Nothing To Lose

＜闘争＞・３５

「純っ、屈するな、強くなるんだ！　俺のことは構うなッ」

雅人は、今にも陥落しそうな純に向かって声を振り絞って訴えた。すると、ラルフレッドの目配せに応えて背後の男が腕を捩じ上げる。

腕があり得ない方向へ曲げられ、みしみしという嫌な音と共に激痛が走ったが、雅人は決して声を上げなかった。それどころか―――

「ま…さと……」

雅人は笑った。純に向けて柔らかな微笑みを向けた。痛くない、ちっとも痛くなんかないよと無言のまま宥めるように。

対して、ラルフレッドの方はもう笑ってはいなかった。微かに苛立った声で、

「大した男だ。しかし我慢は美徳ではない。純、あのままでは本当に彼の腕は折れてしまうぞ。いいのか？」

純は小さく首を振った。その動きに合わせて涙の雫がきらきらと瞬く。

「雅人を……放して。そしてこれ以上傷付けないって約束して………」
「もちろん、約束するとも。ただし―――」

言葉を遮るように、純は頷いた。そしてラルフレッドを正面から見据え、

「失うものは何もない、それが嘗ての僕の強さであったのなら、僕は喜んで弱さを受け入れます。僕を………抱いてください。今、ここで―――」
「だめだッ、純！　頼む………頼むからやめてくれぇ…………」

純は唇をきゅっと噛み締め、涙の奥から挑むようにラルフレッドを睨んだ。

「純、なんだ？　それは。とても誘っているようには見えんが。そんな誘い方では男を惑わすことはできんぞ。ほら、お前があの坊やをたらしこんだ時の媚態を私に見せなさい」

純は細い指をシャツのボタンに掛けてひとつ、ふたつと外し、肩から滑らせるようにして脱いだ。そして下も全て脱ぎ捨てる。

露わになった乳白色の裸体、その眩いほどの美しさは、今の雅人の目には痛すぎる。しかも純は腕を伸ばしてラルフレッドの首に巻き付け、「抱いて…」と秘めやかに懇願した。

「す…げえ……たまんねえな。舌の上で蕩けそうだ」
「ああ、ランカスター卿が羨ましいぜ、ちくしょう」

背後で腕を締め上げている男たちが、剥き出しの情欲そのままの生臭い息を吐きながら囁く。雅人は奥歯が砕けんほどにぎりぎりと噛み締めたが、ついにこらえきれず叫んだ。

「やめろぉっ、やめろやめろッ、純に触んじゃねえッ」

そして痛みも忘れ、力任せに暴れて拘束を解こうとする。

「こッ、こいつ。まだこんな力が残ってんのか―――」

純の身体から漂う芳香に呆けていた男たちは、慌てて雅人を押さえ付けた。腕をひねり上げられ、背中に膝を乗せて床に押し付けられる。その瞬間、まさに寝台の上でラルフレッドに組み敷かれんとする純と目が合った。

純の双眸は、絶望に撓みながらも雅人への労わりを湛えていた。そして唇が微かに動き、声なき想いをはっきりと伝えた。

―――愛してる………見ないで………

その切実な訴えに込められた痛みを、苦しみを突き放すことなどできない。雅人は咄嗟に目を固くつぶって、今まさに犯されようとしている愛しい恋人の、小さな小さな望みを叶えた。

「ち……くしょおぉぉ…………」

ただ床に這いつくばって呪詛を吐き出すことしかできない自分の無力さに全身を灼かれつつ、雅人はひたすら目を閉じて、今すぐ傍で起きている悪夢のような現実を遮断した。

「相変わらず美しい身体だな。しかし暫く見ないうちに、硬質で禁欲的なラインが少し崩れたようだ。あの男のぬるい愛に浸りきっていたせいだろう。過度の甘さは美を腐敗させるものだ。少々手荒な治療が必要だな」

ラルフレッドは、純の肩から脇、ウエストのラインを舌でなぞりながら、もったいぶった講釈を垂れる。そして勃ち上がる気配すら見せない小さなペニスを口に含んで、内股の敏感な部分を撫でながらじゅる、じゅる、と吸い上げた。

「ぅ………ぅぅ…………」

純は腰を跳ね上げて悶えたが、咄嗟に手に咬み付いて嬌声をこらえた。ラルフレッドは口を離し、手の中でびくびくと蠢く可愛い分身を弄びながら、

「なるほど。声を聞かれたくないというわけか。健気なことだな」

そして「いつまでもつかな？」と楽しそうに問いかけつつ、純の身体を引っくり返してうつ伏せにした。

「膝を立てなさい」

純はのろのろとした動作ながらも、命令の通りにした。ラルフレッドの目の前に、真珠の肌理を誇る白い双丘が差し出される。

谷間に指を掛けて左右に割り開き、頑なに開花を拒む蕾に舌を這わせてたっぷりの唾液を塗り込めると、ポケットから小さな注射器のようなものを取り出した。

「純、本当の快楽というものを教えてやろう」

ラルフレッドは注射器の先端を後孔に挿入すると、ピストン部分をゆっくり押して内部の液体を注入した。そして注射器を抜いて、液体が逆流しないように押さえて指の腹で強めに揉む。

「どうだ？　純。そろそろ―――」

からかうようなラルフレッドの問い掛けは、途中までしか耳に届かなかった。何故なら―――

「あ………あ………あああああ……………」

尾てい骨から背骨を伝って首筋まで、無数の蟲が這い上がるような悪感に襲われた次の瞬間、甘美な電流に全身を貫かれて、純は我を忘れて腰を振り、激しく悶えた。

「これはこれは。何と淫らな」

四肢を駆け巡る、絶望的なほどの快楽。しかし純はうつ伏せのまま、シーツに咬み付いて耐えた。絶対に嫌だった。ラルフレッドに貫かれて上げるどんな声も、喘ぎも叫びも懇願も、絶対に雅人には聞かれたくない。

純はシーツに咬み付いたまま、それでも媚薬の絶大なる効果に抗うことはできず、陵辱を誘うかのようにひくひくと腰を揺らした。

「愚かな子だ……お前は………」

ラルフレッドの呟きは尤もかもしれない。その健気なまでの一途さを踏みにじることで、心も身体も征服するのがラルフレッドの目的なのだから。

それも分からず、ひたすら雅人への盲目的な愛を貫こうとする純は、美しくもあり、同時に哀れでもあった。

ラルフレッドは愛おしげに目を細めて、純の震える腰を抱える。そして、棍棒のようにガチガチに勃ち上がった生ける凶器を取り出して、谷間の再奥に宛がった。

「すごいな、お前の花びらは。私に吸い付いて離れんぞ」

そのまま上下に滑らせて、じれったい刺激を与える。純の割れ目は、ラルフレッドの先端から溢れる先走りを滴らせてぬめぬめと光っていた。

「ぅ……ぅっ………く…ぅ…………」

たったこれだけの刺激で、鳩尾が掻きむしられるような快感を覚えてしまう。純のペニスは確かめるまでもなく、お腹にぺったりくっ付くほど勃ち上がり、先端の小さな孔はくぷくぷと喘ぎながら愛液の雫を次々送り出している。すでに、白いシーツには大きな染みができていた。

「さあ、そろそろ餌の時間だ。食欲旺盛な犬だからな、お前は。たっぷり餌をやろう」

ラルフレッドは切っ先の照準をぬめる蕾に合わせると、力を込めて一気に奥まで突き刺した。

「ひッ…ぃあああああッ」

媚薬のせいで、紅く糜爛し快楽を待ち受けるだけと成り果てた純の蜜壷は、殺したいほど憎んでいるはずの男の蹂躙を悦んで受け入れた。

声を上げるまいという必死の努力は呆気なく崩れ、純は声を嗄らして悲鳴を上げた。悦びの悲鳴を。

「ああっ、ああっ、ソコぉ………ああん、もっと、もっとしてぇ……」

しかし次の瞬間我に返り、泣きながら叫ぶ。

「いやだぁぁっ、やだぁ、やめてやめてよぉ………ああッ、ソコ、ソコぉ………いやああぁ………」

ぐりっ、と角度をつけて奥を抉ると、すぐさま腰を引く。すると、太い楔にねっとりと絡み付いた柘榴色の襞が引きずり出されてびくびくとうねる。ラルフレッドは狂喜しつつ再び腰を打ち付けると、純は「きゃああん」と鳴いて背中を弓なりに反らせた。

「はッ、まるで……発情期の牝猫だ」

ラルフレッドももう、余裕を見せることはできなかった。すでに純の中で一度達していたが、萎えるどころかますます膂力を増す自身でガツガツと奥を穿ち、これまで溜めて溜めて溜め込んで腐敗寸前だった情欲を吐き出した。

「す……げえなぁ………こりゃ熟練の娼婦も真っ青だぜ………」

雅人を押さえ付けたまま二人の情交に見入っていた男たちは、生臭い欲望を隠そうともせず呆然と言い放つ。

「おい、お前………今まで毎晩あの子とヤッてたのかよ。クソ羨ましいぜ」

しかし雅人は何の反応も見せず、頑なに目を閉じ感覚を閉じて外部を遮断した。

「おら、顔上げろよ。可愛い恋人が気持ちよさそうに犯されてるんだぜ。一緒に楽しもうぜ、なあ」

男はへらへら笑いながら髪を掴んで頭ごと持ち上げ、現実を突きつけようとする。それでも雅人は拒んだ。だが―――

「ああ………まさと、まさとぉ………あ、あっ……イイ、もっとして………」
「純………」

ラルフレッドに犯されているという現実に耐え切れず、純は逃避した。そう、自分は今、雅人に抱かれているのだ、と。

「あっ……ふぅ…ん……んっ、まさと……すき……だぁいすき…………」
「純……純ッ………」

雅人はゆるゆると目を開けた。涙で白くけぶる視界の中央で、ラルフレッドに組み敷かれつつも雅人への愛情を繰り返す純の裸体が震えている。

雅人は悲愴な声にならぬよう、腹の底に力を入れて、優しさのうちにも威厳のこもった明晰な声で想いを伝えた。

「純………愛してるよ。何があっても、お前は俺だけのものだ。それを………忘れるな」
「んっ……ぁ……ぼく…は……まさとの…もの………」

その時、狂ったような哄笑が響き渡った。と同時に純の身体はがくがくと揺さぶられ、痛々しく細い悲鳴が漏れる。

ラルフレッドは笑いの余韻と共に濁った精を搾り出し、純の身体にどくどくと浴びせた。そして、

「面白い、実に愉快だ。それでこそ、この茶番を続ける甲斐があるというもの」

白濁に塗れた純の身体を解放し、ちらと一瞥をくれただけで寝台を下りた。そしてガウンを羽織って雅人の方へ近付く。

先刻、火のついた葉巻を幾度も押し付けて赤く爛れさせた肩をぎりぎりと掴んで、端整な顔が激痛に歪むのを面白そうに眺めていたが、

「さて。私ばかり愉しんではもったいない。どうかね？　あれを味わってみては」

黒服の男たちに目配せをして、寝台の方へ顎をしゃくる。

「い、いいんですか？　そりゃあもう、さっきから勃ち過ぎて痛いくらいで―――」

雅人は耳を疑った。まさか、まさかそんなことを―――

「もちろんだとも。一人ずつ順番に、なんて面倒なことは言わん。二人で一緒に可愛がってやるといい。あれも尻尾を振って悦ぶはずだ」

ラルフレッドは雅人の両手首をまとめて鉄枷をはめ、鎖を柱に繋いだ。そしてもう一度促す。

男たちは完全に理性の剥落した表情で顔を見合わせ、淫笑を漏らしながら頷くと、上着とシャツを脱ぎ捨てて寝台に上がった。そして、激しい交接の余韻に微睡んでいる純の身体に同時に襲い掛かる。

「ヒィッ……ぁ………やだッ、やだやだッ、やめてっ、ゆるしてぇ…………」

まるで事前に申し合わせでもしてあったかのように、一人は純を後ろから貫いて奥を掻き回し、もう一人は膝立ちになって陰茎の先端を純の口許に宛がって、滴る液を塗りつける。

純は目と口を固く閉じて顔を背けようとしたが、頭を両手でがっしり掴まれてしまい、顔中に男の先走りを塗り付けられた。

「ほら、ちゃんと口を開けて咥えろ」

そうしている間にも後ろを穿つ男の動きは激しさを増し、脳天まで貫かんほどの電流に純の神経は灼かれた。

「きゃああああーーーーッ、ゆるして、もうゆるしてぇッ」

余りに暴虐的な現実に、純は逃避することもできずただ声を嗄らして泣き叫び、許しを乞うた。すぐ傍にいる雅人への配慮も、もう頭の中にはなかった。

「やめろ、やめろぉぉ………何故だ、どうしてなんだ、こんな…………」

すでにまともな思考力が壊死しかけているのか、雅人は手枷で繋がれたまま、力任せに純の許へ近付こうとする。手首に喰い込んだ冷たい金属が皮膚を裂くのも構わず、一歩でも前進しようと身体に力を込める。

「止めたまえ。手首が千切れてしまうぞ」

ラルフレッドの言葉など耳に入った様子もなく、純の名や男たちへの呪詛を繰り返しながら悲壮な抵抗を続ける。

「そんなに愛しているのか、あれを」

ラルフレッドはあらゆる感情が死滅した平坦な声で問い掛けると、雅人の肩を掴んで揺さぶった。

「見るがいい。男たちに犯され、絶望のうちにも快楽に喘ぐ姿は、神を冒涜するほど美しいだろう？　あれが純だ。あれこそがあの子本来の姿なのだ」
「ちがう………」
「野性の薔薇を引き抜いて温室で育ててみたまえ。根は腐り、あっという間に醜く朽ち果てる。苛酷な環境に慣れた花に、過度の愛情は不要なのだ」

雅人の双眸に、理智的な輝きが戻り始めた。昂然と顔を上げてラルフレッドを睨み、

「すり返るんじゃねえよ。温室にいるのは貴様の方だ。自分の歪んだ性癖、歪んだ論理が通用する狭い世界に純を引きずり込んで思うままにしようとした。が―――」

口端を吊り上げて嗤笑を浮かべる。対してラルフレッドは、普段は快楽以外に沸くことのない無機質な瞳を憤怒で淀ませて、雅人を見返す。

「純は、純は決してお前の人形にはならなかった。あいつ本来の稟質、優しさ、素直さ、無垢の魂に、お前は傷ひとつ付けることはできなかったんだッ」
「黙れッ」

ラルフレッドは腕を振り上げて、雅人のこめかみを殴り付けた。そしてステッキを掴み、渾身の力で振り下ろして背中を肩を打ち据える。疲労と痛みのゆえか、雅人の意識は徐々に遠のいてゆく。

激痛でがんがんと反響する耳に、「このままでは殺してしまいますぞ」という従者の甲高い声が届いた。

―――はッ、誰が死ぬかよ、こんなところで

必ず純を助ける、と自分自身に誓いをたてて、雅人はそのまま意識を手放した。

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