可愛い(?)犬のバレンタイン
長かった一月が終わり二月に入った途端、昴の様子がおかしくなってきた。壁のカレンダーをじぃっと見つめていたと思ったらふにゃりと笑い、真琴の方をちらちらと窺う。その不審な行動が三日間続き、これは気のせいじゃないぞと思った真琴は、ついに昴に質した。
「おい、お前最近ヘンだぞ。なにをへらへらしてんだ？」
昴はきょとんと目を見開いたが、すぐに何を指摘されているのか分かったらしく、照れ臭そうに鼻の頭を掻きながらカレンダーの中央辺りを指差した。
「いや、もうすぐバレンタインデーだなと思ったら、つい浮かれちゃって」
真琴は思わず眉間に皺を寄せ、
「なんでお前が浮かれるんだよ」
「なんでって、真琴の恋人になって初めてのバレンタインじゃないか。浮かれるなって方が無理だろ？」
何の含みも迷いもない澄んだ瞳をきらきら輝かせ、ソファから身を乗り出すようにして答える昴に、真琴は返す言葉を失う。対して昴は勝手にヒートアップ。
「すごいわくわくするよ。真琴はお菓子作りも上手だもんな。あ、でも入試の時期だし、真琴も色々忙しいと思うから手作りじゃなくても───」
「ちょっと待て！」
すっかり真琴からチョコレートをもらえると思い込んでいる様子の昴に、たまらず待ったをかける。真琴は「いいか？」と諭すような前置きをして、
「そもそもバレンタインは、片想いの女性がチョコレートを渡して告白する日だ。俺は女性じゃないし片想いでもない。だいたい、“恋人になって初めてのバレンタイン”って言葉自体が矛盾なんだよ」
「じ、じゃあ真琴は俺にチョコレートくれないのっ？」
さっきまでの浮かれ気分から急転直下、昴はこの世の終わりみたいな絶望的な声ですがるように訊ねる。真琴は、心の奥の柔らかい部分がちくりと痛むのを感じたが、努めて目を逸らし「当たり前だ」と答えた。
「そ、そんな……」
昴の絶望は決定的なものとなり、額に鉛色の翳を落とした。ソファの上で膝を抱え、「ばれんたいん…」とうわ言のように呟く。
思わずよしよしと頭を撫でてやりたくなったが、こっちが正論なんだと自分に言い聞かせ、真琴は平静を装った声で、
「どうせ、ファンから山ほど送られてくるんだからいいじゃねえか。それにお前、甘いものそんなに好きじゃないだろ」
「他人から何個もらったって、真琴からもらえなかったら意味ない」
そんなの言わなくたって分かってるだろ？ と言外に匂わせてそう言うと、昴は膝を抱えたままくるりと後ろを向いてしまった。
丸まった背中は、もともと広く逞しいがゆえに、より一層の哀愁を感じさせた。真琴はずきずきと疼く胸をごまかすため、わざと尖った声を出す。
「だったらお前も、当然俺にくれるつもりなんだよな？」
真琴の問いに、背中がびくりと揺れた。顔だけ振り向いて、明らかにうろたえていると分かる声で、
「だ、だって真琴は甘いもの苦手だろ？」
「それはお互い様だろが。なんだお前、自分だけもらうつもりだったのかよ」
「それは……」
「いいよな、もらい慣れてる奴は。俺はバレンタインなんて無縁の人生歩んできたし───」
真琴が言い終わらぬうちに、昴はソファから下りてフローリングの上に正座した。真琴が叱る時や大事なことを諭す時はいつもこの体勢を命じていたが、昴が自分から進んで正座するのは初めてだった。真琴は眉根を寄せ、
「な、なんだよ、いきなり」
「ごめん、真琴の言う通りだ。俺、自分だけもらうつもりだった」
「あ、いや、それは……」
真っ直ぐな謝罪を向けられ、真琴は困惑を隠せない。そもそも、昴からチョコレートをもらおうなどとは思ってもいなかった。チョコごときで拗ねる昴への、ちょっとした意趣返し程度のつもりで口にしたことだ。なのに、
「俺、真琴から何かしてもらうことにすっかり慣れきってた。まるで当然の権利みたいに食事作ってもらって、部屋の掃除までしてもらって。バレンタインだって、もらうことしか考えてなかった。真琴がくれる優しさとか愛情に浮かれて調子に乗って……」
見えない手に押されるかのように、どんどん項垂れてゆく昴。言葉を重ねれば重ねるほど、自責の深みにはまっていくのが手に取るように分かる。
「ちょっ、待て！ さっきのはちょっとした冗談で───」
「俺、ほんとにまだまだ子供だ。あれも欲しい、これも欲しいってねだるばかりで、自分が真琴のために何ができるのか考えていない。……ごめんなさい」
「昴……」
これまで見たこともないほど小さく小さくちぢこまった昴を、真琴は何と言って宥めたらいいのか分からず途方に暮れたのだった。
そして、あっという間にバレンタインデー当日が訪れた。あれ以来、昴がバレンタインについて口にすることはなかった。真琴も、あんな会話をしておいて今さらチョコレートをあげるのは逆に嫌味だと思い、結局何も用意しなかった。
期末考査や入試など、教師として何かと忙しい時期だったという事情もある。それに、学内もバレンタインに浮かれている様子は見られなかった。
自分が学生の頃は、好きな男の子にチョコをあげて告白、なんて初々しい光景もまだ見られたが、最近は友人同士で交換し合うのが主流だという。確かに、イベントの力を借りないと告白できないなんて奥床しい女性は、もはや希少生物なのかもしれない。
そんなことをつらつら考えつつ、真琴は帰途についた。すでに日は落ち、辺りは暗い。ふと自分の部屋を見上げると、明かりがついていた。どうやら、昴が来ているようだ。
「チョコ、用意しとけばよかったかな……」
チョコはあげないと言った時の、昴の落胆ぶりが脳裡に浮かんだ。昴のことだから、真琴からもらえるものだったら何だって、チロルチョコ1個だって喜んだだろう。
男同士だからとか主旨から外れてるとか細かいことを言わず、昴の好みそうなビタースイートなチョコレートでも買ってあげればよかった。でも、もう遅い。真琴は溜め息とともに部屋の鍵を開けた。
「ただいま。帰ったぞ───」
真琴は途中で言葉を呑み込んだ。胃をダイレクトに刺激する美味しそうな匂いに迎えられ、驚きから瞬きを繰り返していると、奥から昴が駆け寄ってきた。
「お帰りっ、真琴」
「あ、ああ。ただいま。お前、一体……」
戸惑う真琴に、昴は得意げに胸を張り、
「まあまあ。取り敢えず手を洗って。食事の仕度はできてるから」
「食事って……」
昴に急かされ、真琴は疑問をぶら下げたまま言われた通り手を洗い、ダイニングへ。テーブルは見事にセッティングされ、様々な料理が並んでいた。
「これ、全部お前が？」
「うん。将来真琴と二人で暮らすことになった時、真琴にばっかり料理させるわけにはいかないだろ？ だから秘かに腕を磨いてたんだ」
「そうだったのか……ぜんぜん知らなかったぞ」
「いつか驚かせようと思ってたんだ。で、今回満を持して初披露」
完成品を見る限り、自信たっぷりなのも頷けた。温野菜が添えられたチキンのグリル、魚介のマリネ、ミネストローネスープ、そして……
「なあ、この白いハート型の物体はなんだ？ ケーキ……じゃねえよな」
「あ、それはポテトサラダ。ツナと玉ねぎのみじん切りを混ぜたものが土台で、その上にポテトサラダを乗せてハート型に成型したんだ。バレンタインぽいだろ？」
「すげーな……」
真琴は素直に感心した。白いハートの上には、刻んだパプリカを並べた赤い『LOVE』の文字が。こういうアイデアは、逆立ちしたって自分の頭からは出てこない。
「これだけじゃないんだ。なんたって今日はバレンタインだからね」
昴はそう言って、真琴のグラスに飲み物を注いだ。泡の感じではビールのようだったが、色は黒い。
「なんだ、これ。黒ビールか？」
「違うよ。それはチョコレートビールなんだ」
「チョコレートビール？！」
真琴は顔を近づけて、くんくん匂いをかいでみた。
「確かに、カカオの香りがする……」
「だろ？ 飲んでみてよ」
白く滑らかな泡に吸い寄せられそうになったが、言うべきことははちゃんと言っておかねばならない。
「お前、未成年のくせにビールなんて買ったのか」
「うわっ、そこは勘弁して。俺は絶対飲まないから」
真琴は「今回だけだぞ」と尤もらしいことを言って、グラスに口をつけた。そしてこくこくと喉を鳴らしつつ黒い液体を流し込む。
「どう？ 味は」
「……旨い。喉ごしはビールそのものだ。でもかすかな甘さと苦みが、上質なチョコレートを食べた時の後味に似てる。すげえ」
「やった！」
真琴の感想を聞いた昴は、子供みたいに万歳をして喜んだ。そして自分のグラスにウーロン茶を注ぐと、「乾杯！」と言ってにっこり笑った。真琴もつられて笑みを返し、三分の一ほど減ったグラスの縁をチンと合わせる。
「ビールは成功したから、あとは料理だなあ。真琴の口に合うといいけど」
そんなことを言いながら、昴はいそいそと料理をサーブしてくれる。チキンのグリルは外はカリッと中はジューシーな最高の焼き加減で、そのまま食べても美味しかったが、マスタードソースに付けて食べるとさらに旨みが増した。
バジルソースのかかった魚介のマリネは見た目も美しく、味も見た目を裏切らなかった。ポテトサラダは、崩すのがもったいないほど見事なハート型で、これもまた美味しい。
空腹だったこともあり、真琴は次々と平らげてゆく。もちろん、途中にビールを飲みながら。対して昴は、真琴の食べる姿を嬉しそうに眺めるばかりで、食事の手は止まったままだった。
時折「美味しい？」と訊き、真琴が頷きを返すと目を輝かせて喜ぶ。お前も食えよと言っても「うん」と言うばかりで、専ら真琴のグラスにビールを注ぐために手を動かした。
そんな昴の献身的なサービスに、真琴はだんだん心苦しくなってきた。昴はここまでしてくれたのに、自分はチョコの一個も用意していないのだ。それをちゃんと伝えて謝罪せねばなるまい。真琴はフォークをそっと置いて、
「あ、あのな、昴───」
「俺さ、思うんだけど、」
昴が、真琴の言葉を遮るのは珍しかった。真琴の言うことは、一言一句聞き漏らすまいと集中して耳を傾けるのが常なのに。
「思うんだけど、自分が作ったものを好きな人がおいしいって言って食べてくれるの、最高だよな。他になんにもいらないよ。最高のプレゼントだ」
「あ……」
昴は真琴が何を言おうとしたか察して、敢えて遮ったのだ。そして、プレゼントなんか何もいらないよということを遠回しに伝えてくれた。
「そんなこと、今さら気付いたのかよ」
真琴はつっけんどんに言い放って、グラスに残ったビールを一気に飲み干した。昴は「ほんと、今さらだよな」と言って、「いい飲みっぷりだね」と笑った。真琴はグラスをどん、と置いて笑い返そうとしたのだが、
「あ、あれ……？」
なぜだか視界がぼやけている。ごしごしと目をこすると、手の甲が濡れていた。
「ま、真琴っ？」
慌てたのは昴だった。椅子から飛び降りて真琴の傍らにひざまずき、心配そうに見上げてくる。真琴は次々と溢れてくる涙を拭いながら、まだ「あれ？」と首を傾げていた。なんで俺は泣いてるんだ？と。
「真琴、大丈夫？ 気分悪い？」
「いや……」
気分なんて悪くない。最高にハッピーなはずだ。なのに……
「お前……何でもできるんだな」
「え、え？」
「料理もうまいし、相手の気持ちをちゃんと察することもできる。お前は十分……自立した大人だよ。結局、俺がしてやれることなんてもうないんだ。けど……」
真琴はぐずっと鼻をすすって、昴を涙越しに睨み付けた。
「そんな急いで大人にならなくたっていいだろっ。もう少し俺に夢を見させてくれたっていいじゃないか。お前は、俺がいないと何にもできないんだって。まだまだ子供なんだって」
めちゃくちゃなことを言っているという自覚はあった。ほとんど言いがかりだ。でも、ごまかしようのない本音だった。
昴はずっと黙りこくったままだった。きっと呆れているんだろう。すると突然ふわりと抱き上げられ、そのままソファへ。真琴を膝の上に乗せてどさりと座り込んだ昴は、両手でぎゅぅぅと抱き締めて、
「ああもうっ、ほんとに真琴はっ……そういうとこがたまんないよ。ほんとにたまんない。頼むから、これ以上俺を惚れさせないでくれ」
「なんだよ、ワケわかんねえこと言うなっ」
ぴしゃりと言い返したはずなのに、自分の口から出た声はほのかな甘えの色合いを帯びていた。真琴はそれが納得いかず、背中に回した手を拳にしてぽかぽか叩く。その振る舞い自体が、甘えて駄々を捏ねる子供そのものだと気付かぬまま。
昴は抱擁を緩めて苦笑を浮かべ、
「じゃあ、真琴が分かるように説明するよ。真琴の言う“自立”とやらは、たぶん俺には一生無理だ。俺の可能性はゼロか無限大、中間はない。真琴がいなかったら俺は何にもできない。でも真琴さえ傍にいてくれれば、何でもできる。どんな困難だって乗り越えられる」
「俺はそんな大した人間じゃねえよ」
不貞腐れ気味にそう言うと、わかったわかったと言わんばかりに頭を撫でられた。いつも自分が昴にしていることなのだが、子供扱いがなんとなく面白くない。むっとした真琴は、昴の形のいい顎にかぷ、と噛み付いた。
昴は「いてっ」と笑って、お返しとばかりに唇を吸った。舌先で唇を割り開き、口内をゆっくりと舐め回す。
「ん、んっ……」
苦味のたったビールを飲んだ後だからだろうか、昴の舌はとても甘く感じられた。それが愛しくて、美味しくて、真琴は夢中で自ら舌を絡めた。
唾液でコーティングされた舌同士は滑りやすく、ぬるんぬるんとこすれ合う。そのたびに喉の奥、鳩尾の辺りが熱く疼くのは、アルコールのせいなのかそれとも───
「真琴、もしかして酔うとエロくなる？」
絡まる舌をほどいた昴は、唇を軽く触れ合わせたまま訊ねる。もちろん、誘導だと分かっていた。いつもなら「んなわけねえだろっ」と返すところだが、酒精に刺激され熱を帯び始めた情欲が理性に勝った。舌先で昴の唇をちろ、と舐め、
「ん、なる……かも」
「じゃあ、エロいとこ見せて」
真琴はこくんと頷いて昴の膝から下り、ちょっとためらったが思い切って下着ごとズボンを脱ぎ捨てた。
酩酊というのは不思議なもので、普段なら絶対にできないような大胆なことを可能にしてしまう。アルコールで理性が麻痺して深層にある欲望が露わになるのだろうか。だとしたら、自分は本心ではところ構わず昴に抱かれたいと、もっと直截的に言えば貫かれたいと望んでいるのだろうか。
そんなことをふわふわした頭で考えつつ、昴の反応を上目使いで窺った。昴は瞬きをするのも惜しいと言わんばかりに、剥き出しの脚をじっと見つめている。
真琴が恥ずかしさから膝をすり合わせると、昴の喉仏が大きく上下した。とはいえ、丈の長い白いセーターを着ていたため、局部はまだぎりぎり隠れている。すると昴はぐいと身を乗り出し、
「真琴、もっとエロくなって」
その言葉よりむしろ、近づいた昴の身体から放出される熱気が真琴を熱くした。真琴はセーターの裾をへその上までめくり上げ、脚をゆっくり開いた。その中心に誘うように、吸い寄せるように。
「まこっ……」
自ら甘い罠に飛び込んだ昴は、情欲に急かされるように長い指をもつれさせてベルトを外し、ジッパーを下ろして下着の奥から昂ぶりを取り出した。巨きなそれは赤黒く張り詰めて、先端からすでに先走った液体を滴らせている。
昴はそれを指でたっぷりすくい取り、真琴の白く艶めく脚の付け根、柔らかな谷間の奥に塗り込めた。そして間髪いれず指を入れ、奥で疼く芯をぐりぐりと揉む。
「あっ、あ、いっ、やめっ……」
ビリビリっと背筋が痺れ、真琴はたまらず目をつぶりのけぞった。背中を預けていた大きなクッションが優しく弾む。身体がずり落ちないようそれをぎゅっと掴み、目を開けると、卑猥すぎる光景に微睡みかけていた理性が一気に蘇るのを感じた。
「す、昴、待っ……あ、あっ、やっ、ん」
剥き出しの性器は桜色にのぼせて、腹の上でぴちぴち跳ねている。淡い茂みのさらに下方では、昴の指がせわしなく出し入れを繰り返していた。
押し込んだり引き抜いたりするたびに、クチャクチャとねばついた音が漏れる。それに呼応するように、真琴の太ももはぶるっと淫らに震えた。
「昴っ、やっぱりこんなとこじゃ………ああっ…！」
その先は言わせないとばかりに、昴の指が奥を捏ねた。そこから伝わる快感が、真琴の腰をびくんびくんと躍らせる。
「真琴、その動きやらしすぎる」
「んっ、ばかっ……指、抜けって……」
意外なことに、昴は言う通り指を抜いた。しかしすぐに真琴の脚を抱え上げ、挿入の体勢に。
「挿れるよ」
「だ、だめっ……」
「だめでも挿れる」
昴は堂々と言い放ち、指の分だけほぐれた秘処に先端をぐっと押し付けた。
「あ、熱っ……」
その熱さは、昴の中で滾る情欲の度合いを表していた。真琴の身体は怯えからいったん竦み、異物を押し返そうとする。
しかし無意識の抵抗はここまで。濡れた襞を掻き分けて昴の先端がぬるっと入ってくる頃には、身体はすでに官能の虜となっているのだ。
「んっ、やっ……あ、あああっ！ あんっ、すごっ、すごぉ…い……」
ずぶずぶずぶっという音が、身体の内側から響いてくる。凄まじい圧迫感と重量感に息をつく間もなく、昴が腰を動かし始めた。
「まこ、なかとろっとろ」
「ばか、こんなとこでっ……」
「ごめん。移動する余裕なかった」
口では殊勝な謝罪をしつつ、犯す腰の動きは野性の飢えを感じさせるほど激しい。いつの間にかセーターは胸の上までめくられ、快感の伝播で尖りきった乳首の先端を、硬くざらついた指が時折かすめ、弾き、捏ねる。
「やだっ、胸、さわっちゃ……」
「感じる？」
「んっ、ふ、ううっ」
涙目でぶんぶん首を振ると、いきなり唇を吸われた。
「真琴、可愛すぎ。ああ……もうだめだ」
降参と言わんばかりの呟きとともに、昴は下から抉り上げるように腰を使った。身体の一番奥を暴かれる感覚に真琴は悲鳴を上げようとしたが、次の瞬間訪れた甘美な浮遊感が悲鳴を嬌声に変えた。
「ああっ、い、いくっ、い…くぅッ……！」
真琴は反り返った爪先で空を蹴りながら、白く濁ったものをぴゅっぴゅっと飛ばした。それと連動して、蜜壺全体が呑み込まされたものをすすり上げるように奥に向かって収縮する。
「………っ！」
ぐっと押し込んだ昴は、喉を低く鳴らし真琴の中で射精した。真琴の脚を大胆に抱えたまま、腰全体を小さく揺らして、熱塊と化した精液をどくどくと注ぎ込む。眉間に寄った深い皺が、甘い苦悶を表していた。
「あ、溢れてきた……」
尻が濡れる感覚に、真琴は思わず呟いた。咎めるつもりはなかったのだが、ようやく出し切った昴はかくんと肩を落とし、
「ごめん。あとでちゃんと掃除するから」
「あ、いや……」
部屋が汚れるのは嫌じゃない。ただ、昴のいない夜、一人でソファに座っている時に思い出して、たまらなくなってしまうことはある。
そういう時は、会いに行くか電話して家に呼ぶかすればいいのだが、そういう恋人らしい我がままは真琴にはハードルが高かったのだ。
昴は、まだしゅんとしている。その下がり気味の肩を優しく撫で、
「怒ってねえから。しゃんとしろ」
すると昴は機嫌を窺うようにそっと見つめ返し、
「ほんと？」
「おう」
「じゃあ……」
昴は挿れっぱなしになっていた自身をぬるんと引き抜いて、真琴を抱き上げた。そして、
「まこ、まだまだ足りない。ぜんぜん足りない。いい？」
「お前っ、俺の返事聞く前に足は寝室に向かってるじゃねえか！」
「だめ？」
ぴたりと足を止めて聞き返す昴に、真琴はぷいっと横を向いて、
「……好きにしろよ」
「する」
真琴の真っ赤に火照った頬にキスすると、昴は急ぎ足で寝室に向かった。
「そういえばさっき、バレンタインには無縁だったって言ってたけど、真琴っていわゆる本命チョコもらったことないんだ？」
寝室に場所を移し、夕食に食べた分のカロリーを全て消費するくらいの激しい運動をした後。昴は、腕の中でくたりと艶めかしく弛緩する身体にそっと問いかけた。
真琴は官能の余韻に潤んだ瞳でキッと見返し、
「おう、ねえよ」
「信じられないな。あ、そうか。真琴は綺麗すぎるから、女性は尻込みしちゃうんだな、きっと」
「ばぁか、違うって。学生ん時の俺はその、そこそこやんちゃだったからな。ケンカはしょっちゅうだし授業は平気でサボるし。お坊ちゃんお嬢さんが多い学校だったから、みんな怖がって寄り付かなかっただけだよ」
昴は納得したらしく、「なるほど」と頷いて、
「じゃあ、ほんとに本命チョコはもらったことないんだね」
「なんだよ、嬉しそうにしやがって。どうせ俺は、バレンタインなんて華やかなイベントとは縁遠いやくざな青春送ってきましたよっ」
真琴は不貞腐れたを通り越してやさぐれた口調でそう言って、くるんと背中を向けた。昴は「ごめんごめん」と言いつつも、笑っている。が、真琴は突然思い出した。そうだ、確か……。
「いや……昔もらったことあるな。本命チョコ」
「えっ、俺が最初じゃなかったんだ……」
がっかりする昴をベッドの上に残して、真琴は隣室の戸棚を漁った。そして一枚のカードを見つけて昴の元に戻ると、「ほら」と言って差し出す。
「俺が昔もらった本命チョコに添えられていたカードだ」
「あ……これって……」
ハートのシールが貼られた手作りカードには、紙がたわむほどの筆圧で書かれたメッセージが。
『まこと先生、いつもありがとうございます。勉強がんばります。桐江昴』
そして下の方に赤いペンで、
『だいすきです』
「これが、俺の初めてのバレンタインだな」
そう言って笑う真琴を、昴は強く強く抱き締めた。
（Fin）
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