３.
「あの……大事なお話って何でしょうか？」
瑠羽が連れてこられたのは、男が宿泊している客室のようだった。男は黙って扉を閉めると、瑠羽にずかずかと近寄って顎に手をかけ、くいっと上を向かせた。そして舐めるようにじっとりと視線を這わすと、
「……やはりな。確かめる必要がありそうだ」
低い声で言い置いて、一旦瑠羽から離れた。そして自らの威厳を誇示するかのようにぐいっと胸を反らすと、
「実は私は、大陸中に点在する審問所を統べる中央神殿庁より、ある特命を担ってこの城を訪れたのだ。紫衛那の国王がアム・アザゼルと見られる少年を酒姫にしているらしいとの情報が入ったため、その真偽を確かめるように、というのがその内容だ」
瑠羽の顔は、みるみるうちに蒼褪めていった。何か言い返さねばと焦るのだが、言葉が一向に出てこない。ただ、ぶるぶると頭を振って否定の意を表わすことしかできなかった。
「今見た限りでは、なるほど、そう見えなくもない。しかしシェアールにも肌の白い者はいるからな。安易に確定するのは義に反する」
今度は瑠羽は、熱烈に頷いた。ほんの少しだが希望が湧いてきた。この人は、紫衛那の審問官のように証拠をでっち上げて、何がなんでも瑠羽を堕天使の種族と断定しようというわけではないらしい。ちゃんと調査して、自分の話にも耳を傾けてくれるのではないか。
「だから瑠羽くん、これからちょっと調べさせてもらおうと思うのだが、どうかな？」
「はい、お願いします。そして僕の無実を晴らしてください」
男はにたりと笑うと、「もちろんだよ」と答えた。
「ではまず、身体を調べたいと思う。服を脱ぎなさい。もちろん、下着も全て」
瑠羽は一瞬戸惑ったものの、迷いを見せたら疑われると思って、慌てて言われた通りにした。
男は暫し目を見開いて、瑠羽の裸身に見入った。やがてごくりと喉を鳴らすと、
「……では、その壁際に立ちなさい」
男のぎらぎらした双眸に射すくめられて、瑠羽は思わず慄えた。が、早く自分がアム・アザゼルではないことを証明してもらいたくて、不安や恐怖を押し殺して壁に寄った。
「よしよし。ではそのまま動くんじゃないぞ。分かったな」
「はい……」
男は瑠羽の正面に立つと、股間を飾る桜色のペニスをふにふにと指で弄んだ。
「あ、やっ……な、なにするの………」
瑠羽は思わず腰をひねって、逃げようとした。すると、男の怒声が飛んできた。
「動くなと言っただろうっ。それともなんだ？ 自分がアム・アザゼルだと認めるというのか？」
「も、申し訳ありません……ちゃんとじっとしていますから、続けてください」
男は「分かればいいんだ」と急に優しい声になって、にやりと笑った。そしていきなり床に膝をつき、瑠羽の腰を両手で掴むと、股間に口を寄せて、目の前でぷるぷると震える小さな半身を咥えた。
「ひっ……あ、ぁ………」
ぬるりとした生温かい感触に、瑠羽は激しい嫌悪感を催した。が、何とか耐えて男の“調査”を続けさせた。
調子づいた男は、口の中の柔らかい半身に舌を絡め、音をたてて吸い上げる。始めは刺激を拒絶するように萎えきっていたが、徐々に勃ち始め、口の中でその存在を主張すると共に、とろりとした蜜を滴らせた。
「ああ……最高だ、食べてしまいたい………」
男は瑠羽を口に咥えたまま、うっとりと呟く。そのたびに歯が当たって、くすぐったいような痛いような刺激が灯る。
「ぅ……やぁ……ぁ」
男はぴちゃぴちゃと音をたてて瑠羽の半身を舌でこすり上げる。唇の端からは、唾液と瑠羽の蜜が溢れて、それが太ももを伝って滴り落ちる。その感触に、瑠羽はぞくりと震えた。
「綺麗に勃ち上がったな。よしよし。何て可愛い色なんだ……」
ようやく口を離した男はうっとりと呟くと、唾液に塗れてぬめぬめと光る瑠羽の幹にちゅっと口づけした。
「では、後ろを向いて、壁に手を付くんだ。さあ」
瑠羽は半ば朦朧としたまま、言われた通り壁の方を向いて手を付いた。
「これじゃあ確かめられない。もっとお尻を突き出すんだ」
「は……はい………」
瑠羽は胸を壁につけて背中を反らし、お尻をくいっと持ち上げた。首筋に、男の生臭く湿った息がかかる。それは次第にはあはあと荒くなっていった。
「大人しく……しているんだぞ………」
男は乱れた呼吸を隠そうともせず、苦しそうにそう言い付けると、再び膝をついた。そして瑠羽のつややかな双丘に手を掛けると、ぐっと横に開いてベビーピンクの蕾を目の前に露わにした。
まだ遼牙しか知らない秘密の花蕊は、羞恥と恐怖が伝播したのか、ひくひくと震えて男の欲望を煽った。荒れ狂う劣情に理性も言葉も失った男は、無言のまま吸い付くと、丹念に襞を舐め上げた
「ひぃん……ぁ……ゃぁ………」
瑠羽は思わず腰を引こうとしたが、男にがっしりと腰を掴まれているため、動くこともできない。そうするうちに、男は舌を尖らせて瑠羽の花びらに押し込み、ねっとりと動かして中を掻き回した。
「ああっ、あぁっ……いやぁぁ………」
涙ながらのか細い悲鳴に、男の荒々しい鼻息と、ぐちょぐちょという濃厚な水音が絡みつく。瑠羽はどうしてよいか分からず、ただ心の中で遼牙の名を呼び続けた。
瑠羽の蕾を堪能した男は舌を引き抜くと、立ち上がって背後から腕を回して瑠羽の半身を掴み、掌で包み込んで上下に扱き始めた。
「こんなにいやらしい音を漏らして……ほぅら、くちゅくちゅいってるぞ……」
「ぁ……あぁ……はぁっ………」
先端の小さな孔からぷつり、ぷつりと溢れる雫を空いている片手ですくって、今可愛がったばかりの花びらにぬるぬると塗り込めると、そのまま中に突き入れた。
「あぁっ……い、いやっ、やめて………」
もう限界だった。いくらアム・アザゼルでないことを証明してもらうためとはいえ、ここは遼牙にしか与えたことのない場所。他の男の指に掻き乱されるなんて、絶対に嫌だった。
「もうやめて、やめて……いやぁ……遼牙さまぁ………」
しかし男は止めるどころか、嬉しそうに口を歪めて指をもう１本増やしてみせた。
「あぁっ……いやっ、いやあぁぁ……」
２本の指で激しくこすり上げられた内壁は、ざわざわと蠕動してそれ以上の刺激を求め始める。遼牙との閨事で愛撫に慣らされた瑠羽の秘孔は、見かけの可憐さとは相反して獰猛な収縮を繰り返した。
「すごい……すごいぜ……お前、ずい分あの王様に可愛がられているみたいだな。指に絡み付いて離れないぜ」
「やああっ、遼牙さま、遼牙さまぁっっ」
男は乳首を爪で引っ掻きながら、
「いいのか？ ここで止めたら、紫衛那の国王はアム・アザゼルを酒姫にしている、と報告するしかなくなるぞ。そうなったら、いくら王とはいえどんな厳罰が下されるか……。処刑の可能性だってある―――」
「しょ、処刑………」
瑠羽は絶句した。まさか、そんな……自分のせいで………
瑠羽の驚きを確認した男は、にたりと目を細めて、
「そうだ。だから俺の言う通りにするんだ。何も怖がることはない。毎晩王と同じようなことしてるんだろ？」
男は言いながらも、指の動きを止めることはしない。ちゅぷちゅぷと淫らな音をわざとたてて、瑠羽のお尻を嬲り続けている。
「お…同じじゃないっ……あれは……愛し合ってる者だけが行う秘密の………」
「愛し合ってる？ ハッ、笑わせるな。たかが酒姫のくせに」
男は口端を吊り上げて嗤うと、ガチガチに勃ち上がった巨大な陰茎を、瑠羽のお尻に挟んでズボン越しにこすり付けた。
「酒姫なんて、権力者にとってはただの装飾品だ。飽きたら捨てられる運命にある」
「違うっ、遼牙さまは僕を、僕だけを愛してくださると―――」
男は、完全に理性の抜け落ちた表情で、割れ目の間に挟んだ陰茎をこすり続ける。
「は……は、お前だけを、ね……。でも確か……あの王には妃がいなかったか？」
「あ……」
「これはどういうことなんだろうなぁ……ははっ、ははははは………」
男はへらへらと笑いながら、ズボンを下着ごと下ろした。そして血管の浮き上がった巨根を掴むと、瑠羽のとろとろに熟れた紅い蕾にあてがった。瑠羽はようやく、何をされようとしているか覚り、
「いっ、やだあああっ……やめて、やめてったらぁ」
「そぅら、力を抜かないと痛いぞ………っ、……ぎゃあああああっ」
突然沸き上がった悲鳴に瑠羽は飛び上がったが、身体が解放されたのを知って慌てて振り向いた。
「あっ、くるみちゃん」
股間を押さえてうずくまる男の傍で、くるみちゃんが歯を剥いて笑っていた。
「助けてくれたの？ あ、ありが―――」
瑠羽が抱き上げようとするより早く、男が捕まえて、扉の外に放り投げた。
「この畜生がぁっ！ くっそお……よくも………」
くるみちゃんは壁に打ちつけられたショックで、ぐったりしていた。瑠羽は思わず駆け寄ろうとしたが、男に抱き上げられ、扉も再び閉められてしまったため、どうすることもできなかった。
「やだっ、やめて、もういやっ」
「うるせえっ、大人しくしてろっ」
野卑な言葉、乱暴な行動。どうやら本性を現したようだ。
「いいか、アム・アザゼルかどうか確かめる一番手っ取り早い方法があるんだ。それをやってやってもいいんだぜ。でもそれじゃあお前が余りに可哀想だから……」
男は瑠羽を寝台に投げ出した。
「別のやり方を選んでやったんだ―――」
怒りと情欲で燃え上がる双眸で瑠羽を睨み据えると、上着を脱いで全裸になった。その精悍な身体には、黒い羽を持ち、紅い眼をした堕天使の入墨が。
「ひっ」
男は凶暴な笑顔を向けて、さっき爪立てられた赤黒い陰茎を見せびらかした。
「これでヤリ殺してやる。覚悟しとけよ、お姫さま」
「鴇津様、隣国から書面が届きました」
「ああ、ご苦労。どれ………ふむ、」
鴇津は下士官に渡された書類にざっと目を通して、満足そうに頷いた。
「隣国から、一体何の……」
遼牙は不審げに眉根を寄せて、鴇津に訊ねた。二人はまだ執務室にいたが、すでに仕事は終え、残務処理に手を付けているところだった。
「いえ、ちょっと気になることがあったもので、冬摩に使いを出しておいたのです。その返事が来ました。やはり、思った通り―――」
その時、執務室の扉をカリカリと爪で擦るような音が聞こえた。
「何だ、何の音だ？」
扉を開けると、そこには一匹の子猿が。
「お前は……」
「おや、それは瑠羽のお猿さんじゃありませんか。しかも……怪我をしている」
鴇津が手を伸ばして抱き取ろうとしたが、くるみちゃんはぴょんと跳ねてそれを躱し、キキッと鋭い叫び声を上げる。
「瑠羽は一緒じゃないのか、ん？」
「キキッ、キキッ」
鴇津はすっと目を細めた。
「もしかして、瑠羽に何かあったのですか？」
くるみちゃんは激しく飛び跳ねると、いきなり走り出した。
「行きましょう、遼牙様」
「ああ」
二人はその後を付いていった。
「ここか？」
くるみちゃんが止まったのは、客室の扉の前。
「ここは、確か……」
「冬摩の神官が宿泊している部屋です」
遼牙はノッカーに手を伸ばしたが、鴇津に止められた。何を思ったか、鴇津は真鍮の取っ手に手を掛ける。
「鍵が、掛かっています」
足許のくるみちゃんは、早く早くと急かすように飛び跳ねている。
「どうするのだ、鴇津」
「鍵は、開けるためにあるのですよ、遼牙様」
鴇津はそう言うと、懐から鍵を取り出して鍵穴に差し込んだ。
「待て、神官殿の部屋に無断で入るのはまずい」
「本当に神官でしたらね」
素っ気ない答えを返すと、僅かのためらいも見せず扉を開けて中に入った。そこで見たものは―――
「なっ……瑠羽っ！」
全裸のまま両手を紐で縛られ、涙で顔をぐしゃぐしゃにした瑠羽に男がのしかかり、股間で勃ち上がった凶器を掴んで今まさに瑠羽の蕾に突き入れんというところ。
遼牙の頭のどこかで、何かが切れる音がした。無言のまま駆け寄ると、男の頸を掴んで引きずり下ろし、そのまま片手で頸を絞めた。
「ぐ……あぁ………」
喉はがぼごぼと嫌な音をたてて蠕動し、四肢はめちゃくちゃに暴れて何とか引き剥がそうとする。しかし遼牙は手を離そうとしない。血走った眼で男を睨みつつ、さらに手に力を込めた。この精悍な大男を、片手で絞め上げるとは。
「遼牙様、ここで殺すのは得策ではありません。どうせこの男は……」
「分かっている、可愛い瑠羽にそんな汚らわしい場面を見せるつもりはないっ」
遼牙はぱっと手を離すと、うずくまった男の背を踏みつけて、
「きさま……何者だ」
「お……おれは神官だっ………っぐぅ……ぅぅ……こ…のガキ…が堕天使かどうか…確かめ……ために派遣され………」
「残念ですね、冬摩の祭祀庁に問い合わせたところ、あなたのような神官はいないという返答が返ってきました」
「うぐ……ぅぅ」
男はぜいぜいと肩で息をしながら、「ちくしょう、ちくしょう」と繰り返した。
「瑠羽……さあ、手を貸しなさい。……なんてことだ、こんな―――」
遼牙は瑠羽の縛めを解き、手首に付いた痕に何度も口づけた。
「うっ……うぅっ……りょ…きさまぁ……ぼく、ぼく………」
「何も言うな。分かっている……」
遼牙は上着を脱いで瑠羽を優しく包み、抱き上げた。
「ぼく……アム・アザゼルじゃない、って……しょうめいして……うぅっ……ぇ……」
遼牙は目じりに唇を寄せて、涙を吸い取った。そして鼻の頭や唇にもキスを落とす。
「お前はアム・アザゼルじゃない。今さら証明なんか必要ないだろう？」
恐らく、瑠羽は脅されたのだろう。堕天使の末裔ではないと証立てたかったら、自分の言う通りにしろ、と。
「りょ…きさまが……処刑されるかもって……ぅぅ……ふぇ………」
あの男、そんなことまで言ったのか。それを聞いた時の瑠羽のショック、不安を思うと胸が痛む。
ばたばたと複数の足音が聞こえた。衛兵が来たのだ。鴇津はひと言「やれ」とだけ命じた。男は裸のまま縄で縛られ、そのまま部屋から連れ出された。その時、
「ははっ、影道の王に堕天使の酒姫か。お似合いだよ」
大声で喚くと、げらげらと笑いながら部屋を出ていった。
「遼牙さま、遼牙さまっ……」
「気にするでない、瑠羽。あの男、腹いせに暴言を吐いたに過ぎぬ。さあ、部屋に戻ろう」
「はい……」
しかし、遼牙の優しい宥めも瑠羽の不安を消し去ることはなかった。
“堕天使の酒姫”―――その言葉は瑠羽の耳に棲みついて、意識せずともざわざわと根を拡げていった。
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