La Traviata
―鉢植えの椿は愛と自由を夢見る―
第五章
「ど、どうするって……あの……」
口ごもりつつ、瞬きするのも忘れて一心に見返す那津に、椿は艶笑を送り、
「お前には婉曲的な言い回しが通じないからな。はっきり言うぞ。性交渉するのか？ しないのか？」
「そ、それは……」
「したくないのを無理にとは言わない。けどな、那津。ここはそういう場所なんだよ。いくらお前が否定しても、金で躰を売り買いする場であることは事実なんだ」
椿はもう笑ってはいなかった。苦しげに黙り込む那津を懇々と諭す口調には、優しさと厳しさが同居していた。
「前回お前は、俺に礼を言うために訪れた。だからそういうつもりじゃなかったという言い分は分かる。でも今日は違う。お前は―――」
「それ以上言わないでください……」
弱々しい声で遮って、那津はふわりと笑った。そして椿の腰に腕を回してぐいと抱き寄せ、
「あれから何度もあなたに逢いました。夢の中で。そして何度も抱きました」
「那津……」
「確かに前回は、あなたにお礼を言うために来ました。でも今夜はあなたを抱くために来た。椿さん、あなたが欲しいです。あなたの中に入って、ひとつになりたい」
恋人に囁く睦言のような台詞は、椿にはひどく新鮮に聞こえた。と同時に、甘い囁きに生娘のように心を弾ませてしまう自分が恥ずかしくて、面映くて、顔が紅くなってしまう。
それを誤魔化すため顔を背け、いったん那津の膝から下りようとしたが、がっしり抱え込まれた腰はびくともしない。
「駄目です。離しませんよ」
「な、なんだよこの豹変ぶりは。この前はあんなにしおらしかったのに」
「我慢してたんですよ。でも今夜はちょっと……我慢できそうにありません」
その言葉を裏付けるように、那津の膨張した股間がどくどくと脈打ち始めた。着物越しでも飢えの激しさが分かるほどで、椿は引き寄せられるように手を伸ばして布地の上から撫でた。
那津は躰をびくっと揺らし、喉仏を大きく上下させて獣じみた呻きを嚥下した。しかし椿は素知らぬふりで、輪郭を慈しむように撫で続ける。
「那津、すげえビクビクしてるぞ」
「当たり前でしょう……？ あなたに触れられているのに、反応しないでいられるはずがない」
掠れた声で訴えながら、まるで注挿の真似事をするかのように腰全体をがくがくと揺らす。その動きは控え目ながらも淫猥で、抑え切れぬ獣慾がにじみ出ていた。
「腰が揺れてるぞ……那津。そんなに挿れたいのかよ」
挑発するようにそう言って、不敵な笑みを浮かべる椿。この時点で那津はすでに白旗を挙げていたのだが、何とか取り繕って椿の耳に唇を寄せ、
「挿れたいです。あなたの柔らかな尻を裂いて、どろどろにほぐれた花びらを掻き回して、そして奥の一番敏感な部分目掛けて沸騰した精を放ちたい……」
那津の言葉ひとつひとつは熱を帯びて、椿の鼓膜を火照らせた。さらにその言葉の実現をねだるように、尻の奥が勝手にくにゅくにゅと蠢く。
思いもよらぬ淫乱な己の反応に羞恥を覚えた椿は、那津に責任転嫁して「ばかやろ…」と呟き、頭をコツンと叩いた。しかし那津も負けじとさらに声を甘く撓め、
「椿さん……もしかして感じましたか？」
「うるせっ……このばか那津っ」
椿はぴしゃりと言い返し、那津の反論を塞ぐように唇に噛み付いた。
「んぅ……ッ………ぅ……ン………」
口づけを仕掛けたのは自分の方なのに、あっという間に形勢は逆転した。明確な陵辱の意志を持った舌が椿の口内に滑り込み、上顎から舌の裏までぬるぬると愛撫する。
椿は皮膚の上を滑る甘い微電流に翻弄されながらも、那津の股間に自身の膨らみをこすり付けて反撃した。目一杯押し付けてから腰を揺らすと、硬い芯がグリッとこすれ合って痺れるような快感が生まれる。
「ぐッ……」
那津は喉の奥で呻いて何とかこらえたが、続けざまに刺激を与えられ、たまらず口づけを解いて深く息をついた。
椿は「どーだ」と言わんばかりに見上げ、二人分の唾液で濡れた唇をちろと舐めた。が、次の瞬間着物の奥に手を突っ込まれ、ぴちぴちに勃ち上がった若茎を握り込まれた。
「ああッ……ん……」
図らずも甘い声を出してしまい、その残響を払うように何度も首を振る。そして那津の拘束から逃れようと腰を浮かせた。
しかし那津が許すはずもなく、手の中の愛玩物をさらに追い詰める。尖端の窪みに爪の先をねじ込むと、椿は嬌然と悲鳴を上げてのけぞった。
「や、やめ………那津…ッ………」
那津はうっとりと耳を傾けながら、びしょびしょに濡れそぼった尖端をさらに虐める。
「もっと……もっと乱れてください……ああ、綺麗だ………」
熱に浮かされたような呟きの通り、背中を弓なりに反らせて髪と衿元を乱し、恍惚とした愉悦の中を彷徨う椿は涜神の偶像の如く美しかった。このまま生人形にして永遠に愛でていられたらと、狂気めいた妄想が頭を掠める。
「那津っ………もう、寝処（ねど）に………ああ………」
椿の懇願を受け、ようやく那津は嗜虐の手を離した。椿はかくんと肩を落とし、那津の硬い胸に顔を押し付け、
「床の用意はしてある。うんと気持ちよくしてやるから」
しかし那津は「嫌です」と即答を返し、驚いて見上げる椿の頬を撫でて、
「俺だけ気持ちいいのは嫌です。椿さんも一緒に気持ちよくなってください」
椿は黙って視線を重ねたが、やがてゆるりと頷いた。
「分かったよ。一緒に気持ちよくなろう、那津……」
そう言って躰を預けてきた椿を、那津は抱き上げてゆっくり寝所に移動したのだった。
背後からくちゅ、ぬちゃ、と粘っこい蜜音が聞こえる。四つん這いのまま尻を突き出し、谷間の奥の秘部を与えている椿は、絶え間なく訪れる底の見えない快感の漣に翻弄され、総身を小刻みに震わせていた。
那津の指と舌は執拗に椿の下唇を攻め、そこはもはや糜爛した花びらのように紅くめくれ返っていた。
その内側を那津の舌先が掠めると、剥き出しの神経が引っ掻かれたような甘痒い刺激が背骨を伝う。椿の唇からは細い溜め息がこぼれ、それは重なり絡まり合い、やがて熱い喘ぎへと高まっていった。
「ああっ……那津、那津………欲し……い………」
椿に求められていることの喜びを噛み締めながら、那津は濃厚な前戯に区切りをつけた。躰を起こして膝立ちになり、目の前で懶惰な潤みを見せる花裂をさらに割り開く。そして雄を狂わせる濡紅の花蕊に、ずしりと重い赤銅色の自身を呑み込ませた。
「あっ……あっ……那津っ……いい………もっと奥に………」
甘い苦悩に満ちた嬌声にうっとりと耳を傾けつつ、那津は筒肉を掻き分けるように腰を進めてゆく。あと僅かで全て収まるという段になって、那津は勢いよくぐぶっと突き入れた。すると椿は艶かしい悲鳴を上げ、快楽に阿るように腰をぴちぴちとはね上げた。
「これで……全部入りました。感じますか……？」
「ああ、すごい……。重くて熱くて……脈打ってるのがよく分かる……」
那津は嬉しそうに目を細め、
「俺も分かります……。あなたの肉がぎっちり絡み付いて蠢いているのが……」
熱を帯びた囁きを返すと、さらなる快楽を導くため椿の腰をがっしり掴む。両手に収まるほどの細さに心打たれた那津は、募る愛しさと嗜虐欲に動かされるまま、股間を激しく打ち付けた。
「うっ、うぁっ、あっ、いい、いいっ……」
那津が奥を穿つたびに、躰に張り巡らされた快楽の弦が弾かれ、甘美な和音が駆け巡る。それは静まることなく次々と溢れ、波涛となって椿の全身を包み込んだ。
犯される悦びに悶えながらふと顔を上げると、正面に据えられた大きな姿見に映る自分と目が合った。情欲に濡れ今にも蕩けそうな瞳は、普段なら正視できないだろう。しかし今は何故か、この淫行に耽る自身を受け入れることができた。
さらに視線を上に滑らすと、注挿に没頭する那津の逞しい上躯に目を奪われる。骨ばった輪郭と男らしく隆起した筋肉を、しなやかで肌理細やかな皮膚が覆っている。汗に濡れてところどころぬらりと光り、この上なく淫靡な陰翳をまとっていた。
顧客は軍人が多いとはいえ、机上で空論を振り翳すばかりで鍛練とは無縁の上層部がほとんどだったから、椿が目にするのは脂肪と贅肉に覆われ波打っている躰ばかりだった。
しかし今、椿はあらためて思い知った。男の躰はこんなにも美しいものなのだと。
「椿……さんっ……一緒にっ………」
行き過ぎた快楽に顔を歪めながら、共に絶頂を迎えたいと訴える那津に、椿は初めて明瞭な愛しさを覚えた。頷く代わりに蜜壺をきゅぅっと収縮させると、その思いが伝わったのか那津は暴力的な激しさで奥を抉った。
「あああッ」
その一撃で腰の芯部に凝っていた熱が散らされ、椿の全身を駆け回る。椿は極まったような悲鳴とともに、艶かしい放出を遂げた。
熱い飛沫が胸に掛かったが、すぐに神経は後孔の奥に集中した。そこでは椿の数倍の質量があるのではと思われる塊が弾け、びゅくびゅくと音が聞こえそうな勢いで精をまき散らしていた。
「ん……すご…い………」
次から次へと注ぎ込まれる熱流を全身で味わいながら、椿はうっとりと呟いた。ようやく種が尽きた頃には、中に収まりきらない精液が逆流して溢れ、椿の太ももをしとどに濡らしていた。
「全部……出したか？」
椿の問いに、放出の余韻で緩んだ声が答える。
「はい……取り敢えず出しました」
「ん、そか。じゃあゆっくり抜いて―――」
言い終わらぬうちに、椿は躰を起こされた。と思ったら次の瞬間膝を抱え上げられ、那津の上に座らされた。もちろん繋がったまま。
「那津っ……何を―――」
「抜くはずないでしょう？ まだこんなにガチガチなのに」
那津はそう言って、言葉の正しさを証明するため腰をねっとりと回した。那津の言う通り、椿を貫く男柱は先刻と変わらぬ硬度を誇り、最奥部を捏ねるように蠢いた。那津は椿の耳元に口を付け、
「ね、椿さん……さっき、鏡を見てたでしょう？ 初めは鏡の前で交わるのあんなに嫌がっていたのに……」
「うるさ…い……鏡なんて見てないっ……」
「あれ？ 嘘つきはお仕置きしないといけませんね」
黒い欲望に撓んだ囁きとともに、那津は抱えていた膝を左右に開いた。鏡の前で大きく開かれた足の付け根では、微妙な角度で勃ち上がった椿の蕊（しべ）が、恥ずかしそうにふるえている。さらにその下方では、那津の逸物を咥え込んだ花唇がいやらしく蠕動していた。
情交の生々しさが細部まで映し出されており、余りに淫猥な景色に椿は言葉を失う。しかし何故か目を逸らすことができない。
「どうです？ 綺麗でしょ？」
「嫌だ、那津っ……見たくない……」
見たくないと言いながら、やはり視線は吸い寄せられてしまう。そんな矛盾に那津も気付いているのか、くつくつと笑いながら椿の性器に手を伸ばし、薄い包皮を滑らせて紅い宝珠のような先端を露出させた。そして小さな割れ目を指の腹で押し潰すように揉むと、薄く濁った蜜玉がころころと転がり出た。
「ああ、なんて可愛い……もっと、もっと出してください」
那津は熱っぽい懇願を呟きながら、腹筋を使って腰を突き上げた。途端に椿は喉を反らし、半開きの唇から爛れた母音を溢れさせた。
那津の望み通り、濁った愛液はとぷとぷと溢れ、結合部からは先刻注がれた精液が白い気泡を伴ってにじみ出る。那津はそれらを燃えるような双眸で凝視しつつ、愛しい名を呼んだ。
「椿さんっ……」
それと同時に、腰をはね上げてがくがくと揺らす。熟れた肉をさらに掻き回された椿は、爪先まで痺れるような性感に浸され、宙を蹴りながら二度目の精を放った。
紅く膨れた尖端が白い甘露を吹き上げるさまに見愡れながら、那津も二度目とは思えぬほど濃いものを再び椿の内奥に送り込んだのだった。
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