ハルとナツの奏鳴曲
―Sonata for HARU and NATSU―
１９.
「な…つっ……ソコ、やぁぁっ…………」
春留の奥を掻き乱す指の動きはさらに激しさを増し、クチャクチャと咀嚼するような音が股間から漏れ聞こえる。
ベッドの上に降り注ぐ冴えた月光も、たちまちに淫らな熱を帯びてとろりと爛熟するほど、二人の前戯は濃厚な交わりを予感させるものに変わっていった。
那津は三本の指をぬぷぬぷ音をたてて出し入れしつつ、引きずりだされてはまた押し込まれる濡れた花弁が指にまとわりつく感触を愉しんだ。
「ほら、だいぶ綻び始めてきましたよ」
もちろん春留は、四肢を駆け巡る性感の漣を味わうのに精一杯。胸を波打たせて喘ぎながら、那津の灼けた楔による陵辱を懇願した。
「那津っ……はやく、はやくぅ………」
「欲しい？」
春留はこくこくと頷いて振り向くと、潤んだ双眸で那津を見上げた。
「そんな目で見られたら、抑えられなくなる………」
那津は滾る本音をそっと呟いて、埋め込んでいた指を抜いた。そして春留の背中をそっと押して、
「さっきみたいに、四つん這いになってくれますか？ 後ろから貫きたい……」
春留はふわふわと頷いて、言われた通り獣の交合姿勢を見せた。うつ伏せになってシーツに胸を押し付け、膝を立てて脚を開く。
さっきのように背中を反らせてお尻をきゅんと持ち上げると、谷間の奥でとろけて濡れ紅に色付いた花びらが、那津の視界に現れた。
はしたないと思いつつも、ゴクリと生々しい音をたてて唾液を嚥下する。飢えた蜜蜂のように吸い寄せられた那津は、ためらうことなく舌を伸ばしてその部分をぬるりと舐めた。
「ふぁっ……ぁ………」
突然の未知の刺激に、春留は声を上げて悶える。何をされたのかよく分からない、でも、快感の部類に入ることは否定できない。
すると、再び熱くうねるものが這い回る。それは蕾の周囲の特に敏感な部分を執拗に愛撫すると、クチュ、と音をたてて内部にまで入り込んできた。
「ぁぁっ……やめ……那津、やめろっ………」
それが何であるのかようやく分かった春留は、喘ぎの形に開いた悩ましい唇で拒絶を繰り返す。しかしその時にはすでに快感に追い上げられ、言葉とは裏腹に、ねだるように腰を突き出していた。
もちろん那津も全て承知済み。秘孔の浅い部分を舌で撹拌し、微かに腫れてとろりと潤んだ花びらを唇で挟んでこする。すると性感の漣が一気に皮膚の上を走り、春留の身体全体を支配した。
「ぁぁぁぁ………なつぅ…………」
那津は双丘をぐいと割り開き、尚も舌をこすり付けながら、
「すごい……中まで悶えてますよ。ねえ、ここは何て言ってるのかな？」
「し、知るかっ」
予想通りの答えに目を細めつつも、舌先で熟した部分をつい、となぞる。
「ァッ………あぁ…ン………」
春留の腰は面白いように跳ね、と同時に奥の蠕動も激しくなった。観念した春留はシーツに顔を押し付け、くぐもった声で、
「那津の……那津のデカいのが欲しいって………」
那津は唇を尖らせてちゅっと口付けを落とすと、重い腰を上げた。もちろん腰が重いのは、股間で隆々と存在を誇示する一物の尋常じゃない大きさ、重量のゆえである。
腰を上げて膝立ちになると、その重みがずしりと下肢全体にかかってきた。さっき放出したばかりなのに、欲望の液体が先端まで漲っているのが分かる。
那津はいったん呼吸を整えて腹の底に力を込めると、ビクビクと逸る自身を春留の秘部に宛がって、そのままズブズブと沈めていった。
「あ……ああああああああッ………………ごい……すご…ぃ…………」
灼熱の塊に尻を裂かれ、初めは疼痛に悲鳴を上げた春留だったが、それはすぐに魂ごと蕩けるような快楽に変じた。
根元まで埋め込んだ那津が、蜜壷に馴染ませるため股間を押し付けてじっと動かずにいると、どくん、どくんという血流の響きが下腹全体に伝わってきた。
「那津の……鼓動を感じる………」
春留の呟きに応えるように、那津は腰を揺らして突き刺したモノの存在感を誇示した。奥の方から、たぷんたぷんとこもった音が漏れ聞こえる。
「なん……だよ、そのイヤラシイ音は………」
「俺から溢れた先走りが、あなたの中に溜まって騒いでいるのでしょう」
那津は答えると同時に、浅い注挿を始めた。しかしすぐに勢いと速度を増し、グチャグチャと肌がぶつかる音や獣めいた荒い呼吸が、寝室を淫らに染め上げていった。
「あっ……あっ……ン………ァン……きもち……イイ………」
春留は半開きの唇から素直な快感を吐露し、時折括約筋を締めて那津の分身に行き過ぎた悦楽を刻み込む。そのたびに那津は「ぅッ…」と低く呻いて、暴力的な射精感を必死にこらえた。
しかし何度目かで限界を覚り、息を荒げながら「中に出します」と宣言した。激しい突き上げを予感した春留は、頷いてシーツにきゅっとしがみ付く。
それを見た那津は腰をグゥン、と前に押し出しと同時に、タイミングを合わせて春留の腰を引き寄せた。
「あああああーーーーーッ」
これまでにない深い交わり。最奥部を抉られて、春留はたまらず悲鳴を上げた。しかし那津の攻めは容赦なく、あっという間に限界まで昇り詰めていった。
「那津ぅッ……イクッ……ぅぁ…ぁ………」
俺もですと言おうとしたのだが、出てきたのは情欲に荒れた呻きだけ。那津は「ぐっ」と喉の奥で鳴くと、春留の奥目がけて射精した。
「ぅっ……ぅぅ………」
春留も同時に達したらしく、内壁がきゅっきゅっと収縮して、放出を続ける那津自身に絡み付く。それがまた途轍もない快感を生み、那津はこのまま天へ昇ってしまうのではないかと、微かな畏怖に捉えられた。
しかし何とかこちら側にとどまり、溜まっていた精を全て吐き出した。やはり収まりきらなかったのか、白くぬめった液体が繋がった部分からぐじゅぐじゅと滲み出して、春留の太ももを舐め膝まで伝い、そのままシーツに染みを作った。
さらにシーツを汚すことを覚悟の上で、那津はそおっと腰を引き、挿れたままのモノをズルズルと抜いた。
注ぎ込んだものもそれと一緒に排出され、春留の脚は那津の精液塗れになってしまった。那津は迷ったが、ずっとこの体勢では辛いだろうと思い、取り敢えず春留を抱き上げて寝かせた。
「すみません………気持ち悪いですよね。今綺麗に拭きますから……」
そしてティッシュを取ろうとしたが、それに先んじて春留の手が伸びてきた。
「気持ち悪くなんかない。もっと欲しい」
「先輩……」
「那津、もっと、もっと……」
たった今愛されたばかりで濃厚な性の匂いを放つ身体をくねらせ、濡れた唇で甘い要求を繰り返す春留に、那津は制御できぬ欲望の高まりを感じた。
少し休ませてあげなくては、このままではこの愛しい身体をめちゃくちゃに喰い荒らしてしまう、胸の内で叫びながらも、その魅力に抗えず再び組み敷く自分をどうすることもできなかった。
二人の交わりは、狂おしいほどの情熱を孕んだまま、春留が意識を手放すまで続いたのだった。
翌朝、カーテン越しの柔らかな光の浅瀬に、那津と春留は抱き合ったままその身体を浸していた。
那津の胸に顔をこすり付け、くぅくぅとあどけない寝息をたてる春留。と思ったら、目覚めた那津の熱い視線を感じたのか、うにうにと意味不明の寝言を呟いて幸せそうに笑った。
悪戯ごころでその頬をつんつんつつくと、今度は眉間に微かな皺を寄せてぐずる。
―――かわいい……
普段は絶対に言えない賛辞を呟いて、額にふわりとキスを落とした。
本当に、色んな表情を持っている人だと思う。
ハッとするほど綺麗な顔、惚れ惚れするほど男らしい顔、そして今見せているような無邪気で愛らしい顔―――
愛しさに駆られてぎゅっと抱き締めそうになり、慌てて押し留めた。この前のように締め技をかけたと誤解され、投げ飛ばされては敵わない。
いや、自分も多少は格闘技の心得があるから受身ぐらいは可能だろうが、間違って投げ飛ばしてしまった春留が心苦しい思いをするだろう。
那津はぎゅっとしたい欲求を抑えて、その代わりに春留の顔じゅうにキスの雨を降らせた。くすぐったいのか、春留は顔をしかめていやいやと首を振った。そして那津の肩をぐいと押し返し、
「ジョン、やめろ！ ハウス！」
大声で叫んでぱち、と目を開けた。
「あ……あれ……？」
目は開けたものの頭は覚醒していないのか、ぽわんと口を開けて那津の顔を見詰める。驚いたのは那津も同様で、大きく瞬きして「お早うございます」と挨拶してから、
「あの……ジョンって何ですか？」
春留は少し恥ずかしそうに視線を逸らして、ぽつりと答えた。
「昔、飼ってた犬の名前だよ。ジョンに顔を舐められてる夢を見た」
「ぶっ………く、くくくく…………」
「わ、笑うんじゃねえよ！ お前がヘンなことするから―――」
那津は笑いの余韻を留めたまま、春留の身体をそっと抱き締め、
「犬の名前でよかった。昔の恋人とかだったら、どうしようかと」
「阿呆か。恋人にハウスなんて言うか？」
「先輩なら言いそうだなと」
「どういう意味だよ、それは」
那津はクスクス笑いながら、抱き締める腕に力を込めた。寝起きの春留の身体はぽかぽか温かくて、柔らかくて、しっかり抱いていないと朝日に融けてしまいそうだったから。
「……こら、那津。どうしたんだ？」
「こうしていないと、消えてしまうんじゃないかと」
「バカだな。消えるわけねえだろ？」
春留は子供をあやすようにそう言って、那津の背中をふわふわと撫でた。那津は小さく頷いて、ようやく春留の身体を解放した。そして唇を軽く触れ合わせる。
春留は「んっ」と小さな吐息を漏らして、照れ臭そうに笑いつつも「お早う、那津」と囁いた。身体を繋げている時とはまた別種の親密な空気が二人を包み込む。
那津がおそるおそる腕枕を差し出すと、春留はちょっと戸惑いながらも頭を乗せて顔をすり寄せた。那津は何度も喉を鳴らして、込み上げる熱い塊を嚥下した。そうしないと、泣き出してしまいそうだったから。
「先輩、あの……また、ここに来てもいいですか？」
春留の髪や肩を撫でながらそおっと問いを差し出し、そして答えが返ってくるより先に慌てて付け加える。
「あ、あの、もちろん先輩の都合も無視してしょっちゅう来るようなことはしません。受験勉強も忙しいでしょうし。その、たまに、あの、短い時間でいいんでこうして一緒にいれたら―――」
那津の言葉が終わらぬうちに、春留はベッドから身を乗り出してサイドボードの引き出しを開けた。中から何かを手に取り、引き出しは開け放しのまま再び那津の腕に戻る。
「先輩……？」
「これ、お前にやる」
手から手に渡されたもの。冷たい感触のそれは―――
「これって、まさか……」
「ああ。この部屋の合鍵だ」
那津はこくん、と喉を大きく上下させた。次の瞬間、目尻から涙がひと筋こぼれる。春留は驚いてぱちぱち瞬きをしたが、すぐに手を伸ばして那津の涙をすくい、
「泣くな、お前は。いい年して」
「すみません……うれしくて………」
春留は「しょうがねえな」と笑い、
「お前、けっこう料理巧いからな。気が向いたら飯作りに来てくれてもいいぞ」
「もちろんです。その代わり、デザートは先輩ですからね」
「だからひと言多いんだよっ、てめえは！」
春留が頬をぐにっと引っ張ると、那津は涙を滲ませたまま幸せそうに笑い、「先輩、痛いです」とちっとも痛くなさそうに言った。
春留が手を放すと、わざとらしく頬をさすってしかめっ面を見せる。が、すぐに神妙な顔付きになって、
「あの、鍵をもらえたのはすごく嬉しいのですが、その……いいんですか？ 勝手に……」
「あ？ そりゃどういう意味だ」
「先輩はここに、一人で住んでいるわけではないですよね？」
ああ、そういうことかと春留は納得した。そしてあっさりと「いや、一人だ」と答える。那津は少しためらった挙句、「家族の人は？」と訊ねた。
春留はもそもそと身体を動かして那津の胸にぴったり寄り添い、そしてゆっくり口を開いた。
「前にもちらっと言ったが、母親は俺が小学生の頃家を出ていった。いわゆる蒸発ってやつだな。親父は健在だが、高校生になって一人暮らしをするようになってからは会っていない」
「そうですか……」
那津は曖昧な相槌を打つに留めた。もしかしたら、父親が再婚したのかもしれない。配偶者が失踪して一定期間が経過したら、離婚が成立すると聞いたことがある。その再婚相手とうまくいかず―――
「お前、色んなこと考えてるだろ」
春留の鋭い指摘に、那津は正直に頷いた。春留はふふっと笑い、
「そりゃそうだよな。気にならない方がおかしい。何で母親が蒸発したんだろうとか、父親はどうしたんだろうとか」
「はい。他人ならともかく、他ならぬ先輩のことですから」
春留は「うん」と深慮を感じさせる相槌を返すと、徐に口を開いた。
「夫婦の間に何があったのか、決定的なことが起きたのか俺は知らない。ただ俺の親父は苦労知らずのお坊ちゃんで、挫折とか努力なんてものはドラマか小説の中のお話としか考えられないような人間だった。
有名私立の小学校から大学まで無試験で上がり、大手の商社にコネ入社。いずれは役員が約束されたポストに収まって、同期入社の連中が業績を上げようとあくせく働くのをからかい混じりで眺めるような人間だった」
「……嫌な人間ですね」
言ってしまってから那津は自分の失言に気付き、慌てて詫びた。しかし春留は鷹揚に笑って、
「全くだ。友だちにしたくないリストナンバーワンだな。他人の痛み、悩みというものが理解できないんだ。対して母親は実家が余り裕福ではなく、高校の時にバイトして貯めた金で大学へ通うような境遇だった。
そんな二人が何故意気投合し、結婚したのか分からない。自分にないものを求めたのかもしれねえし、一時の気の迷いかもしれない。ただ一緒に暮らし始めるとあっという間にズレが生じ、不協和音が響くようになった。
二人の仲が良くないのは俺も子供ながら感じていたが、まさかいきなり一人で出て行くとは思わなかった。母親は、俺をとても……大事にしてくれてたから」
それまでは淡々と事実を述べていた声が、徐々に震えてきた。那津はもちろんそれに気付いていたが、敢えて知らぬ振りを装って春留の髪を撫で続けた。
「彼女の失踪は、親父が人生で初めて味わう挫折だった。親父は激高し、号泣し、落胆し、そして暴力的になった」
那津ははっと息を呑み、春留以上に震える声で「まさか……」と呟いた。春留はこもった笑いを漏らして、「仕方ないさ」と呟いた。
「一番身近にいる弱い存在。それは間違いなく俺だった。全ての憎悪や怨みは俺に注がれ、奴はことあるごとに俺をめちゃくちゃに殴った。しかし殴った後は必ず、泣きながら俺に詫びる。その姿が滑稽で哀れで、恐怖以上の嫌悪感に悩まされたな」
「だから……あなたは強くなろうとしたのですね」
春留は胸に顔を押し付けたまま、コクリと頷く。
「強くなって親父に仕返ししようとか、そういうんじゃねえ。俺が強くなれば、親父はもう俺を殴れなくなる、殴らなくて済む。殴った手の痛みや胸の痛みを感じずに済むんだ。だから―――」
そう、これが春留だ。自分の痛みより相手の痛みを想い、自分が傷付くことを恐れない。しかし何て……悲壮な強さなのだろう。
「……あなたのその強さが堪らなく苦しい。俺は、俺はあなたを―――」
―――守りたい。この悲壮なまでの強さを持つ人を。そして、これまでないがしろにされてきた春留自身の痛みを、この手で癒してあげたい。
しかしそれには、春留以上に強くならねばならない。那津は続く言葉を呑み込んだ。今必要なのは、言葉ではない。
「那津……ありがとな」
呑み込んだ言葉、そこに込められた想いの全てをちゃんと察していた春留は、穏やかな声でそっと言い置いた。
那津は敬虔な感動に包まれ、厳かな声で「春留、愛してる」と応えると、温かな口付けを贈ったのだった。
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