The Nutcracker　　―最高のプレゼント―

4.

「あ、鷲塚さん、ちょっと車止めて」

劇場を出て馴染みのビストロで軽めの夕食をとり、自宅へ向かう。ほろ酔い加減の蒼舞は雑貨屋の前で車を止めさせ、ふわふわした足取りで店の中へ。そして戻ってきた時には、小さなクリスマスツリーを手にしていた。鷲塚は眉をひそめ、

「そんなものを買ってどうするんだ」
「決まってるだろ。部屋に飾るんだよ。うちってあまりに殺風景だろ？　こうゆう季節感も、感性を養うために大切だと思うんだ」

鷲塚は大仰な溜め息をついて、

「その前に部屋を片付けなさい。あれでは育つ感性も育たないぞ」
「う、うるさいなっ。鷲塚さんが潔癖すぎるんだよ。男はあのくらい大雑把でいいんだ」
「それでいつも、あれがないこれがないと大騒ぎするではないか。ちゃんと片付けていれば、そういうこともなくなるんだぞ」

蒼舞はいかにもふてくされた顔つきで、膝の上のクリスマスツリーをいじっている。そしてちょんと突き出した唇をぼそぼそ動かして、

「……なんだよ、せっかくひとがクリスマス気分を盛り上げようと思ったのにさっ」
「なんだ？　何をぶつぶつ言ってるんだ」
「何でもないよッ」

鷲塚は込み上げる笑いを呑み込んで、ハンドルを切った。

「さ、着いたぞ。寒いからちゃんとコートを着なさい」
「はいはい」

蒼舞は投げ遣りな返事をして、それでも言われた通りコートを羽織り車から降りた。そして自宅となっているアパートに入ると──

「え？　あのツリー……」

居間のテーブルに置かれたクリスマスツリーを、ぼうっと見つめる。それも無理はないだろう。今朝まではなかったのだから。

「私が買った」
「鷲塚さんがっ？」
「ああ。せっかくのクリスマスだからな。それに、こういう綺麗なものを置いたら、君も少しは部屋を片付けてくれるかもしれないと思ってな」
「そのひと言が余計なんだよ」

蒼舞は唇を尖らせて言い返したが、すぐに笑みの形に融けた。そして買ってきたばかりのツリーを隣に置く。鷲塚が買ったものよりひと回りほど小さく、並べて飾るとまるで──

「なんか、僕と鷲塚さんみたいだ」

そう言って愛おしそうにツリーを眺める蒼舞は、とても幸せそうだった。鷲塚の唇も、自然と綻ぶ。肩に手を回して抱き寄せると、蒼舞は素直に身体を預けてきた。やがてそろそろと顔を上げたが、なぜか視線は微妙に逸らしたまま、

「あ、あのさ。お願いがあるんだ。今後はどんな事情があっても、僕に隠し事はしないでほしい」
「分かった。約束しよう。しかし今回のことは、隠し事というほど大袈裟なことでは──」
「そんなことないよ。僕、鷲塚さんが総裁の部屋から出てくるところを偶然見かけたんだ。なんか、こそこそしてる感じがらしくなくて、それで、咄嗟に、すごく嫌な単語が思い浮かんで……」
「嫌な単語？」

蒼舞が何を言おうとしているのか分からず、鷲塚は眉根を寄せた。蒼舞はなおも目を逸らしたままこくんと頷き、

「うん。つまりその、“密会”とか“秘密の情事”とか……」

数秒の思考停止を経たのち、鷲塚の全身にざわっと鳥肌が立った。蒼舞が何を言わんとしているか、何を疑っていたのかようやく分かったのだ。

「君は何をバカなことを！」
「だ、だってさ、総裁ってけっこう綺麗な顔してるし、線も細いし。鷲塚さんと並んだら、けっこうお似合いかもって……」

顔を真っ赤にして言い募る蒼舞に、激しく脱力する鷲塚。否定するのも馬鹿馬鹿しいが、ちゃんと否定しなかったら蒼舞は疑念を抱き続けてしまうかもしれない。

「君の逞しい想像力には感服する。しかし逞しすぎて妄想の域に入っているぞ」
「分かってるよ！　僕だって、その、ちゃんと頭で考えればそんなことあり得ないって。でも、ここが……」

蒼舞は左胸にそっと手を当てた。たったそれだけのささやかな動きに、目を奪われてしまう。一流の表現者は、何気ない仕草で美を生み出してしまうのか。そんな鷲塚の感嘆をおいて、蒼舞はようやく視線を合わせ、

「ここが、勝手にむかむかして、ずきずきして、いくら言い聞かせてもダメなんだよ」
「ふむ。つまりは嫉妬したのか」

ずばりと訊ねる鷲塚に、蒼舞は口を真一文字に結んでぷいっと横を向いた。肯定なんかするものかという気概（あるいは意地）が見える。しかしそれは長続きしなかった。

「……そ、だよ。二人でこそこそしちゃってさ。総裁は、我がままですぐ癇癪を起こして部屋も片付けられない子供の僕とは違って、大人だし」
「分かっているなら片付けなさい」

すかさず鷲塚が突っ込むと、勝気な表情が今にも泣き出しそうに緩んだ。

「な、なんだよ、小言ばっかで……」
「昔から、そうだったろう？」

蒼舞は横を向いていた顔を戻して、挑むように鷲塚を見返す。鷲塚の口から、自然と甘い声が出た。

「しょうのない子だ。しかし、君に嫉妬されるのは悪くないな。たまにはいい」
「それ、どういう意味だよ。まるで、いつもは鷲塚さんが嫉妬してるみたいじゃないか」
「ああ、そうかもしれん。君は私だけのものではない。君の芸術を愛し、君の踊りに喝采を贈る多くの観客たちのものであり、そして何より舞踊の神のものだ。私はそんな君を誇らしく思うが、淋しく感じてしまうこともある」

蒼舞は驚きを隠せない様子で、目を見開いたまま鷲塚を見上げている。驚くのも無理はないだろう。初めて打ち明けることなのだから。

「つまらん戯言だと笑い飛ばして構わないぞ。私も、我ながら女々しいと思う」

自嘲含みの笑みを向けると、蒼舞はくしゃりと顔を歪めて力いっぱい抱き着いてきた。

「……鷲塚さんの、ばか」
「はは、否定はできんな」
「ほんとにばかばかばか」

蒼舞は駄々っ子のように繰り返すと、胸に顔を押し付けたまま囁いた。まるで、心に直接言葉を浸透させようとするかのように。

「僕の身体も魂も、全て鷲塚さんのものだよ。僕の居場所はここなんだ。確かに舞台に上がれば、僕は踊りのことしか考えない。舞踊の神に奉仕する身となる。でも必ず僕はここに戻ってくる。あなたの元に」

それは神聖な誓いだった。鷲塚は恭しく受け取り、心の最奥部に刻み込んだ。

「蒼舞、こちらを向いてくれ」

鷲塚の促しを受け、蒼舞はゆっくり顔を上げた。その額に口づけを落とし、

「ありがとう。今の言葉は……最高のプレゼントだ」

蒼舞は目元に妖艶な笑みを乗せ、

「お返しは？」

たったひと言の誘惑に、呆気なくよろめいてしまう自分が情けなく、また誇らしくもあった。鷲塚は誘われるまま顔を近づけ、しっとりと蜜を湛えた花弁を想わせる唇を軽く吸った。

それは柔らかく艶やかで、食欲すら催させる。何度も優しく食んでいると、焦れた舌先がちょんとつついてきた。

鷲塚は込み上げる愛しさを舌に乗せて、大胆に滑り込ませる。口内の柔らかな粘膜をねとりねとりと掻き回しているうちに、その熱さと甘さに舌がとろけるような感覚に襲われる。

「は……っ、ぅ、ン……」

鼻にかかった吐息が、いじらしくも愛らしい。ついさっきまでは、蜜したたる婀娜っぽい妖花の魅力で誘惑してきたのに、必死に胸にしがみつく仕草やあえかな喘ぎは、震えながら陵辱を待つ処女花のようだ。

鷲塚は身体の芯で疼く不穏な熱を感じながら、ふっくらと甘い舌を絡め取り、表面をこすり合わせてから引き出した。

「んっ、ふ、ふぅ……ン」

混ざり合う吐息の中で、ぴちゃぴちゃと音をたててじゃれ合う舌は、それ自体が独立した卑猥な生き物に見える。鷲塚はもう一度深く口づけると、唾液をたっぷりと注ぎ込んだ。

蒼舞はんく、んく、と喉を鳴らしながら、うっとりと飲み干す。長く濃密なキスを終えた二人の体温は、確かめるまでもなく上昇していた。

「……お返しは、これだけ？」

濡れてかすかに充血した唇から、挑発的な言葉がこぼれる。それだけでも十分劣情をそそられるが、熱を帯びた膨らみをそっと腿に押し付けてくる仕草には、淫らさと奥ゆかしさの両極が秘められていた。

鷲塚は、とうにぐらついていた理性の支柱が決定的に倒れる音を聞いたような気がした。あからさまな情欲に毛羽立った声で、

「まさか。まだ序曲のようなものだ」
「第一幕はこれからということ？」
「そういうことだ」

答えると同時に蒼舞の身体を抱き上げ、性急に走りそうな己を抑えるため、敢えてゆっくりとした歩みで寝室へ向かった。






群青色の闇に暈然と浮かぶ白い肢体。ところどころ薔薇色に上気し、汗の湿りが肌に真珠のような滑らかな光沢を与えている。触れてみなくとも、その吸い付くような質感が手に取るように感じられた。

上質の筋肉がついたしなやかな身体は、草原を疾駆する孤高の獣を想わせる。男性的な強靭さと女性的なたおやかさ。その両者を備えた蒼舞の身体は、造形美を極めたと言っても過言ではないだろう。しかし、

「ん、はッ、あ、ん、んっ……」

そこには美ばかりがあるのではない。仰向けに横たわる鷲塚の上に足を開いてまたがり、いわゆる騎乗位の姿勢でまぐわるその姿は、快楽に狂う淫獣めいて鷲塚の官能を容赦なく揺さぶった。

時にはベッドのスプリングを利用して激しく上下に跳ね、時には腰を落として鷲塚の猛るものを深く咥え込んだままゆっくり腰を回す。

月明かりを浴びて蒼白く艶めく下腹部が嫌らしい軟体動物のようにひくひくと波打ち、張り詰めた性器は震えながら白く濁った蜜を垂らす。

全身を巡る甘美な愉悦に恍惚となり、官能の淡い炎をまとって悶えるその姿態には、舞踊の神ですら欲情するだろう。人より自制する術に長けているとはいえ、鷲塚は紛れもない人間なのだから、この暴力的なまでに理性を揺さぶる嬌態には幾度となく我を失いそうになった。

しかしそのたびに何とかこらえ、腰を軽く揺らす程度の動きに留めて、蒼舞が気持ちよくなれるよう支えることに専念した。

「あっ、あっ、すごっ…い……こんな奥までっ……」

鷲塚の穂先が、蒼舞の最奥部をぬるっとかすめた。鷲塚は、汗がにじんだ目元をうっすら細め、

「ああ、奥まで届いたな」

腰を小さく跳ね上げてその凝った部分を突いてやると、蒼舞は背中を弓なりに反らせて快楽を謳った。

「ああッ、いい！　そこいいよぉ……」

突き出された白く滑らかな胸の上で、双つの赤い実がきゅっと勃ち上がる。鷲塚は誘われるように手を伸ばし、乳暈をあやすようになぞってから乳首を指で押し潰した。

「やっ、あ、ああっ、そこはだめぇ……」

駄目と言いつつも、身体はしっかり反応していた。乳首はさらにしこって鷲塚の指を押し返し、淫らに熟れた粘膜は蠕動しつつ鷲塚に絡みつく。

「く…っ、これは……すごい」

それでも鷲塚は、自らの欲望を追いかけぬようこらえた。身体も魂も鷲塚さんのものだと言ってはくれたが、それはあくまで蒼舞の気持ちの問題で、実際、彼の身体は自分だけのものではない。

観客を目くるめく陶酔に誘うこの宝石のような身体を、たとえ愛の行為であろうと荒々しく扱うことは、芸術に対する背信行為だと鷲塚は常に自戒していたのだ。しかし、

「鷲塚さん、気持ちよく……ない？」
「いいや。とても気持ちいい」
「嘘。さっきから、僕の身体を気遣ってばかりだ。気持ちいいはずがない」

蒼舞は怒ったようにそう言って、ゆっくりと身体を倒してきた。そして鷲塚の硬い胸に手を付いて、淫らに滑らかな動きで腰を上下させる。そうしながら、実に絶妙なリズムで括約筋を収縮させた。

結果、熱くとろけた蜜壺全体で鷲塚のものは容赦なく絞られ、抑え込んでいた凶暴な熱が一気に融解した。

「蒼…舞ッ……やめなさい」

自分の口から出た声は、情欲に灼けてざらついていた。しかしまだ大丈夫だ。まだ自制できる。そう思った瞬間、

「理人、犯して。めちゃくちゃにして」

吐息が混じり合うほどの至近距離で、喘ぎに濡れて卑猥な光沢を帯びた唇がとろりと囁く。耳から流れ込む言葉のあまりの魔性に、鷲塚は抗う術もなく、気づけば体勢を反転させて蒼舞の身体を荒っぽく組み敷き、上から犯していた。

「ああっ、ん、んっ！　そこ、すご…いっ、響く…ぅ……」
「くそっ、そんな声を出すな」

なかの複雑な隆起がびくびく蠢きながら、しっとりと絡みついてくる。腰を激しく打ち付けると、濡れた肌同士がぶつかる音に混じって、粘膜がこすれる水っぽい音が弾け、それに蒼舞の甘さが滴るような喘ぎが重なり、空間全体を淫らに染め上げてゆく。

「こん、な…つもりではっ……」

まだ公演は続くのだから身体を労わらなくてはならないのに、腰の動きが止まらない。飢えを満たすような激しい抽挿が、受け入れる側をどれほど消耗させるか分かっている。

しかし、いったん枷の外れた欲望を制御することは、理性の鎧を着慣れた鷲塚でも不可能だった。

「くっ、そ、吸い込まれる……っ」

それは大袈裟な表現ではなかった。爛熟の極みにある粘膜が、すすり上げるように内側へ向かって収縮する。そのたびに鷲塚は、痛いほどの射精感に耐えるためギシッと奥歯を噛み締めた。

「きて…理人。一緒にイキたい……」

甘えた声で求められ、鷲塚の唇から自然と笑みがこぼれる。しかしそれはすぐに、淫蕩で頽廃の翳を帯びた歪みに変わった。

それと同時に、鷲塚は抱えていた脚を大きく広げ、蒼舞の最も奥処、淫らな熱で膿んだ潤みを角度をつけてこすり上げた。すると蒼舞は喉を反らせ「ひぃっ」と甘い苦悩を絞り出し、そしてがくがくと腰を揺らした。

「いい、いいっ…！　いく…ぅぅ……ッ」

蒼舞が声を上げると同時に、鷲塚のものを包む肉がびくびくと不規則な痙攣を始めた。鷲塚は眉根を寄せて低く呻き、蒼舞の絶頂に引きずられるようにしてなかに放った。

放出の勢いは我ながら凄まじく、蒼舞の狭い器官はあっという間に満たされ、内部でとろりとろりと対流するのが分かる。

「鷲塚さん……もっと、いっぱい……」

すでに射精を終えた蒼舞は、恍惚の表情で呟きながら腰を軽く揺らした。すると、まだ繋がったままの下腹部からたぷたぷとこもった音が響き、その淫らさに沈静化しつつあった体温が再び上昇した。鷲塚は軽く頭を振り、「抜くぞ」とわざと素っ気なく言って身体を離した。

「ん、あ、あっ、ん」

ぬるりと引き抜かれる感覚に、蒼舞は敏感な反応を示す。全身を悩ましげにくねらせてから深く息をつき、抱擁をねだるように両手を差し伸べてきた。鷲塚が応えてふわりと抱き締めれば、蒼舞は子供みたいにくしゃりと笑い、

「すごく、嬉しかった。鷲塚さんはいつも僕の身体のことを気遣ってくれて、それはとても感謝してるけど、たまには我を忘れて求められたい」
「たまには、ではないぞ。君の前では、しょっちゅう我を忘れている」
「嘘つき。鷲塚理人といえば、今も昔も変わらず鋼鉄の理性、針金の神経……あとは……」
「岩石の心、だろう？」
「そうそう」

鷲塚の腕の中で蒼舞は楽しげに頷き、そして幸せそうに目を閉じた。






翌朝。目を覚ました蒼舞を、予想外の温もりが包み込んでいた。

「わ、鷲塚さん……えと、あの……」

布団の中で、鷲塚の身体にすっぽり包まれて、蒼舞は柄にもなく慌てた。どんなに狂おしく激しい夜を過ごしても、何度も貫かれ身体の奥に熱い奔流を注ぎ込まれても、翌朝はいつもと変わらぬお決まりのパターン。きっちり身支度を整えた鷲塚に、「遅刻するぞ」と小言口調で起こされるのが定番だったのに。

「おはよう、蒼舞」
「お、おはよ、理人……」

夢だった甘い甘い朝。裸の温もりを溶け合わせ、少し照れ臭そうに朝の挨拶を交わす。情事の余韻を留めた身体はどこか気だるく、起きなくてはと思いつつもあまりの心地よさにぐずぐずしてしまい──

「蒼舞、気づいていないようだから一応言っておくが、もう十時だぞ」
「え？　わ、わ、わわーーーっ、遅刻する！　なんで起こしてくれないんだよ！　人間目覚まし時計のくせにっ」
「君が甘い朝とやらを経験したいとうるさいから、こうして一緒に寝ていたんだぞ。なのにぎりぎりまで寝ているからこういうことに──」
「ああ、もう！　小言はいいからっ。鷲塚さんも早く起きて仕度して！」
「やれやれ。やはり甘い朝は当分無理そうだな」

呆れたと言わんばかりの呟きだったが、その口調とは裏腹に鷲塚の表情は幸せそうに輝いていた。
（Fin）


Merry Christmas！

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