REUNION
３.
遼牙が帰還した日の夜、特に宴が開かれたわけでもないのに、やはりこれまでとは違う浮き立った空気が城を支配していた。
臣下たちは今さらながらに遼牙という存在の大きさを思い知り、そして無事生還したことの喜びを改めて噛み締める。
それはもちろん、鞘葉も同じだった。意識せずとも口許が綻び、鼻歌混じりで入浴の準備や寝台の用意を整える。
「ご機嫌ですね」
「まあ、鴇津様。ええ、そりゃあもう」
普段の落ち着きからは想像もできない浮かれぶりに、鴇津も思わず苦笑い。
「ところで遼牙様は？ あれから全く姿が見えないのですが」
「ずっと瑠羽様のお部屋ですわ。お傍を離れようとしませんの」
鴇津は「やれやれ」と肩を竦めたものの、「当分は仕方ありませんね」と溜め息をついて、まだ暫くは公務を続行せねばなるまいと自分に言い聞かせた。
白銀の月光降り注ぐテラス。瑠羽は遼牙の膝の上で首筋に顔をうずめ、愛しい温もりを唇に移し取っては反芻していた。
柔らかな唇を幾度も幾度も押し付けてくる瑠羽の頭を、遼牙は目を細めてそっと撫でる。荒々しい愛撫とはまた違った秘めやかな触れ合いは余りに心地よく、清浄な幸福感に満たされる。
「瑠羽よ……」
「はい」
遼牙の呼びかけに顔を上げ、真っ直ぐな眼差しで応える。その頬を掌で愛撫しながら、
「義童は去ってしまったぞ。今度いつ会えるか分からん。………いいのか？」
先刻、義童の出立を伝えられた瑠羽は、眉間に微かな皺を寄せて項垂れたものの、何も言わずその事実を受け入れた。遼牙は、自分が口出しすることではないと分かっていながら、瑠羽の気持ちを質さずにはいられなかった。
瑠羽はその問いからも、遼牙の視線からも顔を背けず、はっきりと答えを差し出した。
「はい。僕の魂はひとつです。二人の方に捧げることはできません」
「……そうか」
遼牙は純粋な驚きに囚われた。義童も言っていたが、稚いのは自分の方だった。瑠羽はいつの間にか、自分できちんと答えを出せるようになっていたのだ。
下らんことを訊いてしまったな、と声に出さず呟いて、自分を戒める。瑠羽はもう、依存するだけの子供ではないのだ。確固たる意志のもと、積極的に愛そうとする。
いや、考えてみれば昔からそうだった。瑠羽はまだ子供だと思い込み、愛することに怯えていたのは寧ろ自分の方だった。瑠羽はいつも真っ直ぐ、懸命に愛情を捧げてくれていたのだ。
「僕を……薄情者だとお思いになりますか？」
瞳に、微かな不安の翳りが。遼牙はそれを払うようにまぶたに口付けて、
「いや、それでいい。お前は自分の魂の求めるがまま、正直に生きなさい。義童もそれを望んでいるのだから」
瑠羽は嬉しそうに頷いて、腕を伸ばして抱擁をねだる。望みのものはすぐに与えられ、さらに熱い口付けも贈られた。
「んっ………ふ……ぅん………ぅ…………」
自ら口を開け、燃えるような舌の侵入を誘う。あっという間に口腔の隅々まで舐め尽くされ、舌を絡め取られた瑠羽は、久しぶりのキスに涙をこぼし、腰を揺らめかせて悦びを伝えた。
「あ…ふ……ぅ…………」
とろとろと注ぎ込まれた唾液を全て飲み干して、満足げに溜め息をつく。もっと欲しいとねだるかのように濡れた舌を蠢かす瑠羽に、遼牙は突き上げるような欲望の高揚を感じた。
「こんなに……美しくなって………」
それは遼牙の、偽らざる本音。あの天真爛漫な、生まれたてのひよこみたいなあどけなさを保ちつつも、伸びやかな肢体は魔性の香気をたちのぼらせて、男の目をいとも容易く酔わせてしまう。
ずっと傍にいてよく耐えられたものだと、今さらながらに義童の精神力に感服した。
「遼牙さまぁ……」
熱い視線に灼かれて疼きを覚えた瑠羽は、甘えた仕草で羞恥を隠してそっとすり寄った。
長衣の襟にきゅっとしがみ付き、首筋に頬をぺたぺたとくっつけ、そのまま滑らせて逞しい胸に頬擦りしようとした。が―――
「りょ…きさ…ま………これ…………」
瞬きも忘れ、眼球がこぼれ落ちそうなほど大きく目を見開いてがくがくと震える。その痛ましいほどの豹変に遼牙は驚いたが、すぐに理解した。
「この………傷……………」
瑠羽の繊細な心を思い遣れば、なるべく隠し通した方がいいのだろう。確かにこの傷の凄まじさは刺激が強すぎる。
とはいえ、隠すことなどできないと誰よりも分かっているのは他ならぬ遼牙だ。ひとたび快楽の褥に身体を沈めれば、全てを脱ぎ捨てて素肌の温もりを分かち合うことになるのだから。戦場で受けた苦痛の痕を全て、瑠羽の目の前に晒すことになるだろう。
「瑠羽、心配は要らない。今はもうすっかりよくなって、痛みも何もないのだ。痕だけ見れば深い傷に見えるかもしれないが、実際はそんな重大なものではなかったのだよ」
「ほ…んと…に……？」
瑠羽は呼吸の仕方を忘れたかのように、不規則に喉をひくひく震わせている。しかし遼牙の鷹揚な宥めのお陰で、徐々に安静を取り戻していった。
「ああ。驚かせてすまなかったな。ほらご覧、もうちっとも痛くない」
そう言って笑いながら、胸の傷をちょん、と弾いてみせる。瑠羽はびくん、と小さく飛び上がって目を閉じたが、やがてこわごわ目を開けて遼牙の顔を見上げた。
「痛く……ないの………？」
笑って頷く遼牙を見つめながら、震える指先を伸ばしてすっと傷をなぞった。その瞬間―――
「ぁ………あああああああっ……………いやああああーーーーーッ」
「瑠羽ッ、どうした、るうッ」
「嘘つきっ、遼牙さまの嘘つきッ」
熱い涙の奥から、痛みと悲しみと怒りが氾濫する双眸で遼牙を咎める。そして激しく首を振って涙をまき散らし、膝の上から飛び下りて中庭に駆け出した。
もちろん遼牙はすぐに追い駆けてその腕を捕らえ、少し乱暴に引き寄せて胸の内に収める。
「瑠羽ッ、いったいどうしたのだ」
突然の錯乱で訳が分からず、つい厳しい声になってしまう。しかし拘束した身体がガタガタ震えているのに気付いて、口調を緩めた。
「瑠羽、何を怯えているのだ。何も恐くないだろう？ ん？」
「りょ…きさま……ごめんなさい………ごめんなさぁい、ぼくのせいで…………」
ちぢこまってひたすら謝罪を繰り返す瑠羽。遼牙ははっと息を呑んだ。瑠羽はおそるおそる顔を上げ、
「見えたのです、傷の記憶が………」
そのひと言で、遼牙は全てを理解した。瑠羽の能力。大天使の庇護を受けた瑠羽の目に、常人には見えぬ世界が映ってもおかしくはない。
「ああ……だめ……まだ、頭の中に………りょうきさま、鎧が……ぼろぼろに………ああ……敵が、たくさん……憎しみが……渦巻いて……………いやっ、りょうきさま、後ろから……兵士が……………」
瑠羽は映像から逃れるように必死で頭を振る。しかし、
「やあああッ、遼牙さまっ、ためらっちゃだめぇ……………やだ、やだやだやだぁ…………………キャアアアアアーーーーッ」
「瑠羽、るうッ、しっかりしなさいっ、私はここにいる！」
「イヤァァァ、血が、血が………ぁぁぁ…………」
痛ましいほどの狂乱。蜂蜜色の髪は乱れ、微細な血管の走る瞳はせわしなく動いて救いを求める。そんな瑠羽を、遼牙はただ抱き締めて宥めることしかできない。
「瑠羽、瑠羽っ、私はここにいる、私はここにいる………」
「ぁ………ぁ、ぁ……………」
「私は…ここにいる、お前の傍に………」
瞳を覆う妖光は徐々に退き、いつもの柔らかな眼差しが戻ってきた。瑠羽は涙でくしゃくしゃの顔をさらに歪めて必死に手を伸ばす。
「そう、いい子だ……。お前が見たのは全て過去のこと。もう終わったんだよ」
「でも……でも………っく、ぼくの………せいで…………ぅぇ、ぇっ………」
顔を真っ赤にして泣きじゃくる瑠羽を抱き上げ、遼牙はゆっくりテラスへ戻った。そして再び膝の上に座らせて、
「確かに私は、あの少年兵にお前の面影を重ねてためらった。それは私の弱さかもしれん。しかし私は、その弱さを誇りに思う。あの極限状態においてもなお、人間らしい心を、お前を愛する心を失わなかったのだから」
「りょ…きさま………」
「以前の私は、敵軍からも味方からも恐れられていた。失うものなど何もない。ひとたび前線に飛び込めば、血に飢えた龍神のごとく暴れて嬉々として人殺しに耽る。そんな自分におぞましさを覚えつつも、どうすることもできなかったのだ。しかし―――」
涙に濡れた一途な瞳をじっと向けて、ひと言も聞き漏らすまいと真剣な表情で耳を傾ける瑠羽を、遼牙は愛情の赴くまま掻き抱き、口付けの雨を降らせた。
「りょうきさまぁ………」
「るう、瑠羽よ……お前のお陰で、私は初めて、戦場で自分を見失わずに済んだ。お前への愛がゆえに受けたこの傷を、私は一生涯誇りに思い、慈しみ続けるだろう………」
その言葉通り、傷に指を滑らせてふわりと微笑む。瑠羽は新たな涙、先刻のよりずっと甘い涙をこぼしつつ、笑みの形を描く遼牙の唇に自分の唇を押し当てた。
石造りの広い浴室に、濃厚な湯気と芳気がたちこめる。素肌に極薄の湯着をまとった瑠羽は、遼牙の情欲にぬめる眼差しに晒されながらも一心に奉仕していた。
クリーム状に泡立てた石けんを首筋から胸に塗り込め、柔らかな布でそおっとなぞる。
「痛く…ないですか？」
「ああ、とても気持ちいいよ、瑠羽」
ほっと安堵の息を吐いて薔薇色の湯を掬い、とろとろと肌に沿わせるようにして掛ける。石けんが流された後に現れたのは―――
「ああ………遼牙さま…………」
胸から腹にかけて、やや斜めに傾いだ深い刀創。もう大丈夫、もうここから苦痛や鮮血が溢れることはないのだと分かってはいるけれど、赤黒く引き攣れた皮膚の生々しさは直視に堪えるものではなかった。
それでも瑠羽は目を逸らさず、唇を寄せて傷口に接吻を繰り返した。
「瑠羽………」
いつの間にか瑠羽の瞳には涙が溢れ、それがこぼれて傷口に降りかかる。完全に傷は塞がっているはずなのに、涙が掛かった部分にちりちりと甘い痛みが走った。
「だいじな……遼牙さまのからだ…………」
瑠羽は唇を滑らせて、刀創以外の部分にも口付ける。しかしそこにも細かな傷は刻まれており、筋肉の隆起も一年前より激しくなっていた。
戦場の苛酷さを眼前に突き付けられて、胸が詰まる。瑠羽は自分の華奢な四肢を怨めしげに見つめた。
「ぼく……もっと強く逞しくなりたい。それで、戦場で遼牙さまをお守りするの」
遼牙は苦笑を漏らして瑠羽の鼻をちょん、とつつき、
「お前に守られるようになったら、私も隠居を考えねばなるまいな」
「もおっ、笑わないでっ。がんばればきっと強くなれるもん」
「お前は強いよ。今でも十分な」
それは遼牙の本心から出た言葉だったが、からかわれたと思った瑠羽はぷくっと膨れて上目使いで睨む。
「おやおや、木の実を貯め込んだリスみたいな顔になってるぞ」
「遼牙さまのいじわるっ」
甘えを含んだ声で叫んで遼牙の胸に飛び付く。その柔らかな身体を受け止めて、
「嘘ではないよ、瑠羽。お前のその純真さ、一途な愛こそお前の強さなのだ。私はそれに護られていることを、いつも実感している………」
「んっ……りょ…きさま…………」
湯気でしっとりと潤って、いつも以上にぷるんとみずみずしい唇に吸い付く。唇で優しくはむはむと挟み込んでから舌を挿し込み、瑠羽のふっくら肉感的な舌にこすり付けるだけで、下半身に痺れるような電流が走った。
そんな遼牙に気付いているのかいないのか、唾液を弾かせて唇を離した瑠羽は、そのまま胸に吸い付いて再び刀創をなぞる。
「痛かったでしょう………？」
唇だけでなく、舌先を引き攣れた薄い皮膚に這わせて丁寧に、労わるように舐める。胸から腹の方へ、瑠羽は身体をずらしてちろちろと舌でなぞった。そして―――
「る…うっ………」
下腹部にぴったり密着して勃ち上がり、瑠羽の吐息にまで反応してビクビク躍る陰茎に唇を移した。
透明の先走りを滴らせる先端に唇を尖らせてちゅっと吸い付いたかと思うと、そのまま中ほどまで咥え込んで太い幹に舌を絡めた。
「るうっ………やめなさい…………ぅ、ぅっ……………」
しかし瑠羽はやめるどころか、根元に両手を添えてさらに深く咥え、喉を締めてきゅぅっと吸い上げた。
遼牙は低く呻いて咄嗟に下腹に力を入れる。だが一年ぶりの戯れでこの刺激は余りに強烈で、努力も虚しく早々に暴発してしまった。
「んっ………んんっ、く、んくっ……………」
瑠羽は苦しそうな顔もせず、寧ろうっとりと幸せそうに目を細めて注がれたものを飲み干した。そして唇を離してほぅっと息をつき、ゆっくり顔を上げる。
半開きの唇にこびりついた白い残滓は余りに淫らで蠱惑的。しかもぽっと頬を赤らめて「飲んじゃったの……」などと告白された日には、たった今欲望を吐き出した雄も再びむくむくと膨張し始めるというもの。
「遼牙さまの………また大きくなってますぅ……………」
瑠羽は嬉しさと恥ずかしさを込めて指摘すると、はにかむように笑ってみせた。
「今度は……下の口に飲ませてやりたい。瑠羽、お尻を出してごらん」
瑠羽はこくん、と頷いて後ろを向き、膝をついて丸いお尻を突き出した。薄く透ける湯着が肌にぴったり付着して、お尻の輪郭はもちろん割れ目までくっきり強調されている。
正直なところ、これを目にしただけで射精してもおかしくはないほど艶めく光景だった。しかし遼牙は軽く頭を振って欲望の粗熱を払い、張り付いた湯着を捲り上げた。
「美味しそうなお尻だ」
割れ目に手を差し入れて左右にぐいと開き、紅くのぼせた蕾を外気に晒す。舌先でそっとなぞると、尋常じゃない熱さと蠢きがじかに伝わってきた。
「ふぁっ…………ァ………ン………………」
「ん？ なんだその可愛い声は。たったこれだけでもう感じてしまったのかな？」
嗤いを含んだ声で囁き、自身の先走りをすくった指を小刻みに揺らしながらめり込ませた。数回指を屈伸させただけで内壁はとろとろに蕩け、くちゅ、くちゅ、と控え目ながらも淫猥な音を漏らした。
遼牙はたまらず指を増やし、激しく掻き回してさらに大きく咲かせた。
「すごい……奥まで見えるぞ。真っ赤に熟れてひくひくうねっている…………私を誘うかのように」
奥までじっくり観察されているかと思うと、恥ずかしくて泣き出しそうになる。しかし羞恥の陰で背徳的な悦びがひっそり息づいていることに、瑠羽はちゃんと気付いていた。もっと辱めて欲しい、掻き回して欲しい。
「りょ…きさまぁ………ひとつに………なるの……………」
「おねだり上手だな、瑠羽は………」
白い双丘を鷲掴みにすると、ふにふにと心地よい弾力が掌に伝わってきた。そのまま左右に開いてねっとりと綻んだ花を露わにし、熱く激しい締め付けの予感に悶える自身の先端に。
「瑠羽、ゆっくりと腰を落としなさい。そう、ゆっくりと………」
ずずっ、ずずっ、と花びらを巻き込みながら太く硬いモノが呑み込まれてゆく。その景色の淫らさは、戦場で敵と対峙した時以上に遼牙の本能を揺さぶった。
「んっ、んぁ………ぁぁ……ァ、すごい……りょうきさま、すごいですぅ……」
瑠羽の中に全て収まると、さらに猛々しく、瑠羽の腹を波打たせるほどの鼓動を始めた。挿入しただけなのに、二人共に絶頂は近かった。
「ずっと夢見ていた………お前と再びひとつになることを…………」
情欲の奥に敬虔な感動を滲ませる声で呟くと、遼牙は背後から腕を回して瑠羽の膝を持ち上げ、座ったまま腰を揺り動かした。
「ァ………ァァ…ァ……………」
快楽の虜囚さながら、喉を反らせ唾液を滴らせて喘ぐ瑠羽の姿態に、理性の残滓が吹き飛ばされた。久しぶりだから労わってやらねばという思い遣りは儚く遠のき、ほとんど暴力的な注挿に変じた。
腰を激しく突き上げながら、華奢な身体を上下に揺さぶる。グプッ、グプッ、という生々しい注挿音が、湯気に混じって浴室に充満した。
「ああ……イク、イクぅ…………りょうきさまああぁ……ッ…………」
「るうッ」
互いの名を呼び合いながら熱い精を放つ。瑠羽は滑らかな腹を波打たせて、びゅっ、びゅっ、と石造りの浴槽にまき散らした。
そして遼牙は、腰をがくがくと揺らして愛しい躯の奥に注ぎ込み、一年ぶりの熱い精をじっくりと行き渡らせたのだった。
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