＜26・最終話＞

「ん、んぅ……。すご…い、おっきいよぉ……」
「ああ。デカいのがほら、全部入ったぞ。どうだ？　ん？」

鼓膜にねっとり絡みつくような問いとともに、鷹志はぬくっぬくっと焦らすような注挿を始めた。先端ぎりぎりまで引き抜き、自身の長さを誇示するかのようにゆっくり押し込んでから、奥を掻き回すように腰を揺らす。夏野はシーツにしがみついて、ふぅん、ふぅんと甘えた吐息を漏らし、

「おなか、重ぅい……」
「重いだけじゃねえだろ？」

鷹志は気持ちいいと言わせたかったようだが、夏野の口から出てきたのは、「嬉しい」という感想だった。

「僕の中にたか兄ちゃんがいて、それでどくんどくんて鼓動してる。ひとつになれたんだなあってすごく嬉しい」

そして、嬉しさの身体表現として蜜壺をきゅっと収縮させた。するとさらに鷹志の鼓動が激しくなり、それと連動するように中でぐんっと反り返った。しかし夏野が驚く間もなく、食らい尽くような勢いの注挿が始まった。

「お前っ……そういうことを可愛い声で言うなっ……」

切羽詰ったかすれ声は確かに鷹志のものだったが、その後を追うフッ、フッ、という獣めいた息遣いは、夏野が知らない野卑なオスのものだった。

さっきまでの幸せな気持ちはしゅるしゅるとしぼみ、夏野は気づけば「やだぁ」と涙混じりの声を上げていた。

「な…にがっ……嫌なんだよ……ああ？」

行為に劣らぬ荒っぽい問いかけに、夏野は必死に答えた。

「たか兄ちゃんの顔、見えないのやだぁ……ぇ、ぇぇっ……昨日みたいのが……いいんだもん」

すると豪快な舌打ちとともにずるりと引き抜かれ、仰向けにされた。そして昨夜のように足を広げられる。

ぎっしり埋め込まれていたものが唐突に消えてしまった喪失感に、夏野のそこは酸素を求めて喘ぐ魚の口のように淫らに開閉した。

「我がままなお姫さんだな、ったく」

鷹志は揶揄めかしたぼやきとともに、覆いかぶさるようにのしかかってきた。大きく広げられた足の付け根に照準を合わせた剛直は赤黒く張り詰め、さまざまな液体の菲膜によりぬらぬらと卑猥な光沢を帯びていた。

そのつるりとした先端がぬぷ、と音をたてて夏野の中に沈み、圧迫感に息を詰める間もなく一気に押し込まれた。

「ああーーっ、あ、あっ、いいっ、奥ぅ、もっといっぱい……」
「いっぱい？　いっぱいどうしてほしいんだ」
「ぐりぐりぐちゅぐちゅってして……」
「お前……ガキなのかエロいのかどっちかにしろ。たまんねえよ」

鷹志は熱っぽい声でそう言って、深いところで小刻みに抜き挿しした。動きは激しくないが、過敏な場所を巧みにこすり上げられ、腰全体がずんずん疼き粘ついた熱が溜まってゆく。

「きもち…いいよぉ……たか兄ちゃぁん……あぁん！」
「夏野っ……くそ、限界だ」

鷹志は夏野の膝裏を掴んで押さえつけ、抉るように腰を使い始めた。二つ折りになった夏野の身体はがくがくと揺さぶられ、白い肌のあちこちに官能の薔薇色がともる。

「あひっ、ひぃ、ぃぃっ」

喘ぎなのか悲鳴なのか、悦びなのか苦悶なのか分からぬ音が夏野の唇からしたたる。シーツから浮き上がった腰はたどたどしいながらも鷹志の動きを追って、交合をより深く密なものにしていた。

二人の律動が重なり、最奥部で粘膜が絡み合った時の骨までとろけそうな快楽に、夏野はただ溺れるしかできない。

「そこ、いいっ……奥まで刺さる…ぅ……！」
「夏野っ」

名前を呼ばれてふと目を上げると、鷹志の精悍な肉体があった。硬く引き締まった胸から腹にかけて、ほどよい筋肉の隆起が美しい。

遮光カーテンの隙間から注ぎ込む日の光を背負って、髪はもちろん身体全体が淡い金色に輝いている。まるで、鷹志の中に光源があるかのようだ。


──そうだ。たか兄ちゃんは僕の太陽なんだ……。


そう思った瞬間、夏野は口を開いていた。

「たか兄ちゃん……すき、だいすき……」

「俺もだ。夏野、愛してる」

鷹志はすぐさま返してくれた。夏野の瞳を、快楽に由来する生理的な涙とは別種の涙がじわりと覆う。鷹志はいったん腰の動きを止めてそれをちゅっと吸い上げると、再び雄々しい律動を繰り出した。
　
夏野の瞼裏で光が弾け、底の見えない快楽の渦に巻き込まれてゆくのは、それから数秒後のことだった。






「こっちに活動拠点を移して、カモフラージュメイクの普及に本腰を入れようかと思ってる」

午前中ずっと甘く濃密な時間を過ごした鷹志と夏野は、鷹志の車でM＋の本社へ向かっていた。専属モデルの件について、結城に断りの返事をするためだ。

その車中で鷹志は、何の前置きもせず今後の活動について話し始めた。

「俺自身その分野ではまだまだ未熟だから、もっと勉強しなくちゃならねえし、現場研修を重ねる必要もある。メイクアップアーティストとしての活動ももちろん続けるつもりだから、今以上に忙しくなりそうだ」

鷹志の言葉には、今後をしっかり見据えた人間特有の清々しい力強さがあった。その横顔が眩しくて夏野はうっとりと見つめたが、すぐに我に返った。感心している場合ではない。自分の方も一歩踏み出す時だと夏野は思った。

「たか兄ちゃん、僕もずっと考えてたんだけど、僕もたか兄ちゃんみたいな仕事できるかな」

端整な横顔に驚きが広がる。夏野には無理だと言われるのを承知の上で、言葉を続けた。

「僕みたいに自分に自信がなくていつも俯いている人を、メイクで笑顔にしてあげたい。元気にしてあげたいんだ。たか兄ちゃんが僕の背中を押してくれたように、僕も誰かに同じことができたら幸せだなって……でも、今からじゃ無理かな」

鷹志はしばし無言のまま、ハンドルを握っていた。真一文字に結ばれた唇から、今にも『それは無理だ』という厳しい言葉が出てくるかと身構えたが、やがて唇はかすかに綻んだ。

「何かを始めるのに、今からじゃ無理なんてことはない。気持ち次第だ。もし、本気でやる気があるのなら、俺のアシスタントになるか？」
「僕が、たか兄ちゃんのアシスタントに？！」
「ああ。必ずしもメイクアップの専門学校を卒業する必要はない。独学で技術を身に着け、活躍している人間もたくさんいる。何より、現場で学ぶのが一番だからな。基本的なことは俺が教えてやる。ただし、厳しいぞ」
「は、はい！　お願いします！」

夏野は反射的に背筋を伸ばし答えていた。鷹志はにやりと笑い、

「よし、いい返事だ。現場では挨拶が大事だからな。それとお前は、もう少し体力をつける必要があるな。メイク道具一式を抱えて現場を行き来するのは、けっこうな肉体労働だぞ」
「が、がんばります！」

悲壮な決意をみなぎらせる夏野をちらと一瞥して、鷹志は小声で呟いた。

「今後は夜も肉体労働を強いることになるし」
「え？　たか兄ちゃん、何か言った？」
「……いや、何でもねえよ」

鷹志はぶっきらぼうに答え、大きくハンドルを切った。M＋の本社近くにある駐車場に車を止め、二人でデザイン室に向かう。デビューコレクションが終わったばかりだというのに、以前と変わらぬ喧騒に満ちていた。次のステップに向けて、すでに動き出しているのだ。

「あ、夏野君！　昨日はお疲れさま。昨夜はゆっくり休めたかい？」

笑顔全開で近づく結城に、夏野ははにかむような笑顔を向けて頷いた。昨夜のことを訊かれ、あんなことやこんなことが脳裏を駆け巡ったのだ。すると結城は神妙な顔つきでじっと見返し、

「ああ……夏野君も大人になっちゃったんだなあ」

しみじみ呟いた。するとすぐ後ろで、鷹志がいきなりげほげほ咳き込んだ。

「たか兄ちゃん？　大丈夫？」
「あ、ああ。何でもねえよ」

そんな二人のやり取りを、結城は微笑ましげに、そしてどこか淋しげに眺めた。

「あの、結城先生。専属モデルのお話なのですが……」
「うん。どうやら答えは出てるみたいだね」
「はい。結城先生のお手伝いをしたいという気持ちも強いのですが、たか兄ちゃんのお陰で笑顔を取り戻せた僕が、笑顔を封印した人形モデルにはなれません。それに僕、これからメイクアップの勉強がしたいんです。自分に自信が持てずに俯いている女の子を、綺麗にしてあげたい」

夏野の決意表明を、腕を組んでじっと傾聴していた結城は、ぱっと顔を上げて、

「なるほど。それなら僕にいい提案がある。実はね、昨日の夏野君の笑顔を見て、Ｍ＋の新たなコンセプトラインを思いついたんだ。その名も『Ｍ＋innocent』。誰に媚びるでもない、純粋な感情の発露たる微笑みは、磨き抜かれた鉱石のように澄み切った美しさを湛える。そんな無垢な少女にぴったりの服を作ってみたい。で、その新しいラインのイメージモデルを、あらためて夏野君にお願いしたいんだ」

突然の話におろおろする夏野をおいて、結城は熱く懇願する。

「今度は笑顔を封印したモデルじゃない。胸の奥から込み上げる感情を、そのまま笑顔として咲かせてほしい。昨日のような笑顔をね」
「で、でも昨日は、客席にたか兄ちゃんがいたから笑えたんです。僕だけじゃどうやって笑っていいか……」
「うん、つまり現場に逢沢君がいれば問題ないってことだ。それは大丈夫。彼にはこの先も引き続きＭ＋の専属として腕を揮ってもらうから」

寝耳に水、だったのだろう。鷹志は「ちょっと待ってください！」と慌てて口を挟んできた。すると結城は「まあまあ」と言いながら鷹志の肩をがっしり抱き、くるりと後ろを向いて小声で囁いた。

「僕は夏野君のこと諦めたわけじゃないよ。この先も手を替え品を替え迫るつもりだ。傍にいて、僕のことを見張っておいた方がいいんじゃないかな」
「なっ…！　なんだよそれ。宣戦布告どころか略奪宣言じゃねえか」
「そういうこと。僕はこれでもフェアな男なんで」
「どこがだ！　くそっ……ああ〜〜っ、分かった！　引き受けるよ！」

鷹志が叫ぶと同時に、夏野は「ほんとっ？」と跳び上がって喜んだ。結城も満足げに頷き、

「これで万事オッケー。メイクアップは、自分がされることで学べることも多い。現役引退したモデルが、メイクアップアーティストに転身する例はよく聞くよ。どうだい、一石二鳥じゃないか」
「はい！　一石二鳥です！」

これなら結城の力にもなれるし、メイクの勉強もできるし、鷹志の傍にもいられる。一石二鳥どころか三鳥だなあとふわふわした感慨をくゆらす夏野を、先が思いやられると言わんばかりに肩を落として見つめる鷹志だった。
（Fin）

※最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございました！

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