６.

「うわっ、何だよいきなり」

一旦見失ってしまった純を探してうろついている間に灰色の雲は厚みを増し、大粒の雨粒がぽつぽつとアスファルトに斑点を描き始めた。と思ったらいきなりざばざばと降り出した。盥を引っくり返したような、という表現がぴったりな、嵐のような夕立。

秀はたまらず屋根のある所へ避難した。と同時に閃光が走り、僅かに遅れて雷鳴が轟く。

秀は取り敢えず純の家に連絡を入れた。もしかしたらもう帰っているかもしれない。

「あ、環さんですか？　秀です。純はもう帰ってますか？」
『ううん、まだなの。傘もお金も持っていってないから、心配してるんだけど……』
「純はどこへ……」
『訊いても答えてくれなくて。すぐ帰ってくるからとしか。なんか、ここ２、３日様子がおかしいの』
「また尭村さんと何か……」

電話の向こうの環は、ふーっと溜め息をついて、

『尭村さんは関係ない、って。実際、林間学校から帰ってきて以来、尭村とは逢ってないみたいなのよ』
「えっ……」

それは意外だった。林間学校からの帰り、車の中で尭村からのメールを嬉しそうに眺めていた純が思い出される。一刻も早く逢いたいはずなのに。

「……分かりました。何があったのか、俺からも訊いてみます」

秀は電話を切ると、じっと空を見上げた。雨も雷も遠のく気配を見せない。ずぶ濡れになりながら、どこへ向かうでもなく虚ろな歩みを進める純の姿が、払っても払っても額の奥に浮かび上がってくる。

もちろんその瞳には、とめどなく溢れる涙が。さっき声を掛けて捕まえなかったのが、悔やまれて仕方がない。
その時、烈しい閃光とほぼ同時に、耳をつんざく雷鳴が。近くに落ちたのだろう。

―――そういやあいつ、雷苦手だったよな……

家にはまだ帰っていないということは、どこかで雨宿りをしているのか。しかし金を持ち合わせていないのだから、店に入ることはできないし。一体どこに……。

「あっ」

秀は声を上げると同時に、土砂降りの中へ飛び出した。もしかしたら―――幼い頃の思い出に、一縷の望みをかけて。




未だ収まらぬ烈しい雷雨の中、秀は走った。そして程なく着いたのは、鬱蒼とした木々に囲まれた小さな神社。

―――神社は神さまのおうちだから。神さまが守ってくれるよ

昔、外で遊んでいた時突然の雷雨に見舞われたことがあった。「秀くん、雷こわいよぉ」と純にしがみつかれた秀は、自分も恐かったのだが何とか平気なふりをして、神社へ連れてきた。

そして賽銭箱の向こうにある扉を開けて中に入り、畳敷きの拝殿で肩を寄せ合い、雷が過ぎるのを待ったのだった。

そして今も、この朽ちかけた神社の御扉は呆気なく開いた。そして拝殿の片隅で、膝を抱えて震えている純の小さなシルエットを見つけた。

「純………」

秀は中へ入って扉をぴったりと閉めた。そして、下を向いて膝を抱えている純の頭にそっと触れる。純はびくり、と身体を動かして、ゆるゆる頭を上げた。

「しゅう……」

遠目では判らなかったやつれぶりに、秀は驚きの余り言葉を失う。
しかも、冷たい雨に濡れたせいだろう、唇は青紫色で頬からも血の気は失せ、身体全体が小刻みに震えていた。そっと掌で包み込んだ頬は、氷の冷たさだった。

「純、純っ、大丈夫かっ」

秀は思わず抱き締めたが、自分も同様にずぶ濡れなのだ。上着を貸してやることもできない。

「くっそぉ……」

雨は一向に止む気配がない。それどころか、この粗末な社を叩き壊すほどの勢いで、雨の粒がバチバチと降りかかる。

「しゅう、さむぅい………さむいの………」
「分かった。とにかく上着を脱げ」

秀は上着を脱がせると、畳の上に広げた。しかし乾くまでには時間がかかりそうだ。見れば、上着の下に着ている薄手のシャツもびしょびしょで、肌にぺったりまとわりついている。

何か薄い毛布のようなものでもないかと探したが、奥に小さな神殿があるだけで何もない。そうしている間にも、純はカチカチと歯を鳴らし始めた。

「純……それも脱げ」

秀はシャツのボタンに手をかけて外し、純の白い裸身を露わにした。そして自分も素早く脱ぎ捨てると、裸の胸に抱き寄せて腕の中に収めた。

「どうだ？……純………」
「ん……あったかい………」

かすれ声で呟く純をさらにぎゅっと抱き締め、秀は自分の体温を与えようとする。しかし、腕の中の華奢な身体はまだ細かく震えている。それどころか徐々に激しさを増し、ついにはくぐもった呻き声を上げ始めた。

「純、どうした」
「ぅ……うぅぅ………うぁ……ああぁぁっ………」
「純っ、純っ」
「僕、僕、尭村さんに……酷いことを……大嫌いって、もう別れるって………」
「お前が、言ったのか？」
「だって、だって、しょうがなかったんだもんっ。そうするしかなかったのっ」

秀に咎められたと思ったのか、それとも自分に言い聞かせようとしたのか、純は秀の胸をどんどんと叩きながら必死に訴えた。

「純、落ち着いて聞かせてくれ。何があったんだ」

純は熱い涙と共に、この数日間に起きたこと全てを吐き出した。

秀は険しい顔で黙したまま、じっと耳を傾けた。時折苦しそうに咽る純の背中を優しく撫でながら。そして最後まで聞き終えると、

「純、お前はそれでいいのか？」
「よくないっ。でも仕方ないもんっ。僕が自分の気持ちを押し通したら、生まれてくる赤ちゃんや薔子さんの幸せを奪うことになるんだ。レイプされてできた子供っていう、深い傷を負わされて生きていかなくちゃならない。そんな、そんなことできないよぉっ」
「純……」
「生まれてきちゃいけない子供なんていないんだ。みんな、幸せにならなくちゃいけない。僕みたいな…思いは……ぜったいに……っく…………ぅ……」

がたがたと、尋常でない震えが純の全身を覆う。秀は無我夢中で抱き締めた。

「しゅう……ぅ…つらいよぉ………みんな、いなくなっちゃう……本気で愛した人はみんな、僕から離れていっちゃうの……雅人も、尭村さんも………」
「俺は……俺は行かない………」
「僕……また一人に………」
「俺は行かないっ」

ほとんど怒号にも近い秀の叫び声が、狭い拝殿内に響き渡った。純の細い肩を揺さぶって、

「俺は行かない。お前の傍にいる、ずっといる。約束したはずだ、何があっても―――」

純が沖家を去ってイギリスに帰る時、確かに秀は誓った。空港のロビーで不安げに自分を見上げる純に、

―――お別れじゃないよ、純。また逢うんだ。その時までに、僕もっともっと強くなってるから。そしたら何があってもそばにいて、僕が守ってあげるからね

しかし純は首を振り、

「秀には守る人がいるもん。秀には美紅ちゃんが―――」
「違うっ、俺は、俺はっ―――」

込み上げる想いの激しさに、言葉がついていかない。ならば、行動で表すしかない。秀は純の唇を荒々しく塞ぐと、熱い舌を滑り込ませて口腔をまさぐった。

「う……ぅ、や…ぁ………」

この数日で体力を消耗していた純は、弱々しい抵抗しかできない。舌を強く吸われ、思わず腰を浮かす。その動きに誘われるかのように、秀はそのまま純を押し倒した。

「い、いやっ、秀。どうして、どうして………」

非難と戸惑いも露わに純は問い詰める。その細い手首を畳に押さえ付けた秀は、ぎらぎらと輝く双眸で上から睨みつけ、

「分からねえのか、こんなに……愛しているのに」
「しゅ…う……」
「これまで我慢して我慢して、自分を誤魔化し続けてきた。目の前であの人に奪われても、お前が幸せならそれでいいと、そう言い聞かせて隠してきた。けれどいつまでも紳士づらしてはいられねえ。俺は、俺はお前が欲しい。俺のものにしたい」

言葉はこれ以上不要だった。秀の激情はそのまま真っ直ぐ純の心に届いた。そう、これが秀の本心だったのだ。

「今すぐにとは言わない。徐々にでいい。あの人のことは忘れろ。俺が、忘れさせてやる」
「ホント、に……？」
「ああ……」
「ホントに忘れさせてくれるのッ？　秀っ」

秀は答える代わりに、荒い息を吐いて純の上にのしかかった。力任せにズボンを引き摺り下ろして下半身を剥き出しにする。

そうして畳の上に横たえた純の裸身を、空を震わす雷鳴より激しい情欲に燃える眼で舐め回すように眺める。そしてこくりと喉を上下させると、ためらうことなく胸の紅い突起に吸いついた。

「あっ、あぁっ、ん……んぅ……」

口に含んだまま舌先でころころと転がす。もう片方は指先でぎゅっと押し潰したり摘んで捏ね回したり。純は湿った喘ぎを零しながら、腰をくねらせた。

その動きに煽られた秀は、脇腹をなぞりながら手を下方へ滑らせて、すでに反応を示し始めている半身を優しく包み込んだ。そして強く握ったり緩めたりと、じれったい刺激を与える。

「あぁ…ん、ん…ふ……しゅう………もっ…と………して」

両方の乳首を丹念に舐めあげた秀は、コリコリに勃ち上がった真っ赤な粒を満足そうに見つめると、脇腹やおへその窪みに舌を這わせて滑らかな皮膚の感触を味わった。

そしてさらに下へ進んで、半分ほど勃ち上がった薄桃色のペニスに舌を絡めてじゅるじゅると吸い上げた。

「ああぁっ、あっ、あっ…ん、んっ、ふ………」

先端から零れる蜜状の液体を丁寧に舐め取った秀は、まだ足りないのかさらに蜜をねだるように吸い付いて、舌でぐりぐりと刺激する。純は「きゃうっ」と嬌声を上げて、秀の望みのものを与えた。

口腔にとろとろと流れ込むほろ苦い液体を舌を絡めて味わった秀は、その時になってようやく、己れの下半身を責め苛む灼けるような痛みに気付いた。まだ仕舞われたままの雄が、熱い締め付けを切望してジーンズの下で喚いている。

秀は手早くジッパーを下ろして、湯気がたちそうなほど熱くそそり立った陰茎を解放した。もちろん、邪魔なジーンズも下着も脱ぎ捨てる。そして再び、純の身体を蕩かすことに没頭した。

すっかり勃ち上がった半身を深く咥え込んでやわやわと歯を立て、舌をこすり付けて扱く。さらに自分の陰茎に手を伸ばして２、３度扱き、溢れた先走りをすくって純の蕾にたっぷりと塗りつけ、そのまま指を突き入れてぐりぐりと回した。

「ああぁっ、あっ……や…ぁぁ……ん」

奥の方からはくぷくぷとこもった音が、そして入口ではぐちゅぐちゅと弾ける蜜音が零れる。秀は指を増やして、さらに激しく掻き回した。

「ああっ、ああっ、秀、しゅうっ」

３本の指を呑み込んだ純の秘孔は、ぬめぬめと光って快感に蠢いている。その生々しい襞の動きに、秀は眩暈を覚えた。これを眺めているだけで達ってしまうかもしれない、そう思えるほど淫らな光景だった。

「純……純、お前のどこがイイか分からねえから、教えてくれ……。もっと奥か？……それとも………」
「秀、秀、きてよぉっ、も、だめぇ……イッちゃうぅ………」

その時、純の奥に埋め込んだ指先に、ぷっくりとした粒状の突起が当たった。その途端、純はかすれた悲鳴を上げて腰を跳ね上げた。

「ああ……ここか」

秀は感じ入ったように呟くと、素早く指を抜いた。そして純の膝裏に手を添えて大きく開かせ、先走りをだらだらと溢れさせて力強く脈打つ自身を、ゆっくりと、純の中に押し込んでいった。

「はぁ…ん、あっ、ふ………んぁ……」

鼻にかかった甘い喘ぎが、可愛くてたまらない。秀は暴走しそうになる欲望を何とか制して、ゆっくりと腰を使った。

「ああっ………秀、しゅうっ」

畳にかりかりと爪を立てて、涙を零しながら秀の名を呼ぶ。そんな純の嬌態と、侵入してきた太く硬いモノをきゅっきゅっと締め付ける熱い内壁が、ほとんど狂気じみた昂奮を呼び起こす。秀は、徐々に早まる腰の動きを抑えることができなかった。

「あっ、ああっ、ああっ、イイ……きもちいい………んっ………ぁ、」

その時、艶かしく声を上げる純の頬に、ぽたり、と透明な雫が落ちた。

「秀、泣いてるの……？」
「ああ……やっと、やっとひとつになれた、お前と………」

ぽたり、ぽたりと続けて純の頬を涙が濡らす。

「しゅう……」
「愛してる。初めて逢った時から……こうなることは分かっていた………」

嘘じゃない。幼い秀には予感があった。きっと将来、自分はこの子に強烈に惹かれることになるだろう、と。

「純、純っ」

秀がとうとう本性を現した。雄の凶気を普段は穏やかな相貌に閃かせて、純の蜜壷を激しく攻める。

「きゃああぁっ、ああっ、ああっ、いやああぁぁッ」

さっき探り当てたポイントをわざと外して、その周辺を執拗に突き上げる。純は快感ともどかしさの両方に襲われて、悲鳴に近い嬌声を上げた。

「愛してる、愛してる……俺のものだ、俺だけのものだっ」
「秀、しゅうっ、行かないでどこにも行かないで、ずっと傍にいてっ。僕を一人にしないでよぉっ」

純はその叫びを身体で表現する。秀の腰にしなやかな脚を絡ませて、さらに深い結合を求めた。秀は余りの歓喜に、今死んでも構わないとさえ思った。
そして―――

「あっ、やああああああぁぁぁーーーッ」

敢えて避けていたその部分を激しく貫くとほぼ同時に、純はびくびくと腰を跳ね上げて白濁を放った。

秀は、自分の胸に振りかかった飛沫の熱さと、放出の瞬間に見せた蕩けるような表情に深い悦びを感じながら、愛して愛して愛し続けてきた人の奥に、どろどろに凝った劣情の精髄をたっぷりと注ぎ込んだ。

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