Bitter Simulation

１.

何だかおかしいなあ、とは思っていたのだ。


「純、身体洗ってやるからこっち来い」
「あ……自分でできますからっ…………」

小声の拒絶を無視して、ふわふわに泡立てた石けんを肌に塗り込める。そして稀代の名画を修復するかのように、優しく丁寧にこすり始めた。

「ぁ………ん…………」
「気持ちいいか？　ん？」
「は……ぃ………きもちいいです…ぅ…………」

尭村は目を細め、耳許で「いい子だ…」と囁く。そして、

「もっと気持ちよくしてやるからな」

左手で紅くのぼせた乳輪を愛撫しつつ、右手は迷わず股間の宝物へ。戸惑うように恥らうようにぴくぴくと角度を変え始めた幹をゆったりと掴み、指をくねくね動かしながら上下に滑らせる。

「ぁっ………はァ…ン………ん、ふ…………」

尭村の胸に預けた背中を反らせ、腰を揺らめかせて媚態の花を綻ばせる。平らなはずの胸は僅かに盛り上がって、硬くしこった乳首がぷるん、と揺れた。

「じゅんっ………」

耳に掛かる吐息は次第に熱と荒さを帯び、ごくん、と唾液を嚥下する生々しい音が届いた。振り向いて確かめなくても、今、尭村がどんな表情をしているか純には分かっていた。猛禽の飢えをさらした眼で、自分を見下ろしているに違いない。

純は湿った喘ぎを漏らしながら、喉の奥で甘い訴えを繰り返した。ねえ食べて、早く僕を食べて、と。

しかし尭村は一向に自らの欲望を解き放とうとはせず、純への奉仕を続ける。人差し指と親指で作った輪っかを、すっかり勃ち上がった純のペニスにはめて勢いよく滑らせる。先端のくびれにぶつかってくちゅっ、と濡れた音をたてるたびに、純はびくんと腰を跳ね上げていやいやと首を振った。

いつもの尭村なら、疾うに有無を言わせず組み敷いて、ほとんど暴力的な注挿で泣かせている頃合だ。無理やり咲かせられた花びらが紅く捲れ返ってクチャクチャ鳴く様を、心底愉しそうに眺めては激しく腰を打ち付ける。

純が切ない悲鳴を上げても、「もうゆるしてぇ」と泣き叫んでも、普段は端整な口許を歪めて笑い、ガツガツと奥を抉って己れの欲望を満たす。

たとえ純が意識を飛ばしてしまっても、腰の動きが止まらないこともしばしばだった。なのに―――

「あっ、あっ………あきむらさ……きて、きてぇ…………」

今日はとことん焦らしてやろうという魂胆なのか、それとも何かが尭村の暴走に歯止めを掛けているのか、ともかく純の可愛いペニスにばかり構ってやって、自分の猛る一物は放置状態だった。

「はやくぅ……シテ、ねえ………してってばぁ…………」

純はたまらずおねだりする。紅く膨れた先端もそれに同調するように、くぷくぷ蜜を出して懇願する。

「……いいのか？」

こんな風に伺いを立てるのも滅多にないこと。純は蕩けかかった頭の隅で不審を覚えつつも、頷いて自ら向きを変え、向かい合わせになって膝の上に座った。

そして尭村の肩に手を掛けて胸と胸をぴったり合わせ、腰を反らせてお尻をくいっと持ち上げる。尭村は腕を回して尻たぶをわし掴みにし、ぐいと割り開いて熟れた秘孔を露わにした。

「挿れるぞ」

純は濡れた溜め息で応えて身体の力を抜く。とほぼ同時に敏感な粘膜に熱い塊が宛がわれ、甘美な電流を巻き起こしながら奥へ奥へと漸進していった。

純はあらゆる雄の獣性を掻き立てる嬌声を上げながら、艶めかしく腰を振り始めた。

「くっ…ぅ…………」

さすがの尭村も俄か紳士の仮面を投げ捨てて、純のリズムに合わせて腰を突き上げる。抜くタイミングと押し込むタイミングがぴったり合って、結合はこれ以上ないほど深く濃いものになった。

「ああっ……ァ、ァ………イイ、イイのぉ………もっとしてぇ、掻き回してっ………あきむらさぁん………」

そのおねだりに応えるべく、尭村は根元まで押し込んだ状態で腰をぐりぐりと回してやった。すると純は尭村の肩に爪を立て、喉を反らせて嬌然と鳴いた。

「純っ……もっと鳴かしてやりたいが………これ以上はもたねえ」

荒い息の奥から本音を吐き出して、解放に向けた道を駆け上り始めた。柔らかな尻を己れの股間に打ち付け、角度を変えて奥の急所を攻める。

「ァ……ァァァ………イク……イ…クぅ……………」

朦朧とした喘ぎと共に、尭村自身を包む柔肉が凶暴且つ貪欲な一面を見せ始めた。ビクビクと悶えつつ締め付けて、強引に射精を促す。

「ぐぅ……」

尭村は喉を低く鳴らしながら、腰を小刻みに揺らして熱い精をたっぷりと注ぎ込んだ。

「キャァァ………ァ、ァァ………………あ…ふ…ぅ……ん………」

純もほぼ同時に放出し、尭村の上に跨ったまま四肢を震わせてとろける余韻を反芻した。

「純………まだ、足りないんじゃねえのか？」
「ん……続きはまたあとで………」
「ベッドの上で、だな？　分かった。もっともっと気持ちよくしてやるよ」

純は小首を傾げて不思議そうに尭村を見上げる。やっぱり変だ。いつもならあと２回はここで喘がされるはず。現に、純の蜜壷に収まったままの雄はまだまだ鋼の硬度を保っていた。

なのに尭村は純の身体を持ち上げて潔く自身を抜き、一緒にとろとろ流れ出した濃厚な白蜜を綺麗に洗い流して抱き上げ、そして広い浴槽に入った。

座り慣れた尭村の膝の上。なのに純は何故か落ち着かず、不安で、ちゃぷん、と水音をたてつつ尭村の胸に抱き付いた。

「純……実は、お前に謝らなくちゃならねえことがあるんだ」

ああやっぱり、と純は胸の裡で呟く。何だかおかしいなあ、とは思っていたのだ。抱き付いたまま、息を詰めて次の言葉を待つ。

「今度の連休、一緒に出かけられなくなった」
「あ………」

そんなの全然へいきですよぉ。気にしないで下さいね、明るくそう言いたかったのだが、口から出てこなかった。ただ消え入りそうな声で「そうですか……」と答えるのがやっとだった。

春の旅行を純が思いのほか喜んだことに気をよくした尭村は、今度の連休で再び小旅行を計画した。

春の時のような高級旅館は無理だけれど、純と一緒ならどこでも寛げるに違いない。初夏の薫香を味わうには内陸の高原か、或いは思い切って北海道まで足を伸ばすか―――

この計画を打ち明けた時、純は最初の時にも劣らず驚いて、無邪気に喜んだ。

インターネットで良さそうな旅館を探す尭村の隣にぴったりくっ付いて座り、瞳をきらきら輝かせて画面に見入る純はこれまた世界遺産級の可愛らしさで、その場で押し倒す例のパターンを踏襲しそうになったが今回は何とか抑えることができた。

それはさておき。

ようやくホテルの予約を済ませて、これから計画の詳細を練ろうといういわば一番わくわくする時期だったから、純が落胆するのも仕方ないといえよう。

もちろん尭村もがっくりと肩を落としたのだが、自分のせいでふいになってしまったのだから明らさまに落ち込むこともできなかった。

「済まない。でも、また必ず旅行はするぞ。その時まで楽しみはとっておこう」

尭村の謝罪に純はこくんと頷いて、「楽しみが延びたんですよね」と答える。そして顔を上げて、

「何か……用事ができたのですか？」

当然の問いを発したが、尭村は険しく眉根を寄せて、

「下らねえ用事だ。お前には関係ない」

純はびくんと肩を震わせて「そうですか…」と呟く。これ以上は詮索するなということだろう。

「そ、そうですよね……僕には関係ないことだし………」

意志に反して声が掠れてゆくのが分かる。旅行の計画が潰れてしまったことよりも、理由を教えてもらえなかったことの方が大きなダメージとなって、純の心に痛みをもたらした。

―――僕に言えないようなことなのかな。それとも……そっか、僕なんかにいちいち教える必要もないって………

ぴちゃん、と小さな小さな水音が耳に届いた。純は慌てて顔を拭い、わざとぱしゃぱしゃ音をたてて誤魔化そうとする。涙の雫が落ちた音を。

「純、こっちを向け」

尭村の厳しい声に震えつつも、頑なに背中を向け続ける。やがて、

「僕……もう出ますね…………」

囁くと同時に立ち上がろうとしたが、もちろん尭村が許すはずもない。腕を掴んで引き戻し、きつめに拘束する。

「純、こっちを向けと言っただろう」
「いやっ、離して。知らないっ。尭村さんが何したって、僕には関係ないもんっ。誰と連休過ごしたって………ばかぁ…………」

腕の中で喚く純の頭をよしよしと撫で、

「バカはお前だぞ、こら。そんなんじゃねえって。本当に下らねえ用事なんだよ」

優しくあやすような声。しかしその用事が何なのか、結局尭村は教えてはくれなかった。




純は先に風呂場を出てリビングへ向かった。母屋から尭村の部屋へ行くには、必ずこのリビングを通らねばならないのだ。ドアを開けると、貴仁が寛いだ格好で新聞を読んでいた。

「よ、純。風呂上りか。成仁にいやらしいことされなかったか？」
「あ、はい……あの………はい」

純は正直に嘘をついて、ぺこりと頭を下げる。貴仁は思わず苦笑を漏らして立ち上がり、肩をすぼめて立つ純の傍に。

「どうした？　またあのクソガキに何か言われたか？」
「えっ……」

純は驚いて顔を上げる。貴仁はにやりと笑って、

「どうして分かったのかって？　俺はな、お前のことならなぁんでも分かるんだよ」

そして額に唇を押し付ける。その温かさに絆された純は、言うつもりはなかったのについ口を開いてしまった。

「連休の旅行、行けなくなってしまったんです……」
「なるほど。でも旅行ならまた日を改めて行けばいいだろう？」

純は素直に頷いて、

「はい。ただ……どうして行けなくなったのか教えてもらえなくて……。それが……なんだかかなしくて………ぼく………」

申し訳なさそうに項垂れる。ふっと溜め息をついて、

「色々な事情があるでしょうし、何でも知りたいと思ってしまうのは我がままだと分かっているのですが、やっぱり………」
「我がままじゃねえよ。恋人なら当たり前だ。あのガキは人間関係の基本が分かってねえな。自分がされて嫌なことは人にしない。もしお前が休日の予定を意図的に隠したりしたら、あいつは速攻ブチ切れて暴れまくるだろーが。なあ？」

純は「そうですね」と答えて淡く微笑ったが、すぐに笑みは消えた。

「でも、やっぱり僕が悪いんだと思うんです。このくらいのことですぐ不安になってしまって………」
「お前がそういう奴だって分かっていながら、不安にさせちまう成仁の方が悪い。純、俺なら幸せにしてやれるぜ。どうだ？」

ふざけたような口調ではあったが、温かな真情は十分に伝わってきた。ほんの少し気持ちが浮上した純は、くす、と笑って嬉しそうに貴仁を見上げた。

「先生、ありがとうございます……」

貴仁は心外だと言わんばかりに柳眉を吊り上げて、

「慰めや冗談じゃねえぞ。俺は本気だ。純、俺のものになれ。そうすれば―――」

腰に腕を回してぐいと抱き寄せる。その時、折りよくリビングの扉が開き、

「親父ッ！　てめえは何やってんだ、ああっ？」

すごい形相で飛び込んできた息子に軽い舌打ちで応え、腕の中の純を解放した。

「何って、誰かのせいで落ち込んでたから励ましていただけだ。お前の頭はエロい想像しかできねえのか」
「悪かったな。とことん信用できねえ親を持ったからこうなっちまったんだよ」

尭村は吐き棄てるように言うと、純の腕を掴んで離れの自室へ行こうとした。しかし貴仁の意外過ぎる提案に、思わず足が止まった。

「待てよ成仁。純も一緒に連れて行けばいいじゃねえか」
「なっ……お前何言って―――」
「あのクソみたいなパーティーにさえ出席すりゃいいんだからな。あとは二人で自由に過ごせばいい。婆さんには仲のいい学友だ、とでも言っておけば追い返すようなことはしないだろう」

尭村は黙り込んで考えを巡らせながら、傍でじっと息を潜めつつ不安げに自分を見詰めている純の髪を撫でた。

―――尭村さん、困ってる………

純は精一杯の笑顔を拵えて、明るい声で「僕は大丈夫です」と言った。

「急に用事ができるのはよくあることですし、全然気にしてないですから。先生ありがとうございます。僕のことに気を遣っていただいて……。尭村さんも、さっきはごめんなさい。子供みたいに駄々捏ねちゃって―――」

笑顔はこれ以上もちそうになかったから、そっと俯いて謝罪を繰り返した。

「ホントに……ごめんなさい………」

尭村は純の頭を撫でながら、ちらと貴仁の方を見やった。二人の視線が重なり、暗黙の了解が交わされる。

「………一緒に、行くか？」
「えっ……でも…………」

戸惑う純に、貴仁も明るく声を掛ける。

「行こうぜ。成仁だけじゃなく、俺も行くから安心だろ？」
「どういう意味だよ」

純はどうしてよいか分からずひたすらおろおろしていたが、意を決して口を開いた。

「あの……パーティーって何なのでしょうか？」

その質問もごもっとも。貴仁は「おお」と応えて、

「俺の祖母、つまり成仁の曾祖母の米寿を祝うパーティーだ」
「べいじゅ……って、えと………」
「８８歳の祝賀パーティーみたいなもんだ。とにかくすげえ婆さんで、こいつが唯一頭が上がらねえ相手。それをお前に知られるのが恥ずかしくて、黙ってたというわけだ」

尭村は反論しようとしたが言葉が見つからず、「う……」とくぐもった呻きだけを搾り出して黙り込む。

「本当は秋にやるはずだったんだが、婆さんお得意の気紛れで急に今度の連休に繰り上げられた。いきなり決められても困ると抗議はしたんだが、それを聞き入れるような玉じゃねえ。
それに、一番のお気に入りの成仁が来ないなんて言ったら、あの婆さんうちに乗り込んでこないとも限らねえからな。お前には悪いことしたが、仕方なかったんだよ」
「そう……だったんですか………」

純はすぐ隣でそっぽを向いている尭村を見上げた。

「なんだよ」

目を合わせようとせず、不貞腐れた声で言い放つ尭村にぎゅっと抱き付いて、

「尭村さん、えらいんですね。お婆様のために………なのに僕ってば―――」

尭村は相変わらずあさっての方向を向いたまま、腕だけぬっと伸ばして純の肩を抱いた。

「婆さんにお前を恋人と紹介することはできねえが、それでもいいか？」

「はい……でもいいの？　僕みたいな部外者が………」

尭村はようやく純の顔を見詰めて淡く笑い、

「お前は部外者じゃねえよ」

貴仁も頷いて「そう、立派な関係者だ」と受ける。

しかし、その言葉の本当の意味に、この時尭村は全く気付いていなかったのだ。

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