可愛い（？）犬との甘い約束
「うわっ、また入った……」
その瞬間、自分の声も聞こえないほどの歓声が沸く。その見えない力に押されるように、真琴は思わず身を乗り出した。スリーポイントラインの外から放たれたボールは、美しい弧を描いてゴールに吸い込まれてゆく。
JBリーグ東京スカイファイターズ、リーグ戦の最終試合は異様な盛り上がりを見せていた。
その原因ともいえる選手は、見事なシュートを決めたにもかかわらず喜ぶそぶりも見せず、冷静に貪欲に得点を重ねようとする。
観客の熱気も歓声もその耳には届いていないのか。いや、彼にとって自分を見て応援してほしい観客はたった一人。それ以外は書き割りみたいなものだったのだ。
その選手、桐江昴に再びボールが渡った。ゴールまではまだ遠いが、狙えぬ距離ではない。昴は素早くシュートを打った。それと同時に、周囲で歓声が起きる。まるでボールが放たれた瞬間からゴールを確信しているかのように。
「すげっ……」
歓声は熱狂と振動を帯びて、真琴の身体を波濤のごとく襲った。ざわぁっと全身総毛立つのが分かる。何かを見てこんな感動を覚えるのは、初めてのことかもしれない。
誰かが昴の名を叫んでいる。信じらんねえ、神だな、という声も聞こえる。昴のポジションであるシューティングガードは、3ポイントシュートを得意とする花形ポジションらしいが、ここまで連続して決まることはそうないのだろう。
レギュラーシーズンの最終戦。プレーオフ進出がかかっているわけでもない、いわば消化試合で、一体誰がこんな盛り上がりを予想しただろうか。
昴の神がかった活躍に熱狂した観客たちに押される形で、チームメートも相手チームも奮いたち、消化試合とは思えぬ激しい試合展開となったのだ。
昴がここまで張り切っているのはもちろん、真琴が観に来ているからだ。なかなかスケジュールが合わなくて観戦の機会に恵まれず、ようやく最終戦で観ることができたのだ。
そして最終ピリオド、終了のわずか1秒前にダメ押しのシュートが決まり、東京スカイファイターズは悲鳴混じりの歓声の中勝利を収めたのだった。
「はああ～～」
気を抜くと溜め息がこぼれてしまう。試合の熱気がまだ身体の芯に残っているのか、あちこちが火照っていた。真琴はぶるっと頭を振って、鍋を揺らす手を再開させた。
───すごかったな、あいつ……
昴の人気と実力は知っているつもりだった。しかし今日の試合観戦で、まさに“つもり”だったことを思い知らされた。
昴の目覚しい活躍と観客の熱狂に、真琴はすっかりあてられてしまった。もしかしたら、普段真琴に甘えているのは年長者の真琴をたてるための方便で、敏捷な獣のように鋭い動きでボールを奪いコートを駆け抜ける昴が本当の姿なのかもしれない、そんな考えすら浮かんでしまう。
「はああ～～」
真琴は再度溜め息をついてから、切干大根の煮物をつまんだ。
「ん、旨い」
ちょっと甘めが好きな昴好みの味に仕上がった。それをタッパーに詰めて、冷蔵庫へ。もうひとつの鍋では、たっぷりのトマトソースがぐつぐつ煮立っていた。これは少し冷ましてから冷凍する。このソースさえあれば、パスタにかけたり市販の冷凍ハンバーグや野菜と煮込んだり、さまざまな料理に応用することができるのだ。
これから期末考査の問題作りなどで忙しくなるため、しばらく昴の食事を作ってやれない。だから色々作り置きしておこうと、試合が終わった後食材を買い揃え、まっすぐ昴の部屋に向かった。そこで黙々と料理に勤しんでいたのだ。その時、
「ん？ なんだ？」
ばたばたと部屋の外が騒がしい。もしかして昴が帰ってきたのか、真琴はキッチンを出て玄関に向かった。と同時に扉が凄い勢いで開いて、息を切らせた昴が姿を現した。
「お、もう帰ってきたのか。早いな」
のんきな口調で迎えた真琴を、昴は恨めしげに見つめて、
「なんで連絡くれないんだよ。来てくれてるならもっと早く帰ってきたのにっ」
「いや、食事だけ作って帰るつもりだったし。つうか、最終日なんだからチームで打ち上げ、みたいのがあったんじゃないのか？」
「簡単な食事会はあったけど、そんなの真琴が来てるって分かってたら出ないで帰ってきたよ」
「こら。駄目だぞ。そういう付き合いも大事───」
「外から部屋の電気がついてるのが見えてさ。まさかと思って駆け上がってきたんだ」
昴は興奮気味でそう言うと、素早く靴を脱いで荷物を投げ出し、真琴に抱き着いた。
「いると思わなかったからすげー嬉しい。でも悔しい。もっと早く帰ってくればよかった」
ストレートすぎる感情表現に圧倒されつつも、真琴は抱き返した。広い背中をぽんぽんとあやすように撫で、
「昴、レギュラーシーズンお疲れさま。高校に通いながら本当によく頑張ったな」
昴は真琴にしがみついたまま、こくんと頷いた。
「それに今日の試合、すごかったな。正直……驚いた」
驚いたなんて表現では到底追いつかないのだが、他に言葉が見つからなかった。昴はそっと抱擁を解いて真琴の顔を覗き込み、
「俺、かっこよかった？」
無邪気な問いに、真琴は目を細めて「ああ」と返した。そして無意識のうちにふと目を逸らし、
「なんだか、お前じゃないみたいだった。あ、悪い意味じゃないぞ。なんて言うか、コートを走ってる凛々しいお前が本当の桐江昴なんじゃないかと───」
「真琴、また後ろ向きなこと考えてるだろ。自分と付き合ってていいのだろうか、とか。自分のせいで俺の将来に傷が付いたらどうしよう、とか」
「あ、いや、それは……」
昴の指摘はあまりに図星で、真琴はもごもごごまかしつつも最終的には頷いた。すると昴は豪快な溜め息をついて、真琴の身体を抱き上げた。
「うわっ、いきなり何だよ」
真琴は非難の声を上げつつも、昴の首にきゅっと抱き着いた。すっかり『お姫さまだっこ』に慣れてしまった自分がなんだか面映い。これまで、こうして抱き上げられベッドに連れていかれたことは何度もあったのだ。
しかし今回の目的地はベッドではなく、リビングのソファだった。昴は真琴を抱いたままどすんと座り、
「今日の俺、最高だったろ？ 自分でもそう思う。あんなに身体が熱くなったことはこれまでないし、魅せるプレーを意識したこともない」
自信に満ちた表情と口調に、真琴の胸は妖しく騒いだ。こういう引き締まった顔つきをした昴には、年下とは思えぬ色気と貫禄があった。
「監督にも褒められた。ひと月前のお前とは大違いだって。めったに褒めない人なのに」
「そうか。やっぱりお前は大した───」
「ひと月前の俺と今の俺、違いはたったひとつだ。真琴が傍にいる。今日だって、真琴がどこかで見ていると思っただけで力が湧いてきて、自分でも驚くほどのプレーができたんだ」
昴の熱を帯びた言葉を浴びて、真琴は再び身体が火照るのを感じた。
「真琴がいなかったら、俺なんてただ生きて呼吸してるだけのでくの坊だ。だから、俺の将来のことを本当に心配してくれるんだったら、ずっとずっと傍にいてほしい。それで、来シーズンはもっと試合を観に来てほしい。そしたら俺、MVP取れるような気がする」
真琴は頷いて昴の唇に自分のをそっと押し当て、
「分かった。できるだけ観に行く。だから優勝とMVP目指してがんばれ」
昴は瞳をきらきら輝かせて「うん」と答えると、真琴にがばと抱き着いた。そして耳や額についばむような軽いキスを落としながら、「真琴、お腹すいた」と空腹を訴える。
チームの食事会で食べてきたはずなのにさすがは育ち盛りだと真琴は感心しつつ、「分かった。ちょっと待ってろよ」と言って昴の膝から飛び下りた。そしてぱたぱたとキッチンへ。
さっき完成したばかりのトマトソースを使ってさっそくパスタでも作ってやるかと棚を漁っていると、昴がキッチンにのっそりと姿を現した。
「ちょっと待ってろよ。今、ナスとトマトのパスタ作ってやるから」
そう言って鍋に火を入れようとした真琴だったが、いきなり背後から包み込むように抱き締められ思わず手を止めた。
「お、おい。昴……」
「まこ、お腹すいた」
「分かってるって。だから今、仕度を………あっ、ん」
いきなり耳たぶをぱくっとかじられ、図らずも甘い声を上げてしまった。真琴は軽く咳払いしてごまかしてから、少し声を尖らせ、
「こら。あっちの部屋で大人しく待ってろ」
「お預けはいやだ。早く食べたい」
「え？ あ、ば、ばか……」
ここに到ってようやく、昴の『お腹すいた』の意味が分かった。真琴が自分の察しの悪さに呆れているうちに、昴はあっという間の早業で真琴の前を寛げて下着の中に手を入れてきた。
「あ、こら。こんなとこでっ……」
真琴は慌てて昴の手首を掴んで引き上げようとしたが、見事にびくともしない。そうするうちに片手はシャツの下に這い入って胸を撫で回し、舌は耳の窪みをてろりと舐めた。そして「食べていい？」と確信犯的な甘え声で囁く。
「だめ、だ……ここじゃ……」
「どこなら？」
昴はすかさず問いを重ねながら、巧みな指使いで真琴を追い上げてゆく。真琴はシンクの縁に掴まったまま、徐々に膨張する芯熱をはふはふ言いながら吐き出した。もちろん、答えは、
「ベッドのうえ───」
言い終わるより早く身体がふわりと浮き上がった。
「すば…るっ……も、いいからっ……」
熱くざらついた舌がそこをかすめるたび、腰が媚薬のような浮遊感に襲われる。四つん這いで膝をつき、腰を高く突き出す姿勢を強いられた真琴は、羞恥に灼かれながらも従っていた。
昴は指と舌を使って丁寧に執拗に、真琴の窄まりをほぐしてゆく。左右の指を根元まで埋め込んでぬちぬち捏ね回しつつ、谷間に顔を近づけて性器の根元をてろりと舐める。
「ひッ…ぃ……」
はしたない言葉を叫びそうになり、真琴は咄嗟にシーツに噛み付いた。そして柔らかな布の波間に沸騰寸前の本音を吐き出す。早く挿れて、はめて、えぐって。
しかしどうやら、昴の方が一枚上手のようだった。すでにぬるぬるにふやけたそこをいやらしく弄びながら、
「真琴、ここどうしてほしい？」
「ん……う……」
「ほら、ちゃんと言わないと」
続きしてあげないよ？ という言外の含みが、真琴の負けず嫌いに火をつけた。くそっ、昴のくせに生意気だ。本当は限界ギリギリのくせに余裕ぶりやがって。よおし、こうなったら───
真琴はシーツから手を離して尻たぶをわしっと掴み、左右に持ち上げるようにして自ら広げてみせた。すると苦しげな呻きが背後から聞こえ、と同時に外気にさらされわずかに火照りの冷めたそこに、凶悪なほどの熱が押し付けられた。
あ、来る───真琴が身構えるより早くそれはずるんと入り込み、自身の形を刻み込むように内部を広げていった。
「は……あ…ん………」
真琴はぶるぶるっと震え、シーツにしがみついた。激しい揺さぶりを予想したからだ。しかし昴は予想に反し、いったん入れたものをゆっくり引いた。と思ったら抜ける寸前でぴたりと止め、ぐぶっと勢いよく突き刺す。まるで、その大きさを真琴の身体に教え込もうとするかのように。
「んぅぅ………んっ、あ、ああん！」
その動きは激しくはないけれど、ゆっくりな分なかでこすれ合ってもつれ合う感触の生々しさが際立って、さらに昴の大きさも存分に味わえて、真琴は次第に溺れていった。
「ん、はっ……はぁ……すばるの、おっきい……」
「まこ、気持ちいい？」
真琴はふぅんと吐息を漏らしてから、「きもちいい……」と正直に答えた。すると、真琴のなかにみっちりはめられたものがさらにぐんっと反り返った。それを合図に、昴は真琴の腰をがっしと掴み、強い律動を刻み始めた。
「んっ、あ、あっ、そこ、して。もっと、もっと」
「真琴、やらしくて最高……」
「ばかっ………あ、いいっ、そこぉ……」
自然と揺れる尻をどうすることもできず、真琴は快感を叫びながら淫らな獣のように腰をぬめぬめと揺らした。
「は…ぁ……ん、も、いくぅ………」
ひりひりと灼けるような官能が、螺旋を描きながら脳天まで突き抜け弾けようとした瞬間、いきなり全てが静止した。
「やっ…だ……」
なにがなんだか分からず、真琴はシーツに顔を押し付けていやいやと頭を振った。限界まで張り詰めた快楽の器官を強く握られ、今にも迸ろうとしていた熱い液体をせき止められたと気づいたのはそれから数秒後だった。
「昴、は、離せ」
真琴は熱い喘ぎで嗄れた喉から、絞り出すように命じた。しかし昴は性器を握り締めたまま、腰を揺らして奥をずんずん刺激しながら、
「真琴、来シーズン俺がMVP取ったら、ご褒美くれる？」
嗜虐的な行為とは裏腹の甘え声で懇願する。昴の欲しいものは真琴以外にないと分かっていたが、一応訊ねた。
「なにが……欲しいんだよ」
「コスプレ、して？ ミニスカメイド服、ガーターベルト付きで」
真琴の理性は一瞬だけ蘇った。
「だっ、だれがするかそんなの！」
叫ぶと同時にとろけた奥をグリグリッと捏ねられ、「ふぁん！」と甘い悲鳴を上げてしまう。全身の肌が粟立ち、断続的な痙攣が四肢を襲う。
「まこ、お願い」
「やっ、やだぁ………あ、ああっ、あんっ！」
「うんて言うまでイカせてあげない」
昴はその宣告をすかさず実行する。輪っか状にした指を真琴の根元にはめて強めに締め付け、と同時にガツガツと荒っぽい抽挿を始めた。出口を失った欲望の奔流が、すごい勢いで全身を巡っているのが分かる。
「ひっ、ひぃ……ん、んっ……も、やッ………」
いたずらに引き延ばされた快感は媚毒のごとく、指先まで痺れさせる。身体も頭も心も全て生々しい官能に染められて、真琴は盛りのついた獣のように腰を振っていかせて、いかせてと懇願した。
「まこっ……すごい……」
淫らなぬかるみにぶちゅぶちゅと突き刺しながら、昴が喘ぐように呟いた。おそらく、彼も限界に近いのだろう。しかし、さらに限界に近いのは言うまでもなく真琴だった。
「すばるのばかぁ……いかせろよぉ……」
「……っ、いいよ。その代わり、さっきの約束。そしたら俺、来シーズン死ぬ気でがんばるから」
殊勝なことを言いつつ、腰の動きは容赦ない。真琴に、これ以上の抵抗は無理だった。
「わかったからっ……やくそく、するからぁ……」
真琴が涙声で了承すると同時に、全身が熱っぽい浮遊感に包まれた。次の瞬間、
「んあ？ あ………あふっ……ふ、ふぅ……ン」
一瞬意識が途切れ、我に返った時には腰をびくびく揺らしながら射精していた。出しても出してもどこからか熱を帯びた快感が湧き、唯一のはけ口を目指して流れ込む。ようやく出し終えた時には、疲労と脱力で膝ががくがく震えていた。
「真琴、大丈夫？」
「大丈夫……なわけねえだろ」
不貞腐れたような返答にもいまいち迫力がない。真琴の状態を察したのか、昴はてきぱきと素早く後始末をして寝床を整えた。そして力なく弛緩した真琴の身体をふんわり抱き締めた。真琴はかすかに汗ばんだ硬い胸に顔を押し付け、
「お前、あ、あんなやり方は反則だぞ」
「んー、だってああでもしないと、真琴は約束してくれないだろ？ コスプレ」
「あたりまえだっ」
胸にずんっと頭突きすると、昴は「痛いよ」とちっとも痛くなさそうに言って、
「でも、嬉しい。来シーズンは絶対MVP取るから。真琴も応援してくれよ」
「お、おう……」
応援すべきか否か、それが問題だ。真琴はハムレットの心境で呟くと、嬉しそうににやついている昴にもう一度頭突きを食らわせたのだった。
（Fin）
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