１４.（最終話）
自分の胸に頬をぴったりとくっ付けて眠る純は、あの旧図書館裏で初めて会った時のような安らかな寝顔で、幸せそうな微笑みを浮かべていた。
尭村はほっと胸を撫で下ろす。実は純が意識を失ってからもずっと犯し続け、結局３回も達ってしまったのだ。
我ながら鬼畜だと反省する反面、意識を失ってもなお、艶かしい表情で自分を煽り続ける純も悪いのだと勝手な言い訳をしつつ、せっせと後始末をし、純の身体を清め、シーツを取り替えてようやく眠りについた。
とはいえやはり、あれだけの欲望を受け止めた身体のことは心配で、余り眠れぬまま早々に目が覚めたのだ。
―――手首の傷……これか
尭村は、純の細い手首に、白く盛り上がった傷痕を見つけた。確かに尋常な傷ではない。しかしそこにそっと口づけると、布団の中にしまった。
今はまだいい。いずれ、話せる時が来るに違いないから。
「んんっ……」
目を覚ます寸前、顔をちょっとしかめてぐずる純は、身悶えしそうなほど可愛い。尭村は抑えろ、抑えろと自分に言い聞かせながら、愛しい人の髪をそっと撫でた。
「あきむらさん……」
ゆっくりとまぶたをあけた純は指先で尭村の頬をなぞり、「夢じゃない……」と呟いた。
当たり前だ、夢でたまるか、と言おうとしたが、喉が震えて言葉が出ない。尭村は、自分が泣くのをこらえていることに驚きつつ、純の頭を抱いて髪に口づけした。
「純……腹へっただろ。何か食うか？ それともゆっくり風呂に浸かるか？」
「え…と、お風呂が先がいいです」
「分かった。俺の部屋にはシャワーしかねえから、本宅の方へ行こう。あそこは広いから……二人一緒に入れる」
さりげなく言ったつもりだったのに、妙にそこだけ強調されてしまったような気がする。
尭村は純の返事も聞かず、顔も見ず、素早くシャツを羽織ると裸のままの純を抱き上げて部屋を出た。
「あっ、あきむらさん、僕こんなカッコで………」
「大丈夫だ。今、家には誰もいねえんだよ。親父も額賀も。家政婦は昼過ぎにならないと来ねえし。俺たち二人だけ。堂々としてな」
純は「はい」と答えて、尭村の首に腕を回して甘えた。
本宅の風呂は２４時間いつでも入浴可能で、とても広かった。丸い浴槽の縁に尭村が身体を凭せかけ、その胸に純が寄りかかるようにして浸かっていた。
「純………」
尭村は純の顎に手をかけ、上を向かせてそっと唇を重ねた。湿り気を帯びた柔らかい皮膚の感触は余りに気持ちよく、そんなつもりではなかったのに、徐々に深いものに変わっていった。
「んっ、……っふぅ………」
くちゅ、と唾液の絡み合う音に誘われるように、尭村は純の胸に手を伸ばした。乳房でもあるかのように下から揉むように押し上げて、温まってより赤みを増した乳首を指で押し潰す。
「あっ……はぁっ、ん……あぁん」
気持ちよさそうに喘ぎながら、赤い舌をちらちらと覗かせる純。それを強く吸い上げると、尭村は純の耳許で囁いた。
「純、お前ゆうべは凄かったな。でもあれは薬のせいなんだろ？ 相手が俺じゃなくたって、誰だってああなったんだよな？」
純は驚いて目を見開き、尭村の胸に縋りついて訴える。
「違う、違う！ どうしてそんなこと言うの？ あ、あなただから……」
「信じられねえな」
「ひどい、ひどいよぉ……尭村さん、お願い、信じて………」
胸に顔をうずめて肩を震わせる純を、にやにやと笑いながら見下ろす尭村。沖兄弟がここにいたら、間違いなくブチ切れていただろう。
「じゃあ純、証拠を見せてみろ。アレが薬のせいだけじゃなかったという証拠を」
「証拠…？」
「ああ。もう薬の効果は切れてるよな」
言うが早いか、尭村は純を抱き上げてそのまま浴槽を出、そっと浴室の床に横たえた。床にはふかふかのマットが敷いてあるため、寝心地は悪くないはずだ。
「純、膝をついて四つん這いになれ。そして脚を開くんだ」
何を訴えても無駄だと悟ったのか、純は言われた通りにした。もっと腰を高く上げろという注文に応えるため、上半身を床にうつ伏せて背中を反らせ、お尻を突き出す。
つるんと剥いた卵のように白く艶やかな双丘を、尭村は鷲掴みにして激しく揉みしだき、割れ目に指をかけてぐっと開いた。
「いっ、いや、いや」
恥ずかしい孔をじっと見られているという緊張が伝わって、その部分がひくひくと痙攣する。そのせいで余計に淫らな印象を与えてしまうというのに。
尭村は、ゆうべの名残でまだ赤く熟したままの襞に唇を寄せ、ちゅっと音をたてて吸い付いた。そして舌を尖らせて襞の奥へぐいぐい挿し込む。
「いやあぁぁ、あぁん……はぁん、あぁっ」
どうやら、改めてほぐす必要はなさそうだ。尭村は、腹に密着するほど勃ち上がった己れの兇器を片手で支えて、とろける果実の中に勢いよく突き刺した。
「きゃあぁっん、あぁん、あぁん、あっ、あぁ……」
慌てて口を塞いだ純の手を引き剥がし、
「誰もいねえって言っただろ。お前の鳴き声、聞かせろ」
そして、ゆうべ探り当てた場所を執拗に攻めたてる。
「純……ココだろ？ ココがいいんだろ？」
「あっ、ん…ソコぉ……だめぇっ……イッちゃう……イッちゃうからぁ……」
内壁がびくびくと蠕動して尭村のモノを締め付ける。そのたびに強烈な射精感に襲われるが、ぐっと堪えて平静を装う。
引き抜く時はゆっくりと焦らすように、突き入れる時は激しく荒々しく。抜くたびに、淫らに湿った粘膜が尭村の肉棒に追い縋り、まとわり付く。その柔襞を指の腹で擦ってやると、「ひぃっ…ん」と鳴いて腰を揺らした。
「純、そろそろ本気出すぞ。後ろだけでイケるな？」
尭村は、腰のしなやかな曲線に手を添えると、激しく打ちつけ始めた。
純は、ほとんど膝の浮いた状態で、突き刺された尭村のペニスだけで支えられていた。パン、パンと肌と肌が激しくぶつかる音に、純の嬌声が絡み合う。
「ああっ、ああっ、やあぁっ……も、だめぇっ……やあぁん、出ちゃうっ……」
「純……純……っつ！」
純が先端から白い糸を放つと同時に、尭村は純の中で暴発した。どくっ、どくっと己れの欲望を注ぎ込む。濃密な放埓は、数秒間続いた。
しかし尭村は間髪入れず純を起こして向かい合わせに抱きかかえ、まだ天井を向いてぬめぬめと光っている自身の上にはめ込んだ。
「やあぁっ、あぁん、…んんっ……すごいっ……すごぉい……」
脳天まで突き抜けそうなほどの重量感に、純の意識は飛びかけた。しかし何とか繋ぎ止め、尭村の首にしがみついて下からの突き上げに耐えた。
尭村は、純の両脚を広げて下から支え、上下に激しく揺り動かす。そのたびに結合部分からは白い飛沫が飛び散り、ぐちゃっ、ぐちゃっと濡れた艶音がこぼれる。
「ああっ、ああっ…あきむらさぁん……も、ゆるしてぇ……からだが、あぁっん……からだがとろけちゃうよぉ」
「それはこっちの台詞だ……くっそ」
純が悲鳴と共に尭村の胸に乳色の蜜をかけ、尭村が低く呻いて再び暴発するまでに、それほど時間はかからなかった。
「純……大丈夫か？」
「はい」
今度こそ本当に立てなくなった純を抱いて、尭村はリビングへ向かった。
「ちょっと待ってろよ。今なんか食う物作ってきてやるから」
「えっ、尭村さんが作るの？ すごーい」
余り期待するなよ、と笑顔で言って、リビングの扉を足で蹴り開けた。そこには―――
「げぇっ、親父！」
心なしか疲れたような貴仁が、だらしない格好でソファに寝そべっていた。目の下には、うっすらと隈らしきものまで。
「ななななななんでいるんだっ。向こうで一泊してくるって言ってたじゃねえかっ」
「そのつもりだったけどな、やっぱり家の方が落ち着いて寝られると思って帰ってきたんだよ。今朝早くな。そしたらまあ……お前ら、風呂場の窓開けっ放しでヤッてただろ。ったく純のあんな声聞かされて、寝るどころじゃねえよ、こっちは。お陰で２回も抜いちまった」
「なんっ…、息子の恋人の声でヌく親がどこにいるんだっっ」
「ここにいるって。物分りのいい親に感謝しろよー。お前ら、今日は学校休むんだろ？ 俺が連絡しといてやってもいいが……」
すると尭村は急に神妙な顔つきになって、「お願いします」と頭を下げた。貴仁は、息子の変わり身の早さに心底呆れた様子で、溜め息をついて寝室へ入っていった。
「あ……あきむらさぁん……」
尭村は、顔を真っ赤にして首筋に顔を埋める純に、「悪かった。これからは気を付けるから」と言って宥め、頭のてっぺんにキスをした。
さてそれから―――
「尭村さん、はい。グレープフルーツむきましたー」
「お、旨そうだな。どれ」
「……あっ、もう……指まで食べちゃだめぇ。……くすぐったぁい」
などとイチャイチャやりつつも、
「純、お前俺と離れてる間、何人の男に告られた？ 怒らないから言ってみろ」
「え……お、覚えてないです……」
「ほー、覚えられないほど沢山いたってわけか」
「違いますっ、えと……たぶん２０人はいなかったと思うけど……」
―――バキッ
「あ、あきむらさんっ、大丈夫ですか？ ひえー、リモコンが………」
「そうか……くっそぉ……、ふざけやがって、ちゃんと分からせてやる」
といった話もしつつ、再び尭村の部屋に戻って何度も喘がされた。結局純が家に戻れたのは、その日の夕方になってからだった。
「尭村ぁ……あんたってやつは………」
鬼の形相、夜叉の面魂で仁王立ちし、すわ眼殺かとの勢い込めて睨みつける環の目の前で、声はがらがら、腰はふらふらの純を抱き寄せておでこにちゅっとキスを落とし、また明日な、なんて甘く囁ける尭村の心臓には、鬼太郎ばりの剛毛が生えているに違いない。
背中に投げつけられる環の罵詈雑言も、純と過ごした甘い甘い時間の記憶に傷をつけることなどできるはずもなく。
尭村は帰りの車の中で、気を抜けば緩みがちになる頬を２度３度と殴った。
そして翌日。
尭村は登校するとすぐに純を掴まえて、二人である場所に向かった。そこは―――
「おいっ、新聞部」
「はっ、はいぃっっ、なななななんでございましょーかっ」
部室で朝のミーティングをしていた部員たちは、物騒な闖入者に飛び跳ねた。
「これから会見をやるぞ。すぐにセッティングしろ」
「わ、わっかりましたぁー」
朝、授業開始前、１５分程度の時間だったが、校内ニュースを放映することがしばしばあった。その時間内に、新聞部に依頼すれば個人的な会見を開くこともできた。
もちろん有料だが、“姫”クラスの人気者なら持ちつ持たれつということで、タダで開くことができたのだ。そもそも、尭村に向かって料金の話などできるはずもないのだが。
あっという間に会場は整い、数台のカメラと取材陣と野次馬でいっぱいになった。尭村は何の前置きもなく、ただ会場内を睨みつけて、
「いいか、お前らに言っておく。ここにいる秋原純は俺のものだ。手ぇ出した奴は、顎の骨砕かれるぐらいじゃ済まねえからな。覚えておけ」
しんと静まり返った会場に、尭村の低い声が響き渡る。
「それから、こいつの写真を持ってる奴は、全て俺に差し出せ。誰がどんな写真を持ってるかは把握している。黙っていようとか誤魔化そうなんて考えねえ方がいいぞ。あと新聞部」
その場にいた部員全員が弾かれたように姿勢を正した。
「今後、こいつの写真を撮ることを禁じる。もし破ったら……まあ俺の“伝説”が一つ増えるだけだな」
言うべきことは言ったと、はやばやと会見を終えようとした尭村に、恋に盲いた一人の野次馬が勇敢にも立ち向かった。
「い、異議あり！ そんなの一方的すぎるぞ、尭村！ 大体、本当に秋原君はお前のものなのか？ お前が勝手にそう言い張ってるだけじゃないのかっ。しょ、証拠を見せろ！」
「ほー、“証拠”をねえ……」
尭村はにやりと笑った。そして、さっきから余りの展開に呆然自失の恋人を抱き寄せると、正面のカメラを、いや、その向こうに腕を組んで立っている日向を見据えて、
「見せてやるよ」
純の顔を上向かせると、その唇に喰らいついた。そして、驚いて縮こまった甘い舌を捕らえると、激しく愛撫する。最初はちゅっ、ちゅっと可愛らしい音をたてていたが、徐々にぐちゅ、ぐちゅと淫らな水音に変わる。
しかも昨日の余韻のせいなのか、ただでさえ感じやすい純がさらに敏感になっていて、無意識のうちに尭村に腰を擦りつけて「あふぅん……」と喘ぐ。
その反応に簡単に煽られた尭村は、純の尻に手を伸ばして愛撫を始め、ズボンの上から割れ目に指を這わせた。くすぐったいのか感じてしまうのか、いやいやとお尻を振る純。
―――ごくん、
ある者は喉を鳴らし、ある者は前屈みになり、ある者は泣きながら純の名前を呼ぶ。
結局、異様な空気を淀ませたまま会見はなし崩し的に終わり、二人が恋人同士だという事実はこれ以上ないほど鮮烈に、学園中へ浸透していった。めでたし、めでたし―――が、ここに顔を真っ赤にして泣いている当事者が一人。
「もうもうもうっ、尭村さんのばかぁっ、あ…あんな恥ずかしいこと、しかも校内ニュースでっ……」
机に突っ伏してじたばたしている純を、直が半笑いで宥める。
「まあまあ、尭村さんもさぁ、これまで隠してた分の反動がきたんだよ。もう皆に見せびらかしたくて仕方がなかったんだね」
うんうん、分かる分かると直は一人で頷き、その隣で秀はこめかみを押さえている。
ちなみに、この程度で“あんな恥ずかしいこと”なんて言っている純は甘い。これから先、尭村にどんな目に遭わされるか……まあ知らない方がいいことも世の中には沢山あるのだ。
さらにその翌日。
一年生の靴箱が並んだ昇降口で険しい怒声がこだまし、爽やか且つ穏やかな朝にぴきぴきと亀裂が走った。
「なんなんだ、これはっっ。ああっ！？」
尭村が一人で咆えている傍で、純はおろおろとしているし、沖兄弟は半ば呆れ顔で肩を竦めて立っている。
「俺が昨日あんだけ釘刺しておいたのに、この手紙の山はなんなんだよっ、ふざけんなっ」
純の靴箱からは、封筒に“愛しい秋原君へ”などと書かれた手紙や、明らかに高級アクセサリーだと分かるリボン付きの小さな箱やらが溢れている。秀は溜め息をついて、
「尭村さん、あの会見はどうやら逆効果だったようですね。あれで皆、煽られてしまったみたいですよ」
「そーそ。あの時の純ってば、もうとろんとろんに色っぽくてえ、クラスの奴らもみんな呻いてましたよー。俺もちょっと興奮しちゃったぁ」
直は可愛らしくえへっ、と笑ってみせたが、その言葉は尭村の怒りに油を注ぐだけだった。しかも、
「噂によると、あの会見を撮影したテープがバカ売れしてるって。新聞部も根性入ってるってゆーか、タダでは起きないですよねえ」
「なあんだとっ！……確かにいい根性してんじゃねえか、全員ぶち殺してやるっ！」
「あ、尭村さんっ、落ち着いてください」
こめかみに青筋たてて喚きつつ、手紙を鷲掴みにして窓から投げ捨てる尭村。そんな恋人を必死で宥める純。
「あーあ、尭村イッちゃてるよ。やっぱあいつキャラ変わったよな〜」
「まあ気持ちは分からなくもないが。秋原も、これから大変だな」
薫と片瀬は、朝の狂騒劇を遠巻きに眺めながら、純の未来に幸多からんことを祈ると共に、鬼畜だけれど実は一途な友人の初恋の成就を密かに祝福した。
（Fin）
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