真夏の恋人達
1.
瞼を透かして感じる眩い光に覚醒を促され、純はゆるゆると目を開けた。
遮光カーテンの隙間から射し込む陽光に朝日のような透明感はなく、すでに夏色に輝いていた。どうやら、豪快に朝寝坊してしまったようだ。
とはいえ、今は夏休み。時間に追われて身仕度を整える必要もない。一日の時間を好きなように使えるって、何て贅沢なんだろう。
いやいやでもそんなことをしてては駄目。いくら長期休暇の真っ最中だからって、きちんと規則正しい生活をしないとどんどん自堕落になってしまう。
純はベッドの中で独りごちて、自分に言い聞かせるようにうんうんと頷く。そしてまだだるさの残る腰を持ち上げて起きようとしたのだが、その殊勝な心掛けは呆気なく打ち砕かれた。
「ひゃぁん」
いきなり腰を抱き寄せられ、ばふっと音をたてて再び枕の上に倒れ込む。自分でも恥ずかしくなるくらい間抜けな悲鳴を上げてしまったが、隣にいる男にとってはそれも、耳を甘くくすぐる小鳥の囀りに聞こえるのだろう。端整な口許を綻ばせて、
「なんだよ、その可愛い悲鳴は」
「は、離してっ」
純はじたばたと抵抗してみせたが、尭村の逞しい腕に拘束された腰はびくとも動かない。
「お前、俺を置いてさっさとベッドを下りようとしただろ。冷てえよな」
「だって……ご飯作ろうと思って………」
「俺が黙ってベッドを下りたらむくれるくせに。自分勝手なヤツだ」
純が何も言い返せず抵抗もやめてしまったのをいいことに、尭村は長い四肢で背後から純の身体を搦め捕る。一糸まとわぬ二人の身体はぴったり密着して、薄い毛布の下でゆっくりと熱を帯び始めていた。
尭村は腕を回し、腰の優雅な曲線を慈しむように撫でる。そしてゆうべ幾度も愛撫し、舌を這わせ、熱い精を放った下腹部の素肌に指先を滑らせ、そのすぐ下方で恥ずかしそうに震える性器をゆったりと握り込んだ。
「だ、だめっ……も、起きるのっ………」
「んん？ いいぜ、起きろよ」
突き放した口調でそう言いつつ、手の中の可愛い獲物を容赦なく嬲る。それは一途な鼓動を刻みつつ、あっという間に膨らんでいった。尭村は喉の奥で諧謔の黒い嗤いを転がし、
「そっちを起こしてどうするんだよ」
純は耳たぶを紅く染め、快楽の縛めから逃れるためもぞもぞと身体をくねらせた。すると当然の物理的結果として、ぷりんとした瑞々しい弾力を誇る尻が尭村の最も熱く、最も猛々しく、最も不穏な部分とこすれ合った。
「お前っ……今度は俺を起こす気か？」
いきなりのダイレクトな刺激に、燻っていた火種が一気に煽られた。尭村は前を嬲っていた手を離して後ろの谷間に滑り込ませ、指先に付着した愛液を潤滑油代わりにして、ゆうべ散々咲かせた蕾を広げていった。
交合の奥床しい名残りなのか、入口の襞は微かに腫れていつもより敏感になっていた。尭村は傷付けないよう慎重に、少しずつ指を埋め込んでいったが、奥へ進むたびに腕の中の身体は弾かれたようにびくん、びくんと痙攣した。
「さあて、準備は万端だな」
尭村は残酷な明るさを込めて言い置くと、指を抜いて純の身体を仰向けに転がした。邪魔な毛布は蹴り落とし、猛禽の優雅さをもってゆったりとのしかかる。そして足を大きく開かせ、陵辱を待つばかりの熟した陰部をぬるりと撫でた。
純はいやいやと首を振り、
「もぉ……成仁のバカ……。ゆうべあんなにたくさんしたのに、まだ足りないの？」
「当たり前だろ。もう十分だなんて思ったことこれまで一度もねえぞ。せっかくの夏季休暇なんだ。時間を有効に使わねえとな」
尭村はしれっとした口調でそう言って、その言葉を証明するかのように屹立する雄の徴を見せ付けた。そして大きく張り出して情慾に疼く先端を、純の潤みに宛てがって少しずつ押し込んでゆく。
純は鼻に抜ける甘えた吐息とともに、精一杯の抗議を口にした。
「ちがうっ……夏やすみは……ふだんできない自分の研究とか………ぁ、ぁぁっ………ろんぶん、とかを………はぁっ、ぁ、んっ………」
「研究、してるだろ？ 美を犯す背徳の悦びが、人間の心理および論理的思考に及ぼす影響について。どうだ、魅力的なテーマだろ」
「も……ふざけてばっかり……成仁のバカ、変態、不良教授………」
純がこう言うのも尤もだろう。某有名国立大学の哲学科で、主に美学を教えている准教授にしては冗談が過ぎる。
しかしこの男に教職者としてあるべき姿、理念を求める方が間違っているのかもしれないが。
「お？ 言ってくれるじゃねえか。ま、否定はしないけどな」
不敵な口調で返して、最も太い部分をぐいと呑み込ませた。しかしそこから腰を進めようとはせず、純の胸を飾る淡い突起を指で弄びながら、
「で、どうする？ 俺はここでやめてもいいぜ。それとも、奥までずぶずぶに犯して欲しいか？」
すると純は、声を出さず唇の動きだけで“いじわる”と返し、自ら腰を浮かせた。そして紫色の瞳をとろりと情慾に潤ませて、
「奥まで犯して、成仁……」
尭村は思わず頭を振った。もちろん拒絶の仕草ではない。純の媚薬めいた嬌態を間近にして一気に脳髄が沸騰し、その熱で朦朧としかけた頭を冷やすためだ。
しかし冷めるどころか熱は全身に回り、その熱渦に急かされるまま勢いよく肉杭を突き刺した。純は乱れたシーツをぎゅっと掴んで重い衝撃に耐え、喉を反らして快感を訴えた。
「ああッ、あ、あっ、いいっ………きもちいい………」
さらに尭村が奥をこすり上げるように角度を付けて注挿を始めると、純も淫らがましく腰を揺らしてさらに奥の玉座へと陵辱の楔を導いた。
「奥っ……もっと奥ぅ……ああっ………なるひとっ……来て…ぇ………」
こうして喘ぎ混じりで呼ばれる自分の名は、酷く淫らに聞こえる。『尭村さん』ではなく『成仁』と呼ばれるようになってもう随分経つが、今でもまだ新鮮に感じることがあった。特にセックスの最中甘えるように呼ばれると、それだけで挿入時の快感を超える悦びが全身を貫いた。
「純っ……」
限界を悟った尭村は切羽詰まった声で純の名を呼んで、腰を深く落とした。そして激しく収縮する肉襞に、欲望の奔流をたっぷり浴びせた。
「んっ……ふっ、ふぅ………ン…………」
純もほぼ同時に弾け、ルビーのように紅く濡れた尖端からびゅっびゅっと白蜜を放った。尭村は射精後の心地よい倦怠感を反芻しながら、たった今純が出した白い泉に指を浸してその熱さやぬめりを愉しんだ。さらに口許に運んで舌で味わう。
「何だよ、ゆうべあんなにたくさんしたのに、お前のも相当濃いじゃねえか」
「う、うるさぁい………もぅ、早く抜いてっ……」
「そう言われると抜きたくなくなるんだよな」
尭村はそう言うが早いか、純の身体を起こして上に座らせた。もちろん二人の陰部は繋がったまま。
予期せぬ刺激に、達った直後で敏感になっていた純の柔肉はきゅぅっと収縮した。尭村は低く呻き、
「さすが、淫乱な粘膜」
精一杯の虚勢を込めて囁くと、純の腰をがっしと掴んで上下に揺らし始めた。純は慌てて尭村の肩にしがみつき、力ない抗議の声を上げる。
「や…だ……信じらんな…い……も……ぁ、ぁぁ………」
尻の奥に突き刺さった肉杭はあっという間に怒張して、たった今放出したばかりとは思えないほどの硬さと巨きさを取り戻した。純の言葉も頷ける。しかし、
「それはこっちの台詞だ。奥まで締め付けてきやがって……」
二度目の絶頂が二人を襲ったのは、それから数分後のことだった。
「はぁぁ〜〜、信じられない。成仁ってばほんと、いつになったら―――」
「枯れるのか、って？ さあな。ずっとこのままじゃねえの？」
「ふぇぇ……」
純は疲労の色濃い溜め息をついて、尭村が作ってくれたトマトとルッコラの冷製パスタをちゅるんと吸った。
この八月で目出たく２８歳になった尭村。しかし十代の頃と変わらず血気盛んというか精力旺盛というか、その健啖ぶりには純も驚きを隠せない。食べる対象はもちろん純限定なのだが。しかし、
「人を性欲の化け物みたいに言うな。お前だって同じだろ」
「ぼ、僕のどこがっ……」
「年を重ねるごとにどんどんエロくなりやがって。潤んだ目で“奥まで犯して”なんて言われたら、どんな老いぼれだって飛び付くぞ」
「ぅぅ………」
事実、今朝も結局は尭村と同じ回数達したのだから何も言い返せない。仕方なく、別の方向から抗議することにした。
「それは置いといて。今日は花火大会でしょ？ 夕方まで体力温存しておかなくちゃいけないのに」
そう、今日は二人で花火大会に出かける予定だった。しかも―――
「浴衣の着付けって、けっこう大変なんだから」
花火大会といえばやはり浴衣。純は尭村のリクエストもあって、先日朱音が純のために持ってきた浴衣（「愛しさと、切なさと」参照）を着ることになっていた。
留紺地に薄鼠の糸菊が咲き、その上を小さな蝶がひらりと舞う意匠の浴衣はもちろん女物。落ち着いた色彩の中に大人の色香漂う浴衣は、まだ高校生だった頃に同じく朱音からもらった紫陽花柄の浴衣とはまた違った純の魅力を存分に引き出して、尭村のみならず雪仁まで虜にした。
女物の浴衣を着て人の集まる場所に行くのは抵抗があったが、嫌だと言ったところで尭村には通じないだろう。その辺りは長年の付き合いで承知済み。
ならば交換条件とばかりに尭村も浴衣を着るよう頼んだら、面倒臭えなどと言いつつも渋々了承してくれた。
尭村の浴衣姿。一緒に旅館に宿泊した時に見ただけだったが、無雑作に着崩した衿元から覗く首筋から胸元へのラインは精悍でありながら懶惰でもあり、肌からは濃厚な雄の匂いが漂って純の視覚と嗅覚を犯した。
あの艶姿をもう一度見られるのなら、女物の浴衣を着るという羞恥を耐える価値もあろう。
そういうわけで、今夜の花火大会は二人とも浴衣姿で出かけることになっていたのだ。
「分かった分かった。俺が悪かったよ。そんな風にむくれないでくれ。せっかくの浴衣が台無しだ」
尭村の宥めに素直に頷いて、食事に専念する。美味しそうにパスタを食べる純を、尭村は目を細めて眺めたのだった。
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