできるところと言ったらファミリーレストランしか思い浮かばず、そこでデミグラスソースらしきものの掛かったハンバーグとか、極小ムール貝がひとつだけ乗ったパエリアなぞを食べた。
二人とも、誰かと一緒に食事をすることがほとんどない生活をしていたから、目の前に人がいて何かを食べているだけで新鮮な気持ちがして、相変わらず会話は停滞気味だったけれど楽しい時間を過ごすことができた。
「あ……僕の家、あのマンションなんで。この辺でけっこうです」
晢夜の言葉に頷いて、透麻は車を停めた。晢夜は身体ごと透麻の方に向き直り、
「それじゃ、今夜はごちそうさまでした」
「すみませんでした。あんな騒がしい所に連れていってしまって」
「とんでもないです。楽しかったですよ」
そしてシートベルトを外し、ドアに手を掛ける。しかしドアを開けるより早く、透麻の大きく骨ばった手が上から重なった。
「透麻さん……？」
晢夜は重ねられた手を不思議そうに見つめるだけで、振り払おうとはしない。その信頼が、透麻には痛かった。これから自分がしようとしていること、吐こうとしてる嘘の汚さを突きつけられて、つい目を背けたくなる。
しかし透麻は敢えて晢夜の瞳を見据えた。そして、そこに映る自分に挑むかのように口を開く。
「晢夜くん、君にどうしても伝えたいことがあるのです。私は……以前からずっと君のことが好きだった。だから、私のものになってくれませんか？」
透麻の告白を受けた晢夜は、ゆっくりと、しかし確固たる意志をもって首を振った。透麻を見上げる白皙の面は苦しそうに歪み、紅い唇は何かを伝えんとわななく。
そこに拒絶以上の何かを感じ取った透麻は、早々に過ちを覚った。恋人はおろか、仕事上のパートナーとしての信頼関係も崩れてしまったかもしれない。
「あなただけは違うと信じていたのに……」
透麻ははっと息を呑んだ。拒絶以上の何かとは、紛れもない恐怖だった。一方的な好意を寄せて追いかけ回した柴山、斉藤といった男優たちに、晢夜がどれほど恐怖を植え込まれたか今さらながらに気付いたのだ。
晢夜の手は小刻みに震えて、怯えた目付きでこちらを見上げている。しかし一瞬の隙を突いて重なった手を振り払うと、再びドアに手を掛けて開けようとした。
「待って、待ってください！ 私はただ、気持ちを伝えたかっただけなのです。あなたに何かを求めようというつもりはありません」
咄嗟に口をついて出た言葉に、誰より驚いたのは透麻自身だった。こんな必死になって引き留める理由などないはず。社長には、何とか頑張ったけれどうまくいきませんでした、と報告すれば済むことなのだから。しかし──
「透麻さん。僕は誰ともお付き合いするつもりはありません」
透麻の真剣な呼びかけに、同じく真摯に答えてくれた晢夜。透麻は思った。このままでは、これまで築いた信頼関係をも壊してしまう。ちゃんと話をして、彼を力づくでどうこうしようというつもりのないことを理解してもらわねばならない。
それは、社長に命令されたこととはまた別の、透麻自身の感情の問題だった。
「分かっています。それでいいんです。言ったでしょう？ 自分の気持ちを伝えたかっただけだと。ただひとつだけお願いがあります。これから、撮影スタジオへの送り迎えを私にやらせてください」
「でも、それは……」
「もちろん、あなたの部屋に入るようなことはしない。ただの足として使ってください。そしてたまにでいいですから、一緒に食事をしましょう。誰かとする食事がこんなに……心安らぐものだと初めて知りました」
透麻はもう、自分の言葉が嘘なのか真実なのか分からなくなってきた。いや、どうでもよくなっていた。何より大事なのは、いったん失いかけた晢夜の信頼を取り戻すことなのだから。それに、
「……分かりました。あなたがそこまで言うなら」
「ああ、ありがとうございます」
晢夜が申し入れに頷いてくれた時に感じた喜びは、嘘偽りのない純粋な感情であると断言できた。ならば嘘とか真実とか考えず、この感情に忠実になればいい。
車を降りて、マンションへ向かう華奢な後ろ姿が見えなくなるまで、透麻はじっと見送っていた。
「ただいま……」
玄関を開けてがらんとした部屋を見渡すたびに、まるで自分の心を覗いているようだと思う。無機質で色彩に乏しく、だだっ広いだけの空間。
その隅っこにぽつんと置かれたゲージから、かさこそと微かな音が聞こえる。それだけが唯一、この死んだ空間に生の温もりを刻んでくれた。
晢夜は靴を脱いで部屋に上がり、真っ直ぐそのゲージへ向かう。昼間出かける時は、ぐっすり眠ってぴくりとも動かなかったハムスターが、今は鼻をひくひく動かしてちょこまかと動き回っている。
晢夜はゲージの中からそっと取り出して、手のひらに乗せた。そこから伝わる仄かな体温を反芻しながら、もう片方の手をじっと見つめる。先刻、透麻の大きな手に包み込まれた時の感触、温もりを思い出し、ハムスターの与えてくれるそれと比較する。
――透麻さんの手の方が、温かいかも……。
これまで幾度となく身体を繋げているというのに、初めてその肌の温かさに気付いた晢夜は、心地よい驚きを感じつつうっとりと目を閉じた。
その二日後、透麻は約束通り迎えに来た。昼過ぎで太陽がちょうど天頂を越えた時間だったが、晢夜は起きたばかり。こしこし目をこすりながらマンションを出ると、道路の向かい側から手を振る長身の男性が目に入った。
晢夜はぱたぱたと駆け寄り、「おはようございます」と頭を下げる。すると透麻も、晢夜以上に丁寧に頭を下げた。
「おはようございます。おや、晢夜くんは寝起きかな」
「ど、どうして分かったんですか？」
透麻はくすっと笑って頭を指差し、
「寝癖がついてますよ」
子供っぽさを指摘されたみたいで恥ずかしく、晢夜はふいっと横を向く。すると透麻は車のドアを開けて、中へ誘うように手を滑らせた。その優雅な所作に見惚れた晢夜は、暫しぼうっとして自分のために空けられた助手席を眺めた。
「晢夜くん？ どうしましたか？」
「あっ、いいえ。あの、わざわざありがとうございます」
「とんでもない。私が好きでやっていることですから。さあどうぞ」
車に乗り込もうとする晢夜の手を取ってさりげなくエスコートする。まるでレディのように扱われて、晢夜の胸にくすぐったいような疼きが灯った。動作が自然と淑やかになる自分に面映さを覚えつつ、助手席に腰を据える。
「いいお天気ですね」
「そうですね。ぽかぽかしてて気持ちいい」
あの夜の告白について触れようとしない透麻の心遣いが嬉しかった。晢夜は窓の外を流れる景色を眺めながら、不思議と寛いでいる自分を感じていた。
「あ、あれっ？ 透麻さん、スタジオはあっちの道じゃ……」
透麻は途中で違う道に入り、小さなパン屋の前で車を停めた。
「晢夜くんはコロッケパンとカレーパン、どっちが好きですか？」
「え、えと……両方好き」
「分かりました。では、ちょっと待っててくださいね」
透麻は車を降りて店に入り、やがて焼きたてパンの香ばしい匂いとともに帰ってきた。
「はいどうぞ。今日の朝ごはん、でしょう？」
晢夜は大きく瞬きして受け取った。思わず「おいしそう…」という素直な感想が漏れる。しかしはっと顔を上げて、
「ね、透麻さん。どうして僕がお腹空いてるって分かったのですか？」
透麻は目を細め、少しからかいを含んだ声で、
「だって、食べ物のお店ばかり目で追ってたじゃありませんか。自分で気付いてなかったのですか？」
晢夜はコロッケパンを握ったまま、真っ赤になって俯き、
「はずかしい……子供みたい」
ぼそっと呟いてから口を大きく開け、ばくっとかぶりついた。
「おいしいですか？」
「はい…」
赤い顔のままこくんと頷くと、透麻はいきなり助手席に身を乗り出してきた。そして晢夜が身構える間もなく肩を抱き、耳にちゅっとキスをする。
「ひゃあ」
晢夜は間の抜けた悲鳴を上げて跳び上がった。他愛のないおふざけと分かってはいたが、照れ隠しもあってキッと透麻を睨んだ。
「すみません、つい……。もうしませんから怒らないでください」
すっかりしょげ返って謝る透麻は、飼い主に叱られた大型犬みたいだった。晢夜は少し慌てて「怒ってはいないです」と宥める。そして、
「あの…僕、耳がだめなんです。ちょっと触れられただけで、くすぐったくて……」
「そうですか。誰にでも弱点はありますからね。サイヤ人のしっぽみたいに」
晢夜は目を丸くして透麻を見上げ、
「透麻さんもドラゴンボール読むんだぁ」
「私は活字中毒なんで。漫画でも小説でも何でも読みます。おかしいですか？」
「ううん、ちょっとイメージに合わないなあって。でも、そういう意外性って面白いな」
晢夜は少し浮かれた口調でそう言うと、コロッケパンをかじりながらふふっと笑った。
今日の撮影分で、『お仕事シリーズ』は取り敢えず完結するらしい。これが終わると、透麻と晢夜が組む仕事は暫くなかった。
しかし透麻は、晢夜の送り迎えはできる限り自分がしようと決めていた。社長命令なのだから、と自分に言い聞かせてはいたが、そこに自発的な感情が含まれていないわけではないことに、無自覚でいられるような透麻ではなかった。
シリーズの最終話は、著名な華道家とその愛弟子、という設定らしい。スタッフの中に華道に詳しい者がいるわけでもなく、ただ何となく耽美的で華やかだということで、締め括りに選ばれたようだ。
それに加えて、二人の和服姿が見たいという現場の要望もあったらしい。確かに、髪をひとつにまとめ、深い藍色の着流し姿で凛と立つ透麻にはぞくりとする色気があったし、黒の地色に銀鼠や水色など淡い色調の桜が散った振袖姿の晢夜は、上品さの中に艶なる情緒を湛えて、存在自体がしっとりと濡れたような光沢を放っていた。
「私のもとを離れるというのか……」
「はい。あの人は、僕の才能を認めてくれております。弟子の位置に甘んじているのはもったいない。自分のところに来れば、才能を伸ばしいずれは流派を任せてくれる、と」
透麻は裾が乱れるのも構わず大股で近寄り、晢夜の腰を乱暴に抱き寄せる。そして、怒りの奥からにじみ出る情欲を隠そうともせず、
「許さんぞ……。お前を育てたのはこの私だ。その身体を咲かせたのもな。あの男のところへ行くだと？ 面白い、行ってみるがいい」
晢夜は勝気な瞳で睨みつけると、胸を突き飛ばして拘束を逃れようとした。しかし透麻の腕から解放されることはなく、あっという間に床に押し倒された。
「いやっ、先生。もうおやめください」
腰をくねらせて艶めかしい拒絶を表す晢夜を、透麻は冷たい目で見下ろす。そして両手をついて起き上がろうとする晢夜を背後から抱きすくめて、ためらうことなく着物の裾を割って手を差し込んだ。
「お前は……あの男を愛しているのだな？」
「愛しております。だから先生、どうか僕を行かせてくださ………ああっ、いやぁっ」
衿に手を掛けて力任せに引き下ろし、白い首筋や肩口に吸いついて淫らな花を咲かせる。と同時に股間をまさぐる手も柔らかな半身を掴んで、刺激を与え始めた。それは素直な反応を見せ、手の中でぐんぐん形を変えつつあった。
「どうした？ もう濡れ始めているではないか。相変わらず淫乱な身体だ。お前にこの快楽を教え込んでやった恩を、忘れたとは言わせない」
「ああ……やめて、僕を解放して……。僕はもう、あなたを愛してはいない……」
「晢夜……」
あなたを愛してはいない、その台詞に透麻の素の部分が反応した。こんなことは初めてだった。まさか撮影中に、本物の感情に囚われてしまうなんて。
「許さん、許さんぞ……おまえは私のものだ、私の前でだけ咲く華だ」
台本通りの台詞ではあったが、そこに込められた情感は台本の枠を超えていた。凄みのある低音に、晢夜はぞくりと身を竦ませる。
しかし後孔に指を挿れられ、掻き回されると、じわじわと這い上がってくる快感のせいか身体はくたりと弛緩していった。
「そら見ろ。嫌がっているくせに、こんなに容易く破蕾するではないか……」
着物を大きく捲られ、カメラに向かってＭ字に開かせられた脚の中央でひくつく秘孔は、嬉々として指を呑み込んでいる。愛撫に慣らされた花びらはあっという間に熟して、透麻の指にうねうねと絡み付いた。
透麻はその襞の動きに迎合するように、指を奥で屈伸させる。するとタプタプと重くねばっこい淫音が中から漏れ聞こえた。
「あっ………ァ、ァ…………そこ、だめ…………」
真っ白な足袋を履いた晢夜の素足はびくびくと宙を蹴り、すっかり勃ち上がった半身からはとろりと愛液が滴る。透麻は再び肩や首筋に吸いつくと、「どうやって犯して欲しいのだ？」と嗤う。晢夜はいやいやと首を振り、
「やめてやめてっ、あ、あなたになんか抱かれたくないッ」
「何だと？ こんなに物欲しそうに涎を垂らしているくせに」
すっかり濡れそぼった先端を指でぬるぬる撫でてやる。すると晢夜は「きゃふっ」と嬌声をあげて喉を反らせた。
その瞬間、髪に隠れていた耳が露わになる。透麻は何かを考えるより早くそこに口を寄せ、息を吹きかけると舌を挿れてぐちゅぐちゅと舐め回した。
「ああッ、いやぁ……やめっ、やめてぇ………」
晢夜は掠れた悲鳴を上げて逃れようとするが、透麻にぐっと肩を押さえられているため動くこともできない。それをいいことに、透麻は耳たぶを甘噛みし舌をこすり付け、執拗に嬲る。
「ああっ、ああん！ だめ、ほんとにだめぇっ」
瞳は潤んでしっとりと輝き、半開きの唇からはとろとろと唾液がこぼれる。より深い交合をねだるように腰をはね上げる晢夜の媚態に、現場にいる人間はみな我を忘れて惹き込まれた。
「おねがいっ、もう、ゆるして……ああ、先生、ゆるしてぇ……」
芝居にしがみつくことで何とか我を保とうとしている晢夜が愛しくて、憎らしくてたまらない。透麻は仕事を忘れてこの身体を存分に虐めたいという、暴力的な欲求に駆られた。
着物の前合わせを肌蹴て傲然と天を衝く陰物を取り出すと、晢夜の脚を大きく開かせて下から持ち上げ、柔らかく綻んだ花の中央に切っ先をあてがった。そしてそのままゆっくりと下ろしてゆく。
「ひぃっ………ぃ……ぁ………」
ずるずると襞を巻き込みながら埋め込まれた劣情の塊は、奥の媚肉に包み込まれてさら猛く脈打ち始める。余りに深い結合に朦朧としながらも、晢夜は「せんせい…」と呟いて役柄を全うしようとした。透麻もそれに応え、
「嫌だとは言わせんぞ……。お前は私に貫かれ、悦びの声を上げるのだ。さあ」
座ったまま後ろから犯された晢夜は、透麻の言葉通り喉をのけぞらせて悦びの悲鳴を上げた。
「きゃああッ、ああっ、あっ、あっ、あんっ、イイ、ソコぉ、もっと……」
華奢な身体を持ち上げて上下に揺らすたびに、繋がった部分からクチャクチャと濡れた音がこぼれる。とめどなく溢れる愛液は晢夜の内股を伝って結合部に滴り、透麻の袋をも濡らした。
可憐な外見とは裏腹に、きゅうきゅうに締めつけてくる筒肉のせいで幾度も暴発しそうになりながらも、透麻はすんでの所でとどまった。腰を揺らして奥を掻き回しながら、耳許に口を寄せて、
「さあ言うんだ。僕は先生のものです、と」
「い、いやぁ………」
透麻は口端を吊り上げて酷薄な笑みを浮かべると、再び耳を嬲り始めた。唇で耳たぶを挟んでこすり、舌をぐちゅっと押し込んでうねうねとなぶる。
「んぁッ、あっ、ああっ！ やっ、やだぁぁ……」
尋常でない内壁の蠢きに搦め捕られて、さすがの透麻にも限界が訪れた。ほんの少し角度を変えて敏感な部分をぐりっと抉ると、晢夜は「あぁん！」と淫らに鳴いて白濁を迸らせた。
と同時に透麻自身も熱くうねる肉の中で弾けて、その奥の奥へ煮え立つ精液を注ぎ込んだ。
「……すみませんでした。もう二度とあんなことはしませんので」
バスローブ姿のまま、むぅっと膨れて壁の方を向いている晢夜。その背中に向かって透麻はひたすら頭を下げていた。
実はあの後も暴走は止まらず、四つん這いにさせた晢夜を後ろから攻め抜いて、失神寸前まで追い込んでしまったのだ。
透麻はそっと正面に回り込んで、赤くなった膝小僧に優しく口づける。畳の上に膝をついたせいで、こすれて擦りむけてしまったのだ。
「痛かった……ですか？」
おそるおそる訊ねる透麻に、晢夜はむすっとしたまま答える。
「別に……。興奮してたから痛みは感じなかった」
口調こそ無愛想だが、透麻を心配させまいとする心遣いが感じられた。
「ね、今夜、おいしいもの食べに行きましょう。レストランのガイドブックを買ったんです。もっとちゃんとしたお店に連れて行きますから――」
「食べ物でごまかすつもり？」
いえ、そんなつもりでは……と項垂れる透麻に、晢夜はそっと手を差し伸べた。そして、
「僕、串揚げが食べたいな」
途端に透麻の顔が明るくなる。差し出された手を取って「任せてください」と微笑み、その指先に恭しく唇を押し付けた。
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