REUNION
９.
「ああっ……」
鎖を掴んで引きずるようにして部屋まで連れてこられた瑠羽は、そのままもの凄い力で寝台の上に投げ飛ばされた。
驚いた侍女が駆け寄ろうとするが、鬼の形相と化した青琳に突き飛ばされ、「下がっていろ！」と怒鳴られる。従うより他なかった。
「貴様……さぞかし気持ちよかったろうな。私をやりこめ、皆の喝采を浴びて………」
瑠羽は痛みをこらえて必死に首を振る。
「そ、そんなつもりは……陛下、どうかお許しを………」
寝台の上でドレスの裾を乱し、華奢な肩を震わせて訴える瑠羽は余りに健気で余りにか弱く、ゆえに青琳の欲望を否応なく煽り立てた。
生来の整った顔立ちを醜く歪めて、瑠羽の上にのしかかる。そして乱れ始めた呼吸を繕おうともせず、
「酒姫の務めというものを、もう一度最初から教え込んでやらねばならんな。瑠羽よ、私に感謝するがいい………」
怒りと性欲は比例するものなのか、青琳はこれまでにないほど明らさまに欲情していた。ドレスの裾をめくり上げ、剥き出しになったしなやかな素足を目を細めて賞翫する。
危険を察知した瑠羽は四つん這いになって逃げ出そうとしたが、無造作に足首を掴まれずるずると引き戻された。
「いや…いやぁぁ………」
尚も逃れようとする瑠羽をぎりぎりと押さえ付け、
「いや、だと？ お前は酒姫の務めを放棄するというのかっ。夜の閨務めも重要な奉仕のひとつなのだぞ」
「僕はあなたの酒姫ではありませんっ。僕は遼牙さまの―――」
「この愚か者が。酒姫を交換するというのがどういうことか分からんのか。今ごろ私の可愛い雪花も、遼牙に組み敷かれ太い陰茎に貫かれ、涙をこらえて務めを果たしているに違いない。なのにお前は―――」
瑠羽はキッと眦を決して、いやらしく嘲う青琳を睨み据えた。
「遼牙さまはそんなことしませんっ。遼牙さまは、遼牙さまは僕だけを―――」
愛情を礎にした瑠羽の信念は、青琳のヒステリックな哄笑で跳ね返された。
「何と幼稚な思い込み。憫笑すら漏れるわ。目の前にご馳走があれば喰らいつく。男など皆そんなものだ。本能がそうできているのだ」
子供を諭すかのように囁きながら、ドレスの襟をぐいと引きずり下ろして胸の果実を露わにし、舌でねっとりとなぶる。そして、
「たった一人に注がれる愛など、まやかしに過ぎぬ」
厳かに言い置いて、裾から手を差し込もうとした。が、
「まやかしでもいい。僕はまやかしをも愛し、信じます」
それ以上に厳粛に、誠真込めて告げる瑠羽。青琳は返す言葉を見失った。
「大事なのは、愛されることより愛すること。僕は遼牙さまだけを愛してる。それは誰にも否定できない真実です。だから―――」
「黙れッ、黙れ黙れだまれぇッ」
青琳は鬼形を凝らして叫ぶと、瑠羽の身体をうつ伏せにして引っくり返し、裾をびりびりと破って尻を剥き出しにした。
「お前の愛になど興味はないっ。私が欲するのはお前のこの淫らな身体。じっくり堪能させてもらうぞ」
一方的に通告すると、既に先走りでどろどろの陰茎を解放した。そして瑠羽の双丘を割り開き、固くすぼまって震える蕾に先端をぬるぬると滑らせて、直に粘液を塗り付けた。
「いやッ、やめて、やめてぇぇっ」
瑠羽は身体を起こして拘束を逃れようとしたが、両腕を捩じ上げられ、動きを封じられた。しかも背後に回したまま、両手に手枷をはめられてしまった。
再び青琳は瑠羽の尻を持ち上げ、天然の潤滑油を塗り付けた蕾に指を這わせる。
「なるほど、これがあの遼牙をたらしこみ、快楽の虜囚と成した魔性の花というわけか。どれ、奥の蠢きを確かめてみるか」
拒絶するように固く閉じた蕾に指をめり込ませ、ぐりぐりと捩じりながら根元まで押し込む。瑠羽は悲鳴を上げて涙を振りまいた。しかし青琳は指を抜くどころか、内壁の感触を確かめるように激しく揺り動かす。
「す…ごいな、奥まできゅうきゅうに締め付けてくる。どれ、もう一本」
青琳は指を増やして、さらに蕾を大きく咲かせる。花びらはクチャクチャと淫音をたて、指を咀嚼するかのようにひくひくと蠢いた。
「さすが、よく飼い馴らされているな……」
熱い感嘆を込めて呟くと、青琳は指を抜いた。そして血管の浮き上がった自身を掴んで、すっかりほぐされた瑠羽の秘孔に宛がう。が―――
「いッ、いやあああああッ、遼牙さま遼牙さまぁぁッ」
腰をひねり、シーツに押し付けられた頭を振って遼牙の名を叫び、必死に抵抗する瑠羽。
快楽の予感に緩んだ青琳の表情はみるみるうちに凍り付き、抱えていた瑠羽の腰を忌々しげになぎ倒した。
「遼牙、遼牙、遼牙、どいつもこいつもッ。そんなにあの男がいいか、あの呪われた影道がいいのかッ」
瑠羽は顔を上げて、涙越しに青琳を見た。唾を飛ばして絶叫する青琳は確かに鬼の形相ではあったが、先刻のような恐怖は感じなかった。
何故なら―――
―――まるで……捨てられた子どもみたい………
親に捨てられ、愛情に飢えた子供が自身の弱さや淋しさを必死に押し隠そうと強がっている、そんな風に思えてならなかったのだ。
瑠羽自身が捨て子であったから、自分の存在が否定されたような絶望感や、周囲に対して心の傷を隠そうと強がってしまう心理などはよく解るのだ。今、青琳を蝕んでいるのはまさにその感情ではなかろうか。
「はッ、ははは………類稀れなる資質を備えた賢王、か。それに引き換え私は………」
青琳は俯いたままブツブツと呟いていたが、やがて顔を上げてにたりと笑い、
「他の男の名を叫んで逃げようとする者を犯す趣味はない。お前が自ら、尻尾を振って抱いてくれと懇願するまで待ってやろう」
そして懐中から小さな瓶を取り出した。中には無色透明の液体が。青琳は首輪を掴んで瑠羽を引き寄せ、蓋を開けて唇に宛がった。
「んっ……なにを…………」
「全て飲み干せ」
中身を口腔に注がれ、吐き出すことができないようきつく唇を塞がれた。瑠羽は苦しさの余り、仄かな青臭さのある液体を不安と共に嚥下した。
瑠羽の喉がコク、コク、と鳴ったのを確認すると、青琳は唇を解放して満足げに頷いた。
「私は自分の部屋に戻る。抱いて欲しくなったら、そこにある紐を引くといい。では、いい夜を」
先刻までの執着はどこへやら、青琳はあっさりと部屋を出ていった。しかし、瑠羽がほっと安堵の息をつく隙はなかった。何故なら―――
「んぁっ………ァ、ァ…………ふ…ぅん……んっ…………」
瑠羽は寝台の上で四肢を震わせて悶え始めた。
「あふっ………ぅ、ぅぁ………ぁ、ぁっ……………」
鳩尾を起点にじゅわっと拡がるむず痒さは、あっという間に途轍もない快楽の触手となって四肢を支配していった。
ちょっと身体を動かして肌とシーツがこすれ合っただけで、びりびりと甘い電流が走る。ドレスの奥ではぴちぴちに勃ち上がった半身が、解放を求めて虚しく涙をこぼしていた。
「はぁん………ぁ、ん………してぇ………ほしいのぅ…………」
腰を揺らめかせて誰にともなくおねだりしながら、熱を帯びた頭の隅で考えた。きっと、さっき飲まされたあの液体のせいで、こんな―――
「あっ、あぁん……お尻の奥ぅ………あついの…………」
無数の細かな触手に身体中を嬲られているような皮膚のざわつき。それは徐々に激しさを増し、瑠羽の理性に亀裂を走らせた。
とにかく前だけでも解放したい。しかし後ろ手に枷を嵌められているため、それも不可能だった。寝台の上で火照った身体をくねらせて、薬の効果が切れるのを待つしかない。
いや、もうひとつ方法はある。瑠羽は天井から垂れた紐に視線を送った。あれを引けば、この苦しさから解放される―――
「いやっ、ぜったいにいやっ。りょうきさまぁ…………」
瑠羽は震える四肢を叱咤して寝台から下り、テラスに出た。肩で息をしつつも、手摺りに身体を凭せかけて森の向こう、紫衛那に向かって想いを馳せる。そうすることで、快楽に屈しそうになる自分を引き戻そうとした。
しかし媚薬の威力は凄まじく、誰でもいいから抱いてと絶叫しそうになる。瑠羽はその場にずるずると座り込み、浅ましい絶叫を押さえるため必死に歌った。
毎朝毎夜、遼牙への想いを込めて風に乗せている歌を―――
私の眼の中であなたは輝く
私の唇であなたは微笑む
私の心にあなたは棲む
たとえ―――
視界が朦朧と霞む。もしかしたら、自分はこのまま狂ってしまうのかもしれない。それでもいい、遼牙さまへの想いを貫くことができるのなら―――
「たとえ………」
たとえこの身が呪われて
冥府の底に堕ちたとしても
想いだけは風に乗って
あなたのもとに舞い降りるでしょう
「想い…だけは……風にのって…………」
瑠羽の身体を、淡い輝きが包み始めた。しかしそれに気付くことなく―――
「あなたの……もとに………舞い………」
瑠羽はそのまま気を失った。
「ん………ん…ぅ…………」
身体が軽い。何だか、久しぶりにぐっすり眠れたような気がする。ゆるゆると目を開けて深く息を吸い込むと、夏草の甘い匂いが肺腑いっぱいに流れ込んできた。
「目が覚めたようだな」
どこからともなく声を掛けられて、瑠羽ははっと息を呑んだ。ゆっくり起き上がって、闇を掻き分けて声の主を探す。すると瑠羽の探索を助けるかのように雲が流れ、白銀の月彩が暗闇を、瑠羽の視界を照破した。
そこに現れたのは黒衣の青年。黒く長い前髪が月光を滑らせて翠翹の如く閃き、その奥では真紅の虹彩が微動だにせず、こちらをじっと見つめていた。
まるで神聖な闇が凝結して出来上がったかのような立ち姿はどこか人間離れした美しさを湛えて、見る者を慄然と竦ませる。
もし、白皙の面てに穏やかな笑みが浮かんでいなかったら、瑠羽は悲鳴を上げて逃げ出そうとしたに違いない。
「あ、あなたは………」
瑠羽の問いかけに青年は直接は答えず、ただひと言「やっと見つけた」と言って笑みを深めた。
しかしそれで十分だった。聞き覚えのある声。瑠羽はカタカタと震え出し、
「あなたは……夢の…………」
「ああ、覚えていてくれたのか。そうだ。夢を介してずっと呼びかけていた。返事がないから途中で諦めて、微量の魔気を頼りに探すことにしたけどな。まさか、紫衛那王の酒姫になっているとは思いもつかなかった。なかなか見つからなかったはずだ」
青年は足音をたてず近付き、
「でもようやく見つけることができた。瑠羽、探したぞ」
瑠羽はぶるぶると首を振って必死に拒絶を表わし、
「い、いやっ。行かない、僕行かないもんっ。ぜったいに―――」
「ちょっと待て。無理やりさらおうなんて俺も思っちゃいない。気持ちは分かるが、そんなに怯えないでくれ」
真摯な宥めに、瑠羽は震えつつだったが素直に頷いた。青年はほっと息を吐いて、瑠羽の前に寛いだ姿勢でどっかり腰を下ろした。そして優しい微笑みを向ける。
徐々に落ち着きを取り戻した瑠羽は、ようやく自分の状況の異常さに思い当たった。
「ぼく……どうしてここに………。ここはどこなの？」
「ここは、架越と紫衛那の国境付近だ。お前はここまで飛んできたんだよ」
「飛んでって……ど、どうやって………」
「自分の翼を広げて、に決まってるじゃないか」
青年は楽しそうに答えると、幾分表情を引き締めて続けた。
「初めての飛翔にしては巧く飛べていたが、やはり見ていて危なっかしかった。それに誰かに見つかったら厄介だ。だから取り敢えずここに下ろして休ませたんだ。……瑠羽、紫衛那に帰るつもりだったんだな」
「あ……ぼく………」
青年はすっと手を伸ばし、涙の痕をこするように瑠羽の目尻をなぞった。
「首輪も手枷も外しておいた。そして身体から毒気を抜いておいたから安心しろ。まったく、酷いことをする。あの男、あのままではいずれ暗殺されるぞ」
青年の言葉通り全ての拘束具は外され、身体の中もこれまでにないほど澄み渡っていた。
「ありがとう…ございます。あの、あなたは………」
「俺の名は真朱（まそお）。お前と同じカドゥーシュだ」
「か…どーしゅ？」
瑠羽の拙い問いに目を細めて頷き、
「そう、カドゥーシュ。つまりは神聖高位魔族のことだ」
「し、知らないっ。僕そんなんじゃないもん。かどーしゅじゃないもん」
瑠羽の頑なな態度にも苛立ちを見せることなく、真朱は根気よく言葉を続けた。
「ならば瑠羽、お前の聖守護天使の名前を言ってみろ」
「ルヒエルさまと……オファニエルさま………」
真朱は満足げに頷くと、
「聖ルヒエルは風の塔を支配する天使長。聖オファニエルは月や星辰の運行を司る大天使だ。彼らが守護天使ということがどういうことか分かるか？」
瑠羽は濃厚な怯えの色を刻んだ表情で首を振る。真朱は重々しく頷き、
「神聖高位魔族、風の一族の族長ということだ。恐らく……紫衛那国王も気付いているはずだ」
「遼牙さまが……」
「ああ。アム・アザゼルや魔法に関するあの人の知識は、学位者や高僧に匹敵すると言われているからな。その名を聞いて分からぬはずがない。お前を怯えさせないために口を閉ざしているのだろう」
瑠羽は必死で記憶の糸を辿った。遼牙に問われるまま守護天使の名を告げた時、そう、確かに遼牙は驚いたように目を見開いて固まっていた。
ではあの時から知っていたというのだろうか、瑠羽が神聖高位魔族である、と―――
「俺は、火の塔の頂点に立つ天使長ハスマル、そして雷を支配する大天使ラミエルの守護を受けた火の一族の族長。風は炎を煽り、雷雲を喚ぶ。
分かるか？ 瑠羽。お前は攻撃呪文を持たないが、俺はお前の助力により、さらに強大な破壊力を得ることができるんだ」
瑠羽は思わず耳を塞ぎ、いやいやと頭を振った。嫌だ、聞きたくない。そんな恐い話―――
しかし真朱は瑠羽の腕を掴み、厳しい表情で言い聞かせそうとする。さっきまで見せていた柔らかな笑顔は翳すらなく、身体中の血が凝結したかのような柘榴色の虹彩に睨まれて、瑠羽は根源的な恐怖に捉われた。
「現実から目を逸らすな。俺とお前は共に生き、共に助け合わねばならないんだ。そう、俺たちの父親のようにな」
「ぼく…の……お父さん……？」
真朱は瑠羽の腕を強く掴んだまま頷く。
「そうだ。俺たちの父親、一族の前族長。二人は共に助け合い、互いを信じ、そして……」
真朱は一瞬ためらった。しかし決然と口を開いた。
「そして、互いに愛し合っていた」
「愛し…合って……？」
「ああ。俺は子供の頃、お前の親父さんに会ったことがある。お前と同じ蜂蜜色の髪、真っ直ぐな眼差しを持った、とても美しい人だった」
余りにたくさんのことを一度に聞かされて、瑠羽の小さな胸は破裂寸前だった。それでも真朱は言葉を止めない。
「族長として跡継ぎを残すため、それぞれ妻を娶って子を、つまりは俺とお前を成した。しかしその後二人は一族を捨て、あるひとつの使命を果たすため大いなる存在に闘いを挑んだのだ。が―――」
柘榴色の虹彩が怒りに燃え、燻朱に輝く。そして憎悪に満ちた声で、
「二人は無残に殺された。大いなる存在、つまりは神、に―――」
「やだあああッ、もういやあああぁぁ………」
瑠羽は掴まれた腕を振り払い、顔を覆って小さくちぢこまった。何もかも、全てを拒絶するかのように。
「………瑠羽、悪かった。何も知らなかったお前が恐慌をきたすのも尤もだ。でも分かってくれ、俺にはもう余り時間がないんだ…………」
瑠羽はゆっくりと顔を上げた。涙にけぶる視界の向こうで、真朱が淋しそうに微笑っている。そしてそっと手を差し伸べてきた。
「そろそろ帰った方がいいな。俺が送っていこう。闇夜には、お前の翼は目立ちすぎる」
その言葉の意味はすぐに分かった。立ち上がった真朱が微かに肩を震わせると、乾いた羽音と共に夜気が動いた。瑠羽の視界を覆うかのように拡がる大きな翼。しかし―――
「あ……ぁぁ…………」
それは、月のない闇夜を切り取ったかのような暗黒の翼だった。しかし瑠羽の驚きには構わず、羽を拡げたまま近付いてその身体を抱き上げた。
深い森を想わせる温かく仄かに甘い香りが、瑠羽の身体の強張りを融かしてゆく。これが真朱の芳気。
「瑠羽、どちらに帰る？ 紫衛那か、それとも架越か。お前のいい方に連れていってやるが」
瑠羽の答えはすでに出ていた。
「架越のお城へ、お願いします……」
「……いいのか？」
真朱の腕の中で、瑠羽はこくんと頷いた。
「大事なお務めを、途中で投げ出すわけにはいきません。遼牙さまが迎えに来てくださるまでは……ぼく………ぅ、ぅぅっ…………」
「……分かった。では、しっかり掴まっていろ」
ばさりと空気が鳴ると共に、二人の身体はゆっくり浮き上がっていった。
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