Liberation from Chains
10話
抱き上げられたまま連れてこられたのは、遼牙の寝室。瑠羽のよりふた回りほど大きいベッドの上に身体を下ろされ、着ているものを全て脱ぐよう命じられた。瑠羽は「はい…」と緊張にかすれる声で答え、シャツのボタンに手をかけた。
確かに、抱いてくださいと迫ったのは自分だ。しかしあの時は、この機会を逃したらもう二度と愛してもらえないかもしれないとただ必死だった。しかしこうしていざその場に臨むとなると、どこに微睡んでいたのか羞恥が一気に湧き上がって瑠羽の心身を支配した。
今さら何を恥ずかしがるのかと呆れられるのを承知の上で、遼牙に背中を向けたままシャツを肩から滑り落とす。露わになった肌は、背後から注がれる熱い視線にじりじり灼かれ、初秋の冷たい外気に触れたにもかかわらず熱を帯びて火照った。
瑠羽はほぅっと息をついてみぞおちの辺りに凝る不穏な熱を吐き出し、ベッドの上で膝立ちになった。そして真っ直ぐ注がれる視線を痛いほど意識しながら、下穿きを下ろして足からするりと引き抜いた。
これで一糸まとわぬ姿になった瑠羽は、心細さと恥ずかしさに耐えられず、自分の身体を掻き抱くようにしてその場にぺたんと座り込む。きっと、こちらを向くように命じられるに違いないと身構えていると、ベッドのスプリングがかすれた悲鳴とともに浅く波打った。
はっと息を呑むと同時に、両肩を熱いものが包み込んだ。それが遼牙の手のひらだと気づいた時にはすでに、肩の丸みを慈しむような愛撫に変わっていた。
「想像以上だ……何もかもが。こんな美しい生き物は見たことがない。背中に羽が生えていないのが不思議なくらいだ」
遼牙の言葉は冷静な観察者のようにも聞こえたが、その声には危うい熱がこもっていた。続けて、その言葉をなぞるようにうなじから肩甲骨にかけて温かく柔らかなものが押し当てられ、未知の刺激に瑠羽は思わず声を上げた。
「あ…ッ……」
「ん？ どうした、瑠羽。そんな声を出して」
笑み含んだ問いかけに、瑠羽はぷくっと唇を尖らせた。
「遼牙さまの……いじわる」
「意地悪とは聞き捨てならんな」
遼牙は鹿爪らしい声でそう言って、瑠羽の脇に手を差し込んだ。それから胸へ滑らせ、薄桃色の皮膜をかぶせた乳暈を指先で愛撫する。
するとその中心で震える小さな突起がきゅっと立ち上がり、かすかに赤みを増した。遼牙は喉の奥でくくっと笑いながら、その突起をつまんでクリッと捏ねた。
「やッ……！」
まるで、身体の中で火花が散ったかのようだった。チリチリした刺激が身体のあらゆるところへ飛び火して、何ともいえぬ疼きを広げた。それは瑠羽にとって未知の感覚だったが、そこに麻薬めいた甘さが潜んでいると気づくのに、時間はかからなかった。
「こんなに硬くなって。乳輪まで膨らんできたぞ」
遼牙は楽しげに指摘しながら、コリコリにしこった乳首を指で押し潰したり、つまんで引っ張ったりと絶妙の加減で刺激を与える。そのたびに瑠羽は仔犬のような悲鳴を上げて、遼牙に背中を預けたまま全身をぶるんと揺らした。
慎ましやかにぴたりと閉じていた膝はいつの間にかＭ字に開き、その中心では淡い色合いの和毛から桃色の性器が顔を出して微妙な角度で揺れている。普段の瑠羽なら、はしたないとばかりに慌てて脚を閉じただろうが、遼牙に与えられる快美な刺激で理性はとろけかけ、そういった正常な判断ができなくなっていた。
しかし遼牙の手が性器に触れ、さらに五指で包み込むように握ると、鈍っていた瑠羽の理性は一気に目を覚ました。
「やっ、だめ、だめですっ！ そんなのさわっちゃ……」
誘うように開いていた脚をすぐさま閉ざし、遼牙の手をぺちぺち叩いて抗議する。遼牙は「痛いぞ」と少しも痛くなさそうに言いつつ、手の中でぷるぷる震えるそれを愛しげに弄んだ。
「やぁ…だぁ……っく、ん、んっ……」
喉の奥にからむ嗚咽を必死に嚥下して、瑠羽はなおも遼牙の手を引き剥がそうとした。しかしそれはびくともせず、愛撫の動きをエスカレートさせる。薄皮をつるりと剥いてつやつやしたピンク色の亀頭を露わにすると、先端の窪みに指先をねじ込んだ。
「あっ、ん！」
見えない糸に操られているかのように、瑠羽の腰がぴくんと跳ね上がる。と同時に透明の液体が先端からじゅわっと溢れ、遼牙の手をしとどに濡らした。
瑠羽はもうどうしていいか分からず、肩を上下させてしゃくり上げながら「ごめんなさい…」とひたすら謝った。しかし真摯に謝罪を繰り返す口とは対照的に、腰はもっともっととねだるように揺れてしまう。
それは意思の制御を離れた、快楽を求める本能の表れで、瑠羽は生まれて初めてそれに身を委ねようとしていた。
「謝る必要はない。さあ、もっと気持ちよくなってごらん」
その言葉を合図に、遼牙の手の動きが激しくなった。それは巧みに、多少の強引さをもって瑠羽を高みまで誘導する。腰の奥にじわじわと溜まりつつあった甘美な熱が一気に膨らみ、瑠羽はわけも分からず叫んだ。
「あああ…っ、だめっ！ いっぱいになっちゃ…う……！」
下腹部が凄まじい充溢感に襲われ、ほとんど痛みにも似た刺激が性器を貫いた。次の瞬間、粘ついた熱い塊が先端からびゅく、びゅく、と飛び出る。瑠羽はそれを、愉悦に微睡みながらうつうつと眺めた。
「あ、ああ……」
だらしなく膝の開いた脚は、不規則に痙攣していた。それは淫靡なダンスにも見える。射精の快感で曇っていた理性が徐々に晴れるにつれ、それをぼうっと見ていた瑠羽の表情は強張っていった。
自分がどこで誰の手によって何をしてしまったのか、意識の表層にくっきりと浮かび上がってきたからだ。
「ご、ごめんなさ───」
どうしてよいか分からず、ほとんど反射的に謝罪を舌に乗せたが、言い終わる前に舌の上から強奪された。
謝罪の形に開いた唇に温かく柔らかなものが重ねられ、とろりと侵入してきた甘い触手に舌ごと搦め捕られる。瑠羽は「ふぅん、ふぅん」と甘えた吐息をこぼすしかできなかった。ようやく唇が離れた時には舌はとろけ、謝罪の苦味はきれいに消えていた。
「りょ…きさま……」
交わりの余韻滴る唇から出る声は、微熱を湛えていた。遼牙は目を細めて軽く唇を触れ合わせ、
「謝る必要はないだろう？ それより、気持ちよかったか？」
「は、はい……」
まだ罪悪感が消えず、それでも遼牙に嘘はつけず瑠羽はちぢこまって頷いた。すると遼牙は「いい子だ」と耳元で囁いて、それから瑠羽の身体をゆっくりと倒した。
「ふわ……」
仰向けに倒れた瑠羽の上に遼牙が覆いかぶさり、こちらをじっと見下ろしている。乱れた前髪が顔に影を落とし、いつもの折り目正しい紳士とは真逆の剣呑にして妖艶な香気が感じられた。
弱い者を守るのではなく、獲物を奪い陵辱する性としての男性性が、遼牙を紳士ではなく一人の牡に、それもひどく淫靡で魅力的な牡にしていた。
遼牙はネクタイの結び目に指を掛け、ぐいと下に引いて無造作に緩める。何気ない日常の仕草のはずなのに、瑠羽の頬を火照らせるほどの色気があった。
直視が憚られ、思わず顔を背け目を逸らす。すると遼牙はそれを何の合図と受け取ったのか、大胆な行為に出た。瑠羽の脚を大きく開かせ、脚の付け根から内股にかけての柔らかな皮膚に吸い付き、歯を立ててやんわり食む。
そこには、先刻放ったばかりの白い粘液が飛沫となって付着していたが、遼牙は全く構うことなく、むしろ嬉々として舌を這わせ、舐め取った。
恋人同士が愛を確かめるためキス以外に何をするのか、瑠羽は知っているつもりだった。遼牙に対し、僕だってちゃんと知ってますと啖呵を切ったのはつい数日前のことだ。
しかしそれはあまりに漠然とした知識だったと、さらに言えば知っているつもりになっていただけだったと、瑠羽は今になってようやく悟った。遼牙がしていることの何もかもが未知の領域で、瑠羽はどう対応すればいいのか分からない。黒淵から受けた辱めとも異なることは、言うまでもない。
ただひとつ確かのは、遼牙が与える愛撫が確実に瑠羽の身体を変え始めているということ。身体のあちこちが尖って敏感になり、自分の呼吸にすら感じてしまう。腰の奥に切ない熱が溜まり、内側からずきずき疼く。
しかしそれを快楽と呼んで肯定的に捉えていいものか、あるいは理性で抑えるべきものなのか、瑠羽には判断できなかった。
「遼牙さまぁ……」
不安で心細くて、でも身体が感じていることは否定できなくて、瑠羽は混乱したまますがるように遼牙の名を口にした。するとベッドが軽く波打って、視界に遼牙の姿が現れた。
「どうした？ 瑠羽」
遼牙は眉間に浅い皺を寄せ、指先で瑠羽の目尻を軽く拭った。それで初めて、自分が泣いていたのだと気づく。
「……怖いか？」
瑠羽は反射的に首を振った。怖いと言ったら、ならばここまでにしようとやめてしまうような気がして。それに怖くて不安だけど気持ちいいのも事実で、そういった微妙な揺らぎを含んだ感情を表す言葉を知らぬ瑠羽には、ただ否定するしかできなかったから。
遼牙は全てお見通しなのか、しようのない子だと言わんばかりに目を細め、あやすように軽く唇を吸った。そして瑠羽の脚を抱え上げ、
「ほら、痕をたくさん付けておいたぞ。ここなら学校で誰かに見られることもない」
遼牙に誘導されるまま視線を滑らすと、太ももの内側に赤い小花のような痕が散っていた。
「遼牙さまが……つけたの？」
「ああ、そうだよ。こんな風に」
遼牙は穏やかに返すと、膝が胸につくくらい脚を高く持ち上げた。太もものより一層秘部に近い部分が露わになったが、瑠羽が羞恥に顔を赤らめるより早く遼牙の唇がそこを這い回った。
「やっ…だ……ああ、ん！」
押し返そうと反射的に伸ばした手は、呆気なく遼牙に捕らえられてしまった。瑠羽は成す術なく、淫ら極まりない体勢のまま内股の柔らかな肌を与え続ける。
ちゅっと音をたててきつく吸われると、すぐ近くにある性器に刺激が直に伝わるのか、欲望を放ったばかりにもかかわらず悶えるように揺れた。
「なめらかで、しっとりとして、指が吸い付いて離れない。まるで……開花したての花弁のようだ……」
遼牙は不穏な熱を孕んだ声で呟くと、薄い皮膚越しに透けてみえる血管を唇でなぞりながら、指をゆっくりと谷間の方へ滑らせていった。そこは、先刻瑠羽が放った体液が滴って、細かな襞の寄った窄まりも十分なぬめりを帯びている。
遼牙は指の腹で円を描くようにして愛撫すると、中心に中指の先端をねじ込んだ。と同時に、背中の筋をビンッと爪弾かれたような、あるいは軽微な電流に貫かれたような刺激に襲われ、瑠羽は思わず腰を浮かせた。
「いやッ、あん！」
つい“いや”という単語が出てしまったが、それも詮無いことだった。かつて黒淵から受けた陵辱において、ここをどれほど執拗に嬲られたことか。
黒淵の陰物はもちろん、口にするのもおぞましい異物を無理やりねじ込まれ、ぐちょぐちょに掻き回された。
当時と今、状況が全く違うというのは百も承知。しかし、身体に染み付いた恐怖と恥辱の記憶は、そうたやすく理性で飼い馴らせるものではない。ちょっとしたきっかけでむくりと頭をもたげ、瑠羽の心身を支配してしまう。
「そこはやだぁ……ぇっ、ぇぇっ……」
従順に脚を開いたまま泣きじゃくる瑠羽を、遼牙は宥めることもせず強引に指を進めた。そうして根元まで押し込んだ指を、瑠羽の中で巧みに屈伸させる。その指先が、かすかな膨らみを探り当てるのに時間はかからなかった。
「きゃふっ、ふぅぅん……」
遼牙の指がそこをかすめると、経験したことのない浮遊感が瑠羽の全身を襲った。それは甘くとろけるような余韻をもたらし、爪先まで粘ついた愉悦を行き渡らせた。
瑠羽の腰は自然と揺れ、その動きに合わせて遼牙の指が出たり入ったりする。遼牙は「おやおや」と微笑い、
「気持ちいいだろう？ ん？」
その問いに、瑠羽はとろんとした表情でふわふわと頷くしかできない。しかしそれで十分だった。遼牙は満足げに頷いていったん指を抜き、
「いいか、瑠羽。セックスは快楽であり悦びであり、幸福そのものだ。それ以外の負の要素を持つのなら、それはただの暴力に過ぎん。だから瑠羽、これがお前の初めてだ。分かったね」
「遼牙さま……」
瑠羽はもちろん、遼牙が何を言わんとしているか分かった。黒淵との過去の行為は、愛するもの同士が身体を重ねる行為とは何の関係もないただの暴力。だから……。
「遼牙さまが、僕の初めてのひとです」
瑠羽が厳かな声で応えると、遼牙は愛しさと切なさを溢れんばかりに湛えた美しい瞳でじっと見返し、瑠羽の額に恭しい口づけを落とした。
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