第17話
「真琴は、何にも分かってないんだなあ」
昴の意外な言葉に、真琴はムッとして、
「なんだよ。どういう意味だ」
「俺は今でも真琴に手を引いてもらってる。真琴がいなかったら俺は今ごろ、どんづまりの暗闇で自分を見失ってたと思う。真琴の手の届かないところなんか、俺が一人で行けるはずないじゃないか」
「嘘言うな！ まさに一人で遠くへ行こうとしてるじゃないか。お前、転校するんだろ？」
「あ、それは……」
「あんな風に抱き締められて、さよならを言われた俺の気持ちにもなってみろ。ばかやろ……」
言葉の勢いは失速し、語末はほとんど涙声になってしまった。真琴は涙を抑えるため、昴の胸に顔をぎゅっと押し付けた。硬い胸筋からは想像できないほど、昴の肌は滑らかでみずみずしかった。
「限界、だったから……」
昴は真琴の背中を壊れものを扱うようにそおっと抱き締め、心情を訥々と語った。
「真琴は優しいから、俺のこと突き放せないだろ？ これからも何かと俺のことを気に掛けて、構ってくれるに違いないって思った。でもそれじゃ……いつまでたっても俺は真琴のことを思い切れない」
真琴は何も言い返せない。昴の言う通りだからだ。中途半端な優しさは、なまくら刀と同じだ。ばっさり断ち切ることはできないくせに、いつまでもじくじくと膿んで治らない傷を作る。
「それに、このままじゃいつか取り返しのつかないことを仕出かすと思った。嫌がる真琴を押さえ付けて、力尽くで……。そう思うと怖くて、と同時にそうしたい欲望も疼いて、正直、気が狂いそうだった」
「それで、自分から離れることにしたのか」
そう決めた時の苦しさを思い出したのか、昴は顔を歪めて頷き、
「真琴を部屋から追い出した日の夜と次の日丸々一日かけて、自分を説得した。すごくつらかった。恋人にしてもらえなくていいから、何とか傍にいる方法はないかって考えた。いくつか思い付いたけど、結局は真琴の優しさに付け込むも同然だし、いずれ欲望のコントロールが利かなくなるのは目に見えている。だから……」
停学明けの昴が酷くやつれていたのもそのせいだろう。真琴は胸の軋みをこらえつつ、苦悩の証である眉間の皺を癒すように指先で撫で、
「お前、そんなに俺のことが好きなのか」
「好きだ」
問いの終わりにかぶせるように昴は答え、真琴の腰をぐっと抱き寄せた。その力強い腕にときめくものを感じながら、真琴はぽつりと問う。
「分かってんのか？ 俺、男だぞ。服着てる時はまだいいけど、脱いだら胸はねえし、それに、その……」
お前と同じモノが付いてるし、と言おうしたのだが、昴が先に口を開いた。
「知ってるよ。だって昔見たことあるし」
「見た？ 一緒に風呂に入ったことあったか？」
その記憶はないのだが、真琴が覚えてないだけかもしれない。しかし昴は首を振り、
「一度、真琴がうちに来る時夕立に遭ったことがあっただろ。真琴は傘持ってなくて全身びしょ濡れになって。その時、制服のシャツが肌にぴったり張り付いて、そのせいで胸が透けて見えた。淡いピンク色の乳首が可愛くて───」
真琴はがばと身体を離し、思わず大声を出した。
「ち、ちょっと待て！ その時のことは俺も覚えてるぞ。今で言うゲリラ豪雨で、酷い目に遭ったからな。お前はあの時、俺のち、乳首を見てたのかっ」
「乳首だけじゃない。肩とか腰のラインも見てた。ほっそりとして綺麗で、たまらなかった」
「こぉんの……ムッツリ桃色小学生！」
「いやぁ、それほどでも」
「褒めてねえ！ バカ！」
子供じみた罵倒の言葉を投げ付けた真琴は、それが全く効いてないことを知るや否や脱力感に襲われた。対して昴は柔らかな笑みを浮かべ、
「さっきの話だけど、男とか女とかそんなのはどうでもいいんだ。別に人間じゃなくたって構わない。真琴が真琴という生き物であるだけで、それだけでいいんだ」
凄まじいまでの全肯定に、真琴は眩暈すら覚えた。しかし昴は平然と、さらにとんでもないことを言い放つ。
「もし今後、真琴が俺のこと要らなくなって、誰か他の男と付き合うことになったら、その時は俺に『死ね』って命令してほしい。でないと俺、本気でどうしていいか分からなくなるから。生きることも死ぬこともできなくなるから」
「バカかお前っ……そんなことできるはずが……」
真琴は呆れた。これは体のいい脅迫ではないか。捨てられたら死ぬ、と言っているも同然ではないか。しかし、
「ああ分かった、分かったよ！ 俺が最後まで責任持つからっ」
真琴は腹を括った。そうだ、いつか誓ったことがあった。もし犬を飼うことになったら、それがどんなに我がままで甘ったれで手のかかるダメ犬でも、最後まで責任持って大事に育てると。
「その代わり、俺の言うことはちゃんと聞くんだぞ。いいな？」
昴はこれまでにないほど瞳を輝かせ、大きく頷いた。真琴が「よし」と言ってその頭を撫でてやると、端整な顔に衒いない喜びの色が広がった。
次の瞬間、熱っぽい吐息がふわっと唇にかかり、それを追いかけるように柔らかく温かなものが触れた。
「はぁ…んっ……」
真琴の唇からこぼれる蜜状の吐息が、口づけの甘さを物語っていた。どちらからともなくふわふわと唇を押し付け、半開きの唇から覗かせた舌先をちろちろとじゃれ合わせる。
他愛もない戯れをひととき愉しんだ後、昴は舌を大胆に忍び込ませてきた。そしてゆったりと、愛撫するように、真琴の口内を舐め回す。
うなじにまでぴりぴりと甘痒い快感が走り、真琴は嬉しいと同時にほんの少し淋しさを覚えた。いつの間に、こんな巧みなキスができるようになったのかと。
さっき玄関口でされた熱情を叩き付けるようなキスとは対照的なそれは、大人の証でもあった。
「す…ばる……ぅ…んッ……」
真琴が混じり合った唾液の甘さに恍惚としていると、胸にちりっとした痛みがともった。もちろんそれはすぐに消える火花のような痛みで、後からじんわり広がるのは腰にまで届くじれったいような快感だった。
「あ……こら、昴っ……」
いつの間にか昴の手はシャツの下に潜り込み、熱い手のひらで胸を撫でつつ指先で突起を弄んでいた。爪で軽く弾いたと思ったら、硬くしこった乳頭を指で挟み絶妙の力加減で捏ねる。
そのたびに真琴は喉の奥で悶え、はしたないと思いながらも腰を揺らしてしまう。その反応に煽られるように昴は大胆になり、真琴のシャツをめくり上げて上にのしかかろうとした。
「ま、待て昴、こんなところでっ……」
真琴は身体をずらして逃げようとしたが、その拍子にソファからずるりと滑り落ちてしまった。すると昴は好機とばかりにそのまま床に押し倒し、真琴の下穿きを一気に剥ぎ取った。
「ひぁっ」
真琴はまずフローリングの冷たさに声を上げ、それから昴に抗議しようとした。しかしそれに先んじて昴ががばと覆いかぶさり、真琴の胸から腹部にかけてとろりとろりと舌を這わせる。そして喜悦と陶酔の色合いが強い声で「やっぱり甘い…」と呟いた。
こういう無邪気な振る舞いに弱い真琴は抗議の言葉を呑み込み、代わりに「やっぱり俺はソフトクリームか」と溜め息をついた。
そうしている間にも昴は真琴の肌に吸い付き、やんわり歯を立て、淡い花を散らしてゆく。いや、花と言えば聞こえはいいが、それは所有と執着の証。
この真珠の光沢と絖の質感に溺れることが許されるのは自分だけだという強烈な自我が、昴を動かしているのだ。
「真琴、きれいだ……」
綺麗だ、綺麗だとうわ言のように繰り返しながら、昴は文字通り舐めるように真琴の雪肌を、胸から腹にかけて続く滑らかな広がりを愛撫する。
都合のいい錯覚だと分かってはいるが、昴に「綺麗だ」と言われるごとに、肌にこびりついた淫らな澱が薄れてゆくような、そして本当の“綺麗な”生き物に生まれ変われるような気がして、真琴はくすぐったいような喜びを秘かに噛み締めた。
やがて昴はそこに辿り着いた。薄く柔らかな下生えと、はんなりとした薄紅色に兆した性器。昴はためらうどころか嬉々としてその先端を舐め、真琴を驚かせた。
「お前っ……」
いくら色やサイズが可愛くても、ペニスには変わりない。生理的な嫌悪感はないのだろうかと真琴が訝れば、昴は熱い感嘆の溜め息をついて、
「真琴はどこもかしこも綺麗だ」
そして真琴の膝を立ててМ字に広げ、股間に顔をうずめて文字通り貪り始めた。
内股の柔らかな肉を食みつつ舐め回しながら、唾液でたっぷり濡らした指で下生えの奥を探る。それはまだ固く閉じたままの門口を容易に探り当て、細かく寄った襞をほぐすように揉んだ。
「昴、そこは……ぁッ………」
いきなり快楽の核を、しかもこんな優しい指使いで攻められるとは思っていなかった。真琴は背中をのけぞらせ、フローリングにかりかりと爪を立てたあられもない姿で悶える。
そうする間にも、昴は指をつぷりとねじ込み、尺取虫のように屈伸させながら少しずつ奥を目指した。
普段ボールを巧みに操る指は太く骨ばっていながら、繊細な動きに長けていた。ただそこを広げるだけでなく、蜜壺の内側に潜む真琴の官能を呼び起こしていったのだ。
「あっ、は……ぅ……ん……」
根元まで押し込まれた長い指でぬるりぬるりと攪拌され、身体の中がとろみを増してゆく。それはひどく淫靡な体感で、だからこそこのまま溺れてはいけないと辛うじて残存していた理性が働いた。
「す…ばる……背中、いたい……」
真琴が漏らしたひと言は、まさに効果覿面だった。真琴の秘部を一心不乱に味わっていた昴は素早く起き上がり、慌てて背中と床の間に腕を差し入れた。
「ごめん、真琴」
いかにも申し訳なさそうに謝罪する昴の頭をくしゃくしゃっと撫でて、真琴はドアを指差した。
「寝室はあっちだ」
言うが早いか昴は真琴を抱き上げ、まるで美味しい獲物をねぐらへ持ち込む獣のように寝室へ駆け込んだ。
残っていた衣服はベッドの上で脱ぎ捨て、二人は生まれたままの姿を互いに晒した。
昴は眩しそうに目を細め、ごくりと喉を鳴らす。情欲のあからさまな表現に卑しさより清々しさを感じた真琴は、自分から手を伸ばして昴の首に巻き付け、そっと唇を押し付けた。
思わぬ積極的な行動に呆気なく発火させられた昴は、限界を超えた欲望でざらつく息を荒々しく吐きながら、真琴の白く艶めく身体を拘束した。そしてそのままシーツの波間に押し倒す。
真琴は脚を昴の腰に絡め、自ら腰をそっと浮かせた。すると、先刻の前戯で溢れた愛液で淫らにコーティングされた性器が、昴の硬い腹に挟まれてぬるぬると揉まれた。
「あッ……ん」
はしたないと思いつつも、揺れる腰を止めることができない。割れた腹筋の隆起とこすれ合うたびに、身体に張り巡らされた快感の弦がビンッと弾かれ甘く悶えてしまう。
「真…琴っ……やらしすぎる……」
昴のくぐもった声に、「お前の身体の方がずっとやらしい」と返す。それは真琴の本音だった。
リビングの明るい照明の下で見た時は、日々の鍛錬で作り上げられた均整のとれた肉体美に目が行ったが、寝室の間接照明がもたらす非日常の明暗の中では、浮き上がった骨や筋、筋肉の淡い陰影すら淫らがましく、強烈な雄のフェロモンを放っていた。
昴は荒い息をついて自ら身体を離し、
「真琴……挿れて、いい？」
おそるおそる伺いを立てる口と、早く犯らせろと言わんばかりに筋立てて屹立する赤黒い性器。一体どちらが本当の昴なのかと考える必要はなかった。
真琴に従順でまだ少年の面影を残した昴と、成熟した肉体に生臭い欲望を溜め込んだ昴。どちらも昴であり、両者のギャップも彼の魅力となって真琴を心を掴んで放さない。それは紛れもない事実なのだから。
真琴は言葉で了承を与える代わりに、脚を大きく開いた。誘うように、引き込むように。
昴は喉の奥で獣めいた唸りを転がしながら、無防備に投げ出された真琴の脚を抱え上げた。そして、男を受け入れるのに理想的な色合いと潤み具合を見せる真琴の秘花に、凶器となり得るほど張り詰めた自身をぐいと押し付けた。
「んぅっ」
爛れた花びらが、あてがわれたものの熱さと硬さに一瞬すくむ。しかしすぐにほろりととろけ、少しずつ押し入ってきた劣情の塊をくるみ込んでさらに奥へと誘い込む。
「ま…ことっ……凄っ…い……」
上から吐息とともに降ってくる昴の声は、行き過ぎた快感への怖れなのか悦びのゆえなのか、毛羽立ってかすかに震えていた。
その繊細な色気を含んだ声に真琴はうっとりと聞き入ったが、それも玉響のことだった。すぐに、ぬるり、ぬるり、と入り込んで尻の中を内側から灼く途轍もない熱塊に意識が向けられる。
それはびくびくと一途な鼓動を繰り返しつつ、真琴の敏感な粘膜に自身の熱を染み込ませていた。
「す…ばるの……なかで…動いてる……」
状況をそのまま伝えただけの言葉なのに、口にするとひどく淫靡な響きがあった。それに気づいたのは真琴だけではなく───
「今のっ……めちゃくちゃやらしい」
昴は感じ入ったような声で本音を漏らし、と同時にそれまで奥を探るような控え目な動きに終始していた腰を、ぐんっ、と突き出した。
「ひあっ、あ、あん！」
その動きから導き出される当然の結果として、真琴の蜜壺は最奥部まで貫かれた。宙に浮いていた脚が駄々を捏ねるように二度、三度と痙攣し、反射的に筒肉がきゅっと収縮する。
次の瞬間、奥処まで到達したそれはさらに膨れて容積を増した。そしてどくっ、どくっ、と激しく脈打つと同時に、なかが温かく濡れていくのを感じた。
「ごめ…ん真琴……がまん、できなかった……」
謝罪を囁きながら腰を揺らし延々と射精を続ける昴を、真琴は優しく抱き締めた。
「いいから……全部出せ、俺ん中に……」
尻の奥に溜まってゆく熱に愛しさを覚えつつ、真琴は昴の背中を撫で続けた。
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