Liberation from Chains
12話
純粋な快感は理性も思惟も灼き尽くす。ならばその瞬間は、気持ちいいという言葉すら浮かんでこなくて当然なのだろう。
「やっ……！ あ、ああ……ふ、ふぅ…ン……」
意識野に突如生じた空白。我に返った時には、体温と同じ温度の液体が白い飛沫となって胸や腹に飛び散っていた。そして遼牙も低く息を詰める。
「……っぅ！」
瑠羽の体内の奥深くにあるものがぐぅっと反り返り、瑠羽が抱き締めたままでいた背中が硬く盛り上がった。次の瞬間、
「あ……りょ…きさまぁ……なかで……あっ、ん……」
どくどくと勢いよく注がれるものが中に溜まってゆく感覚は錯覚なのだろうが、それでも瑠羽にこれ以上ないほどの充足感をもたらした。しらずしらず腰が浮き上がり、白い下腹がひくひく波打つのが視界に入る。
まるで注がれるものを嚥下するかのような卑猥な動きだったが、瑠羽はなぜか目を逸らすことができず見つめ続けた。
「……瑠羽、大丈夫か？」
そう訊ねる遼牙の声は多少かすれていたが、いつもの揺るぎない理性に裏打ちされた大人のそれだった。さっきまでの猛禽めいた生臭さは露ほどもない。
瑠羽は仄かな淋しさを覚えつつこくんと頷く。すると遼牙は安堵の色を目元に漂わせ、覆いかぶさっていた身体をゆっくりと引き上げた。それに伴い、瑠羽の中に納まっていたものがずるんと引き抜かれる。
「あっ…ん……」
身体の一部が奪われるような生々しい喪失感に切ないを上げながらも、目はそこに釘付けだった。しっかり噛み合っていた結合部。中から出てきた遼牙の陰物は白濁に塗れていたが、まだかなりの硬度を保っているのが見てとれた。
「遼牙さまの……すごい……」
その先端からは粘液の糸が滴り、瑠羽の入り口と辛うじて繋がっていた。遼牙はそれを指先で軽く拭い、瑠羽の脚をそっと下ろした。
ずっと脚を上げた姿勢を強いられていたから瑠羽はほっとしたが、それでも遼牙の股間から目が離せない。
───あれが……入ってたんだ……。
あの太くて硬くて雄々しいもので貫かれ、掻き回された。視覚のもたらす力は絶大で、ついさっきまでそれが出入りしていたところがいつの間にか艶めかしい蠢動を始めていた。
───ど、どうしよう……こんな、また……。
思わず下腹を押さえたがどうにもならず、乱れた脈が余計に粘膜を疼かせて、気づけばベッドの上にぺたんと座り込んだまま、腰が物欲しげに揺れていた。しかしそんな瑠羽の秘めやかな発情に遼牙は気づく気配もなく、
「さ、瑠羽。枕に背中を預けて、楽な姿勢になりなさい。中に残っていて、このままでは気持ち悪いだろう。今、綺麗にしてあげるから。恥ずかしかったら目を閉じていて構わない」
子供をあやすような口調でそう言って、瑠羽の脚を広げようとした。中に溜まったままの精液を掻き出して、綺麗に後始末をしてくれるつもりなのだ。
瑠羽は反射的にぷるんと首を振り、控え目な声で指摘する。
「あ、あの……遼牙さまの、まだおっきいです……」
それが誘いの言葉だという自覚が瑠羽にはあったから、さすがに遼牙の顔を直視できなかった。
しかし「ああ」と応えて苦笑を浮かべ、「お前が気にすることはないよ」と宥める遼牙が、その言葉で瑠羽が何を言わんとしていていたか、さらには何を求めていたか分かっていないのは明らかだった。
瑠羽は意を決して膝立ちになって遼牙に近づき、ぎゅっと抱き着いた。必然、まだ始末をしていないため濡れたままの局部が抱き合うように密着して、その淫らな体感に瑠羽はぶるっと震えた。
遼牙はといえば、想定外の瑠羽の行動にどう対処してよいか分からず固まったまま。テロリストが群雄割拠する砂漠の国でどんな不測の事態に遭遇しても、経験に基づく知性を素早く働かせて切り抜けてきた遼牙が、瑠羽が見せた誘惑と呼ぶにはあまりにささやかな行動に思考がフリーズしてしまうのだから、人間とは不思議なもの。
さらに瑠羽は胸をすり寄せ、素直な欲求を口にした。
「遼牙さま。もう一回だけ、してくれません、か？」
言い終わると同時に、ゴクリと喉の鳴る音が耳に届いた。しかし、そんなあからさまな飢えとは裏腹に、遼牙は瑠羽の身体をぐいと押し返した。
「馬鹿なことを。もし私のことを気にしているのなら、瑠羽は余計なことは考えずあとはゆっくり休みなさい」
「違う。僕がしてほしいんです。だってここの奥がまだ……うずうずして……」
瑠羽はそう言って、手のひらで自分の下腹部を撫でた。その下で微妙な角度を保った桜色のペニスが、恥じ入るようにぷるぷる震える光景が、遼牙の目にどのように映ったか想像するのは難しくないだろう。
「身体への負担が大きすぎる」と神妙な顔つきで諭しつつも、その声は熱っぽくざらついていた。さっきまでの子供をあやすような声とは全く違う、盛りのついた雄の声だ。おそらく遼牙は、保護者と恋人の境界線上を本人が意識せぬまま行き来しているのだろう。
遼牙の立場上、それは仕方ないのかもしれないが、せめてベッドの上では恋人として扱ってほしい。それは瑠羽の偽らざる気持ちだったが、言葉で巧く伝える自信がない。というより、そのまま言葉にしてしまったら余計に、子供が駄々を捏ねているようになってしまうだろう。
だから瑠羽は、行動で訴えることにした。もう一度、遼牙の胸に抱き着く。そしてそれでも駄目だと覚るや、くるりと反転して尻をくいっと突き出し、遼牙の股間に押し付けた。
自然の成り行きで谷間に逸物が挟まれる形になり、そのまま扱くように上下させると、尻たぶの狭間でそれがぐっと硬度を増すのが感じられた。そんな発情の生々しいサインが、瑠羽をさらに大胆にした。
「ね、遼牙さまぁ。この奥、まだ柔らかくて熱いです。きっと……気持ちいいですよ」
そう言って腰を強く押し付けると、図らずも濡れてふやけた襞とこすれ合った。ついさっきまで遼牙の猛るものを受け入れていたそこは過敏なまでに反応し、くにゅくにゅと勝手に蠢き出す。
「あっ、あっ、遼牙さまぁ……」
絶頂の名残りがくすぶっている身体は、ささやかな刺激もたやすく快感に変えてしまう。瑠羽は自分の淫らな振る舞いを顧みることなく、遼牙のものを挟み込んだまま腰を上下に振った。そしてずるんずるんとこすられる感触に切ない声を上げようとした時、いきなり身体が前に倒れうつ伏せになった。
遼牙に倒されたのだと気づいた時にはすでに、腰を持ち上げられ四つん這いの姿勢に。そして次の瞬間、それは来た。欲望ごと叩きつけるような、力強い一突き。
「きゃあああッ、やっ、あっ、ああっ、」
待ち望んでいた体感ではあったが、恍惚と受け止めるにはあまりに唐突で激しかった。瑠羽はひときわ高い悲鳴を上げ、シーツにぎりぎりしがみ付いて脳天まで突き抜ける重い衝撃に耐えた。
「そうやって……わけも分からず煽るなと言っただろう」
咎める遼牙の声は、欲望と理性のせめぎ合いで甘くひずんでいた。そして同じ声で「くそっ」と吐き捨てる。最終的に欲望をコントロールできなかった自分に対する苛立ちだろう。その初めて聞く野卑な言葉遣いに、瑠羽の背筋はぞくりとした。
それは汗で乱れた髪や情欲に沸く瞳などと同じく、普段の紳士然とした遼牙とは対極にある生の男性性の表象に他ならなかった。
「分からなく…ないです。ちゃんと欲しいって思ったから……」
ささやかながらも反論すると、「しょうのない子だ」と溜め息混じりに返ってきた。それから、緩やかな注挿へ。突き刺すというより、筒肉を捏ね上げるような動きは、燠火の残る瑠羽の身体をあっという間に燃え上がらせた。こすられるたびに、そこが熱く膿んでゆくのが分かる。
「あふ、ふっ、ふぅ…っ……」
瑠羽ははふはふ言いながら、シーツの波間に熱い息を吐き出す。それでも熱量の膨張には到底追いつかない。このまま身体の内側から熔け崩れてしまってもおかしくないほどの官能の熱が、瑠羽の全身を巡っていた。
遼牙の大きな手にがっしり拘束された細い腰は、遼牙の動きに合わせて跳ね上がったり震えたりする。ぐぅっと奥まで押し込まれればひくんと跳ね、ずずっと引きずり出す動きの時は悶えるように震える。
奥に響く快感と側面をこすられる甘い疼き。刺激が異なるのだから反応も違って当然なのかもしれないが、そんな素直さは瑠羽らしく、遼牙はさらに愛おしさを募らせた。
「気持ちいいか？ ん？」
淫靡な含みのある問いかけは、甘いテノールとあいまって瑠羽の鼓膜をとろかした。
「きもち…いい、ですぅ……おっきくて、あつくて……」
「いい子だ、瑠羽。もっとして欲しいか？」
瑠羽は夢中で頷いて後ろを振り返り、とろんとした目で遼牙を見上げ、
「おしりの奥ぅ……もっとぐりぐりってして欲し───」
言い終わる前に、埋め込まれたものが腹の中でぐんっと伸びて膨れた。瑠羽は反射的にびくっとのけぞり、もっとしてとせがむように腰を上下に揺らした。
「あっ、あっ、きもちいい……」
体勢が変わったせいで挿入の角度も変わり、さっきは届かなかったところを遼牙の先端がぬるぬるとかすめる。すると絶頂を先取りしたかのように、筒肉全体がきゅぅっと収縮して遼牙の楔を締め付けた。
「瑠羽……っ！」
瑠羽の身体を労わりながらの情交という、理性と欲望のバランスが求められる行為をここまで何とかこなしてきた遼牙だったが、無意識がゆえに生々しい瑠羽の媚態に陥落した。腹筋を発条のように使って楔を打ち込み、すっかり熟した瑠羽の内部をガツガツと貪る。
結合部から迸る水音以上に卑猥な性交の音が奥から漏れ聞こえ、二人の荒い呼吸と混ざり合って室内を淫らに染め上げた。
瑠羽は遼牙の豹変に驚く余裕もなく、シーツにしがみついてか細い悲鳴を上げ続けた。
「いやぁぁ……！ なか、ぐちゅぐちゅになっちゃう……っ」
拙い表現がさらに遼牙を煽ることになるとは露ほども知らず。瑠羽はただ、痛いとか気持ち悪いとかそんな言葉の範囲からはみ出る凄まじい圧迫感に翻弄され、それでも従順に尻を差し出した。やがて、
「あうっ！ う、あ、ああ………」
螺旋状に体内を駆け上がる絶頂感に呑み込まれ、瑠羽は白い闇に沈むように静かに意識を手放した───
ここはどこだろう。遼牙さまの部屋とも僕の部屋とも違う。高い天井がきらきらしてきれい。確かモザイクっていうんだっけ。青とか金とか紫の細かい破片が敷き詰められて、日の光を浴びてちかちか瞬いてる。
───瑠羽、目覚めたのだな。よく眠れたか？
あ、この声は遼牙さまだ！ はいっ、ぐっすり眠れました。ちょっと身体がだるいけど、でもなんだかとっても幸せな気持ちです。
───そうか、それはよかった。昨夜の酒宴も、よく働いてくれた。瑠璃色のドレスがとても似合っていたよ。
え？ 酒宴？ ドレス？
───私はこれから、新しい灌漑施設の視察に行かねばならん。瑠羽はもう少しここで休んで、身体を労わってあげなさい。昨夜の営みでは……少々無理をさせてしまった。では、行ってくるよ。
ま、待って！ 待ってください！ 遼牙さま、あなたは、あなたは一体……どこの世界のお方なのですか？ 夢の中で瑠羽愛してるよと言ってくださったのは、あなたなのですか……？
「ん、んんっ……」
眉根を寄せてうにうにぐずった挙げ句、瑠羽はぱちっと目を開けた。覚醒寸前までいた世界が夢でこちらが現実とすぐに理解したが、瞼裏には青や金のモザイク片が織り成す光の残像がまだちかちかしていた。
「遼牙……さま……」
遮光カーテンの隙間から射し込む光が、室内をほどよい明度に保っている。なのに、部屋全体がまだ眠りの中にいるかのように、空気は静かに凪いでいた。
その静寂は、傍にいるはずの人が不在であることを伝えるものだ。瑠羽はそろそろと起き上がり、自分一人が寝るには広すぎるベッドを呆然と見渡した。
「遼牙さまぁ……」
意識せずとも涙声になってしまう。これまでずっと一人で寝起きしていたのに、なぜこんな不安に襲われてしまうのか。
その理由を追究するより先に、身体が動いた。瑠羽はもそもそと寝台から下りて、部屋を飛び出そうとした。と同時に扉が開き、遼牙が入ってきた。
「瑠羽？ どうしたんだ、一体」
「遼牙さまっ……あ、あれっ？、はわわ～～」
遼牙の元に駆け寄ろうとした瑠羽は、情けない声を上げつつその場にかくんと座り込んだ。遼牙は両手に抱えていたトレイを棚の上に置き、慌てた様子で近づいた。
「大丈夫か？」
「は、はい……あの、腰に力が……」
下半身が鉛をぶら下げたように重く、力が入らない理由に何となく思い当たった瑠羽は、顔の火照りを隠すように俯いた。すると遼牙は目の前に膝をつき、
「当然だ。ゆうべはずいぶん無理をしたからな。いや……私が無理をさせてしまったのだが」
遼牙はすぐに言い直すと、「すまなかった」と詫びた。瑠羽はぶんぶん首を振り、
「あ、謝らないで……。それに二度目は、僕が、あの、おねだりしたから……」
恥ずかしさから俯いたままぼそぼそ答えると、低く笑み含んだ声で「ああ、そうだったな」と返ってきた。
瑠羽はぴくんと肩をすくめ、小さく小さくちぢこまる。本当に、我ながらよくもあんなことができたものだと呆れを通り越して感心してしまう。夜の魔力なのか、官能の悪戯なのか。あるいは……心の深層部に潜む欲求そのものなのか。
「さ、瑠羽。取り敢えずベッドに戻ろう。私に掴まって」
座り込んだ瑠羽の身体を、遼牙は軽々と抱き上げてベッドに下ろした。そして瑠羽の額にかかる髪を優しく梳きながら、
「さっきはどうした？ 泣きそうな顔をして」
「あ、えと……起きたら一人だったからびっくりして、それで──」
「不安になった、か？」
ずばり言い当てられ、瑠羽はぱちぱち瞬きして素直な驚きを表現した。遼牙は「しょうのない子だ」と笑いながら、額をコツンとやった。それから、瑠羽の手を両手で包み込むようにして握り、
「私はずっとお前の傍にいる。ゆうべ、そう言ったはずだぞ」
もちろん覚えているし、信じてる。でも、
「で、でも……やっぱり淋しい……です。隣にあるはずの温もりが感じられないのは」
信じるのは理性。でも淋しさは感情。いや、温もりの欠如が喚起する皮膚感覚に近いだろう。冷たくて寒くて、淋しい。
「……分かったよ。これからは、瑠羽が目を覚ますまでベッドを下りることはしない」
瑠羽の訴えの核にある気持ちを正しく汲み取った遼牙はそう答えて、優しく笑った。そしてトレイをベッドまで運び、瑠羽の目の前へ。そこには、朝に相応しい爽やかな香りと白い湯気を湛えたカップが載っていた。
「もうすぐ起きるだろう瑠羽のために、これを淹れてきたんだがな」
苦笑混じりで弁解するように説明する遼牙に、瑠羽はまずありがとうと言うべきかごめんなさいと言うべきか迷った。しかし口から出てきたのは、
「ハーブティーより遼牙さまの方がいいです」
遼牙は今日二度目の「しょうのない子だ」を口にすると、カップを脇によけて瑠羽の身体を抱き締め、温もりの欠如を埋めたのだった。
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