Nothing To Lose
＜予兆＞・４８
「あなたに話があって来ました」
雅人の言葉に敏感すぎる反応を示したのは、ロムニーの物騒な取り巻き連中だった。威嚇のつもりなのか、肩をいからせて作為的な嘲笑を浮かべ、雅人の目の前に立つ。
「お前……何のつもりだ。ロムニーさんにどんな言いがかりを―――」
「もう一度言います。俺はあなたに話したいことがあって来たのです、ロムニーさん」
「貴様、調子に―――」
明らさまな攻撃性を帯びた男の脅し文句は、ロムニーの制止によって断ち切られた。
「やめたまえ。君が敵う相手ではないよ。知ってるだろう？ たった１本の棒切れで、彼は５人の上級生をあっという間に屈服させたんだ」
「そ、それは………」
「いいから下がっててくれ。僕も彼と話がしたい」
ロムニー本人にそう言われては返す言葉もなく、取り巻きたちは渋々従う。部屋を出る間際、雅人を血走った眼で睨みつけることで何とか上級生としての体裁を保って。
「ありがとうございます」
「いや、僕もいい加減うんざりしていたんだ。あの低能醜悪な連中にいつも付きまとわれてね」
ロムニーは「座りたまえ」と言って雅人に椅子を勧めた。ここは寄宿舎にある彼の個室。ジルアード学院では、最上級生になってやっと個室がもらえるのだ。
雅人は「失礼します」と頭を下げて、腰を下ろす。その振る舞いをじっと眺めていたロムニーは淡く笑って、
「まさにサムライだ。ひとつひとつの動作に無駄がない。そして美しい。傍にいる僕の精神まで澄んでくるような気がするよ」
そしてちらと肩を竦めて「まあ、幸せな錯覚に過ぎないけどね」と少し淋しそうに付け加えた。
雅人は言いようのない違和感を覚えていた。何だろう、彼は自分を疎んじているはずなのに、そんな感情は微塵も感じさせず、寧ろ親愛のこもった対応を見せてくる。
「僕が穏やかに接しているのが不思議かい？」
雅人の不審感を見透かしたロムニーは、面白そうに身を乗り出して訊ねてくる。雅人は正直に頷くと、
「あなたは俺を嫌っている」
「そう…かな？」
「違うのですか？」
ロムニーは「さて、」とはぐらかしてから僅かに声を引き締め、
「僕に話があると言ったね。聞こうか」
雅人はふっと息を吐いて、背筋を伸ばしたまま頭を下げた。
「純から手を引いてください、お願いします」
ロムニーはそれには答えず、平坦な声で質した。
「君は、彼を愛しているのか？」
「はい」
どんなためらいも逡巡も、僅かな呼吸も入り込むのを許さない。それはこの愛情を汚す不純物だと言わんばかりに、雅人は即答を返した。
ロムニーは一瞬、眩しそうに目を細めたが、すぐに表情を戻して無感動、無関心の薄氷で顔を覆い、
「彼はやめた方がいい。彼のせいで君はいずれ、もっともっと大きな力に潰されることになるだろう」
雅人は驚きも見せず、不動のまま目の前のロムニーを真っ直ぐ見返す。対してロムニーは、珍しく自分から視線を逸らして小さな溜め息をつき、
「……僕の言うことなんか信じられないかい？ まあ確かに―――」
「いえ、信じます。あなたは今、心からの忠告をしてくれた」
のろのろと顔を上げたロムニーの双眸には、これまでにない真摯な輝きが。まだ薬で侵されていない、彼本来の気質がそこには息づいているように思われた。
恐らくロムニーも、嘗ては理智的で向学心に溢れた、無垢な少年だったのだろう。雅人に問い掛ける口調には、彼独特の軽薄さも皮肉めいた翳もなかった。
「それでも君は……彼への想いを曲げないと？」
「はい。失うものは何もない、あいつ以外は」
ロムニーはふぅっと大きな溜め息をつくと、大きく頷いて、
「分かった。僕はもう、君たちには干渉しない。好きにしたまえ」
雅人は黙って深く頭を下げた。ロムニーはゆっくり立ち上がって扉の方へ向かったが、立ち止まって背中を向けたまま、
「そうだ、さっきの答え。僕は君を嫌っているのではない、君に憧れているんだ。だから君が許せない。僕をそんな感情に駆り立てた君が………」
その告白を否定するかのように小さく首を振り、ロムニーは扉を開けて雅人を促した。雅人は立ち上がってもう一度深く一礼すると、振り返ることなく去っていった。
「もし……もっと早く君に出逢えていれば…………」
ぽつりと口からこぼれた本音をいつもの歪んだ嗤いで掻き消して、ロムニーは部屋を出た。バージェズに報告するために。純を仲間に引き込むことに失敗しました、と。
その後、二人の周辺から暴力的な影は消え失せた。しかしロムニーの忠告通り、それはさらに大きな権力の影を呼び寄せることになるのだ―――
「んっ……んぅっ………ぁぁ……もっと……もっと深くぅ…………」
「純っ……じゅんっ…………く、ぅ…………」
酷使されて磨り減ったスプリングがぎしぎし鳴くのも構わず、雅人は勢いをつけて純の奥を激しく穿つ。うつ伏せで腰を高く持ち上げられた純は、そのままの姿勢でシーツに爪を立て、喉を反らせて高らかに喘いだ。
すると、それに共鳴するかのように柔肉がきゅっきゅっと収縮して、雅人の疼きを鼓動を欲望を、否応なく高めていった。
週末の夜、待ちに待った甘い時間。二人は愛情と欲望の赴くまま、激しく獣めいた交接に耽った。
何度達しても衰えることのない雅人の雄は、まるで生ける凶器のように不穏な精力を漲らせて、赤く捲れてぐじゅぐじゅと濡れる純の秘部を幾度も幾度も攻め抜いた。
もちろん純も積極的に差し出し、時には自ら指で割り広げて雅人の陵辱を誘った。
「ぁぁ………イイ……イイのぉ………きもちいいよぉ……………」
涙をこぼし、腰をひくひく揺らしながら快感を訴える純に、燃え上がる情欲と穏やかな慈愛、本来なら相反すると思われる双つの感情が込み上げる。
めちゃくちゃにしたいという欲望と、優しく慈しむ心。それらが融合し昇華された高みに、今、雅人はいた。
「純……純っ………くっそ、もたねえよ……………」
すでに雅人は純の中で２回達っていた。注ぎ込んだものを掻き出すこともせず、そのままノンストップで行為を続けていたから、結合部からは２回分の濃厚な精液が圧し出され、溢れてくる。
腰を強く打ち付けると、びちゃっと音がしてもったりした飛沫が上がり、角度を付けて奥を抉ると、空気が侵入したのかぐぷぐぷと小さな気泡が現れる。そんな淫らな景色にも煽られて、雅人は３度目の甘い予兆に襲われた。
「ぁっ、ぁっ、イクっ、イクぅ…………まさとぉ、奥に出してぇ…………」
純の艶めくおねだりに応えるため、雅人は突き上げると同時に純の腰を抱えて引き寄せた。そのため二人の交わりはこれまでにないほど深く密になる。
純は甲高い悲鳴を上げて狂気と紙一重の快感を訴えながら、どぷどぷと熱い白濁を吐き出した。
「ぁっ………ぁ…ん……はァ…ン……………」
鼻にかかる喘ぎをこぼしぐったりと身体を弛緩させ、吐精の余韻に浸る純。雅人もまた、その奥に注ぎ込んでいた。
ぷるんと弾力性に富む丸いお尻が潰れて平らになるほど強く股間を押し付け、奥へさらに奥へと送り出す。
時間をかけて吐き出し、愛情の精髄をゆっくり行き渡らせた雅人は、そっと腰を引いて抜こうとした。しかし、
「あんっ、まだ抜いちゃイヤッ」
ふるふるとお尻を振って筋肉に力を込め、咥え込んだ雅人自身を呼び戻そうとする。
「まったく、お前は………」
雅人は呆れたように、しかし嬉しそうに呟いたが、そのまま腰を引いて自身を抜いた。じゅぷっと弾ける音とともに、糖蜜のように濁った液体がどろりと垂れて太ももに滴る。
「やだっ、雅人のばかばかぁ……………ぁっ、ん」
甘えた抗議を送る純の身体をころん、と引っくり返し、脚を大きく開かせてその上にのしかかる。そして文字通りとろとろの花びらに、さっきより僅かに硬度を失った陰茎を埋め込んでいった。
「ぁっ、ぁぁ………ん、んっ…………」
宙に浮いた脚を緩やかに波打たせて、再び貫かれた悦びを伝える純。雅人はその半開きの唇を指でそっとなぞって、
「お前の顔が見たかったんだ。ずっと後ろからだったから」
「ん……」
純は恥ずかしそうに小さく頷いて、そしてふふっと笑ってみせた。雅人も微笑みを返すと、膝の裏に手をかけて押さえ、ゆっくりと腰を使い始めた。
「ぅ………ふぅ…ん……ぅ、ん、んっ……………」
気持ちよさそうに喘ぎながら指先を食む純の艶姿は、結合部がもたらす以上の刺激を雅人に刻み込んだ。
「純……もっと、もっといやらしい顔してみろよ………」
「やん………そんなのわかんないもん…………」
そう言いながらも、雅人の指を掴んで自分の口許に引き寄せ、伸ばした舌をうねうねと蠢かせて舐め始めた。
「じゅん……すげえ色っぽい…………」
熱く湿った感嘆を漏らしつつ、雅人は腰の動きを止めて純の舌遣いに見入った。ぴちゃぴちゃと音をたてて指先に舌を巻き付けたと思ったら、すっと滑らせて指の股をちろちろ舐める。
雅人は思わず「うっ」と呻いた。突き刺したままの陰茎が、純の中でさらに硬度と熱を増したのが分かる。
いったん純の口許から手を引くと、可愛い半身を掴んでくちゅくちゅと扱く。そして搾りたての愛液で指を濡らし、再び純の口許へ。
「ほら、もう一回」
純は嫌な顔せず先刻同様舌を伸ばし、とろみを帯びて滴る自身の体液を舐め取った。と思ったら、人差し指をすっぽり根元まで口腔に収めて、頬をすぼめてちゅっちゅっと吸い上げる。
熱くとろける口腔の収縮は、もうひとつの口がもたらす快楽を連想させ、雅人の下腹部にじれったいようなむず痒さを浸透させた。
「駄目だ。降参」
雅人は切羽詰った声で告げると、指を引き抜いて濡れた唇に軽いキスを落とし、そして腰を抱えて本格的な注挿の体勢に入った。
「あっ、あっ、あ…ん…………まさと、まさとぉ………もっ…と…………」
言葉以上に四肢の動きは雄弁だった。純は脚を雅人の腰に巻き付けて力を込め、腕を伸ばしてしがみつき、硬く滑らかな皮膚に爪を立てた。
「純、来いっ、もっと深く交わろう」
雅人は背中に腕を回して抱き上げ、繋がったまま胡坐をかいた自分の上に座らせた。思惑通り、体重がかかったせいで雅人の雄は純の最奥部にまで届いた。
「きゃぅっ………ぅぁ………ぁぁ、ン………すご…い……まさとが……奥に……いるのぅ………」
「ああ、すごいよ………こんなに、隙間なくひとつになれて…………」
「うん、ずぅっとこうしていたいな…………」
雅人の首に腕を回し、胸と胸をぴったり付けてそっと目を閉じた。色んな部分の鼓動がダイレクトに伝わってきて、本当にひとつの身体に融け合ってしまったかのような感覚に沈み込む。幸せな錯覚。
「純、愛してる……」
ありふれた言葉だけど、それが雅人の口から発せられた時、特別な艶と香気を帯びる。純はゆっくり目を開けて「僕も…」と答えると、自ら腰を上下に振って行為を再開した。
「ぁっ、はぁ、ん……ん、んっ…………」
みずみずしい果実のような双丘が、汁を弾かせながら淫らに動く。純の肩越しに見える光景は、雅人を狂わせるのに十分すぎるほど蠱惑的だった。
注挿は純に任せて、雅人は繋がった部分に手を伸ばし、限界まで拡がってびくびく蠢く花びらを弄った。それは予想以上にむっちりと肉厚で、そして火傷しそうなほど熱かった。
純が腰を上げるのに合わせて、絡み付いた膜をぬるぬるとこすってやると、「きゃぁん」と甲高い悲鳴を上げて涙を振りまいた。
「ぁっ、ぁっ、ゃぁ………ヤダぁ………ゆび、だめぇ…………」
「ん？ イイ、の間違いだろ？ すげえ締め付けてくる…………」
耳許で囁きながら、指先をねじ込む。すると内壁のうねりがさらに激しくなった。
「ゃっ、ぃゃっ…………いっしょにイケなくなっちゃうもんっ……だからだめぇ……」
雅人は微かな笑みと共に指を抜き、「一緒にいこう」と言い置いて純の尻たぶをわし掴みにした。
「しっかりつかまってろ」
そして股間に打ち付けながら、自らも腰を突き上げる。
「きゃんっ、あん、あっ、あっ、あああーーーッ」
甘い電流に脳天まで貫かれた純は、ひたすら雅人にしがみついて暴力的な快感に耐えた。しかし徐々に意識が白く霞み―――
「ああッ、もぅ……だめ……………」
お尻の奥に注がれた熱流を感じながら、無意識の沼に沈み込んでいった。
「んん………眩し…………」
カーテンの隙間から射す蜂蜜色の陽光。その弾けるような眩しさに起こされた純は、目をこしこしこすってゆっくり開けた。いつもの癖で雅人を探そうとしたが、探すまでもないことにすぐ気付いた。何故なら―――
「雅人ってば、もぅ………」
お尻の奥に感じるもうひとつの鼓動。そう、雅人のモノは純の柔肉に包まれたまま、朝を迎えたのだ。
「おはよう、純」
背後から少し掠れた低音で囁かれ、純の鳩尾が甘く騒ぐ。それでも平静を装って「おはよ」と答えると、後ろの筋肉をきゅっとすぼめて「これなぁに？」と冷たく訊いた。
「これ？ これってなんだ？」
「だからぁ、こ、れっ」
「ああ、これか」
雅人は愉しそうに答えて、腰を揺らしてみせた。たぷたぷとこもった音と共に、身体の芯がじゅわっと疼く。そんなつもりじゃなかったのに、「ふぁ…ん」と切なく鳴いてしまった。
「何だよ、その可愛い声は」
からかうようにそう言いながら、今度は抜き差しを始める。するとそれまで静かだった内壁がざわざわと蠕動を始めた。
思わず本格的な行為に及びそうになるが、それは余りに鬼畜だと自分に言い聞かせて、雅人は腰の動きを止めた。そして細い肩を後ろからぎゅっと抱き締め、
「ずっとこうしていたい、そう言ってただろ？ ひとつになって、そのままずっと―――」
「うん……ほんとはね………うれしかったの。でもちょっと……恥ずかしい……。それに雅人の顔が見えないから………」
雅人はゆっくり引き抜いた。そしてその喪失感を素早く埋めるため、純の身体を反転させて胸の中に抱き留める。
「改めて、お早う、純」
「ん、おはよ……」
純は赤く色づいた頬を隠すため、雅人の硬い胸にぺたぺたくっつけた。その愛らしい仕草に目を細めつつ、柔らかい髪に指を滑り込ませる。
「すげえ寝心地よかったぞ。超高級羽毛布団なんか比じゃねえな」
「ほえ？ 何が？」
「お前ん中」
純の頬は隠しきれないほど真っ赤に染まり、むくむくと膨らんでいった。あと少しで破裂するかという寸前で、
「もおっ、雅人のばかえっち！」
「その称号、有難く頂戴致しましょう」
結局二人はそのままじゃれ合い、太陽が天頂を過ぎてもまだベッドの上だった。甘い、甘い週末のひととき―――
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