DECISION
６.
「では、母が援助を要請したわけではないのですね」
「ああ、違う。私が自分の判断で来ただけだ」
夕弥は「よかった」と呟いて、
「もし母が頼んでいたら、私は帰国後母を問い詰めていたでしょう。戦場から戻られたばかりの遼牙様に、何故そんな配慮に欠けたことをしたのかと」
「なるほど。親子喧嘩の火種となったのだな。お二人とも確固たる自分を持つ信念の人だから、喧嘩をしたら長引いただろうに」
「信念の人と言えば聞こえはいいですが、要は二人とも頑固なだけなのです」
夕弥の言葉に笑いを噛み殺し、遼牙はぐいと杯を空けた。夕弥はすかさず銚子を抱えて注ごうとしたが、遼牙に制止されて不思議そうに首を傾げる。遼牙は肩を竦めて笑い、
「自分の仕事を取られたと、あれが淋しがるのでな」
そう言って、他の男たちに酌をして回っている瑠羽に視線を送った。瑠羽は大きな銚子を担いで、真っ赤な顔をして一人一人に懸命に酌をしていた。
王の酒姫に注いでもらい、みな一様に恐縮しきった表情で杯を差し出している。
あれから遼牙の一行と夕弥の部隊は合流し、日が完全に暮れる前に天幕を張って野営の準備をした。さらに火を起こし、その周囲に円座になって寛いで、ひとときの休息を味わっていたのだ。
遼牙は空になった杯を置いて僅かに声を低め、
「それにしても、地形が変化するほどの地震とは。この辺りでは頻繁に起きているのか？」
「いえ、私も驚いているのです。大きな地震なら記録として残っているはずですが、私は見たこともありませんし。この地下に、大きな地震を引き起こすプレートや断層があるという話も聞いたことがありません」
その時、夕弥の言葉を嘲笑うかのように微かな地鳴りが聞こえてきた。遥か遠くで発生したもので獣の遠吠えのようにも聞こえるが、それは間違いなく大地の叫びだった。
「………遠いな。しかし、いつこの付近で起こるかも知れぬ。急いで城に戻った方がいいだろう。夕弥殿の決断は正しかったな」
夕弥は力なく首を振り、
「遼牙様の助けがなかったら、あの盗賊どもに身ぐるみ剥がされて殺されていたでしょう。不測の事態に備え、相応の武器を装備しなかった私のミスです。部下たちに申し訳がたちません」
「予期できないから不測の事態というのだ。あらゆる可能性を恐れていたら、何もできなくなってしまう。仕方なかったと思い切ることも、戦場では重要なこと。あなたは困難な局面において、最善の道を選んだのだ。気に病む必要はない」
遼牙の言葉にただの慰め以上のものを感じた夕弥は、顔を上げて力強く頷いてみせた。
「あなたの言葉、肝に銘じておきます」
遼牙も頷きを返し、以前会った時より格段逞しくなった従兄弟の顔を目を細めて見つめる。するとちょうど、全員に酌をし終わった瑠羽が空の銚子を抱えてぱたぱた戻ってきた。途端に遼牙の表情が優しく潤う。
「おお、瑠羽。ご苦労だったな」
「はいっ」
遼牙の労いを受けて、嬉しそうににっこり微笑む瑠羽。が、遼牙の杯が空になっていたことに気付くと、途端にしおれて、
「遼牙さまの杯が空に………。ごめんなさい………」
消え入りそうな声で謝った。遼牙はその身体を抱き上げて膝の上にふわりと座らせ、
「ここにいるのは皆、大事な部下たちだ。彼ら一人一人に心を込めてお酌してきたかな？」
瑠羽は膝の上でちぢこまったまま、何度も頷く。遼牙は腕を広げてきゅっと抱き締め、
「それでいいんだよ、瑠羽。ありがとう」
「遼牙さまぁ……」
遼牙に褒められたのがよほど嬉しかったのか、しゅんとしおれていた顔がぱあっと輝く。薔薇色に染まった丸い頬を遼牙の胸にぺたぺたくっ付け、幸せそうに微笑む。
が、酒姫としての役目を思い出し慌てて銚子を取り、空の杯にとぷとぷと注いだ。
「瑠羽、私の大事な従兄弟殿にも頼む」
「はいっ」
夕弥は他の者たち同様、恐縮した様子で杯を差し出す。瑠羽はなみなみと注ぐと、屈託ない笑顔を向けた。その微笑みは彼らを取り巻く濃厚な闇をあっという間に退け、視界を眩く染めてしまう。
噂には聞いていたが、遼牙の酒姫の穢れなき美しさに夕弥は圧倒されるばかりだった。
―――母上の言葉は大袈裟ではなかった……
建国３００周年の式典に訪れた遼牙とその酒姫について、母親である夕凪から何度も聞かされた。比類なき愛らしさ、純真さ、遼牙に真っ直ぐ注がれる深い愛情。そしてもちろん、他の追随を許さぬ美貌。
嫌々ながら耳を傾けたものの、正直言って夕弥は面白くなかった。夕弥も特定の酒姫を持っていなかったが、それは遼牙を範としていたのだ。
酒姫など所詮飾り物、権力誇示の道具。美貌だけを売り物にしたお人形を、遼牙が傍に置こうとするはずがないと。なのにその遼牙が美少年を酒姫として召し上げたと聞いて、口には出さぬが失望していたのだ。
しかし今、こうして睦み合う二人を見ていると、不思議と口許が緩んでくる。胸の奥に灯った温かな光が疲れ切った身体まで潤してくれるような、そんな感覚すら湧き上がる。
愛する者が傍にいるということ、それは何より幸せで素晴らしいことなのだという単純にして崇高な真理に、改めて気付かせられたような気持ちになる。
「瑠羽殿。ありがとう」
夕弥にお礼を言われ、瑠羽はぱちくりと大きく瞬きした。そして酌をした礼を言われたと思ったのか、頬を染めて恥ずかしそうに俯き、ぷるぷると首を振る。そんな瑠羽を目を細めて見下ろしていた遼牙は、ふっと夜空を見仰いだ。
無数の星が、互いに囁きを交わすように瞬いている。城下より空気が澄んでいるのか空が近いのか、普段見慣れている星空より格段に美しく、思わず吸い込まれそうになる。
「今宵は星が美しい。瑠羽よ、お前の歌声で、我らの内なる星々も輝かせてはくれぬか」
頬を染めて襟にぎゅっとしがみ付いていた瑠羽は、遼牙の求めを受けて顔を上げ、
「はい、遼牙さま。お望みのままに」
そして胸の前で軽く手を組むと、悠久の星空に聖なる歌声を響かせた。
星よ
天宮に棲むお前は地上の悦びと悲しみを照らし
暗闇を旅する者の燈火となりて導き
詩人の女神となりて霊感を与え
宇宙（そら）の譚り部となりて真理を明かす
しかし恋する者は知っている
我が星はただひとつ
愛しき人の瞳に宿りし 永遠の輝き
―――天上の調べを奏でた唇をそっと閉じ、瑠羽は甘えるように遼牙の胸に背中をもたせかけた。
遼牙はその頭にふわりと口付けを落とし、拍手を贈った。すると瑠羽の歌声に恍惚と沈み込んでいた男たちもはっと我に返り、慌てて喝采を贈った。
夕弥も同様に手を叩きつつ、そっと俯いて気付かれないよう目尻を拭った。感受性の強い夕弥にとって、瑠羽の歌声は感動を超えた感覚の解放を促すものだったのだ。
しかし部下たちや遼牙のいる手前、涙を見せるわけにもいかない。夕弥は涙の残滓を払って星空を見上げ、
「ああ、ご覧なさい。星たちもちかちか瞬いて、瑠羽殿の歌に喝采を贈っています」
「左様。天空の星と内なる星。瑠羽の歌はそのいずれをも輝かせる力を持つのだ」
遼牙の言葉に頷きを返し、褒められて恐縮している瑠羽に優しい微笑みを向けたのだった。
近くの泉で身体を洗い、夜着に着替えた瑠羽は遼牙の腕の中にすっぽり収まって甘えていた。
城の豪奢な寝室とは比べものにならぬほど粗末な天幕、粗末な寝具。しかし二人にとってそれは、戯れの甘さや濃密さをいささかも減じるものではなかった。
瑠羽は遼牙の胸に顔をこすり付けると、嬉しさをこらえ切れぬように「ふふ、」と笑った。そして、
「お外で寝るなんて初めてです。なんだかどきどきしますぅ」
「そうだな。戦場では普通だが、お前と一緒というのは不思議な感じがするな。しかし瑠羽、寝にくくはないか？」
「はい。とてもいい気持ちです」
それを聞いて安心したのか、遼牙は抱き締める力を強めて、
「今日は疲れただろう。慣れない遠出で、しかも盗賊の真似などさせてしまった。悪かったな」
瑠羽は秘めやかに笑って顔を上げ、
「ぜんぜん大丈夫だぜ。おかしらぁ」
「おお、盗賊の真似が板に付いてきたではないか。私より巧いぞ」
褒められた瑠羽はほんのり頬を染めて、本音をぽつりと漏らした。
「乱暴な言葉遣いの遼牙さまも、すてきでした」
恥ずかしそうにもじもじする瑠羽の頬にキスをして、
「恐くなかったか？」
「いえ……あの、とってもどきどきしました」
「そうか。なら、もっとどきどきさせてやろうか。ん？」
瑠羽の答えなど待つ間もなく、遼牙は身体を起こして毛布を剥いだ。瑠羽は「ひゃん」と悲鳴を上げ、膝をすり合わせてちぢこまる。
薄翅色の夜着は灯火の仄かな明かりを受けて柔らかな陰翳を刻み、と同時に瑠羽の身体のラインをくっきり浮かび上がらせた。
上から覆いかぶさった遼牙は、背中に腕を回して上半身を僅かに持ち上げると、半開きのままわななく唇に己れのそれを重ねた。
舌先をほんの少し差し入れて、唇の裏をちろちろ舐める。すると瑠羽も、ためらいつつもちょんと舌を伸ばし、遼牙の舌と触れ合わせた。
控え目な、それでいて積極的でもある絶妙の仕草にしっかり煽られてしまった遼牙は、舌を深く差し入れて瑠羽のそれを絡め取った。
「んぁっ……ぁふ…………」
柔らかくふっくらした舌の感触に遼牙は我を忘れ、クチュクチュ音をたてて吸い上げる。口端からはどちらのものか判らぬ唾液が溢れ、瑠羽の首筋を伝ってとろとろとこぼれ落ちた。
ようやく唇を離した遼牙は首筋を丁寧に舐めると、鎖骨の窪みに舌を這わせつつ、薄い布の下でぷるぷる震える小さな突起にそのまま吸い付いた。
瑠羽は「んっ」と小さく喘いでいやいやと首を振ったが、舌先で乳輪を舐められたり乳首を甘噛みされたりするうちにすっかり快感に染まり切ってしまい、無意識のうちに脚を広げて腰を浮かせた。
ひくんと腰を跳ね上げると、薄い布の下でぴちぴちに勃ち上がった半身が遼牙の硬い腹に当たってこすれる。そのたびに先端からじゅわっと熱い汁が溢れるのを感じて、瑠羽は恥ずかしさの余り悶えた。
もちろん、そんな瑠羽の状態に気付かぬ遼牙ではない。ちゅっと音をたてて乳首から口を離すと、夜着の裾を捲り上げて、すでに自身の蜜で濡れそぼった瑠羽のペニスを露わにした。
遼牙の濃厚な視線を感じたのか、それはぴくんぴくんと揺れつつ強力な誘いをかけてくる。早く食べてを言わんばかりに。遼牙は片手で包み込むと、僅かに飛び出た先端部分にぷちゅ、と口付けを落とした。
「あぁん」
瑠羽は鼓膜が蕩けそうな甘い喘ぎを漏らして、下肢をふるん、と揺らした。すると遼牙は眉間に縦皺を刻んで、
「こら、瑠羽。余り大きな声を出したら、外の護衛の者に聞かれてしまうぞ」
遼牙の言う通り、ここは城の寝室ではなく天幕の中。そして入口の脇には二人の護衛官が交代で王の寝所を見張っているのだ。
「お前の可愛い声を、私以外の男に聞かせるつもりか？」
瑠羽はすがるような眼差しを遼牙に据えて、必死に首を振る。遼牙はにやりと笑って頷くと、手の中で一途な鼓動を繰り返す半身への愛撫を再開した。
根元を巧みに扱きながら、半分ほどを口内に収めてやわやわと歯を立てる。すると温かくとろみのある液体が面白いように溢れ出て、遼牙の喉を潤した。
しかし瑠羽はといえば、声を抑えるのに必死。両手で口を押さえ、啜り泣きをこぼしながら何とか耐える。瑠羽の愛液を全て飲み干した遼牙が口を離して起き上がると、濡れた瞳で哀願するように訴えた。
その可憐且つ健気な風情は遼牙の嗜虐欲を刺激するものでしかなく、今度は瑠羽の脚を大きく開かせて、すでに濡れそぼって蠢く蕾に指を１本突き入れた。
「ふぁっ……ぁっ、ゃぁっ……ン…………」
「おや？ 瑠羽は私の言うことが聞けないのかな？」
口を押さえたまま首を振るが、遼牙が埋め込んだ指を奥でくにゅくにゅ動かすと、「くふっ」と鳴いて腰をぴちぴち跳ね上げた。瑠羽は指の隙間からふにふに泣き声を漏らし、
「りょ…きさまぁ………も……ゆるし…て…………」
「我慢できないのか？」
涙の雫を実らせた睫毛の奥から、快楽に蕩けきった懶惰な眼差しを送り、
「がまん……できないの。声……出ちゃうの………」
「しようのない奴だ」
遼牙はいったん指を抜き、柔らかい布を細く折り畳んで瑠羽の口に当てる。そして頭の後ろで結ぶと、怯えた表情で見上げる瑠羽のまぶたにキスをした。
「恐がらなくていい」
しかしそう言う声も顔付きも、瑠羽を安心させるには程遠い。猿轡を噛まされ怯えをにじませた瞳を一心に向ける瑠羽は、陵辱を待つ可憐な処女そのもの。
腹の底から下肢全体が燃え上がるような情欲に囚われた遼牙は、ぬらぬらと不穏な輝きを孕んだ双眸で瑠羽の全身を犯すように舐め尽くした。
瑠羽の怯えはさらに濃くなるが、遼牙は構わず自身の装束を解いた。股間がずしりと重いのも当然だった。勃ち上がった逸物は灼けた鋼のように硬く熱く、今にも咆哮を上げんとしている。
戦場の空気が雄の本能を掻き立て、そのせいで性欲が増すこともあるらしいが、瑠羽のこの姿態を間近にしてはどんな状況だってこうなるはずだ。
遼牙は喉を鳴らして騒ぐ情欲をいったん静めると、瑠羽の脚を持ち上げて大きく開かせ、蕾に両手の人差し指を突っ込んでクチャクチャ掻き回した。
そして十分な柔らかさにほぐれたと見ると、上から組み敷いて鋼の強度を誇る陰茎を上から沈めていった。
「ぅっ………ぅぅぁ……ん………」
瑠羽は敷布をぎゅっと掴み、きつく目を閉じて尋常ならざる圧迫感に耐える。猿轡を噛んだ口からは苦しげな呻きが漏れ聞こえたが、それは徐々に、甘く爛れた喘ぎに駆逐されていった。
「んっ………んふぅ…ん………ふぅ……ン…………」
遼牙の全てが収められると、瑠羽は脚を小刻みに震わせて貫かれた悦びを伝えた。
「行くぞ、瑠羽………」
低い声で言い置くと、遼牙は脚を抱えたまま腰をグゥンと引き、次の瞬間勢いよく根元まで押し込んだ。
ぬちゃっ、という粘っこい淫音が、粗末な天幕に艶やかな彩りを与える。飢えをそのまま晒した激しい注挿を数度続けたところで、二人共に限界が訪れた。
「ぐっ………ク…ゥ…………」
遼牙は瑠羽の脚を抱えたまま腹筋を波打たせ、その奥に勢いよく射精した。お尻の奥に広がる熱い漣を感じつつ、瑠羽も膨れ上がった先端から白い放物線をびゅっびゅっと放った。
遼牙は瑠羽の胸にかかった白濁を指ですくっては舐め取りながら、腰を引いて肉の責め具を引きずり出した。それと共に溢れる精液の量に苦笑を漏らし、丁寧に拭ってやる。
そして猿轡を外し、布でこすれたのか少し赤みを帯びた唇に優しく口付けた。
「んん……りょうきさま…ぁ………」
「済まなかった。痛くないか？」
瑠羽は蜜花が綻ぶようにとろりと笑い、「平気ですぅ…」とふわふわした口調で答える。そして両手を伸ばし、抱擁をねだった。遼牙はすぐさま応え、快楽に蕩けた愛しい身体を抱き締めた。
「疲れただろう。今夜はこのまま眠りなさい」
「はぁい……おやすみなさい………りょ…きさま………んん………おかしらぁ………」
寝言なのか挨拶なのか判然としない言葉をうにゅうにゅ呟いて、やがて安らかな寝息をたてた。遼牙は愛情込めて額に唇を押し付け、満ち足りた想いを噛み締めつつ自分も目を閉じようとした。
すると遠くでまた地震が起きたのか、グォ…ンと地鳴りが聞こえた。微かな振動も肌に伝わってくる。
―――また地震か……しかし大きな揺れがこれほど頻繁に起きるとは……
その時、頭の隅が微かに疼いた。何か引っかかっている。何か重大なことを見落としているような気がする。しかしそれが何か掴めぬまま、戦場の夜は更けていった。
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