Love Over the Back
―背中越しの愛―
４.
部屋で待っている薫のもとに早く戻りたい、そんな想いから身体を洗うスピードも自然と速くなる。湯舟にも浸からず風呂場を後にして、髪も生乾きのまま急いで部屋へ向かった。
「薫……？」
寝室の扉口からそっと中を覗くと、ベッドの上にパジャマ姿で正座している薫の姿が。出窓の張り出し部分に肘をついて手を組み、目を閉じている。何だか神聖なものをまとっているように見えて、声を掛けるのがためらわれた。
じっと見つめていると、子供のころ読んだ絵本を思い出す。絵本の中の心優しい少年は、近くに住む病気がちなおじいさんのため、毎晩星に祈りを捧げていた。
片瀬は後ろからそっと近付き、ベッドの端に腰を下ろした。スプリングが秘めやかな溜息をつき、薫は弾かれたように顔を上げて片瀬の方を振り向いた。
「け、圭祐……ずいぶん早かったな」
「ああ。急いで入ってきたから。薫は何をしてたんだ？」
薫はぷいと横を向いて、「べつにっ」とつっけんどんに答える。片瀬はベッドの上に乗って薫に近付き、より具体的に訊ねた。
「何を祈ってたんだ？」
途端に薫の頬に赤みが差す。からかわれると思ったのか、強張った背中を向けて片瀬の問いを跳ね返す。しかし片瀬はその固まった背中を後ろからふわりと包み込み、絶妙の力加減で抱き締めた。
温かな抱擁を受け、薫の心も柔らかくほぐれていった。後ろから回された片瀬の手をきゅっと掴んで、
「圭祐と、おんなじクラスになれますように、って」
「毎晩、祈ってるのか？」
「う、うん……あと、今夜はもうひとつ。圭祐の父ちゃんが幸せになれますように、って……」
片瀬はフッと綿毛のような吐息をこぼして、薫の耳に口付けた。薫は「ひゃっ」と甘えた悲鳴をあげて、腰をもぞもぞくねらす。と思ったらむーっと頬を膨らませ、「笑うんじゃねえよっ」と喚く。片瀬は尚も耳許に口を付けて、
「笑ってない。笑うはずねえだろ？ 泣きそうなほど嬉しいのに」
「な、なんだよ。大袈裟なヤツっ」
片瀬はククッとこもった笑いを漏らして、抱き締める腕に力を込めた。
「やっぱり笑ってるっ」
「ああ、確かに今は笑った」
片瀬は抱いたまま薫の首筋に顔をうずめて、ふわふわの後れ毛とまろやかな素肌の感触に微睡みながら、
「薫、お前はそのままでいろよ。いつまでも……」
その言葉に溢れるほど詰まった愛情を、薫は全身で受け止めた。こくんと頷いて、背中に伝わる愛しい鼓動と温もりを反芻する。二つの鼓動が同調してぴったり重なり、ひとつの存在になったかのような幸せな錯覚に襲われた。
今、自分はとても神聖な瞬間に身を置いているのだと、天啓めいた自覚がふと浮かんで、無性に泣きたくなった。幸せの余り。
「圭祐ぇ……俺………」
切なく震える声で、今の気持ちを何とか言葉にして伝えようとする。好きとか愛してるとかそんな在り来たりな言葉ではなく、自分だけの輝きをもった言葉を―――
「ぶっ………くく、くくくく…………」
そんな薫の繊細で一途な想いは、片瀬の笑いで断ち切られた。片瀬は首筋に顔をうずめたまま、込み上げる笑いに翻弄される。そして、
「お前っ………そのパジャマ似合いすぎだぞ………くくくく…………」
笑いの漣に乱された掠れ声でそう言うと、薫の頭をなでなでした。さっきまでの甘く穏やかな空気は一転、薫は手足をばたつかせて暴れ出した。
「だっ、誰が似合うんだよ、こんなもん！」
「うわ、ひでー。この柄探すの苦労したんだぜ。見つけた時は嬉しかった」
「ふざけんなっ」
片瀬が薫のために買ったパジャマには、バナナを頭に乗せて嬉しそうにおどける小さな猿がプリントされていた。
「サイズもぴったりだったし。やっぱり子供用のコーナーを探したのは正解だったな」
「てめえ〜〜〜」
薫は額に翳を落として歯噛みしたと思ったら、「ゆるさんっ」と叫んで片瀬に飛びかかった。
片瀬は「小猿がじゃれつくな」と笑いつつ受け止める。飛びついてきた薫の腰を抱いたまま器用に身体を反転させると、見事に形勢逆転。上から押さえ付けられた薫は、最後の抵抗とばかりに足をばたばたさせて「離せ〜」と喚いた。
「こら、大人しくしろ。このガキ」
「ガキじゃねえっ」
「ガキだろ？ 人んちにゲームだの漫画だの持ち込んで。お陰で部屋もこの有様だ。俺は必要以上に物を置かない、シンプルな空間が好きなのに」
片瀬の指摘通り、モデルルームか昔のトレンディドラマに出てくる部屋のように洗練された空間のはずが、薫がせっせと持ち込んだゲームソフトや漫画のせいですっかり健全な中学生の部屋に。
さすがに何も言い返せないのか、薫はむぅっと黙り込んで悔しそうに見上げるばかり。
「おまけに、出しっぱなしにしてちゃんと仕舞わねえし」
次々と痛い指摘を繰り出す片瀬だったが、本心は違っていた。無味無臭、無色透明だった自分の部屋が、段々と薫の色に染まってゆくのが本当は楽しくて、嬉しくてならない。
けれどそんな乙女な心情を露呈するわけにもいかず、加えてぷっくり頬を膨らませて黙り込む薫の顔が見たくて、こんな冷たいことを言ってみたりしただけだった。
もちろん薫はそんな片瀬の本心に気付くわけもなく、不貞腐れた表情で、それでも素直に「ごめん…」と謝った。そして今にも泣き出しそうに顔を歪めて、
「圭祐と……一緒にゲームしたり漫画読んでゴロゴロしたりしたかったんだ……。でも、もうしないよ。ゲームも漫画も全部持って帰るから………」
「い、いや、別に持って帰れとは言ってない―――」
「ごめんな。そういやインテリアとかにこだわってそうだもんな。俺なんかの部屋と違って……。そういうの、何ていうか俺ニブくてさ。ううん、こういうことだけじゃない。自分の勝手な思い込みを押し付けて、気付かないうちに不愉快な思いをさせることがあるんだ。明良に対してそうだったように………」
薫の言わんとすることは分かる。良き兄として明良を守らねばという気負いが、明良に重荷を背負わせていたのだ。
しかし、今回は違う。片瀬は慌てて誤解を解こうとしたが、それに先んじて薫がくちゅんとくしゃみをした。
「寒いか？ ほら、こっち来いよ」
片瀬は布団の中に身体を滑り込ませ、隣に薫を呼ぶ。自分のために空けられたスペースにもぞもぞと潜り込んで、少し遠慮がちに身体をすり寄せる薫を、片瀬は四肢全部で絡め取って体温を分け与えた。
「どうだ？ まだ寒いか？」
「ううん、あったかぁい……」
顔を押し付けてうっとりと呟く薫。その額にキスを落として、
「ゲームも漫画も、持って帰ることないぞ」
「え？ どして……？」
ほわんとした口調で訊ねる薫に、片瀬は正直に告げた。
「さっきはあんなこと言ったけど、本当は……嬉しいんだ。俺の空間に、お前の持ち物がどんどん増えていくのは。なんつーか照れ臭くて、正直に言えなかった」
「ほんと？ 迷惑じゃない？」
「ああ。それに、さっきも言ったけれどお前はそのままでいいんだ。自分の気持ちに素直に、そのままを表現すればいい。勝手な思い込みでも何でも、全部受け止めるから」
薫は嬉しそうに頷いて、片瀬の背中に、きゅ、と爪を立てた。そして「ありがと」と言おうとしたが、それに先んじて頭上から厳しい声が降ってきた。
「でも、出したものはちゃんと仕舞えよ」
「うう……圭祐、母ちゃんみたいだ……」
情けない声で呟いて、「ふわぁ〜い」と不貞腐れた返事を返す。片瀬は喉の奥で笑いを転がして、さらに強く抱き締めた。
薫は「んっ」と鼻にかかった吐息を漏らす。そこに微かながらも淫らな熱がこもっていたことに気付いた薫は、その熱を散らすため慌てて首を振り、そ知らぬ顔を装った。
しかしそのテの変化を片瀬に覚られぬはずがない。片瀬は口許を緩めて艶笑を浮かべ、手を布団の奥へ潜り込ませていった。
もちろん、目的の場所はただひとつ。薫の下腹を撫でながらパジャマのズボンの下に手を差し込み、まだふわふわ柔らかな可愛いペニスを手の中に。
薫は「ひゃぁん」と微妙な悲鳴を上げて逃げようとしたが、片手でがっしり抱えられた腰はびくともしなかった。
「け、圭祐っ、離せよっ」
「嫌だ」
気持ちいいほどきっぱりはね付けて、手の中で恥ずかしそうにぷるぷる震える薫の分身を弄ぶ。一途な鼓動が手のひらに刻まれ、片瀬は思わず目を細めた。
「ココは奥床しくて可愛いな。所有者はぎゃあぎゃあうるせえ小猿なのに」
「うる…せっ………ふにふにすんなよぉ………ァ、ァン………ゃっ……ばかぁ………」
いやいやと首を振りながら、甘い抗議を繰り返す。しかし、背中にしがみついた手を離そうとはしない。手の中のモノはむっくりと覚醒し、さっきまでは引けていた腰も、もっとしてとねだるようにぴくんぴくんと揺れた。
「どっちが……本心なんだ？ ん？」
片瀬は掠れた低音で囁きながら、下着ごとずりおろして薫の下半身を露わにした。脱がせたパジャマは邪魔だとばかりに部屋の隅へ放り投げ、サイドテーブルの引き出しからローションを取り出す。
「少し冷たいけど、我慢しろよ」
片瀬はそう言って、ローションを垂らした手を薫の奥部へ侵入させた。薫は羞恥からかきゅっと目をつぶりつつ、自ら脚を開いて誘い込む。この相矛盾する仕草がたまらなく愛しかった。
性急になりそうな手を制して、探りながら奥の秘部を目指す。やがて、指先が小さな窪みに辿り着いた。触れた途端きゅっと収縮したと思ったら、ひくひくしながら吸い付いてくる。
相変わらず泣きそうな顔で目を閉じている薫の唇を優しくついばみながら、片瀬は指を押し込んでいった。尺取り虫のように屈伸させながら根元まで挿入し、蜜壺全体を広げるように掻き回すと、真一文字に閉じられていた薫の唇がとろりと綻んだ。
「んっ………ぁン………」
片瀬はちらと唇を舐め、
「気持ちいいか？ 薫……」
徐々に本数を増やしてゆく。薫の性器はすでに蜜塗れになり、お腹にぺったり密着するほど勃っていた。片瀬は埋め込んだ指をぐにゅぐにゅ動かしながら、
「お前ん中、すげえ熱い……。おまけに膜が絡み付いてくるし。欲しいんだろ？」
薫はうっすら目を開け、涙のベールに覆われた瞳を向け、
「圭祐は……？ 欲しい？」
「自分で確かめてみろよ」
薫はゆったりと瞬きしてから、手を布団の中へ忍ばせて片瀬の股間を探った。それはすぐに見つかった。指先に尋常じゃない熱が伝わる。その全体像を確かめようと輪郭に沿って指を滑らすと、上から「うっ…」と濃厚な呻きが聞こえてきた。
「すげ……おっきい………」
布地を限界まで押し上げてきちきちに張り詰め、溢れる先走りでじっとり濡れていた。ああ、圭祐も欲しいんだ、そう思ったら嬉しくて、と同時に身体の奥の疼きが激しさを増してきた。
「圭祐ぇ……これ欲しい………」
甘えたおねだりに、片瀬はすぐには応じない。一気に指を引き抜いて布団を払い、
「言葉だけじゃ分からないぞ。態度で表せ」
作為的に冷たく言い放って顎をしゃくる。普段なら「そんなこっぱずかしいことできるかぁっ」と叫んでそっぽを向いただろうが、片瀬によって灯された欲望の火に羞恥心を融かされたのか、素直にふわふわ頷いてのっそり起き上がった。
体温の上昇を物語るようにほんのり桜色に潤んだ下肢を晒してぺたんと座り込み、ちょっと首を傾げる。小猿柄のパジャマを差し引いてもその姿は十分過ぎるほど艶かしく、片瀬は自分で仕掛けておきながら危うく飛びかかってしまうところだった。
やがて薫は何を思ったか片瀬に背中を向け、うつ伏せになった。そして膝を立て、ゆっくりと腰を持ち上げる。片瀬の視界で、みずみずしい桃そのままのお尻がぷるんと揺れた。片瀬は腹の底に力を入れ、
「そこをどうして欲しいんだ？」
その意地悪な問いにも薫は健気に応じた。両手をお尻に伸ばして左右の山を掴み、くいと割り開いて谷間の奥に隠れた花を咲かせた。剥き出しになった花びらは蜜に濡れ、指による陵辱の痕跡を留めて赤く腫れていた。
「圭祐ぇ、ここに挿れて……」
究極の誘い文句を囁くと、それに同調するかのように花びらがクチュ、と鳴いた。片瀬は息を荒げながら下を脱ぎ捨て、ぎらぎらと天を衝く自身の先端で蜜花の中心をズルリとこすり上げた。さらに、捲れ返った粘膜の花びらをぬるぬると撫でる。
そのたびに薫の腰はびくんびくんと上下したが、それでも健気に挿入を待つ。入口の感触を堪能した片瀬は、宛がっていた自身をいったん離した。すると濃厚な粘液が糸を引き、先端と薫の谷間を繋いだ。
その淫らな景色に片瀬は眩暈すら覚え、掠れた声で「降参」と呟くと、灼熱の楔を一気に奥まで沈めた。
「あああああーーーーッ、あっ、あ………あぁ…ン………」
悲鳴を上げて悶える薫とは対照的に、片瀬は眉間に皺を刻んだ険しい表情で耐える。やはり、薫以上に我慢していたようだ。
何とか薫と一緒に絶頂を迎えたいと思い、二度ほど腰を打ち付けてみたものの、途端に抗い難い射精感に襲われて早々に観念した。
「薫、悪ぃっ………」
力なく詫びてグゥンと奥を抉ると同時に、片瀬のモノは見事に弾けた。がくがくと腰を揺らして、薫の中に次々と精液を送り込む。
「圭祐ぇ……もっと、いっぱぁい………」
いつの間にこんな誘惑を覚えたのか、薫はリズミカルに括約筋を収縮させて片瀬の精を搾り取る。ようやく放出し終わった片瀬は、軽く頭を振ってから腰を引いた。
薫の中から引きずり出されたそれは、汁をまき散らしつつ再び天を睨んだ。片瀬は息つく暇を与えず、薫の身体をひっくり返して上にのしかかる。そして脚を抱え上げ、白い泡を吹いてくぷくぷ喘ぐ秘部に上から挿入していった。
薫の中は先刻に劣らず熱くぬめって絡み付き、片瀬を容赦なく追い込んでいったが、さすが一度出したばかりとあってすぐに暴発する気配はなかった。
片瀬はゆったり腰を動かしながら、薫の前ボタンをぷちぷちと外してゆく。そして露わになったすべらかな胸に手のひらを這わせては、奥床しく自己主張する突起をくにくにと親指で弄んだ。
その刺激に反応したのか、乳輪ごとこんもりと盛り上がってぷるんと震える。思春期の訪れを迎える直前の少女のような、艶かしい性の揺らぎがそこには息づいていた。
「ァ………ァ、ン………け…すけぇ………もっと、もっとおくぅ………」
あどけない口調で深い注挿を懇願し、シーツを掴んで自ら腰を揺らす。片瀬は腹の底で“少しは手加減しろ”と毒づきつつ、わざと違う場所を攻め、
「薫、もっと気持ちよくしてやるから―――」
「んっ、ん……して……きもちよくして………」
「だから、今度一緒に風呂に入るって約束しろ」
甘えた声で「約束するぅ」と言うかと思いきや、薫はちょっと顔をしかめていやいやと首を振り、
「ヤダ……はずかしいからやだぁ………」
「ほぉ、そうか。なら抜くぞ。気持ちよくしてやんねえ」
「抜いちゃヤダッ。抜くなよぉ、ばかぁ」
片瀬はこもった笑いを漏らして、尚も焦らすように浅い場所で抜き差ししつつ、
「だったら約束しろ。恥ずかしがることないだろ？ 背中流してくれよ」
薫はくすんと鼻をすすって怨めしげに見上げ、
「一緒に……入るだけ？」
「当たり前だ。ナニを想像してんだよ、お前」
薫は顔を真っ赤に染めて、ぷいと横を向いてしまった。しかし激しさを増す下腹部の疼きに耐え切れなくなってきたのか、掠れた声で「一緒に……入る」と答えた。
片瀬は浮かれた声で「約束だぞ」と念を押すと、敢えて避けていた奥の膨らみ目掛けて打ち込んだ。途端に薫の表情は一変する。
半開きの唇から婀娜っぽく濡れた母音を滴らせ、双眸は官能の涙膜で覆われる。下肢は内なる疼きに共鳴するように震え、やがて―――
「イクぅ………圭祐ぇ…………」
切ない声ですがるように恋人の名を呼びながら、薫は悶える先端から白い飛沫を吹き上げた。そしてほぼ同時に、片瀬も熱い精を注ぎ込んだ。
「んっ……一緒ぉ………」
吐精を終えた薫はゆるゆると目を開けて、ふにゃ、と笑った。一緒に達けたのが嬉しくて。片瀬もつられて笑う。
「ああ、一緒だったな」
そしてとろとろに蕩けた身体を抱き締めて、快楽とはまた別の幸せに酔い痴れた。
二人の夜は、まだこれからだった。
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