REUNION
５.
その男が向ける憎悪に撓んだ昏い眼差しに、遼牙は疾うに気付いていた。知らぬ仲ではない。男の名は青琳（せいりん）。西に国境を接する隣国架越（かえつ）の王子。そして遼牙の学友でもあった。
彼が持参した架越国王の親書には、長いこと病に臥せっているため、帰還を祝う宴に列席できぬ旨が丁寧に、誠心こめて綴られていた。
架越の王は、高潔な人柄と民を想う深き情愛に溢れた好人物で、遼牙の父とも遼牙自身とも親交が深かった。特に遼牙に対しては、親子ほども年が離れているにもかかわらず尊敬の念を隠そうとせず、農地改革や税制などについての教えを乞うこともあったほど。
以前は軍需産業を財政の柱としていた架越であったが、紫衛那の緑多き国土、作物の豊かさ、そして自由で大らかな気風に感銘を受けた王は国の方針を転換し、農業や畜産業の発展に力を入れるようになったのだ。
戦争で一時的に潤ったとしても、将来必ず破綻をきたすと大臣たちを説得し、自ら陣頭指揮をとって改革に乗り出した。その甲斐あってか、鉄工所や工場ばかりだった架越の国土にも、緑と潤いが戻り始めていたのだった。
しかし、そんな賢王もたったひとつ失策を犯した。息子の教育法。優しい言葉を掛けることなく常に厳しく接し、さらには若くして王となった遼牙を引き合いに出しては、その功績を称えお前は彼の足許にも及ばぬと叱責を飛ばした。
それはもちろん息子が憎いからではなく、未来の国王たるに相応しい人格を形成するためのいわゆる愛の鞭だったわけだが、そのように受け止めるには彼の器は小さすぎた。
いつしか彼、青琳はどろどろの劣等意識を内側に抱え込むようになり、父だけではなくあらゆる周囲の人間に対して、敵意と猜疑の眼差しを向けるようになってしまったのだ。
久しく忘れていたが、彼の顔を見て遼牙は当時のことを思い出した。王族や領主の息子に帝王学を教える初等学校で、彼は何故か率先して遼牙と行動を共にしようとした。
遼牙が影道であることは周知の事実であったから、進んで友人関係を保とうとする人間は少なかったのだが、何かにつけて青琳は遼牙の傍にいたがったのだ。そして時には庇護者のように振る舞うこともあった。
しかし幼き頃より賢明且つ冷静な遼牙には、その心裡がきちんと読めていた。影道という傷を背負っている自分の傍にいることで、優越感を味わおうとしているに違いないと。
それに対して遼牙は特に反発も迎合もせず、ひたすら勉学に励んだ。そして初等科の修了時、遼牙は最高位の成績をとり勲章を授けられた。
それ以来、青琳は遼牙の傍に近寄ろうともせず、遼牙を貶めるような卑しい噂を吐き散らして虚しい鬱憤晴らしに耽った。もちろん、遼牙は歯牙にもかけなかったが。
「いやなことを……思い出してしまったな………」
遼牙はぽつりと呟く。青琳の裏切りが、ではない。まともな友人もできず、教師からは明らさまな疑いの眼差しを向けられ、ただ学問と本の世界にのみ没頭するしかなかった学生時代の記憶は、頭の隅に封印しておきたくなるような類いのものだった。
それが、あの男の昔と変わらぬ昏い瞳のせいで浮上してきてしまったのだ。しかし―――
「何を……思い出したのですか………まさか戦場の…………」
膝の上の瑠羽が胸にしがみ付いて、潤んだ瞳で見上げてきた。
「遼牙さま、だいじょうぶ、だいじょうぶですぅ………僕がお守りしますから………」
必死に訴える瑠羽の紅潮した丸い頬を見ているうちに、心の曇りは払われた。柔らかい頬を掌でぷにぷにいじりながら、
「そうではないよ。明日から公務に復帰せねばならんことを思い出したのだ。お前と一日中戯れていることができないと思うと………はあ、そろそろ隠居を考えるか」
「もおっ、遼牙さまってば」
掌の中で一段と膨れ始めたまぁるい頬にこの上ない愛着を感じつつ、遼牙は笑顔で宥めた。
「瑠羽、待ちなさい。そんなに急いでは危ないぞ」
「平気だもんっ。遼牙さま、早くぅ」
宴も終わり、部屋に戻ろうとした二人だったが、中庭に降り注ぎ木々の新芽を濡らす月光の美しさに誘われて、ふらふらと外に出てきた。
瑠羽は踊り子のように跳ねたりくるくる旋回したりしつつ、遼牙を先導して中庭の奥へ進んでいった。
「瑠羽よ、一体どこまで行くのだ」
しかし瑠羽はふふっと秘密めかした微笑みを向けるだけで歩みを止めようとはせず、さらに奥へと誘った。やがて―――
「これ…は……なんと見事な………」
滅多に人の訪れぬ中庭の奥に、こんな場所があったとは。瑠羽がこちらを向いて立つその周囲には月光草が無数に咲き乱れて乳白色の淡光を放ち、季節外れの雪原か幻想の湖か、或いは異界への入口を思わせる夢幻の揺蕩いを湛えていた。
「きれいでしょう…？ 僕が見つけたの……」
そう言ってほんの少し誇らしげに笑ってみせる瑠羽は、花の化身そのもの。風に揺さぶられてざわざわと鳴る草のざわめきは、瑠羽の美貌へ贈られる拍手喝采にも聞こえる。
遼牙は突如開けた美と神秘の世界に畏怖の念を隠そうともせず、おそるおそる近付いてその身体を抱き締めた。
「お前こそ、闇に光明をもたらす花なのだ。私は今、それを改めて思い知ったよ……」
「りょ…きさまぁ………」
甘えた声で名を呼びながら胸に顔を寄せる瑠羽。その頬を優しく撫でて、
「この城に住んで２０年以上だというのに、こんな素晴らしい場所があるなんて知らなかった。ありがとう、瑠羽」
瑠羽は嬉しさの余り瞳を潤ませて、
「遼牙さまと一緒に来たかったの。二人だけのひみつ……」
「ああ、秘密だな。誰にも教えんぞ」
そう言って、長い指を唇に当ててウインクしてみせる遼牙。瑠羽も愉しそうに「ひみつ、ひみつぅ」と唄ってくすくすと笑った。が―――
「え……りょうきさま……？」
いつの間にか首の後ろのリボンと腰紐が緩められ、しゅるしゅると音をたてて落ちた。瑠羽は咄嗟に肩を押さえたが間に合わず、月光草と同じ光沢を放つドレスは肌に沿うように滑り落ちて、ふわりと花の上に舞い降りた。
その下から現れた白皙の肌は蒼い陰翳を帯びていつもより艶めかしく、頽廃の香気を帯びていた。
瑠羽はどうしてよいか分からず腕を交差させて裸の身体を隠す。しかし間髪入れず遼牙の腕に抱き上げられて、小さな悲鳴を上げた。
「やっ………ん、遼牙さま、下ろして…………」
羞恥と怯えでちぢこまった身体を抱いたまま、遼牙は少し奥へ進み、月光草が密生している天然の寝台へそっと横たえた。そして花弁と瑠羽の肌のコントラストをうっとりと賞翫した。
眺めているうちに、羞恥のゆえか興奮のゆえか肌に血色が灯ってゆく。その艶めく変容に、遼牙は我を忘れて耽溺した。
「りょうきさまぁ………恥ずかしいの。ドレス…を…………」
膝をすり合わせてもじもじしつつ、潤んだ眼差しを向ける。遼牙は声に出さず「誘っているのかな？」と呟くと、傍らに跪いた。
「今宵、私、紫衛那王遼牙と花の女王瑠羽は契りを交わす。異存はあるまいな？」
真摯な声で呼びかけられて、瑠羽は思わずこくこくと頷いた。遼牙は妖しい笑みを浮かべ、
「では瑠羽よ、お前の柔らかい花びらと甘い蜜を私に捧げてくれ。さあ」
「あ、あの……えと…………」
瑠羽はどうしてよいか分からず、すがるような眼差しで遼牙を見上げる。しかし、
「どうしたのだ？ 嫌なら嫌とはっきり言いなさい」
冷たい声で質されて、慌てて首を振った。そしておそるおそる股間に手を伸ばしてふわふわの半身を包み込み、やわやわと揉み始めた。
「んっ………ふ……あふ……ぅ……………」
「そう、瑠羽……いい子だ…………」
鼻にかかる甘い喘ぎに耳を傾けつつ、股間を弄る白い指の淫らな動きに目を奪われる。
見られているという羞恥と興奮のゆえか、それは瑠羽の手の中で徐々に大きさと赤みを増し、やがて先端から透明の雫をひとつ、ふたつ、と滴らせた。遼牙は何度も唾液を嚥下して荒い呼吸を抑え、
「蜜は美味しそうだが、花びらはまだ硬いのではないかな？」
瑠羽は一瞬躊躇を見せたものの、すぐに脚を大きく開いて腰を浮かせた。そして愛液という名の蜜で指を濡らし、蕾をぬるぬると撫で回した。
「ふぁ………ァ、ァ……ン、りょ…きさまぁ…………」
「まだだ……瑠羽、まだ硬いぞ………」
遼牙は今すぐにでも吸い付きたい欲求を抑えて、瑠羽の観賞に徹した。すると瑠羽はさらに脚を開いて秘部を遼牙の眼前に晒し、濡れた指をめり込ませて襞を大胆に捲り上げてみせた。チュプ、という音と共に妖しくぬめる花が咲く。
「りょ…きさまぁ………花びら、やわらかいの……も、食べてぇ…………」
ごくりと喉を鳴らしてみっともないほどの飢えを晒すと、蜜にまみれてどろどろの秘部に噛み付いた。
瑠羽の指によって押し広げられた部分に舌を挿し込み、熱とうねりを堪能する。そして捲り上がった花びらを唇で挟み込んではむはむすると、啜り泣きと共に生温かい愛液が溢れて秘部をさらに潤した。
「も………だめ…ぇ………ちょ…だぁい……りょうきさまぁ…………ふぇ、ぇっ、ぇっ………」
涙ながらの懇願を受けてようやく、遼牙は口での愛撫をやめて起き上がった。唇に付着した蜜を舐め取って満足そうに微笑むと、長衣の前合わせを肌蹴て隆々と反り返る陰茎を無造作に掴む。
そしてたった今味わったばかりの花びらに狙いを定めて、一気に奥まで貫いた。瑠羽は「きゃああん」と可愛い悲鳴を上げて、幾度も腰を跳ね上げた。
「は……これは……すごい…………」
とろとろなのに奥までぎゅうぎゅうに締め付けてくる瑠羽の蜜壷に、遼牙はすでに陥落寸前だった。ゆっくり腰を振って打ち込むと、それに合わせて瑠羽の滑らかな胸が波打つ。
一緒に揺れる紅い実が愛しくてその先端をなでなですると、「きゃふっ」と声を上げて腰をよじった。
「おやおや……何と感じやすい身体だ………」
からかいを含んだ指摘に瑠羽はたまらず顔を覆う。すると遼牙は脚を持ち上げ、突然激しく打ち込み始めた。
「いッ、イヤアアァァ………ぁっ、ぁぁっ…………」
瑠羽は顔を覆っていた手を外して傍らの花にしがみ付いた。そうしないと、快楽の深き陥穽に引きずり込まれてしまいそうだったから。
しかしここはいつもの寝台ではない。シーツを掴むように伸ばした瑠羽の手は、可憐な月光草をぷちぷちと手折ってしまった。
「ああ、可哀想に………花をそんなに潰してしまって…………」
「あっ、ああっ……ごめ…なさぁい………ごめんなさい………ゆるして…………」
本格的に泣き出した瑠羽を見て、湧き上がるのは同情よりも嗜虐欲。遼牙は眉間に険しい皺を拵えて、
「花を殺してしまうなんて……瑠羽はそんな悪い子だったかな？」
「ごめ、なさ………っく、もう……しません………ぇ、ぇっ…………」
くしゅくしゅと鼻を鳴らして泣きじゃくる瑠羽。苦しそうにしゃくり上げるたびに後孔がきゅっきゅっとすぼまって、突き刺したままの雄を限界に近付けた。
遼牙は思わず「うっ…」と呻く。思わぬ仕返しをされてしまったようだ。
「こうすれば……花を折らなくて済むぞ…………」
瑠羽の背中に腕を回し、ゆっくり起き上がらせる。とろんとろんに蕩けた身体を支えつつ、繋がったまま上に座らせた。注挿の角度が変わって違う場所を抉られたからか、瑠羽は涙を振りまきつつ高らかに鳴いた。
「ァ………ァ………りょ…きさまぁぁ…………」
「るうっ、私に掴まりなさい」
瑠羽は遼牙の首にぎゅっとしがみ付き、自ら腰をうねうねと上下させて奥を掘り進めた。その淫らな動きとつい先刻見せたあどけない泣き顔との目眩く落差に、遼牙の理性の菲膜は呆気なく破られた。
月光を浴びて蒼白い艶を帯びた双丘を荒々しく掴んで、強く打ち付ける。さらに腰をがくがくと突き上げて、交合をより深く濃厚なものにした。
「ぁ………ぁぁぁ………イ…ク、イクぅぅ……………」
じゅぷっ、じゅぷっ、と弾ける蜜音と瑠羽の嬌声が、闇に甘美な質感をまとわせる。遼牙は奥のささやかな膨らみに狙いを定めてグリッとこすり上げ、その瞬間自らも絶頂を迎えた。
「きゃあああああッ、ァッ、ァ…ァ……………ぁ……ふ…ぅ、ん………んっ………」
瑠羽は悲鳴と共に腰を微かに揺らして射精し、遼牙は瑠羽の尻を股間に強く押し付けて、その最奥部に熱い精をたっぷりと注ぎ込んだ。
「ぁ………ん、すごい………いっぱい、りょうきさまの………お尻の奥に…………」
遼牙の胸に身体を預け、肩で息をしながらうっとりと注がれたものを味わう。瑠羽はこの瞬間が大好きだった。いずれは排出されてしまう遼牙の種たちを、身体の奥で感じていられるひととき。
しかし何かを思い出したのか、ぴくりと肩を震わせて怯えた視線で遼牙を見上げ、
「遼牙さま………ごめんなさい。あと、お花にもごめんなさい。たくさん折ってしまって………」
「瑠羽……」
「りょうきさまぁ、まだ怒ってらっしゃるの？ もうしません、ごめんなさい」
遼牙はふわりと微笑んで、瑠羽が折ってしまった花を拾い集めた。
「城へ持ち帰って、水差しに活けよう。そして枯れてしまうまで愛でてあげなさい。きっと花も喜ぶはずだ」
瑠羽は笑顔全開で頷いて、遼牙から渡された花たちにそっと口付けた。
その翌日から遼牙は公務に復帰した。一年の空白は遼牙にとっては障害にもならず、留守を預かった鴇津は見事に遼牙のやり方を踏襲していたこともあって、何の問題もなく順調に引き継がれた。
遼牙と瑠羽の日常もまた、一年前と何ら変わりない穏やかさを取り戻した。途切れた時間の端と端はごく自然に繋がり、境目もあっという間に均されて再び緩やかに流れ始めた。
瑠羽は、時には陽光溢れるテラスで、時には執務室の前で遼牙が現れるのを待ち、仕事を終えて出てきた遼牙の胸に何の迷いもなく飛び付いて、嬉しそうに頬擦りした。
遼牙もまた、そんな瑠羽の柔らかな身体を抱き締めて中庭へ誘い、膝の上に座らせて本を読んでやったり歌を聴かせてもらったり、至福の時を過ごした。
そして夜には甘い芳香を放つ柔肌に心ゆくまで溺れ、飽きることなく愛の囁きを交わしては快楽の園に微睡んだ。
しかし、その穏やかな日常が危機に晒されようとしていることに、遼牙と瑠羽はまだ気付いていなかった―――
「遼牙様、架越から伝達が参りました。国王陛下崩御の報らせです」
「………そうか。すぐに弔文を送ってくれ」
「承知いたしました」
鴇津は憂いを帯びた表情で一礼すると、部屋を出ていった。親交の深い国の王が崩御したのだから表情が暗いのは当然かもしれぬが、それ以外にも理由があることが遼牙には分かっていた。
「あの男が王になるのか……」
二国間の行く末に、一抹の不安がよぎった。
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