Halloween Night　─甘い悪戯─

2.

着替えて舞台メイクも落とし、シャワーで汗を流した蒼舞は、楽屋で一人、疼くような熱を持て余していた。

熱源は鳩尾の奥、いや、もっと下方の、理性のコントロールが利かないあの場所かもしれない。ともかくその熱が伝播して肌が火照り、服を着る気になれず、バスローブをはおっただけの格好で狭い楽屋をうろついていた。

「蒼舞、いるか？」

ドアをノックする音とともに届いた鷲塚の声に、蒼舞の心臓はどきりと跳ね上がる。と思ったら勝手にどくどくと激しく脈打って、必要以上の血液を全身に送り始めた。

「う、うん。いるよ」

蒼舞は平静を装いつつ扉を開けて招き入れたが、焦点の定まらぬ泳いだ瞳が内心の動揺をさらしていた。鷲塚から微妙に視線を逸らしたまま室内に戻る。明らかに挙動不審だったが、鷲塚は気づいていないのかふぅっと溜め息をついて、

「取り敢えず、お菓子は全て配り終わったぞ」
「あ、うん。お疲れさまでした」
「全く、子供というのは予測不可能な生き物だ。怖いものなどないと言わんばかりに暴れていたと思ったら、急に泣き出す」
「鷲塚さんが怖かったんだよ、きっと。子供は感受性が豊かだから」
「失敬な。ちゃんとお菓子をあげて宥めたぞ。君も見ていただろう」
「う、うん」

ここでようやく、鷲塚も蒼舞の態度に不審を覚えたようだ。インバネスを外してつかつかと歩み寄り、蒼舞の肩に手を掛ける。

「どうした、なぜこちらを向かない。そういえば先刻も、いきなり扉を閉めてしまったな。驚いたぞ」
「だって……」
「だって、なんだ」
「だって、鷲塚さんがカッコよすぎるから」
「……は？」
「鷲塚さんの吸血鬼がカッコよすぎるから、ど、どうしていいか分かんなくて……」

告白したことで少し気持ちに余裕が出てきた。蒼舞は鷲塚に正面から向き直り、その胸に指を這わせつつ顔を見上げる。

「いつものきっちりしたスーツも似合うし好きだけど、それとはまた違った魔性の魅力っていうか。正直、こんなに似合うとは思ってなかった。もっとこう、喜劇役者みたいになるんじゃないかって勝手に想像してたんだけど、とんでもない思い違いだった」

蒼舞は鷲塚の手を取って、自分の左胸に導いた。そして、平素より速く猛く打つ鼓動を伝える。

「人にあらざる銀色の瞳。白皙の肌は淫靡で、血の滴りが似合う唇には冷たい官能が宿る。精悍な身体に優雅さを添える燕尾服。外見は完璧な紳士にもかかわらず、どこか獣めいた危うさも秘めている……」

蒼舞はほぅっと息をついて、艶冶に笑う。

「こんな危険なオスに、惹かれないわけないだろ？」

そう言ってちらと唇を舐めると、乾かぬうちに鷲塚の唇が重ねられた。温もりを確かめ合うような、軽いけれどしっとりとした口づけ。

「……鷲塚さん、とりっくおあとりーと」

キスの余韻を留めたとろりと幼い声でハロウィンの台詞を囁くと、鷲塚は優しく目を細め、

「お菓子は全部配ってしまったぞ」
「じゃあいたずらして。お菓子より甘いいたずら」

甘えた口調でそう言って身体をすり寄せると、顎をくいっと持ち上げられ上から唇を塞がれた。さっきのキスとは温度も深さも異なる、情事の兆しを孕んだ暴力的な口づけ。あっという間に搦め捕られた舌からじんわり伝わる甘い痺れに惑溺していると、バスローブの襟が下ろされ肩まで露わになった。

「んっ……は、はぁっ……鷲塚さ……あ、ん！」

首筋に生温かい息が掛かったと思ったら、そのすぐ後をかすかな痛みが追いかける。首筋を噛まれているのだと気づいた瞬間、蒼舞の下腹部にカッと熱がともった。

もちろん、実際に血を吸われるわけではない。けれど、美しい魔物の生き餌となる悦びを擬似体験できたことは、蒼舞の官能に火をつけた。

「もっと……ねえ、もっと……」

うわごとのように覚束ない声でねだり、腰をぎゅっと押し付ける。すると鷲塚はそれに応えるように手を下に滑らせ、バスローブの裾をまくり上げて双丘に五指を沈めた。そして指をいやらしく屈伸させて、ほどよい丸みを帯びた尻を揉みしだく。と同時に首筋に舌を這わせ、時折きつく吸い上げた。

そのたびに蒼舞は切ない声を上げ、腰をゆらゆら揺らめかす。すると鷲塚は尻から手を離し、バスローブの前合わせからするりと手を差し入れた。そして恍惚と勃ち上がった蒼舞の半身を握り、ぬめった先端の窪みを指先でクリッと抉る。

「やッ！　だぁ……」

酸のようにビリッとした快感が背筋を伝い、蒼舞は思わず腰を引く。しかしすぐに鷲塚の腕に拘束され、引き寄せられる。

「もうこんなに濡れていたのか、君は」

からかうような口調に嗜虐の艶を感じた蒼舞は、ぞくりと震えた。そして甘く咎める眼差しを鷲塚に送り、

「ど、どうせ僕ばっかり欲情してるよ。鷲塚さんはぜんぜん興奮してないみたいだし」

蒼舞の言葉通り、鷲塚のそこは飢えをさらすことなく平坦なままだった。しかし、「そう思うのなら、確かめてみるといい」と言われ、膝をついてそっと手を伸ばす。すぐに尋常でない熱と張力を感じ、蒼舞は思わず喉を鳴らした。

「うわ、すごい……」

そこが隆起していなかったのは、タイトなスラックスに押さえつけられていたからだった。その証拠に、前を解放すると凶悪なほどの熱と体積を有したものがぬっと威容を現した。

蒼舞はその根元に指を添え、血管の浮き上がった表面に舌を這わせた。「うッ」と野太い呻きが頭上から聞こえ、嬉しくなってしまう。先端からゆっくりと口に含んで、頬をすぼめて吸い上げると、口の中でビクビクと跳ねる。

「…っ、蒼舞、やめなさい」

切羽詰った声が愛おしく、もっと奉仕してあげたかったのだが、蒼舞の方もそれどころではなくなってきた。まだ暴かれていない腰の奥が物欲しげにくにゅくにゅ蠢く。

「鷲塚さん、これ、欲しい……」

穂先をついばみながらおねだりすると、腕を掴んで立たされた。そして壁に向かい合うようにして身体を押し付けられる。

「あ…ふ……っ」

潤滑油代わりの先走りを窄まりに塗りつけられ、まずは指で。いつもよりほんの少し荒っぽい指使いに、蒼舞の鼓動は自ずと高まる。

君の身体は芸術そのものだと言って、蒼舞の身体に余計な負担がかからないよう己の欲望を常にコントロールしてしまう鷲塚だが、こうしてごくたまに獣の本能を覗かせることがある。それが蒼舞には嬉しくて、自分でも呆れるほどゾクゾクしてしまうのだ。

「ん、あ、あっ」

前戯というより前準備といった性急さで広げられた後孔に、熱い楔の先端がぐぬっと押し当てられた。蒼舞はひゅっと息を吸い込んだが、鷲塚がそれを押し込む寸前でここが楽屋であることを思い出した。扉一枚隔てた廊下を、出演者やスタッフたちが行き交っている。

「待っ…て……声、声が……」

蒼舞の喘ぐような制止で、鷲塚も察したようだ。いったん腰を止める。背後からしゅるっと衣擦れの音がして、次の瞬間、柔らかな布を口に咬ませられた。鷲塚はそれを首の後ろで結ぶと、再び蒼舞の腰を両手でがっしり拘束した。そして耳元で囁く。

「これなら、聞かれる心配はないだろう？」

媚毒を含んだ低音が背筋を舐める。しかし甘い戦慄を覚える間もなく、それが入り込んできた。

「んー！　んっ、んぅ、ぅぅッ」

そこがゆっくりと鷲塚の形に広げられ、侵入してくる異物の質量に戦くかのように襞が蠢く。最初はかすかな痛みと内臓を押し上げられるような圧迫感ばかりだったが、内側がぬるりぬるりとこすられるとそこから甘い熱が生じ、腰がふわっと浮き上がるような快感が湧く。もう大丈夫と判断したのか、単に自制が利かなくなったのか、鷲塚は残りを勢いつけて押し込んできた。

「んぅっ！　んっ、んーー……」

官能の悲鳴は布に吸収されたが、蒼舞は壁に爪を立て、腰をびくんびくんと跳ね上げて快感を訴えた。続けて引き抜かれ、また打ち込まれる。

ぐちゅぐちゅと生々しい性交の音に加え、鷲塚の荒く湿った呼吸が鼓膜を打つ。野卑でありながらひどく艶めかしいそれには、雄としての、犯す性としての荒々しさがあった。

「んっ…く……ぃく……」

猿轡の隙間から滴る喘ぎとともに、蒼舞の身体は制御できない痙攣に襲われた。そして壁に向かって白い飛沫を放つ。反射的に、鷲塚を包み込んでいる柔肉が複雑な収縮を繰り返した。

「く……ッ」

何かをこらえるような呻きとともに、楔がずるりと引き抜かれた。内壁がこすられる感覚に惑う間もなく、緩んだ孔の入り口に熱い液体の滴りを感じる。びゅっびゅっと一定間隔をおいて放たれる、鷲塚の濃厚な種液。おそらく帰りのことを考えて、中に出すのをこらえたのだろう。その心遣いには感謝するが、やっぱり……。

「鷲塚さんの……中で飲みたかったのに」

布を外され口が自由になった蒼舞の第一声。すでに鷲塚は後始末を終え、猿轡代わりにしたネッククロスをきちんと畳んでいた。

「なんだよ、もうちょっと余韻とかさあ……」

蒼舞がむくぅと膨れると、鷲塚はすたすたと近づいてそっと顔を寄せ、

「続きは家だ。嫌というほど飲ませてやる」
「ば、ばか……」
「蒼舞、Trick yet Treat（お菓子いいから悪戯させろ）」

そう言ってにやりと笑う鷲塚の顔には、作り物ではない本物の魔性が淫靡な翳を落としていた。

（Fin）

BACK　　　　　　　TOP　　　　　　Bird must fly INDEX　　　　　　NOVEL INDEX